第8話:『陥落の王都、フィオナの覚悟と「重すぎる愛」』
地底の岩盤を突き破り、地上の光を浴びた『テツクズ・マークII』の視界に飛び込んできたのは、数日前に後にしたばかりの輝かしい王都ではなく、街全体がどす黒い泥の海に沈みかけている地獄絵図だった。
「……ひどい。……全部、泥に溶けてる。……人々の影が、消えていく」
車窓から外を眺めるミーニャが、震える声で呟く。銀色の猫尻尾は恐怖で逆立ち、リィネの千里眼もあまりの惨状に曇りかけていた。
「シュウ様、王宮の真上に『真の主』の影が視えますわ! ……あれは、この世界の因果そのものを腐食させ、飲み込もうとしていますわ!」
王都を飲み込もうとする泥の波は、生き物のようにのたうち、逃げ惑う人々を容赦なく引きずり込んでいく。その中心、かつてシュウたちが卒業式を挙げた学園の講堂は、今や巨大な泥の噴出口と化していた。
「……待て。あそこに残っているのは……フィオナの侍女か?」
シュウが指差した先、崩れかけた王宮のバルコニーで、泥の魔物に追い詰められている数人の生存者がいた。
「――お下がりなさい。その不潔な手で、私の民に触れることは許しませんわ!」
テツクズ・マークIIのハッチを蹴破り、フィオナが弾丸のように飛び出した。
黄金の髪を激しくなびかせ、彼女は空中へと静止する。その瞳は、怒りと慈愛が入り混じった、真の統治者の輝きを帯びていた。
「フィオナ、一人で突っ込むな! まだ敵の正体が――」
「いいえ、シュウ! 私にはわかっているの。……この泥を止められるのは、私の『愛』だけよ!」
フィオナが両手を広げると、王都全域を覆うほどの巨大な魔方陣が虚空に展開された。
【重力魔法・極圏:アトラスの嘆き】。
凄まじい轟音と共に、王都を飲み込もうとしていた泥の波が、まるで見えない巨大な手で押さえつけられたかのように、その場でピタリと静止した。
だが、その代償はあまりに重い。数万トンの泥の質量を一人で支えるフィオナの白い肌には、魔力過負荷による赤い亀裂のような紋様が浮かび上がり、口端から一筋の血が流れる。
「……フィオナ! 無茶だ、その魔力量じゃ体が保たん!」
「……黙って、シュウ! 私の愛は……一度掴んだものは、死んでも離さないって言ったでしょう……! 国も、民も、そして貴方も……全部、私が繋ぎ止めてみせるわ!」
これこそが、彼女の「重すぎる愛」の正体。
執着、独占、そして守護。そのあまりに巨大で偏った感情が、物理的な「絶対停止の重力」へと昇華された瞬間だった。
「……三分だ。シュウ、貴方に三分の時間をあげる! その間に、学園の地下にある『泥の心臓』を断ち切りなさい! 私が……この国を背負っている間に!」
フィオナの悲鳴に近い叫びが、シュウの魂を叩く。
彼女が街を、因果を、重力で固定している今だけが、泥の核を叩く唯一の好機。
「……わかった。……三分もいらない。……一分で、不味い根源を解体してやる」
シュウは、ガストンの打ち直した『神殺しの黒包丁』を抜き放った。
漆黒の刃が、フィオナの重力圏を切り裂き、泥の渦巻く学園の地下へと突き刺さる。
ミーニャが影の道を作り、エレインが精霊の風で背中を押し、リィネが勝利の因果を指し示す。
「……ガストン、テツクズ号でフィオナを支えろ! ……行ってくる!」
シュウは泥の海へとダイブした。
愛する女が命懸けで支える、一瞬の静寂の中。
境界の調理師による、世界で最も過酷な「毒抜き」が始まった。
【今回のステータス更新】
名前:フィオナ
称号:【国を背負いし重力の女王】
覚醒スキル:【不変の重力圏】
効果:自身が指定した領域内の全事象を完全停止させる。ただし、発動中は自身の生命力を激しく消耗する。
名前:シュウ
レベル:62→75 (泥の魔物を道中で解体・吸収)
状態:【超集中・神速解体】




