第二話
1900年、アントンは10歳になっていた。
あの夢を見た数日後から、15名の家庭教師による本格的な学習が始まり、朝から晩までびっしり詰め込まれた授業の中で、アントンは次第に確信を深めていった。
――あれは夢でも幻でもない。2020年代の日本人として生きた、自分自身の記憶なのだと。
神学、礼法、語学など、まったく分からないものも多かった。だが、それ以上に不自然なほど分かってしまうこともあった。
たとえば今、戦術理論の講義で語られているナポレオン型の縦深戦術を聞いていると、彼の脳裏には塹壕によって膠着する戦場の光景が鮮明に浮かんできた。
「アントン様、この場合どのように対応するのがよろしいと思われますか?」
教育係であるビッシンゲン少佐が、穏やかな口調で尋ねる。
「……塹壕を掘り、機関銃の火力で吹き飛ばせばいいのではないでしょうか? そうすれば、騎兵の機動力は失われます」
頭の中に浮かんだ映像を、アントンはぼんやりと口にした。しかしその瞬間、自分の失言に気づいた。
確かにこの時代すでに機関銃はすでに実在する。しかし、オーストリアではまだ段階的に導入されつつある最新の武器であり、帝国陸軍でそれを戦術の中核に据えるなど、教本には一言も書かれていない。
何かを言おうにも、すでに空気はわずかに変わっていた。
「アントン様、なかなか面白いご発想ですね」
そこには、にこやかに微笑みながらも、どこか探るような視線を向ける少佐の姿があった。
そして、傍らでその様子を見ていた記録係は、何かに納得したように静かに筆を走らせていた。




