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第十七話

孤児院訪問の数日後、テレジアニウム陸軍士官学校へ戻ったアントンは、休暇の余韻を断ち切るように、すぐに制服へと袖を通した。冬期演習の準備が始まると、候補生たちの足音は日ごとに鋭さを増してゆく。


校庭の奥、地面を踏みしめながら、アントンは整列する第三小隊の列へと加わった。


心の奥底には、あの日、孤児院で問われた言葉が静かに残っていた。


「それって寂しくないの?」


あの少年の問いには、鋭さも、敵意もなかった。ただ真っ直ぐな好奇心だけがあった。

だからこそ、胸を突かれたのだ。


(今の自分は…なぜここに居るのだろうか)


アントンはその答えを見つけるかのように、足元の雪を噛むように歩いた。


————


その日、実施されたのは「局地防衛戦」の図上演習だった。


教官の指示でアントンは第三小隊を率いる役に任命された。これは昇進評価にも繋がる重要な演習だ。


配布された戦域図の上には、寒村の地形、物資の配置、各部隊の能力が細かく記されていた。


「この村を夜明けまで保持せよ。敵部隊の襲撃は不確定だが、接近の兆候あり」


教官が短く言い放つと、各小隊長に紙片と命令板が渡された。


アントンは図上の段丘と森、村落の境界線を読み取ると、すぐに各班に指示を出し始めた。


「第1班、段丘上に狙撃手を配置。視界の確保を優先。第2班は村内の建物に分散して火点を築け。第3班、予備戦力として南林に潜伏。連絡係は斜面下に配置」


命令は簡潔で、整っていた。


候補生たちはすぐに動き出し、紙片の部隊マーカーを地図上に並べる。冬の静けさが、部屋の空気を締めつける。


(この戦況で一番危ういのは、敵の進入経路の予測だ。だがそれより……)


アントンは命令板を見つめながら、ふと考えた。


(もし、村を守ることが不可能になったら。撤退も許される場合、何を守るのか。命か、任務か、それとも誇りか)


その問いは、誰から命じられたわけでもない。自分の中に芽生え始めた問いだった。


教官の静かな声が場に響く。


「演習開始」


地図の上では紙片が滑り、火線が赤鉛筆で引かれる。交差する視線と判断。数分後には、小隊の判断で敵主力が村の西端を突いたという想定が告げられた。


アントンは即座に命じた。


「第2班、村中心部の家屋を捨てて西の広場へ後退。第3班、林から展開し、十字路で交差点を形成」


瞬時の判断に、教官が小さくうなずいた。


(今の自分なら、たとえ命令がなかったとしても、動く理由を持てるかもしれない)


ふと、孤児院の子どもたちの顔がよぎった。



演習が終わり、評価が告げられる。


「アントン大公候補生、判断における迅速性と部隊の応答性は共に優。地形把握、資源配分も実戦想定に則しており、統率力が明確に向上しています」


「来週からの野外演習では、今まで以上に即応と持久が試されるでしょう。厳しい環境になりますが、それに応えられると期待していいます」


「心得ました」


アントンは短く返し、深く頭を下げた。


講評を受けたあと、他の候補生たちがちらりとこちらを見ていた。


アントンは帽子のひさしを指で整えた。


(以前アロイスの言ってた英雄像…士官としては間違っているが、英雄としては間違ってはいないのかもな…)


小さく息を吐き、演習場を出た彼の足取りは、確かに以前よりも、軽かった。

士官学校では史実における重要人物の登場や、ターニングポイントへの立ち合いがとても厳しいので、早めに終わらせようと思います。時の流れが早いと感じる方もいるかもしれませんが、ご了承ください。

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