不審者の陰
キーンコーンカーンコーン
小学校のチャイムが鳴る。
「最近、この地区に不審者が現れたという通報があったそうです」
航平とゲン太が通う小学校2年生の帰りのホームルームだ。生徒達の前に教卓の前に立つ若い女性の教員が終礼の話をしている。
「知らないおじさんに話かけられても絶対に付いていかないように、みんな気を付けましょう」
「はーい」
子供達の元気な返事が響く。
「じゃあ、山岡さん」
教師が言うと学級委員長の生徒が立ち上がり、挨拶をする。
「はい先生。起立、礼、ありがとうございました」「ありがとうございました~」
「よう、航平。帰ろう」
廊下の窓からボサボサの髪に傷だらけの顔、鼻に絆創膏の少年がランドセルを背負い航平に声をかけてくる。
「ゲン太くん。うん!一緒に帰ろ」
航平が元気に返す。航平とゲン太はあれから休み時間に遊んだり一緒に帰宅する仲になっていた。
帰り道の商店街を一緒に歩く。通りにはタコヤキ屋、魚屋やパン屋、八百屋、雑貨屋等が営業していて賑やかで、それなりに人が行き交っていた。
「あいつら、あれからなんか言って来てるか?」
ゲン太が言う。母親の件で航平をからかっていた少年達の事だろう。
「ううん、大丈夫だよ」
「フーン。ま…なんかあったら俺に言えよな」
ゲン太がドッジボールを片手で回しながら言う。
「ゲン太くん、ありがとう」
航平が笑顔でゲン太の手を握る。
「お、おう…っと」
ゲン太は少し照れてボールを落としそうになる。
「ん?」
ボールを抱え直したゲン太が目の端に怪しい人影を捉えて訝しい顔をする。
ゲン太が目を向けると電柱の陰に誰かがさっと隠れた気がした。
「ゲン太くん、どうしたの?」
「いや、なんか誰かが見てたような…」
「そうなの?」
「ああ。最近不審者が出るって話だから、そいつじゃないか?」
「ええっ」
航平はぽかんとした顔で言った。二人で歩き続ける。
「なんかちょっと怖いね」
「大丈夫だよ。俺がついてるし」
「うん、そだ…」
「えいっ!」
ビュン!
航平が言いかけた時、ゲン太が突然くるっと振り返り、電柱の影にドッジボールを投げ付けた。
「ヒャッ!!」
ゲン太がボールを投げ付けた方向に航平が振り返ると、トレンチコートに帽子、サングラスにマスクを付けたいかにも怪しい男がドッジボールをぶつけられて転んで尻もちを付いていた。いかつい見た目のわりに甲高い声だ。
「ストラーイク!」
ゲン太が拳を振る。
「!」
立ち上がりよろけていた怪しい男は慌ててくるりと踵を返し、店の影の脇道に逃げていく。
「あっ、待て!」
急いで駆け寄ったゲン太が電柱のそばに辿り着いた頃には男は既に見えなくなっていた。
「逃げられたか…」
ゲン太が呟く。
「あいつ、きっと学校で言ってた不審者だよ。な、航平」
「……」
ゲン太が呆れながら航平の方を振り向くと、航平は不審者が逃げ去った方向を呆然と見つめているのだった。
「あ、怪しい奴につけられたやって?!」
ご飯茶碗と箸を持った多門の大きな声が響く。酷く慌てた表情だ。
芝次郎のマンションのリビングで多門が作った夕飯を航平と3人で囲んでいた。
「うん。でもお友達が追い払ってくれたから大丈夫だったよ」
茶碗と箸を持ち、ご飯粒を口に付けたまま航平が答える。
うーん…と芝次郎が心配そうに腕組みをして言う。
「航平。帰る時はできるだけ友達と一緒に、怪しい男が近づいて来たら近くの店にでも飛び込んで助けてって言いなさい」
「うんわかった…でも…」
「あ…あかんあかん!ほんま気ぃ付けんとあかんで!世の中怖い人がおるからな」
多門はまだ落ち着かない様子だ。
「うん…」
航平はあまり元気がなかった。その様子を見て芝次郎と多門が目を見合わせる。
「航平、今度の日曜日、どこか遊びに行くか?」
突然芝次郎が言い出した。
「ほんと、パパ?」
航平の瞳が輝く。
「ああ、最近航平とあまり遊べてなかったしな。どこか行きたいとこあるか?」
「やったー!ぼく、森林公園に行きたい」
「お、航ちゃん良かったなぁ。パパと遊び行けるやん。楽しんできや」
多門が少しだけ安堵した様子で言う。
「モンちゃんは行かないのか」
「ワシ、今度の日曜は仕事入ってるから無理なんや。まあ、こないだ釣り3人で行けて楽しかったし、今回は残念やけど二人で楽しんできてや。夕飯時には帰れるからよかったら飯作って待ってるし」
「そうか。じゃあ悪いがそうさせてもらうか」
「パパと一緒なら大丈夫やろけど、充分気ぃつけていってくるんやで」
「うん。ぼく、森林公園でソフトクリーム食べたい!」
「ああ、そうしよう」
パパと多門のおっちゃんと一緒に釣りやカラオケに連れて行ってもらうのも悪くはないが、自分の希望の場所に連れて行ってもらえるのは久しぶりで楽しみな航平なのだった。
つづく…




