Side: タリヤ
「ただいまー」
勢いよく扉を開け放つと、香ばしいスープの匂いが鼻をくすぐった。
夜ご飯の支度をしていた母が顔を上げ、驚いたように目を丸くする。
「タリヤ!? 本当にタリヤなのね!」
「帰ってきたのか!」
奥から父の声も響き、重い足音とともに姿を現す。
その直後、小さな影が勢いよく廊下を走ってきた。
「おねえちゃーん!」
まだ幼い弟が、笑顔でタリヤの腰に飛びつく。
「またおおきくなったねー……こりゃ食べ頃だー!」
タリヤは弟の首まわりに顔を寄せ、ぱくりとはむはむ。
「ひゃははっ! くすぐったいよー!」
弟は甲高い声をあげて、必死に身をよじる。
「おっと、ここは最高級の部位だねー!」
タリヤは悪戯っぽく目を細め、お腹へ顔を寄せて――はむはむ。
「やぁだぁ! あはは! くすぐったいのー!」
小さな手でタリヤの頭を押しのけようとするが、力はまだまだ弱い。
「もう、タリヤったら!」
両親が呆れたように笑う。
「ちょうどご飯できたとこだから、早く荷物置いて上がりな」
母が声をかけ、父も頷く。
タリヤは「はーい」と返事をし、弟を抱き上げたまま家の奥へ進んでいった。
夜の食卓は、久しぶりに賑やかだった。
弟はパンを頬張りながら、最近あった出来事を一気にまくしたてる。
タリヤもつられて笑い、母は何度も「こぼすんじゃないよ」と手を差し伸べた。
父は黙って聞きながら、時折うなずき、時折目を細める。
やがて夜が更け、弟はあくびをしながら母に抱かれて寝室へと運ばれていった。
家の中がしんと静まり返ったころ、父の声が低く響いた。
「……タリヤ。ちょっと来なさい」
囲炉裏の前に腰を下ろすと、父は火にくべた薪を見つめたまま言った。
「王都の空気が荒れてきていることは聞いた。本部でも“影”が入り込まないよう、監視の目を強めているところだ」
タリヤは膝を揃え、少し考え込んでから答える。
「……王都の屋敷の周りでも、妙な気配を感じることが増えてきてる。もう誰もいないっていうのに」
父は視線を炎に戻し、短く告げる。
「なにか異常を感じたらすぐに報告をあげろ。わかってるな」
「わかってるよ、お父さん。もう新人じゃないんだから。……クラウディア様も、お父さんも心配性なんだから」
父は苦笑を漏らし、それから炎をじっと見つめた。
やがて低く、ゆっくりと噛みしめるように言った。
「……シュトラール嬢は若くして両親を亡くし、祖父が育ててきたが、その祖父ももういない。あの若さで、よくここまで一人で背負ってきているものだ。奇跡みたいな話だ」
タリヤは黙って耳を傾ける。
「そんなあの子の、残された唯一の家族とも言えるのが俺たち領民だ。あの子が領主になってからの発展は、先代の頃とは比べ物にならない。……あの子は、自分と同じ境遇――両親を失って取り残される子供が二度と出ないような領地を作ろうとしている。生きるために無理やり強くならなければならない、そんな境遇の子供を……もう二度と生ませないためにな」
囲炉裏の火がぱちりと爆ぜ、部屋の中に静寂が落ちた。
タリヤは小さく息を吐き、うつむき加減に言う。
「……わかってるよ……」
「で、その話、何度目?」
父は一瞬きょとんとした後、肩を揺らして苦笑した。
本当はしんみり終わらせるつもりだったのですが、どうにもタリヤっぽくない気がして……最後はちょっと明るく軌道修正しました。お父さんはシュトラール領 諜報部本部所属の設定。
彼女らしさが少しでも伝われば嬉しいです。
楽しんでいただけていれば、ぜひ【ポイント・ブクマ】で応援よろしくお願いします!
それとあまり苗字が必要な場面は無いとは思いますが、先ほどようやくフルネームが決まりました。
見た目はご自由に想像していただければと思います。
タリヤ=フレッチャー
マイルズ=チェインバーズ
キミトフ=シンフィールド