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ひとりぼっちの君へ

「芝次郎さんあんた…それ、子供か?」

ゴルフ場のラウンジバーで、隣に座り酒を飲んでいた関西弁の男が芝次郎の財布に入れてあった写真を見て言った。

「ああ…息子だ。今5歳でな。あんたのとこにも?」

「わ、ワシも息子おるで。敦って言ってな、あんたのとこよりかわいい息子や!……もう…もう…、会えへんけど…」

そう言うと中年男はぐっと酒をあおった。最後は涙声になっていた。

「…斧山さん……良かったら今度、うちに遊びに来るか?息子も遊び相手が欲しいらしくてな」

「え、ええんか…?わ、わし、行ってもええで!まあ、ちょっと今度の週末は暇やしな!」

「ああ、待ってるよ」

芝次郎は笑いながら言った。

「ようし決まりや!こうなったらわしらも仲ようやろうで!な、シバちゃん!」

急に元気になった赤ら顔の男が酒の入ったグラスを持ちながら芝次郎の肩を抱く。

「わかったよ、斧山さん」

「なんや他人行儀やないか。モンちゃんでええんや、多門のモンや!」

「わかったよ、モンちゃん」

二人は笑った。




土曜日の朝、芝次郎は救急隊員からの電話を受け取っていた。

「斧山多門さんは、現在急性アルコール中毒で危険な状態です」

モンちゃんが…。芝次郎は激しいショックを受けた。

「誰か付きそいのできるご家族の方と連絡は取れませんか?」

「モンちゃんの家族の連絡先?それは…」

それは分からない…芝次郎も、多門がバツイチだという事は知っていたが、元家族の連絡先までは分からなかった。

モンちゃんという言葉を聞いて、航平が色めき立つ。

「おっちゃんどうしたの!?」

「おっちゃんが…倒れたらしい」

「あなた」

「ん?」

黙って聞いていた玉子が口を開いた。

「もしかしたら…斧山さんの元ご家族の連絡先、分かるかもしれないわ」




敦は活発で運動が得意な子供で、多門にとって自慢の息子だった。

その敦の初めての幼稚園での運動会を多門はとても楽しみにしていた。

そんな矢先の突然の離婚、多門は運動会に出席もできず、門の外から覗いているしかできなかった。


何度も見た同じ夢。


元妻と新しい夫に手を引かれて、体操服姿の敦が背を向けて去っていく。


ああ…またこの夢か…。


敦…また行ってしまうんか‥。


しかしその時、敦がその二人から手を放し、振り返った。

顔は逆光で見えないが、その元気でわんぱくそうな少年は、多門の方を見つめた。


そしてゆっくり多門に手を差し出した。

その小さな手は、とても温かかった。



敦……?




ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…

規則的な電子音が病室に響いている。

多門がゆっくり目を開けると、薄暗い白い天井、ベッドを囲むカーテン、そして一人の少年が多門を覗き込んでいた。

ボサボサの髪、鼻に貼った絆創膏、赤く腫れたほっぺの傷…。航平の友達の、ゲン太だった。


「…敦…」


彼を見た多門は呆然とした顔で呟いた。

「父ちゃん…大丈夫か?」

ゲン太は心配そうな顔で多門を見つめていた。




1時間前。

「もしかしたら…斧山さんの元ご家族の連絡先、分かるかもしれないわ」

玉子は言った。

「玉子、本当か!」

「ええ、お友達の若島津さんのお友達のクラスに子連れで再婚されてる奥さんがいてね、その元旦那さんの名前が、うちに遊びに来る斧山さんと同じ名前なのよ。珍しい名前だし、まさかと思って…。

前に話した、暴れん坊ってすごく噂になってる子のお母さんよ。その方が玄田さん。

若島津さんのお友達と同じクラスだから、たぶん連絡網で分かると思うわ」

玄田…?まさか…。

「航平、ゲン太くんの名前を知ってるか?」

「? ゲン太くんの名前は、玄田 敦くんだよ」

芝次郎の中で、多門とゲン太の顔が浮かんだ。そういう事か…。

「玉子!玄田さんに、すぐ連絡を取ってくれ!」

「分かったわ」




「敦、おまえ…なんで…」

多門が敦を呆然とした顔で見つめながら、呟いた。

「なんか、航平の母ちゃんから連絡あったらしくて。父ちゃんが倒れたって。あ、航平ってのは俺の友達なんだけどさ」

「あっ、敦…、ほんまに敦なんか…」

多門はゆっくり起き上がり、震える両手で敦の肩を掴んだ。その温かく、やさしい感触に多門は涙が出そうになった。

丸い顔、体もまだまだ小さいのに、凛々しい太い眉毛。

最後に会った時よりも背は大きくなっていたが、それは確かに何度も抱き上げ、撫でた、とても懐かしいあの小さな敦だった。

「…敦…」

多門の目が潤み、手に力がこもる。

「父ちゃん」

敦が呟く。


その時、カーテンがシャッと開き、40歳くらいの女が入って来た。

少し派手だが高そうな服に身を包んだ、やや気の強そうな女だった。

しかし、妙に髪の毛がぼさぼさになっており、顔が腫れている。

「か、和江」

多門の元妻、和江だった。和江は入って来た途端にまくしたてた。

「あなた、もうこの子、ちょっといいかげんにしてよ!あなたが倒れたって聞いたらすぐ連れてけって暴れるし、あなたのとこに行くなんて言って聞かないんだから」

「わ、わしのとこ?」

多門の心臓の鼓動が高鳴る。

「そうよ、今日だって私はほっときなさいって言ってるのに大暴れするし、あなたのとこで暮らすって聞かないのよ!それでまたボールもぶつけられて…!!

問題ばっかり起こして、私がいつもどれだけ苦労してると思って…もうこの子あなたが責任持ってよ!!私は知らないからね!」

言いたいだけ言うと和江はツカツカと足音を立てて去って行った。

「ちょっと、病室ではお静かにお願いします」

「うるさいわね!」

廊下の方から看護婦と和江が言い合う声が聞こえた。


そんな和江の姿を呆然と見送ると、多門は再び敦に目をやった。

「…あ、敦、おまえ、なんで…」

敦はくりくりとした、でも意思の強そうな瞳をそらす。

「だって、母ちゃんのよりも父ちゃんの料理の方が旨かったと思うし」

そっぽを向いてそう言う敦のほっぺにも、大きな赤いビンタの跡が残っていた。

「……それに…母ちゃんには新しい相手も、子供もいるけど…父ちゃんは、俺がいなかったらひとりぼっちになっちゃうだろ」

敦は照れくさそうにそう呟いた。


次の瞬間、敦は多門に抱きしめられていた。


「と…父ちゃん」


多門の肩は震えていた。

そして敦を抱きしめたまま、ゆっくり語りかけた。


「…あ…あほやなぁ…おまえ…むこうおったらエエ暮らしできたのに…。

顔まで腫らして…そんなに無茶したら、あかんやないか…」

多門は敦の背中を愛おしそうに撫でた。

涙がとめどなくあふれ出し、止まらなかった。

「へへ」

敦は多門の腕の中で無邪気に笑った。




モンちゃん、良かったな…。

病室の扉の前では、芝次郎が目を潤ませていた。

「おっちゃん、ゲン太くん…」

病室を覗いて、航平が呟く。

「航平…、今は、ちょっと、二人にしてやろうか。おっちゃんと、ゲン太君、ゆっくり話させてやろう。わかるか?」

「……うん。わかった」

「よし、えらいぞ」

芝次郎は航平をがしがしと撫で、笑顔で抱きしめた。

「パパ…」

航平も芝次郎の胸で、嬉しそうに笑った。




「あ、そういえば…航平と航平の父ちゃんも見舞いに来てるよ」

抱きしめられていた敦が言う。

「えっ!シバちゃん達が…、あ、敦、呼んで来てくれるか」

急に顔を赤くし、周りを見渡す多門。

「わかった。おーい航平~」


その声を聞いて病室の前で芝次郎と航平が目を見合わせた。

「あ、パパ、ゲン太くん呼んでる」

「お、じゃあ行くか」

「うん!」

そう言って二人は病室に入っていった。


「おっちゃん!」

「おいモンちゃん…心配かけるなよ」

一気に病室が賑やかになる。


「シ…シバちゃん!航ちゃん…」

また多門の目が潤み出す。

「救急車から電話かかってきてな、驚いたよ。アルコール中毒って…大丈夫か?」

芝次郎の分厚い掌が多門の肩を優しく叩く。

「だ、大丈夫や…」

多門は顔を赤くして、うつむいた。胸がドキドキしている。

「おっちゃん、顔赤い!」

「父ちゃん、どうした?」

「な、なんでもあらへん!気にせんでええから」

多門が子供達に弁明する。

芝次郎がニヤリとする。

「モンちゃん、いつも通り元気そうでちょっと安心したよ」

そしてもう一度多門の肩をぽんぽんと叩き、そして笑った。

「シバちゃん…航ちゃん…敦…ありがとな…」

多門は顔を火照らせつつ、また滲んで来た涙を手で擦った。




多門の急性アルコール中毒は当初は危険な状態と思われたが、その後みるみる症状が改善して数日間の入院で済む事になり、医者を驚かせた。

その間、敦は芝次郎の申し出で彼のマンションに泊まる事になり、航平は大喜びした。

玉子は最初驚いていたが、意外と大人しい敦の様子に、「やっぱり、噂で人を判断したらダメなのよ」などと一人で繰り返していた。


多門の退院後多門と敦は少しの間アパートで暮らしたが、転勤に伴い二人で他県へ引っ越す事になった。

そして、とうとう引っ越しの日がやってきた。




最終回へつづく…。

一度真エンドをこちらに投稿したのですが、やはりなろうはifルートを投稿させていただく事にしました。

それに伴い、この話はifルートに差し替えてあります。よろしくお願いいたします。

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