最下位脱出を祈願したら、再会した友だちが手伝ってくれることになった話
※ 武頼庵(藤谷K介)様主催『さいかい物語企画』参加作品です。
※ 作中の『日本プロ野球協会』は架空の存在で、実在する『日本野球機構』とは全く関係ありません。
『泥沼県』は過疎と高齢化、財政難の三重苦に悩むド田舎である。
ここを拠点とするプロ野球球団『泥沼ラクーンズ』もまた、『球界のお荷物』と呼ばれるほどの成績不振に喘いでいた。
プロ野球創設当初からあるので歴史は古く、県民からの支持は熱狂的ですらある。
何しろ泥沼県にはJリーグやBリーグのチームもない。県民たちは、唯一のスポーツイベントであるラクーンズの試合にこぞって足を運ぶ。
勝った時に喜ぶのは当たり前だが、負けた時でも選手たちの不甲斐なさを口汚く罵倒することが、県民にとっては娯楽やストレス解消の最たるものにもなっているのだ。
勝っても負けても変わらず観客が集まる。そんなゆるい現状で、スーパーや私鉄を運営する親会社が球団の強化に本腰を入れるはずもない。
チーム生え抜きのベテラン、品場諸友が現役引退して新監督に就任する時に、球団上層部から言われたのはこんな言葉だった。
『成績なんてどうでもいい。客数を増やして収益を上げろ。それが君の仕事だ』
品場もプロ野球選手のはしくれだ。古巣とはいえ、上にやる気のないチームの監督になんてなりたくはなかった。
ところが上層部は、品場に監督就任を打診する前に、品場の親族一同を丸め込んでしまったのだ。親戚中、いや町中が新監督就任の祝賀ムードに沸き立ってしまっては、もう断ることなど出来なかった。
品場は考えた。やはりプロである以上、勝って成果を上げたい。少なくとも、10年連続最下位の現状は何とか脱したいところだ。
だが、まず金がないのでロクな選手がいない。全選手の年俸をかき集めても、他球団のスター選手ひとりの年俸に負けていたりするのだ。
当然、親会社は助っ人外国人選手を呼ぶような金は出してくれないし、トレードでも県民以外の有望選手なんて来てくれない。
ドラフト会議で他県民を指名しても断られ続けているので、他球団が見向きもしない程度の県内の高校生をスカウトしたり、他球団を首になった選手たちの合同トライアウトでポンコツ寸前の選手に声をかけたりするのだが、それすらも断られることが増えているそうだ。
ならば現有戦力の強化をすべきということで、春季キャンプで特訓をしてみたのだが、個々の選手のスキルがもともと低すぎて、大して成果は上がらなかった。
何せ、キャンプ先の甲子園常連校との練習試合でボッコボコにやられてしまったくらいだ。
ここは知恵で何とかするしかないと、野球理論に関する本を大量に読み漁ってみたが──そもそも、選手たちに理論を実践できるだけの最低限のスキルがなければ意味がないのだったのだ。
万策尽きた品場。もはや、残された手は神頼みしかなかった。
見よう見まねで斎戒沐浴をしてから、自宅近くの鎮守の森に出向く。特に信仰心があるわけではないが、何となくそこがふさわしいように思えたのだ。
──しばらく森の中を歩いていると、なぜか不思議な既視感があった。
『何だろう、ここ、見覚えがあるぞ──?』
子どもの頃から、この森には神様がいるから絶対に近づくなと厳しく言いつけられてきた。足を踏み入れたことなどなかったはずだ。
だが、森の奥深くに眠る神秘的な祠の前に来た時──品場は思い出した。
品場は昔、この森に入ったまま何日も行方知れずとなったことがあった。誘拐事件ではないかと町中が大騒ぎになったのだが、やがてふらりと帰って来た品場少年は、その間のことを何ひとつ記憶していなかったのだ
そのため、この事件は『神隠し』だったのだとされて、語ることがタブーとなった。
だが、実はあの日、品場はここからこの世とも思えない不思議な世界へと誘われたのだ。そして、摩訶不思議な連中と友だちになって──。
『モロくん、久しぶりだね』
どこからともなく、懐かしい呼び方で懐かしい声がする。
すべてを思い出した品場は、にっこり笑ってその声に応えた。
「久しぶりだね、みんな。
あの頃やってなかった遊びがあるんだけど、一緒にやってみないか?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『──さあ、開幕3連敗を経て、本拠地での初戦を迎えた泥沼ラクーンズ。
品場新監督に何とか初勝利をプレゼントしたいところですが、初回はあえなく三者凡退。
解説の雲竹さん、どうなんでしょうか』
『いやー、去年と戦力もほとんど変わっとらんからね。今年もあまり期待は出来へんのと違うか』
『いや、でも今年は珍しく外国人枠を使っているみたいですよ。この後、先発ピッチャーとキャッチャー、センターとして初お目見えするはずですが』
『まあ、大した選手は呼ばれへんやろな。親会社がケチやし』
『おっと、ここでようやくラクーンズの選手たちがベンチから守備位置に──えっ? な、何だあれはっ!!』
実況のアナウンサーが絶叫し、観客席も悲鳴や怒号、歓声で騒然となる。
ユニフォームを着てピッチャーマウンドに歩いていく姿はあまりに巨大で、背丈は他の選手の倍は優にある。筋肉は隆々と盛り上がり、何よりその肌は赤銅色よりさらに真っ赤に染まっている。
帽子をかぶっているため、その最大の特徴は隠されているものの、この姿は間違いなく──!
『こ、これは赤鬼です! 新登録のピッチャー、ゴンスケ選手は昔話などでよく見ていた、あの赤鬼だぁぁっ!』
『な、何じゃそりゃぁっ!』
『場内騒然! そしてキャッチャーのカンジ選手は何と青鬼!
センターに向かっていくサンタロー選手は普通の人のようですが──ああっと、首がどんどん伸びて上空から外野スタンドの観客に一礼! これはまさかのろくろっ首だぁぁぁ!』
『んなアホな!?』
『ゴンスケ投手の投球練習、素人丸出しのフォームですが──な、何と球速180キロ! 新記録達成だ!』
『うわ、えげつないパワーやな! ──おっ、タイタンズの加地杉監督が審判に抗議に行ったで。そらそうやろな』
相手監督の猛抗議に審判団が集まり、品場監督ももちろん呼び寄せられる。
そして長い協議の後に、場内に主審からのアナウンスが流れた。
『えー、ただいまタイタンズの加地杉監督から、あのような妖怪の出場など断じて認められないとの抗議がありました。
それに対する品場監督の反論はこうです。日本プロ野球協会の規定には日本人選手や、日本国籍を持たない外国人枠の規定はあるものの、選手が人間でなければならないとは一言も書いていないと』
『な、何だってぇぇぇっ!?』
球場内の全ての人の声がきれいに揃った。
『確認と協議の結果、規定には違反していないので、出場を認めないわけにはいきません。
よって、このまま試合を再開します!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、ラクーンズは破竹の快進撃を続けた。
鬼のゴンスケとカンジは交互に登板し、それぞれに投手の個人記録を塗り替え、打撃面でも抜群の成績を上げた。技術は低いが、とにかくパワーが違う。三振も多いが当たればほぼ長打なのだ。
意外に活躍したのはろくろっ首のサンタロー。バッティングセンスは皆無でバントしか出来ないのだが、バントでボールを転がすと同時に首がするすると伸び、あっという間に1塁まで届く。塁間はわずか1秒。一度出塁すれば盗塁を重ね、ホームスチールもほぼ成功するのだ。
また守備でもその長く伸びる首を活かして、驚異的な守備範囲を見せた。
そしてこの年、ラクーンズは何十年ぶりかの優勝を勝ち取ったのだった。
もちろん、他球団も手をこまねいていたわけではない。あの試合の直後、ラクーンズを除く全球団が連名で、すぐにでも規定を改正すべきだとプロ野球協会に猛抗議した。
しかし、『シーズン途中で規定を変更して特定の選手を排除するのはフェアじゃない』との世論の反発を受け、この問題はシーズン終了後に改めて協議されることとなった。
ところがシーズン終了の直後、いくつかの強豪チームが驚くべき策を発表した。
何と、金に飽かせて世界中から超能力者や妖術使いなどを探し出し、来シーズンから選手として出場させるというのだ。またどういう手を使ったのか、ケンタウロスやミノタウロスなど、西洋のモンスターを確保したチームもあるという。
日本プロ野球協会は慌てて規定を改正して阻止しようとしたが、面白いものを見たがる野球ファンたちの声には勝てず、ついにプロ野球とは別に、新しい『超人野球リーグ』を創設することを余儀なくされたのだった。
品場諸友は、新設の『泥沼アヤカシーズ』の初代監督に就任した。当の妖怪たちがそれを強く望んだからだ。
そして、ちゃんと実力で勝負できるチームを率いることに、熱い闘志を燃やし続けている。
新しい収益の柱を手に入れた親会社はウハウハだ。
一方、泥沼ラクーンズは強力な助っ人妖怪たちを失うことになってしまった。
だが、品場がアヤカシーズの収益の一定割合をラクーンズの強化費用に充てるよう強く親会社に求め、妖怪たちも『モロくんの言うことを聞かないなら帰っちゃうよ』と脅したので、これからは少しはまともに戦えるチームになっていくことだろう。
めでたしめでたし。