第四話
皇帝の一言によって、アントンは14歳から士官学校に入校することが決まった。
それに伴い、近く本格的な軍式教育が始まることも明らかになった。
「軍式教育は……少し嫌だなぁ」
気の重い心を晴らすため、アントンは教育係のビッシンゲン少佐とともに、シェーンブルン宮殿の庭園を静かに歩いていた。
やがて並木の曲がり角に差しかかる。
そこに、一人の若い士官候補生が、姿勢を正して立っていた。スラヴ系と見て取れる顔立ちだった。
「大公殿下。おはようございます」
候補生は軍礼を取り、丁寧に挨拶をした。
「おはようございます。あなたは……士官候補生?」
多民族国家オーストリアにおいてスラヴ人が士官を目指すことは珍しくはない。
だが、王宮庭園内で彼らと出会うのはアントンにとって初めてだった。
少し驚きながらも尋ねると、青年は真っすぐな眼差しで答えた。
「はい、大公殿下。第2年次の候補生、クロアチア王国出身、ミロシュ・ドラゴミールでございます」
背後で教育係の少佐が、その様子を静かに観察していたが、アントンは気にも留めず、ほんの少しの好奇心を覗かせて質問を続けた。
「将来は、どこに配属されたいのでしょう?」
ミロシュは微笑を浮かべ、穏やかな声で答えた。
「大公殿下、できれば第5軍団にて、ドナウ川南岸の防衛に従事したく存じます」
ウィーンの参謀本部などを目指すものと思っていたアントンは、意外に感じてさらに尋ねる。
「なぜそこを?」
ミロシュは言葉を選びながら、丁寧に答えた。
「……我が家の村は川沿いにございまして、幼き頃よりその流れを見て育ちました。
祖父もその地にて兵務にありました。私は祖父と同じ道を歩みたいのです」
その言葉にアントンがさらに何かを言おうとしたとき、少佐が一歩前に出て口を開いた。
「アントン様、日が高くなります。そろそろ戻らねばなりません」
名残惜しそうにアントンはミロシュに別れを告げた。
「ドラゴミール候補生、良い任務を。立派な将校になるように」
ミロシュは深く礼をし、姿勢を崩さぬまま応じた。
「大公殿下のご期待に恥じぬよう、努めてまいります」
この短い会話は、アントンにとって忘れがたいものとなった。
世界随一の都・ウィーンよりも、故郷を想い、祖先を敬うその若者の姿に、彼は強く心を打たれたのだ。