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短編集  作者: ピエロ
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奇跡

奇跡についての記述を発見したので、書いてみる事にしました。


こんな奇跡、あなたは信じますか?

 今僕の目の前には死体がある。

 死体の元の名前は、九里里くりざと泉奈せんな。どこにでもいる大学生であり、僕の……恋人だ。

「泉奈……泉奈ぁ!」

 僕は泣いた。

 泣いてどうにかなるなんて思いもしなかったが、悲しまないでやり過ごす事なんて出来る訳もなかったから。

 もしも僕に力があれば……とそう思わずにはいられない。そうなれば僕はきっと、何が何でも泉奈を生き返らせようとするだろう。例えこの身が滅びようとも……。

 でも。

 でもそれは都合の良い『もしもの話』。そんな事、起こりっこ無いことは僕自身が理解している。

 彼女は何も言ってくれない、いつものようにこんな泣き虫の僕を抱き締めて慰めてはくれない、きっと永遠に有り得ない。

 僕は彼女のもとを離れた。近くにはいれなかった。近くにいて自分を保ち続ける事が出来ないと思ったから、離れた。

 泣かないで、あなたには私が付いているでしょ?

 いつも掛けられていた言葉が頭の中で壊れたレコードのように再生される。

 僕は歩いた。どこに行くのか、どこまで行くのか、そんな事は分からなかったが、歩かないといけないと思った。別に強制力が働いていた訳じゃない、逃げようと思えば逃げる事も可能だった筈だ。だけど逃げたくなんてなかった。

 僕は歩いた。歩いて歩いて、ただひたすらにどこまでも歩き続けた。

 そして。

 この場所に辿り着いた。

 辺り一面には金色の草原がまるで大海のように広がり、空一面を金色の玉が埋め尽くしていた。

 そして世界の中心には一本の巨大な樹が、天空を槍のように突いている。よく見ると光の玉はその樹で一休みしているようだった。

 僕はそのあまりの美しさに何も出来ず、ただ涙するしかなかった。

 声が嗚咽となって漏れ出るが気にしない、足は今まで歩き続けたツケを払わされガクガクと痙攣している。

 もう限界だった。

 僕はもう、泉奈の死を受け入れてしまったみたいだ。それは酷く簡単であった事のように思える、でもそれを納得だけはしたくなかった、絶対に。

「泉奈……」

 口から愛したたった一人の女性の名前が漏れ出る。

 樹がざわざわと揺れる。

 ――汝、我ニ何ヲ望ムカ。

 不意にそんな神々しい声が聞こえた。

 僕は驚きに顔を上げ、目の前の巨大な樹を呆然と見上げた。

 ――汝、我ニ何ヲ望ムカ。

 また響いた声に僕は答える。

「泉奈……泉奈の……」

 言ってしまえば僕はきっと彼女の死を受け入れた事になる。

 だけど言わないと。言わないと僕はきっと、彼女に甘え続ける事になる。

「泉奈のところに戻してください」

 彼女をずっと見ていたいから。

 ――聞キ届ケタ。汝ガ願イヲ受ケ入レヨウ。

 巨大樹が、草原が、光が――僕を包み込む。

 そして意識が離れる手前、僕は、

 泣かないで、という声を聞いた気がした。


 目を開けると、そこには彼女の死体が在った。

 僕はそれを見て涙し、そして動かない体に鞭を打ち立ち上がる。

「電話しないと……せめてもう少し安らかな場所で死んで欲しいから……」

 景色に霧がかかり、瞳に湖が現れ、頬を川が流れ、顎の先から大雨が発生しているが気にしない。

 僕はもう強くなったんだ、だから、こんな嘘に騙されない。

「泣かないで、あなたには私が付いているでしょ?」

 霧の切れ目から僅かな太陽が覗いた。

「泣いて、ないよ……泉奈の、お陰で、僕は強く、なったん、だから」

「知ってるよ、あなたが強かった事なんてもとから知ってる」

 雨は降り止み、川が蒸発、霧はこうこうと照りつける太陽によって弾き飛ばされていた。

 僕は後ろを向いた。

「泉奈……泉奈ぁ!」

 今度は嬉しくて彼女の名前を呼んだ。

 僕はもう絶対泉奈を離さない。

 彼女はそんな僕を優しく抱き止めてくれた。

 彼女の腕の中からは樹の優しい匂いがした。

「もう泣かないよ、これからずっと、僕には泉奈がついてるから」



<完>

そんなにばんばん奇跡が起こるわけがないという否定の文章でしたが、これくらいのばせばどうでしょうか?


ちなみに自分は奇跡というものを信じています。

信じる人には、信じる人の奇跡が起こるだろうと、願っていますから。

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