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童話と詩作

夜明けの一歩

作者: 辻堂安古市

 



 その場所は、重く湿った霧に包まれていました。


 そこには一人の旅人が立ち尽くしています。

 足元は「優柔不断」という名のぬかるみで、動こうとするたびに「保証はあるのか?」という冷たい声が地中から響き、足を強く掴みます。




 ふと鏡を見ると、そこには「見栄」という名の華美な仮面を被り、震えている自分が映っていました。

 背後からは、二度と聞きたくない罵声や、二度と見たくない冷酷な顔が、幻影となって追いかけてきます。


「どうせ無理だ」

「また失敗する」


 周囲の視線は、数千の針となって皮膚を刺しました。

 旅人は、その場にうずくまり、耳を塞ぎました。





 しかし、その時です。

 旅人の胸の奥底で、小さな、けれど消えない「火」が爆ぜました。


「私が、行きたいと言っているんだ」


 旅人は、自分を縛り付けていた「意気地なし」の鎖を、自らの手で掴みました。

 掌が血に滲んでも構いません。

 もう片方の手では、「他人からの評価」という名の毒杯を、あえて一気に飲み干しました。





 不安を、飲み込む。


 過去の屈辱を、血肉に変える。


 見栄の仮面を叩き割り、剥き出しの素顔を晒す。


 旅人は、自分を嘲笑う幻影たちを、その拳で一つずつ握りつぶしていきました。





 やがて、静寂が訪れました。


 そこにあるのは、保証のない、ただ真っ黒な、けれど自由な荒野でした。

 風が吹き抜け、前方に一本の道が伸びています。

 そこには花もなければ、道標もありません。

 時折、暗闇の向こうから「石」が投げられます。

 誰かの嘲笑が風に乗って聞こえてきます。

 それでも、旅人の足取りに迷いはありませんでした。





「誰が決めた道でもない。私が、ここを歩くと決めたのだから」


 一歩踏み出すごとに、泥濘ぬかるみは硬い大地へと変わっていきます。

 今の自分が行う選択のすべてが、かつて泣いていた「過去の自分」への救いとなり、これから出会う「未来の自分」への贈り物になることを、旅人は知っていました。





 顔を上げ、光のない地平線を見据えます。


「今の私は、過去の私と未来の私に胸を張りたい」

 

 旅人は、初めて自分の意志で、深く、強く、息を吸い込み、自分自身に誓いました。












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