第十三話
入学から3ヶ月、クリスマス休暇が近づき、テレジアニウム士官学校では中間考査が始まっていた。
現在行われているのは戦術の筆記試験。
試験問題は二つ。ひとつは図上の戦術判断、もうひとつは簡潔な命令文の作成だった。
アントンは配布された地図を確認しつつ、問題文を黙読する。
“小隊を率い、斜面下に展開した敵に対し、夜明けまでに村の防衛線を確保せよ。必要があれば撤退の判断も可とする。”
(これは予備線の構築が必要となる。撤退の判断も許されているが、中途半端な撤退は命令違反になりかねないな…)
アントンは自分の紙の上に最初の一行を書き始めた。
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次に行われたのは軍事史と戦史の口頭試問であった。
候補生たちは一人ずつ呼ばれ、教官の前で即答を求められた。
アントンの番になると、試問官は問いかけた。
「クレシーの戦いと、ケーニヒグレーツの違いは?」
「ナポレオンがアウステルリッツで使用した機動戦術とは?」
それは他の候補生と同じような質問であったが、最後の質問だけが異彩を放っていた。
「最後に、アントン大公候補生。あなたが考える士官に必要な信念とは何でしょうか?」
唐突な問いに一瞬戸惑いながらも、アントンは答えた。
「命令に従いながらも、現地の状況を正しく読み、部下を守る選択をすることです」
試問官は無言でうなずいた。それ以上の言葉はなかった。
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数日後の午後。講義室ではミロシュ・ドラゴミール補助教官による個別の成績通知が行われていた。
アントンが呼ばれたのは最後だった。
「アントン大公候補生、戦術・地理・歴史の評価はすべて優、口頭試問の回答も評価されています。
ただし、班内評価では統率力において消極的という記録が複数ありました」
ミロシュは成績表に目を通しながら言った。
「慎重さは美徳ですが、それが伝わらなければ部下に疑念を抱かせることもあります」
アントンは短く「はい」と答えた。反論はない。宮廷では記憶の存在を隠すため、ほどほどの評価を求めてきた。その癖が無意識に出てしまっているのだ。
「これが現在の評価です。冬季休暇前の最後の務めとして、しっかり受け止めてください」
「心得ました」
ミロシュは成績表を閉じると、一度だけアントンを正面から見た。
「最後に補助教官ではなく、ミロシュ・ドラゴミールとして一言言わせていただきたいです」
「現在、殿下は、まだ多くの文化や思想を理解する段階にあるのかもしれません。ですが私は、殿下が将来、そうしたすべてを包み込める存在になれると信じています」
その言葉に、アントンは少しだけ目を見開いた。
「…そうなれれば嬉しいものですね」
静かに礼をして、講義室を後にする。
外ではすでに日が傾き、細かい雪が舞い散っていた。
廊下にはユーリ・メフコが立っていた。成績通知を受け取った後も、成績表をじっと眺めていたらしい。
「どうだった?」
アントンが尋ねた。
「中の上、悪くはないですが、口頭で『記憶力に頼りすぎる傾向』と言われました。大公殿下はどうでしたか」
「私も似たようなものだよ。悪くはなかったが、慎重すぎるとも」
ユーリは少し笑った。
「そう言われるなら、殿下はもう少し私たちに命令してもいいと思いますよ」
アントンは苦笑した。
「命令より、君たちの判断を見たいだけさ」
軽くそう返しながらも、心にはミロシュの言葉が残っていた。
しかし、時間は思考を待ってはくれない。
クリスマス休暇、アントンは宮廷に帰らねばならない。




