そして未来へ(終)
「それじゃモンちゃん、向こう行ってもがんばれよ」
「ああ、もちろんや。…シバちゃん…ほんま…いろいろ、ありがとな…。ワシ、芝ちゃん達のおかげで…」
その日朝早く、多門と芝次郎、そして敦と航平は、最寄りの駅のホームで電車を待ちながら最後の別れを交わしていた。
多門の目からはもう涙が滲んでいた。
「ゲン太くん…げんきでね」
「航平…」
航平が神妙な、すこしぼうっとした顔で呟く。
敦もまじめそうな顔だ。
「悪いな、せっかく友達なったのに…ひとりでも大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ママがもう帰って来たし、ゲン太くんがおしえてくれたドッジボールだってあるもん」
そう言って航平は少し笑顔を作り、ボールを投げる真似をする
「そだな。まあでも、あんま無茶すんなよ。きっと…あいつら、お前と仲良くしたいんだよ」
敦は言った。あいつらとは、航平をいじめた二人の子供達の事だろう。
「そうなの?」
「たぶんな。きっと、おまえがかわいいんじゃねーの?」
そう言ってゲン太は少しそっぽを向いた。
「ふぅん…」
航平は不思議そうな顔をした。
「ま、なんかあったらママに言えよ。俺に手紙書いてもいいけど」
「うん!ゲン太くんも、書いてね」
「おう、気が向いたらな。あ、あと…俺、玄田じゃなくなるんだ」
「え?」
「玄田は母ちゃんの新しい相手の名前だから。父ちゃんの名前になって、斧山になるんだ。」
「おのやま、あつし…くん?」
「おう!」
敦はニカっと笑った。
その時、アナウンスが流れ、ホームに特急の電車が滑り込んで来た。
「芝ちゃん…航ちゃん…げんきでな…」
多門が涙目で、芝次郎に握手を求める。
「おう、モンちゃんもな。落ち着いたら、いつかまたGWにでも、釣りに行こう」
芝次郎は多門の手を握り、多門の背中を叩く。
「うん、ワシ、絶対いくで…」
「ああ」
多門は涙をぬぐった。
「おっちゃん、ありがとう!またいつかあそんでね」
「航ちゃん…いろいろありがとな…」
多門は泣きだしそうな顔で、覆いかぶさるように航平を抱きしめた。
航平もうれしそうに多門に抱き着く。
「元気でな。また絶対会おな」
「うん、おっちゃんもげんきでね!おっちゃんの料理、美味しかったよ!」
「航ちゃん…」
多門はまた涙を溢れさせ、航平を強く抱きしめた。
プルルルルルル…
ホームから発車ベルが鳴る。
「父ちゃん、そろそろ乗らないと」
敦が多門の上着の端を引っ張る。
「あ、そやな。それじゃ、芝ちゃん、航ちゃん、またな!」
「モンちゃんも元気でな!」
「おっちゃん、ゲン太くん、またね!」
「おう、航平、またな」
多門と敦は特急の電車に乗り込んだ。
扉が閉まり、電車がゆっくり滑り出す。
多門と敦は窓から遠くなっていく芝次郎と航平を見つめていた。
窓には小さくなっていくホームと、涙をぬぐう多門、そして寂しそうな顔の敦の顔が映っていた。
―――22年後。
日も落ちた頃、ある男が駅の構内の窓から外を眺めていた。
かなり体格の良い、半袖ワイシャツにネクタイ姿の男だ。
男はいつかの少年と同じような、少し寂し気な顔をしていた。
「斧山先輩~、すみません、お待たせしました」
トイレの方から一人の、ネクタイ姿の少し太目だがかなり小柄な青年が鞄を持ってかけてきた。
斧山先輩と呼ばれた男と並ぶと、大人と子供と言われてもあまり違和感がないほどの身長差だ。
「おう、豆田、行くか」
二人は駅を出て、歩きだした。駅から離れ、住宅街を歩く。
「先輩の家…このあたりなんですね。ぼく初めてで…」
豆田と呼ばれた小柄な青年は興味深そうに周りを見渡しながら言った。
「もう着くぞ。ここだよ」
やや古めかしい日本家屋の前に立ち止まり、男はチャイムを押した。
すると、ガラっと音を立てて木戸が開かれ、ムスッとしかめっ面の太目の老人が顔を出してきた。
豆田が、思わずビクっとする。
「敦ーーーーーー!!よう帰って来た、敦、敦~~~~!!」
その老人は大はしゃぎで、男に抱き着き、男の周りを飛び回った。
「お、親父…お客さんきとるから」
斧山敦はつぶやいた。
これが…斧山先輩の…お父さん?
豆田はポカーンとしていた。
「さ、お客さん連れてくるゆうてたからいっぱい御馳走作って待っとったからな、はよ食べや」
テーブルには大量の美味しそうな料理が積まれていた。
鶏の唐揚げ、カレー、マッシュポテト、煮物、サラダ、フルーツなど、様々な料理が驚くばかりの山盛りになっている。豆田は目を丸くした。
「おう、親父ありがと」
荷物を下ろした敦はそれを当然のように腹に入れていく。
豆田はそれを見ながら思った。 先輩がでっかいのは、お父さんの料理のせいだったんだな…。
「どうしたんだ、お前も食べろよ」
「あ、は、はい。いただきます…」
先輩に促され、豆田が敦の方をはにかみながら見つつ、煮物に手を伸ばした。
それをそっと見つめていた多門は、ふっと優しそうな目で微笑んだ。
「あ、これ美味しいです!先輩のおとうさん、ありがとうございます」
豆田が笑顔で言う。
その笑顔を多門は一瞬じっと見つめた。
「う、うん、いっぱい食べや」
多門も笑顔を返した。
「それじゃ、ぼくこれで…今日はどうも御馳走様でした」
夕食も終わり、豆田が帰宅する事になった。豆田は鞄を持ち、立ち上がる。
「なんだ、泊ってけばいいのに」
ネクタイを緩めた敦が言う。
「えっ、そんな、嬉しいですけど、ぼく、ああぁ…、明日田舎から親が来るみたいで…つ、次は是非!」
豆田がドキマギしながら反応する。
「ふーん。まあ、また来ようぜ。親父も暇してるしさ」
「はい!」
豆田は笑顔で返した。
「豆田くん、もうかえるんか、残念やな。見送りするわ。あ、残り詰めるからちょい待っとき」
台所から出てきた多門が、急いでタッパーに唐揚げやマッシュポテトや煮物を詰めだした。
「え、そんな先輩のお父さん、悪いですよ…」
「ええんやいっぱい作ったんやし、家で食べてや」
「は、はい!ありがとうございます」
玄関で豆田にタッパーの入った紙袋を渡し、多門は豆田に近付き、そっと耳打ちした。
「豆田君、がんばりや」
多門がニっと笑う。
「えっ!なにがですか、、、あっ、仕事ですよね、が、がんばります」
豆田が顔を真っ赤にして反応した。
「それじゃ…ありがとうございました。失礼します!」
ペコリと頭を下げて豆田は帰って行った。
豆田を見送り、部屋に多門が戻ってくる。
「敦、豆田君、ええ子やんか」
「う、うん。まあな」
敦はそっけなく答え、どんぶり飯をかきこむ。
その様子を眺め、多門は微笑んだ。
多門はふと箪笥の上の二つの写真立てに目をやった。
そこには多門と敦の写真と、芝次郎とまだ小さい航平、多門の3人の楽しそうな写真が飾られていた。
芝ちゃん、航ちゃん、ほんまにありがとな…。
ワシ、今日も元気やで。
了




