Side:マイルズ
執務室に一人残ると、マイルズ=チェインバーズは椅子を引き直し、机の上を見渡した。
淡いシルバーグレーの髪を持つマイルズは、鋭い灰色の瞳を光らせて机上に目を走らせた。
細身の体つきは一見すると線が細いが、その身のこなしには獣じみた無駄のなさがある。
袖口から覗く手首は意外なほど太く、硬く節立った手は、軍人として鍛えられた日々を隠しようもなく刻んでいた。
一見冷ややかだが、その眼差しには確かな判断力と責任感が宿っていた。
マイルズは執務室を一瞥し、椅子を引き直す。
ここを臨時の司令室に整える――それが自分に課された役目だ。
部下を呼び入れると、彼は短く指示を飛ばす。
「伝令が出入りしやすいように、経路を確保する。報告はここへ集約だ」
命令を受けた兵たちは素早く動き、空気が慌ただしく変わっていく。
彼はまず報告書を三つに分けた。
左には領地全体の動向、右には兵舎からの記録、中央には王都から届いた密書。
緊急時にすぐ参照できるよう、整然と並べ替えていく。
次に地図を広げ、机上の書類の隣に置いた。
街道、補給所、連絡所を赤で囲み、想定される移動経路を墨線で引く。
その上に小さな駒を並べ、どの部隊がどこにいるか一目で分かるようにした。
「倉庫の備蓄を確認しておけ。水と保存食、それと油樽だ」
「武器庫の在庫も照合しろ。もし差分があれば部隊長に報告を上げておけ」
矢継ぎ早に命令が飛び、控えていた書記や兵が次々と走り出す。
報告を受けるたび、マイルズは羽根ペンで数字を記し、地図の駒を動かした。
几帳面な字で埋められていく帳簿と、整理された机上。
整然と響く指示の声に、部屋はただの執務室から、屋敷の心臓部へと変貌していった。
「……これで最低限は揃ったな」
窓外を見やれば、まだ日は沈んでいない。
マイルズは椅子に腰を下ろし、深く息をついた。
だが、その胸の奥には小さな空洞が残っていた。
――自分だけが留守を預かる。
クラウディア様も、タリヤも、キミトフも、皆外へ向かう。
屋敷を守る役割は誇るべきものだと理解している。
それでも、仲間と肩を並べて進めない寂しさは消えなかった。
「……まったく。これでは子どもと変わらん」
自嘲気味に呟き、視線を机上へ戻す。
すぐに冷徹な目が戻り、羽根ペンが走り出した。
サイドエピソードはこれで完結です。
登場人物を動物にたとえるなら、タリヤは犬、マイルズは狼、キミトフは熊。
そしてクラウディア様は――フェンリル
物語本編も、どうぞお楽しみに。
尚現時点で頂いたリアクション数で見ると人気はタリヤ>マイルズ>キミトフです。