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禁忌の魔法使いは今日も地味に生きている

作者: 佐木凛人
掲載日:2026/03/14

 魔法使いというのは、大抵人気者だ。

 火の玉をぽんと飛ばせば子どもたちが歓声をあげ、水の膜で雨をはじけば市場の商人が笑顔で頭を下げる。風を操って荷車を押す者がいれば、通りを歩く人々が立ち止まって拍手を送ることだってある。初級魔法ひとつで、人は誰かを好きになれる。魔法とはつまり、この世界における最も手軽な()()()だった。

 俺にはそれができない。

 レン・アッシュ、十九歳。職業、薬屋の店員。魔法適性、あり。使用可能魔法、なし。

 正確には「なし」ではない。ただ、使えると言えるものが、世間的には存在してはいけないことになっている。

 俺が初めて自分の力に気づいたのは、七つの冬だった。

 父親に怒鳴られて、悲しくて、腹が立って、庭の石を殴った。

 その瞬間、石が消えた、砕けたのではない、爆発したのでもない。ただ静かに、最初からそこになかったかのように、消えた。

 翌朝、父は庭に残った奇妙な空白を不思議そうに眺めていたが、それ以上追及しなかった。

 七歳の子どもが何かをしたとは思わなかったのだろう。俺は黙っていた。

 それから五年間、俺は独学でその力を調べた。書物を読み、魔法の分類を調べ、古い文献を漁った。

 答えはすぐに見つかった。

 虚無魔法――

 術者の意志に従い、対象の存在そのものを消し去る禁忌の術。

 炎もなく、爆発もなく、音すら立てずに対象を無に還す。

 古代の魔法大戦において都市をいくつも消し去ったとされる最凶の禁忌魔法であり、王国魔法管理局によって使用・研究・習得のすべてが厳禁とされている。 発覚した者は身分を問わず、その場で処刑。

 その日、十二歳の俺は三分ほど泣いてから、顔を洗って立ち上がった。

 泣いても仕方ない。

 これが俺の持って生まれた力で、それをどうこう言っても変わらない。

 だったら上手に隠して、目立たずに、静かに生きるしかない。

 以来七年間、俺はその方針を守り続けている。


「レン、月草はまだか」


「あと三分で量り終わります」


「急いでくれ、ナンナ婆さんが膝の薬を待っておる」


「はい、ただいま」


 薬屋『ダグ薬草店』の奥で、俺は黙々とさじを動かした。

 月草を一定量ずつ小分けにして、蝋紙に包んで棚に並べる。単純作業だが、几帳面にやらないと調合が狂う。

 主人のダグ爺さんは腕のいい薬師だが、繊細な作業は歳のせいで手元が狂いやすくなっていた、だから量りや仕分けは俺が担当することが多い。

「お前は手先が器用じゃな、薬師の才がある」とダグ爺さんはよく言う。

 才があるかどうかはわからないが、細かい作業が苦ではないのは確かだ。

 魔法を封印して七年、俺は別の方向で手を動かすことを覚えた。

 草を刻む、薬を量る、包む、並べる。それで十分だと思っていた。

 ……思っていた、のだが。


「おい、レン」


 昼休み、軒先で弁当を食べていると、隣の鍛冶屋の息子カイが声をかけてきた。年は俺と同じ十九で、半年ほど前に冒険者として登録した、今風に言えば()()()()だ。


「昨日さ、ギルドで面白いことがあってよ」


「ほう」


「Cランクの依頼受けたんだけど、パーティの魔法使いが大活躍でさ。炎の魔法で一気に三体倒したんだよ。もう格好よくて」


 俺は弁当の蓋を閉めた。


「それは良かったな」


「お前も魔法使えたらよかったのにな。適性あるのに使えないって、損じゃね?」


 俺は笑って肩をすくめた。


「薬師向きだから良いんだよ。火とか出されたら薬草が燃える」


 カイは笑って行った。俺はしばらく、空を見ていた。

 適性がある。

 そう、魔法適性の検査ではしっかり「高」と出た。だから幼い頃は周りから期待された。魔法学院に入れるかもしれない、冒険者になれるかもしれない、と。

 実際には初級の炎魔法も風魔法も、俺には一切発動しない。

 何度試しても、魔力が空回りするだけだ。

 体の中の魔力が虚無魔法以外の経路を、頑として拒否するのだ。

 おかげで「適性はあるのに魔法が使えない、不思議な体質の青年」という扱いになっている。

 同情はされるが、怪しまれることはない。それで良かった。

 俺は残った弁当を食べ終え、店の奥へ戻った。


◇ ◇ ◇


 ダグ爺さんから月草の追加採取を頼まれたのは昼過ぎのことだった。


「グレナ森林の南側に群生地がある。今の時季はちょうど葉が開いとるはずじゃ。十束ほど採ってきてくれるか」


「わかりました」


「気をつけてな。最近、あのあたりに魔物が出たという噂もある。まあDランク程度じゃろうが」


 俺は収穫かごとナイフを持って店を出た。

 王都から馬車で半時間ほど離れたグレナ森林は、冒険者たちのあいだでは「初心者向け狩場」として知られている。

 出没する魔物は主に小型の牙ウサギや毒トカゲで、ランクはDかそれ以下、一般の市民が薬草採取に入ることも珍しくない。

 俺は馬車に乗らず、歩いた。急ぐ理由もないし、道すがら使えそうな植物があれば採れる。

 空は晴れていた、街道の脇に野花が咲いていた。遠くで牧羊の鐘の音が聞こえた。

 こういう日は、悪い気分ではない。

 グレナ森林の入口に差し掛かる頃には、日が西に傾き始めていた。

 夕方前には戻れる計算だ。俺は木漏れ日の中を歩きながら、足元の草を確認した。

 月草は葉の裏が銀色に光るのが特徴で、慣れれば見分けは難しくない。

 南側の群生地まで十五分ほど歩いたところで、お目当ての月草を見つけた。丁寧に根を痛めないように摘み、かごに入れていく。

 この作業は嫌いではない。黙々とやっていると、余計なことを考えなくて済む。

 六束ほど採り終えた頃だった。

 風の向きが、変わった。

 これは感覚的な話で、実際に風が変わったわけではない。

 ただ、空気の質が急に変化した。獣の臭い。血の臭い。そして……何かが地面を揺らすような、低い振動。

 俺は立ち上がって、耳を澄ませた。

 悲鳴が聞こえたのは、その三秒後だった。


「――誰か! 誰かいませんか!」


 澄んだ声だった。

 それでも恐怖で震えていた。懸命に助けを呼んでいる、生きようとしている声だった。

 俺は動けなかった。

 一瞬ではなく、数秒、本当に動けなかった。体ではなく、思考が固まっていた。

 行くか、行かないか。声の方向は北東。おそらく百メートルほど先の広場だ。

 あそこは木が少なく、開けている。だから魔物に見つかりやすい。

 行けば、力を使うことになるかもしれない。

 力を使えば、見られるかもしれない。

 見られれば、終わる。

 俺の中の「合理的な自分」がそう囁いた。逃げろ。今なら間に合う、声の主に申し訳ないとは思うが、お前が死ぬよりはましだ。

 お前が処刑されて何になる。守れるのは自分の命だけだ。お前は薬屋の店員で、魔法も満足に使えない一般市民で――

「うるさい」

 声に出したのは自分でも気づかなかった。

 俺はかごを草の上に置いて、走り出していた。


 茂みを掻き分けて広場に出た瞬間、俺は状況を瞬時に把握した。

 魔物は一体、グリムベア。 

 正確に言えば、それはグリムベアの中でも規格外だった。

 通常のグリムベアは体高が二メートルほどで、冒険者のランク表ではCランクとされている。

 だが目の前の個体は、その倍近い。

 体高はゆうに四メートルを超え、灰色の毛皮は刃も矢も弾くほどに硬化している。前脚の爪は一本一本が俺の前腕ほどの長さがあった。

 目が、赤い。

 魔物の中には、長年の年月を経て「上位種」へと変異するものがいる。

 こいつはその類だ。Bランク、下手をすればAランク相当。こんなものがグレナ森林にいるなど、誰も知らなかったはずだ。

 少女は広場の端、大きな樫の木の根元に追い詰められていた。

 年は俺より少し下、十五か十六か。亜麻色の髪を丁寧に結い上げ、白を基調とした上等なドレスを着ている。

 靴も刺繍入りで、どう見ても街の娘や村娘ではない。

 十メートルほど離れた場所に、鎧を着た人影が二つ倒れていた。

 従者か護衛か、いずれにせよ動いていない。

 少女はグリムベアから目を離さず、じりじりと後退していたが、背後はもう木の根だ、逃げ場がない。

 グリムベアが前脚を振り上げた。

 俺の思考は驚くほど冷静だった。

 あの爪が振り下ろされたら、少女は死ぬ。

 それは確実だ、グリムベアの一撃は成人の冒険者でも即死しうる。

 ドレス一枚の少女が耐えられるはずがない。

 逃げることはできる、グリムベアはこちらに気づいていない、少女に夢中だ。今なら引き返せる。

 でも。

 俺は自分の右手を見た。

 何の変哲もない、薬草の染みがついた手だ。

 でも今、その手の中に、確かに何かが渦巻いているのがわかった。

 使うたびに眠らせてきた、封印してきた力、虚無の感触。

 これを使えば終わるかもしれない。

 でも使わなければ、あの子が終わる。

 俺はゆっくりと息を吐いた。

 不思議と、迷いが消えた。

 見殺しにして生き続ける俺より、処刑されても助けた俺の方が、まだ人間らしい。

 少なくとも俺はそっちの方が好きだ。


「――消えろ」


 右手を前に伸ばして、俺は言った。声に出したのは初めてだった。

 何も起きないように見えた、最初の一瞬は。

 音はなかった。光もなかった。炎も爆発も衝撃波もなく、何も起きていないように見えた。

 ただグリムベアの前半身が、振り上げた前脚ごと、静かに消えた。

 あるべき体積が、そこだけ欠落した。残された後ろ半身がどさりと地面に崩れ落ち、痙攣して、動かなくなった。

 広場が静まり返った。

 葉が揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。


 少女が俺を見ていた。

 口を半開きにして、信じられないものを見るような顔で。

 俺は右手を下ろして、深呼吸した。

 覚悟はできている。叫ばれても、逃げられても、罵られても仕方がない。

 処刑覚悟で使ったのだから。


「あの……」


 少女が声を絞り出した。


「あなたが助けてくださったんですか」


「……そうなります」


 俺は正面から彼女を見た。

 震えてはいるが、気を失ってはいない。

 それだけでも大したものだ。


「今の、魔法ですか」


 誤魔化す気にはなれなかった。


「虚無魔法です」


 と俺は言った。


「王国が禁忌に指定しているやつです。通報するなら王都の魔法管理局か冒険者ギルドに。俺の名前はレン・アッシュ、薬屋通りの『ダグ薬草店』で働いています。ダグ爺さんには迷惑をかけたくないので、俺が自分からやったということは明記してもらえると助かります」


 少女は瞬きをした。


「……なぜ自分から住所と職場まで」


「どうせ調べればわかるので、手間を省いただけです」


 しばらく沈黙が続いた。

 少女は俺を見たまま動かなかった。

 逃げるでも叫ぶでもなく、ただじっと、俺の顔を見ていた。

 やがて、その口元がほんのりと緩んだ。

 笑った。


「通報なんてしません」


 きっぱりした声だった。


「で、でも禁忌魔法は――」


「禁忌魔法を使う者が、必ずしも悪人だとは思いません」


 俺は返す言葉がなかった。

 少女は乱れたドレスの裾を整え、背筋をすっと伸ばした。

 さっきまで巨大な魔物に追い詰められていたとは思えない落ち着きだった。


「私はアリア・フォン・ベルナードと申します。ベルナード辺境伯の娘です。護衛の者たちが急に倒れてしまい……今思えば、毒霧を浴びたのかもしれません」


 辺境伯。俺はその名前を頭の中で照合した。

 王都から東に二日ほどの距離にある領地を治める貴族で、国内でも中程度の影響力を持つ家柄だ。

 その娘が、こんな森の中に護衛二人だけで入っていたとは思えない。

 おそらくはぐれたか、あるいは追い込まれたか。


「怪我は」


「かすり傷程度です。でも護衛の二人が……」


 俺はちらりと倒れた人影を見た。


「確認してきます。動けますか」


「動けます」


「では一緒に来てください。一人にならない方がいい」


 俺たちは並んで倒れた護衛の元へ向かった。

 二人とも意識はなかったが、呼吸はある。

 ざっと見たところ、外傷は少ない。

 おそらく魔物の吐く毒霧を吸ったのだろう。グリムベアの上位種は毒を使うことがある。


「毒は時間が経つほど悪化します。早急に解毒の処置が必要です。俺が薬草を持っているので、応急処置はできますが、王都の医師に診せるのが先決です」


「薬も持っているんですか」


「薬屋の店員なので」


 アリアは小さく笑った。


 応急処置をしながら、俺はアリアが黙って見ていることに気づいた。

 邪魔をするでも、目を逸らすでもなく、俺の手元を静かに観察していた。


「何か」


「いえ……慣れているんですね、こういう処置に」


「仕事柄ですね」


「魔法にも、薬にも」


「魔法は封印していたので、今日まで一度も実戦では使っていません」


「そうなんですか」


 アリアは少し意外そうな顔をした。


「でもあの動きは迷いがなかったように見えました」


「迷いはありましたよ。ただ、覚悟が決まっていた」


「覚悟……」


「使えば終わるかもしれないと思っていました。処刑、という意味で」


俺は包帯を結ぶ手を止めずに続けた。


「でも見殺しにするよりはましだと思ったので」


 アリアはしばらく黙っていた。


「それは……怖くなかったんですか」


「怖かったですよ」


 俺は苦笑した。


「でももっと怖かったのは、逃げることでした」


「逃げることが?」


「あなたが死ぬところを見て、見なかったことにして、その後も普通に薬屋で働き続ける俺の姿を想像したら、それの方がずっと嫌でした」


 アリアはまた黙った。

 今度は長い沈黙だった。

 俺が護衛の処置を終えて立ち上がると、彼女はまっすぐ俺を見ていた。


「レンさん」


「なんですか」


「あの魔法、すごく綺麗でした」


「……綺麗?」


 俺は思わず聞き返した。


「はい」

 

 アリアは迷いなく言った。


「音もなく、跡もなく。炎も爆発も何もなくて、ただ静かに、最初からそこに何もなかったみたいになった。残酷な魔法のはずなのに、なぜかとても静かで。見ていて、恐ろしいという気持ちより前に、綺麗だと思いました」


 俺は黙った。


 自分の魔法を綺麗だと言われたのは、生まれて初めてだった。

 禁忌だと思っていた。

 恐ろしいものだと思っていた。

 誰かを傷つけかねないものだと思っていた。

 だから封印して、押し込めて、薬草の匂いの中に埋めてきた。

 なのにこの少女は、綺麗だと言う。


「変な人ですね」


 そうつぶやくと、アリアは首を振った。


「変ですか。私には、魔法の種類より、使う人を見る方が大切に思えるんです。今日の貴方は、自分が危険を冒してまで見知らぬ私を助けてくれた。それが全てではないですか」


 俺は返事ができなかった。

 反論できなかった、というよりも、反論する気が失せた。

 七年間、自分の力を恐ろしいものだと定義して生きてきた。世の中がそう言うから、法律がそう言うから、だから自分もそう思ってきた。

 でも今、誰かが別の言葉でそれを呼んだ。

 綺麗。

 その言葉は、七年分の封印に、小さな亀裂を入れた。

 

 護衛の二人は、一人は自分で歩けるがもう一人は俺が肩を貸した状態だが森の入口へと向かった。

 アリアは護衛の逆側を支え、俺と歩調を合わせながら、ぽつぽつと話しかけてきた。


「今日はなぜ森に」


「薬草採取です。かごを置いてきてしまいましたが」


「申し訳ありません、私のせいで」


「いや、いいです。また来ます」


 森の出口が見えてきた頃、アリアが少し改まった声で言った。


「一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「冒険者には、なりたくないんですか。あれだけの力があれば」


 俺は少し間を置いた。

 正直に言えば、なりたかった。

 十二歳に力を知るまでは、ずっとそれを夢見ていた。

 魔法を使って魔物を倒して、遠くの国まで旅をして、誰かの役に立つ冒険者に。

 幼稚な夢だが、本物の夢だった。

 でも今は。


「昔は、なりたかったです」


「今は?」


「今は薬屋が合ってると思っています。ダグ爺さんの仕事は嫌いじゃないし、薬を必要とする人の役に立てるのは、悪くない」


 半分は本当のことで、半分は言い訳だ。

 それでも嘘ではない。

 アリアはしばらく考えてから、言った。


「そうですか。無理に変わる必要はないと思います」


「ありがとうございます」


「でも」


「でも?」


「もし気が変わることがあれば、ベルナード家にいらしてください」


 彼女は前を向いたまま、穏やかに言った。


「父は人の才を埋もれさせておくのを嫌う人です。それに私も……正直に言えば、今日のことをうまく言葉にする自信がありません。でも、ただの恩返しではなく、貴方ともっと話してみたいと思っています」


 俺はしばらく黙った。

 断る理由も、特にない。


「検討します」


「十分です」


 アリアは笑った。

 森の出口に出たところで、遠くに騒ぎながら駆けてくる人影が見えた。

 アリアの護衛隊の残りだろう、鎧姿が四人ほどいる。彼女が手を振ると、向こうは安堵の声を上げた。


「では、ここで」


 と俺は言った。


「待って」


 アリアに腕を掴まれた。軽い力だったが、俺は止まった。


「名前を、もう一度教えてください。ちゃんと覚えたいので」


「……レン・アッシュです」


「レン・アッシュ」彼女は繰り返した。


「覚えました。絶対に忘れません」


 俺は軽く会釈して、もと来た道を引き返した。

 かごを回収して、月草の残りを採って、帰らなければならない。

 ダグ爺さんはそろそろ心配し始める頃だろう。

 でも。

 歩きながら、俺は右手を見た。

 何の痕跡もない。

 虚無魔法は使っても何も残らない。術者の手にも、地面にも、空気にも。

 ただ対象だけが、静かに消える。

 綺麗……か。

 そう言われたのは初めてだった。

 七年間ずっと、醜いものだと思って生きてきた。

 封印して、隠して、なかったことにしてきた。

 でも今日、見知らぬ少女が別の言葉でそれを呼んだ。

 俺の力が変わったわけではない。

 禁忌に指定されていることも変わらない。

 今日のことがいずれ誰かの耳に入れば、俺の立場が危うくなるかもしれない。

 それでも。

 胸の奥のどこか、ずっと締め付けられていた場所が、少しだけ、緩んでいた。

 夕日が森の木々を橙色に染めていた。

 俺はかごを持ち直して、歩き出した。

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