三人で公園へ
その夜航平は明日が楽しみでなかなか寝付けなかった。
航平が行きたいと言った森林公園は芝次郎、玉子と航平で週末にお弁当を持ってピクニックに行った思い出の場所でもあった。
「もしかしたらママに会えるかな…?」
航平は布団をかぶり、天井を眺めながら一人呟いた。
翌朝の日曜日、芝次郎と航平はマンションの駐車場で車に乗り込もうとしていた。
「ほら航平、靴が脱げかけてるぞ」
「うん」
今日は久々に航平の写真を撮ろうとシルバーと黒のフィルムカメラを車に乗せ、航平の靴を芝次郎がしゃがんでしっかり履かせる。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
その時、駐車場の入り口あたりからポーンポーンとボールが弾む音がした。
航平と芝次郎が音に気付いて目を向けると、ドッジボールを片手に持ったボサボサの髪の少年が立っていた。
「ゴン太くん!どうしたの?」
航平がゴン太の元に駆け寄る。
「いや、ちょっと暇だったから。おまえここのマンション住んでるって言ってたしどうしてんのかなと思ってさ」
「来てくれたんだ!」
「おう。…お前の父さんか?」
ゴン太が芝次郎を一瞥して言う。
「うん!ぼくのパパだよ!」
「フーン…」
「そうだ!ゴン太くんも一緒に森林公園行こうよ!」
航平が言い出す。
「森林公園?」
「うん、アスレチックして、ソフトクリーム食べるんだよ!」
「俺は別にいいけど…」
「おい航平…」
ゴン太のボサボサの髪、鼻に絆創膏を貼り、傷だらけの顔を見て芝次郎は怪訝な顔をした。
「いきなり言われてもお友達も困るだろう。無理言うんじゃない」
「やだ!ゴン太くんと一緒に行きたい!」
「ゴン太くんのご家族の人も心配するだろう?」
「俺の親は夜まで帰って来ないし気にしないと思うけど…」
ゴン太が言う。
「しかし…」
「こないだフシンシャの人追い払ってくれたのもゴン太くんなんだよ!」
「え…」
それを聞いて芝次郎は少し考えた。
連れて行くといっても比較的近場の公園だし、夕方には帰れるからまあ問題ないか…。
「…わかった。じゃあ一緒に行くか」
「やったー!パパありがとう」
航平が喜んで芝次郎に抱き着いた。芝次郎が照れくさそうに笑う。
「さ、そうと決まれば二人とも乗った乗った」
芝次郎のワゴン車に後部座席に航平とゴン太は乗り込み、芝次郎の運転する車は公園へ向けて出発したのだった。
森林公園は芝次郎のマンションから車で数キロ行った所で、自然豊かな山に面した広い敷地にグランドや遊歩道、アスレチックの遊具などがあり売店のソフトクリームがいつもの航平の楽しみだった。
幸い良い天候に恵まれ、暖かい光にさわやかな風が吹く丁度良い行楽日和だった。
「パパ、ありがとう!」
「おじさん、ありがとう」
「うん。落とさないよう気をつけるんだぞ」
航平とゴン太は早速芝次郎に公園の売店で販売しているバニラのソフトクリームを買ってもらった。
「美味しそう!」
航平の瞳がキラキラ輝いている。
「ゴン太くん、あそこで食べよ!」
「おう」
航平がアスレチックの遊具に併設された木材を大胆に利用したベンチを指差し、ゴン太を促して駆けて行く。
「あっ!」
が、途中の砂場に足を取られて航平は一瞬体勢を崩し、ソフトクリームを手から落としてしまった。
ソフトクリームが航平の目の前の地面に落ちてべちゃりと潰れる。
「あ、あ…」
それを見た航平の顔がみるみる歪み、涙が溢れてくる。
「おいおい…言ったそばから…」首にカメラをかけた芝次郎が後から駆け寄ってくる。
その時航平の顔の前にソフトクリームが差し出された。
「これ、やる」
ゴン太がそっぽを向きながら言った。
泣きそうだった航平の顔がきょとんとした顔に変わる。
「ゴン太くん、いいの…?」
「おう」
ソフトクリームを受け取った航平が再び笑顔に変わる。
「ゴン太くん、ありがとう…」
「お、おう」
ゴン太は照れくさそうに鼻を擦った。
「はんぶんこする…?」
「し、してやってもいいけど…」
その様子をじっと見ていた芝次郎だったが、次の瞬間にっと笑顔になり、
航平とゴン太の頭を撫でた。
「まったくしょうがないな。もう一個買ってくるから二人で食べなさい」
その日は楽しい午後になった。
昼食は公園の売店で買ったホットドッグとポテトを三人で食べ、公園の遊具で航平とゴン太が遊んだり、グランドで二人でドッジボールで遊ぶ様子を芝次郎がカメラに収めた。
航平の母がいなくなった寂しさも、思いがけず現れたゴン太と一緒に遊ぶうちにその時だけは忘れる事ができたのだった。
夕方になり、三人は車で芝次郎のマンションに戻って来た。
「送らなくていいのか?」
芝次郎がゴン太に言う。
「うん大丈夫。航平のおじさん、今日はありがとう」
「ああ」
「ゴン太くん、また明日一緒に遊ぼうね!」
「おう」
ゴン太は来た時と同じようにドッジボールを弾ませながら帰っていった。
空が赤く染まり始めていた。
「芝ちゃん、航ちゃん、おかえり~。楽しかったか?」
芝次郎と航平が駐車場から自宅に戻ると、美味しそうな料理の匂いと笑顔の多門が出迎えた。
仕事が終わった多門が先に帰って夕飯を作って待っていた。
「モンちゃん、ただいま」
「おっちゃん、ただいま~!」
航平がTシャツにエプロン姿の多門にタックルして抱き着く。
「おお!航ちゃん元気やな」
「うん!今日もゴン太くんと遊んで、ソフトクリームも食べて、楽しかったよ!」
「そうか~そりゃ良かったなあ」
多門もニコニコして航平の頭を撫でた。
夕飯後、満腹になった3人はリビングでくつろいでいた。
「それでね、ドッジボールはこうやって投げるんだよ!」
航平が昼間ゴン太に教わったように、ボールを投げる仕草をし、それに多門が応える。
「おっ、航ちゃんカッコええな~」
芝次郎は穏やかに二人の様子を眺めていた。
料理が上手い多門の作った美味しい食事を楽しみ、久々に航平の楽しそうな姿を見て芝次郎も久しぶりに穏やかな気持ちになれていた。
「モンちゃんほんといつもありがとな。もしよかったら…これからも頼むな」
「えっ!も、もちろんや!ワシも楽しいし…いつでも来るで!」
多門は内心嬉しくてたまらなかった。
「そ、そういえば来週航ちゃんの誕生日やな。ワシ、ケーキ作ったるで」
「お、航平良かったなぁ」
「ほんと!?おっちゃん大好き!」
航平が多門に抱き着く。それを多門が笑顔で照れながら受け止める。
寂しい生活を送っていた多門も今は温かい気持ちに満たされていたのだった。
つづく…。