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第十話

机上に広げられた軍用地図の上に、紙片の部隊マーカーが並ぶ。

それぞれが小隊内の各分隊を表し、指揮官役のアントンの手元には、小型の命令板が置かれていた。


教官が背後から歩み寄り、時計に目をやると、簡潔に確認を行う。


「第3小隊第2班、図上戦術演習準備完了と見なします。命令を発出願います。」


班員たちは姿勢を正し、紙と鉛筆を構える。

アントンは地図に視線を落とし、明確な口調で話し始めた。


「敵は南西方向からの接近が予想される。我々の任務は、この村を明朝まで保持することにある。よって、主火点は段丘上の選抜射手陣地に置く」


人差し指で段丘を示す。


「第1班、ラインハルトは選抜射手班とし、段丘の胸壁陣地に配置。高所からの狙撃と威嚇を担当」


「第2班、ヨセフは村中央の農家に拠点を設け、敵歩兵の進入に備えよ」


「第3班、ユーリは北林に展開。予備戦力として移動態勢を維持」


「アロイス、君は各班との連絡係を務めてくれ。必要に応じて火点調整や伝令に入ってもらう」


全員が短く頷く。


「以上が初期配置。状況に応じた判断は各班に委ねる。命令は最小限に留める」


「「了解!」」


班員達の揃った声が返ってきた。

その様子を見て教官は宣言する。


「演習を開始する。殿下以下、各員の戦術判断は逐一記録される。慎重に臨まれよ」



――――――――――――――――――――



地図上の紙片が滑る音がする。

ヨセフが自隊のマーカーを農家に移動させ、アロイスは静かに動きを記録していく。


教官が淡々と状況を読み上げ始める。


「敵部隊、南西山道より接近。6名。装備、歩兵小銃、偵察1、狙撃1」

「敵、段丘視認圏に接近。射撃開始可能距離に入る」


アントンは即座に命じる

「第1班、射撃開始を許可」


ラインハルトが紙片に赤ペンで火線を引く。


「敵斥候2名、後退。主力は方向を変え、別方角へ展開」


「段丘の火点が効いている」

ヨセフがつぶやいた。


「西街道方面より再接近の兆候」

アロイスが即座に指摘する。


「西に兵を分けますか?」

ユーリが問う。

それにアントンは首を横に振った。


「第3班は現位置を維持。第2班、建物の遮蔽を利用し、敵の接近を待て」


数秒の沈黙の後に、教官が声を発した。

「敵部隊、民家西側より強行接近。5名、遮蔽下に移動中」


「第2班、交戦開始。外周を一部開放し、敵を射線交差点に誘導」

ヨセフが即応し、火線を再構成する。赤い線が微かに角度を変える。


「第3班、村外縁部へ移動を開始。支援に回る」

ユーリが林から外れへと紙片を移動。


「敵4名、後退開始。1名戦闘不能扱い。演習継続中」


数秒後、空気が切り替わるように、教官の声が響いた。


「演習終了。各員、静粛にして講評を受けよ」


室内に沈黙が満ちる。

教官一歩前に進み、言葉を発した。


「殿下の指揮に対し、以下を講評といたします。」


全員が静かに正面を向いた。アントンの表情にも緊張が見える。


「殿下の戦力配置は的確でした。 地形を適切に評価し、部隊の特性に即した任務配分が行われていたと判断します。

特に段丘火点による敵の進路制限、農家を防御拠点とする戦術設計、予備班の後方展開は理論に適合しておりました」


一拍、間を置いてから教官は続けた。


「ただし、主火点が砲撃を受けた場合の副次火点があらかじめ準備されていなかった点は、指摘しておきます。殿下のように冷静な指揮を執られる方であっても、状況が悪化する可能性は常に想定されるべきです」

「次回以降、交代陣地の構築とその明示を盛り込むようご留意ください」


アントンは無言で一度、深く頷いた。


「第3小隊第2班、総合評価は合格と判断いたします。 次班、入室せよ」


扉が開かれ、次の班が静かに入室してくる。

アントンたちは無言のまま立ち上がり、地図をたたみはじめた。

その手の動きには、確かな自信が宿っていた。

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