第十二話
テレジアニウム陸軍士官学校では、視察の数日前から緊張が走っていた。
年に一度の皇帝陛下の来訪。それは軍の儀礼であると同時に、帝国の若き将校候補生たちを見定める時でもあった。
朝礼広場には、全学年の士官候補生たちが整列し、並ばされていた。
その中には二人の皇族の姿があった。
第1年次にはアントン・マリア・フェルディナント大公。
第2年次にはカール・フランツ・ヨーゼフ大公。
どちらもハプスブルクの血を引く皇族でありながら、訓練服に身を包み、列の中に混じっていた。
軍楽隊が行進曲を奏でる中、皇帝の白馬が中央に滑り出た。
そして候補生たちの列の前をゆっくりと進みながら、彼らを静かに見渡していく。
やがて、アントンの前で馬が止まった。
「アントン・マリア・フェルディナント大公」
凛とした声がアントンの耳に届く。皇帝は騎乗のまま、わずかに身を乗り出した。
「テレジアニウムでの暮らしは、お前に何を教えているか?」
アントンははっきりと答えた。
「秩序、そして責任の重さを学んでおります、陛下」
皇帝はただ静かに頷いた。
そして馬を進め、数列後方にいたカールの前でも止まる。
「カール・フランツ・ヨーゼフ大公」
「軍について、少しは掴めてきたか?」
「命令を与える事の重さに気づき始めております」
皇帝は、二人を皇族として静かに測っていた。
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閲兵が終わり、アントンが講堂に入ると、そこには既にカールが待っていた。
「アントン」
「カール兄上」
二人きりになるのは久しぶりだった。だが礼
を交わしたあとは、互いに椅子に腰を下ろした。
アントンが先に口を開いた。
「皇帝陛下は、我々を士官候補生としてではなく、血統として測られているのですね…」
カールは腕を組み、静かに頷いた。
「我々の行動が誤れば、それはハプスブルク家の失策になる。だから試される。軍務でも、礼法でも」
「我々は何も言わず従う者たちの存在を忘れてはならない。すでに帝国の支配は、敬意ではなく忍耐の上に成り立っているからだ。私はそれをこの学校で学んだよ」
アントンは息を呑んだ。
カールのその言葉は、何よりも現実を射抜いていた。
式典の整列中、斜め前にいたクロアチア人の候補生が、帽子の下でちらりと視線をよこしてきたのを思い出す。
その目には忠誠以外の何かが宿っていた。
二人の皇族は、互いに目を合わせた。
互いに思うことはあったが、言葉は何も出なかった。
廊下の外では、他の候補生たちが整列を解かれ、笑い声を交えて荷物を整理していた。
だが、講堂の中にいる二人は、その喧騒には届かない別の場所にいた。
やがて呼び出しのノックが響く。
それが短い面会の終わりを告げる合図だった。
「またな、アントン」
「はい、兄上。次は教練場でお会いしましょう」
二人は立ち上がり、姿勢を正してそれぞれの出口へと向かっていった。




