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第二十二話

一年次が終わり、アントンは今、シェーンブルン宮殿の一角をまっすぐ歩いていた。


着用しているのは士官候補生用の礼装。足取りは重くはないが、自然と背筋は伸びていた。


進級の報告を兼ねた皇帝陛下との謁見は、あらかじめ予定されていた。しかし今朝、急きょ個別に話があるとの連絡が入った。


この時期に、何を語られるのか。


執務室の扉が開かれ、アントンは静かに頭を下げた。


「陛下、アントン・マリア・フェルディナント・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン、参上つかまつりました」


椅子に腰かけていた皇帝フランツ・ヨーゼフは、ゆっくりと頷く。


「よろしい。そこに立て。少し話をする」


皇帝の声は、年齢にふさわしい落ち着きを湛えていた。


「テレジアニウムの成績、見せてもらった。野外演習も昇級試験も、無事に終えたと聞いている」


「光栄に存じます」


「それに、クリスマスの時よりも、顔立ちに成長を感じる」


アントンは、即答はせず、視線を正面に向け直した。


「前よりも思考することの重要さを理解したからでしょうか?」


「そうなのかもしれないな」


皇帝は椅子からゆっくり立ち上がり、机の上の一枚の地図をアントンに向けて滑らせた。


「この国が、なぜ帝国と呼ばれるか分かるな?」


「複数の王冠が、一人の皇帝の手にあるからです」


「そうだ。それは皇帝の王冠の下には、何十もの、時に相容れぬ思惑がうごめいていることを意味する」


アントンは頷いた。


「アントン、お前がこれから直面するのは、銃弾だけではない。多くの民の怒り、誤解、嘲笑、そして時に、味方からの冷淡な視線だ」


皇帝の声音に、わずかに苦味が混じった。


しばらくの沈黙ののち、皇帝はふと、表情をわずかに和らげた。


「アントン。特別課程への打診が届いているな」


「はい。非公式ですが、話は聞いております」


「ならば、少し内容を知らせよう。視察任務を一件。その後、民族問題に関連する内部任務を一件。これはお前に必要な現実だ」


口を閉じたまま、彼は皇帝の目を見つめ返した。その視線は帝国を知り、将来に関与する者としての目だった。


「ずいぶん整った話ですね」


「まだまだ知らなければならないことがあるということだ。この国は混乱の最中にある。実際に今、オーストリアがどれだけ望んだとしても、ハンガリー議会は軍備増強を拒んでいる。鉄道一本すら通すことができん」


「ハンガリーが独自の軍を持ちたいと言っている件ですね…」


皇帝はため息混じりに頷く。


「その通りだ。アントン。お前から見てこの国の軍備はどうだ?」


「…内輪揉めしている暇がないほどに、他の列強には大きく差をつけられています。今戦争を起こせば何が合っても負けるでしょう。たとえそれが、列強の末席に座ったばかりの大日本帝国だとしても」


「よろしい。…今はそれだけ理解していれば十分だ。特別課程後に、何を学んだかまた聞かせてもらう」


皇帝は背を向け、再び執務机に向かって座った。


「行け。行動によって語れ。」


彼は静かに礼をとり、部屋を後にした。

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