Side:キミトフ
兵舎へ向かう道すがら、キミトフ=シンフィールドは無意識に歩幅を大きくしていた。
厚い胸板と逞しい腕はまさしく戦場に立つ兵士そのものだが、その眼差しには鋭さだけでなく、数字や命令を冷静に捌く文官のような理知も宿っている。
積み重ねた汗と努力が、今の彼を形づくっている。
短く切りそろえた黒髪は飾り気もなく、鍛え上げられた体格とともに彼の性格を映し出していた。
頑丈な顎と鋭い眼差しは一見近寄りがたいが、その奥にある誠実さを彼をよく知る兵たちは、揺るぎない信頼を寄せていた。
兵舎の奥、執務室の前に立つと、扉に拳を二度打ちつける。
「……どこのどいつだ?入れ」
低く響く声が返る。
扉を押し開けると、空気が一段と重くなる。
壁には訓練予定表と記録がぎっしりと貼られ、机の上には使い込まれた帳簿と報告書が整然と積まれていた。
その奥に腰を下ろすのは、兵たちから“地獄の部隊長”と呼ばれる男である。
彼の指揮する訓練は苛烈を極め、参加者の九割が途中で音を上げるとまで言われる。
だが残った一割は確かな力を備え、部隊でも屈指の戦力と目されるようになるのだった。
「部隊長、腕利きを借りたい。クラウディア様がグラーツェルに向かう。日が沈む前までに、屋敷の前で待機させておいてほしい」
「嬢ちゃんか。……わかった、こっちで見繕っておく」
「マイルズが優秀な新人がいると言っていた。借りられるか?」
「ロニーか。あいつは俺の選抜訓練をほぼ完璧に耐え抜いた。お前ら以来だよ。ロニーも送ってやる」
「助かる」
「それで、嬢ちゃんは何をしにグラーツェルへ?」
「任務だ。それ以上は言えない」
「カカカ……昔っから頭の硬ぇやつだな。嬢ちゃんの下で柔らかくなるかと思ったが、やっぱり無理か。……で、日没前に屋敷の前、間違いないな?」
「間違いない」
「なら着払いで送り届けてやる。……おっと、冗談が通じねぇやつがいると空気が悪くなるな」
「感謝する」
「礼はいらん。ただな、最近はいい噂をあまり聞かねぇ。準備はしっかりしておけ。必要なもんがあるなら武器庫から好きなものを持っていけ」
「心得た」
そう言い残し、キミトフは踵を返した。
夕陽が差し込む兵舎の廊下に、その背は重々しくも揺るぎなく映えていた。
キミトフのイメージが湧くようにと書いたサイドエピソードですが、タリヤのようにうまく締めることはできませんでした。
ただ、その不器用さこそが彼らしさ。……そういうことにしておいてください。
キミトフへのリアクション数がタリヤを超えたら武勲として頬に傷をつけてあげます。