たかしちゃん
この世界はどうしようもなく壊れてしまったようだ。世界中のペットたちが急に言葉を話すようになったと思ったら、その中身はchatbotだった。何を言っても肯定するし、妙に飼い主を褒めたたえるし、その割に行動原理は元の動物のまま。動物愛好者たちの多くは不快感をあらわにし、抗議デモも各地で行われ、選挙では与党が大敗した。
フェイクニュースがすべて真実になる事件も記憶にあたらしい。そのせいで、ある国家の独裁者は世界最高のトップアーティストになり、麻薬中毒によって死んで、そのあとに民主主義国家が成立してしまった。その後、国民の意志によって隣国と戦争が行われ、敗北した。
「どこに向かっているのですか?」
塀の上を歩く首輪のついた白猫が話しかけてきた。
「学校だよ」
「その年で?」
「仕方ないだろう。急に私の戸籍上の年齢が十五年も下がってしまったのだから」
肉体は、正真正銘三十二歳男性。しかし同時に私は女子高生なのだ。制度上。他にもそういう人たちがいる。そうなっても、なんとか生きていくしかない。
「おはよう、たかしちゃん」
たかしちゃん。最悪な呼び名だ。
「あ、おはよう真凛」
「あ、すね毛剃ったんだ。偉いね」
「男子たちから不評だったからね」
「さすがにね? でも、たかしちゃんの唯一の欠点がなくなったら、モテすぎちゃうんだろうなぁ」
何の冗談かと思うかもしれないが、私はこのクラスのマドンナになっている。見た目によってではなく、その落ち着きと、男子たちに親切で、話を合わせる能力によって、だ。
高校生なんて、気むずかしい会社の上司よりよっぽど機嫌を取りやすい。こんなことを言うのはなんだが、私には女子高生の才能があった。
「たかしちゃんさ、進路どうするとか考えてる? やっぱり進学?」
「まぁ、そうなるだろうね。できれば国公立がいいかなって」
「でもたかしちゃん。今日ニュースで、国公立の大学が全部宇宙人に侵略されて、人間の新入生を受け入れない方針に変わったって聞いたよ?」
「それ、フェイクニュースだよ」
「つまり、それが真実になるってことでしょ?」
私は頭を抱えた。で、あるならば仕方なく私立大学に入るしかない。学費はかさむが、十年間、ずっと独身で趣味もなく働き続けていたから、貯金は十分にある。
「私は、もうさっさと働き始めようと思ってるんだぁ」
「職種は?」
「親戚が飲食店やってて、そこのホールスタッフがいつも人手不足だから、そこで働かないかって誘われてるんだぁ」
「真凛の親戚って、確か地底人だったよね?」
「そうそう。だから卒業したらもう太陽を見ることはなくなっちゃうかも」
「まぁそうなっても、時々は会いに行くよ」
「ありがとうたかしちゃん! 大好き!」
そう言って真凛は抱き着いてくる。女子高生になってから半年がたったが、いまだにこういうスキンシップには慣れない。
「壊れすぎでしょ、この世界」
教室について、黒板のあるべき場所にあったのは、断頭台だった。
「おいお前ら! 先生、これから死ぬから、ちゃんと見とけよ! 一回しか見せないからな!」
「先生! 自殺は良くないですよ」
「自殺じゃない、これは処刑だ。テストに出るから覚えとけよ。あと、この映像の感想を、今週の水曜日までに必ず提出すること。わかったな!」
「きゃあ!」
ころころと、なぜか愉快な音を立てて先生の生首が、私の足元に転がってきた。私はそれを拾い上げて、先生のまぶたを閉じてあげた。
「先生、盗撮してたらしいからな」
「えぇ、そうなの?」
「だから、処刑になったって、前の全校集会で校長先生が言ってたでしょ?」
「全然聞いてなかったわ」