第2話:『最初の晩餐は岩塩猪の丸焼き』
学園の正門を潜り抜け、北へと続く街道を『テツクズ・マークII』が疾走する。
車内は、卒業の感傷に浸る暇もないほど賑やかだった。
「……すごい。……揺れない。……影の中みたいに、静か」
助手席の窓際で、ミーニャが銀色の尻尾をゆったりと揺らしている。
「ガハハ! 当たり前だ。サスペンションには『地竜の腱』を組み込んであるからな。どんな悪路も絨毯の上よ!」
ハンドルを握るガストンが豪快に笑う。後部座席ではリィネが地図を広げ、エレインが魔力供給のクリスタルを調整し、フィオナが「シュウ、お茶を淹れてちょうだい」と、いつもの王女然とした態度で寛いでいた。
だが、そんな穏やかな空気は、街道の先に見えた「異変」によって一変した。
「……来ますわ。前方に強い拒絶反応。……いえ、これは『泥』の臭いですわね」
リィネの狐耳が鋭く直立する。
視線の先、街道の中央に立ち塞がっていたのは、岩山のような巨体を持つ魔物――『岩塩猪』だった。
本来なら、その体表を覆う岩塩は美しい琥珀色をしているはずだ。だが、目の前の個体は、どす黒い「泥」のような粘液が塩の隙間から溢れ出し、眼球は赤く濁っている。
「……グォォォォォォォン!!」
猪が咆哮し、突進してくる。その重圧は、並の冒険者なら足がすくむほどだ。
「フィオナ、重力で足を止めろ。エレイン、右から追い込め。……ガストン、車を寄せてくれ。……俺が、解体する」
シュウが静かに命じると、仲間たちは一分の狂いもなく動いた。
「まかせて! 重力よ、地に跪きなさい!」
フィオナが手をかざすと、猪の周囲の重力が数万倍に膨れ上がり、地面が同心円状に陥没する。
「逃がさないわよ! 精霊よ、炎の檻を!」
エレインが放った炎が猪の退路を断つ。
その隙を突き、シュウは走行中のテツクズ・マークIIのハッチから飛び出した。
手には、ガストンが打ち直した新たな包丁。
「……人型は喰らわんが、泥に汚れた命は……俺が浄化して、救ってやる」
シュウの姿が虚空に消えた。
次の瞬間、猪の巨体を囲むように無数の銀光が走る。
【魂の解体】。
魔物の命の繋がりを断ち切ると同時に、その身を蝕んでいた「泥」だけを分離し、空間ごと切り裂く神速の包丁捌き。
ドォォォォォン……!
猪の巨体が崩れ落ちる。直後、どす黒い粘液は霧となって消え、そこには本来の、美しく輝く琥珀色の『岩塩猪』が横たわっていた。
「……よし。……いい肉だ。……今日のキャンプは、これにする」
日が落ち、街道脇の広場にテツクズ・マークIIが停車する。
「ガストン、例のモードだ」
「おうよ! キャンプモード、展開!」
ガストンがスイッチを入れると、装甲車の側面が大きくスライドし、巨大なオーニング(日除け)と、最新鋭の魔導キッチンが飛び出してきた。
さらには車体上部から折り畳み式の露天風呂までがせり出す。
「……最高。……お風呂、入ってくる」
「ミーニャ、ずるいですわよ! 私も!」
乙女たちが騒がしく風呂へと向かう中、シュウは一人、キッチンに立った。
解体したばかりの岩塩猪。その最上級のロース肉を、自身の体表から採れた「魔力岩塩」だけで味付けし、熾火でじっくりと焼き上げる。
余計な調味料はいらない。素材が持つ力強い脂の甘みと、ミネラルたっぷりの塩気が、熱によって最高潮に引き出されていく。
「……お待たせ。……岩塩猪の『浄化』丸焼きだ」
風呂上がりのヒロインたちが、テーブルを囲む。
一口食べた瞬間、全員の動きが止まった。
「……っ! ……なにこれ、体の中から、力が……!」
エレインの耳が、見たこともない速度でパタパタと震える。
「……美味しい。……泥の不快感が、全部消えて……光が見える」
ミーニャがうっとりと目を細める。
その瞬間、全員の脳内に「システム」のファンファーレが鳴り響いた。
【今回のキャンプ飯バフ・ステータス更新】
メニュー:岩塩猪の浄化丸焼き
獲得効果:【浄化の加護】(深淵の泥への耐性UP)、【基礎筋力+30】
名前:シュウ
レベル:1→5
習得スキル:【魔力岩塩の精製】(食材の浄化が可能になる)
パーティ状況:
リィネ:千里眼の射程が1.2倍に拡大
フィオナ:重力魔法の消費魔力が10%軽減
「……ガハハ! これこそ旅の醍醐味だ! さあ、どんどん食え! 明日は獣人国の国境まで飛ばすぞ!」
ガストンの声が夜の平原に響く。
焚き火の光に照らされた、六人と一台の影。
「泥」を喰らい、絆を深める美食の旅路は、まだ始まったばかりだ。




