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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神と私が出会ったとき、人間は不老不死になろうとしていました。

作者: 三月

 人類は今、死を超越しようとしている。

 西暦2058年。人類は、長年追い求めてきた不老不死の研究が実り、理論上不死身の存在となった。

 ナノ科学によって生み出されたN細胞によって、傷ついた細胞や異変の起こった細胞などは即座に修復。体内に侵入した害のあるウイルスや細菌なども、N細胞の完全抗体機能によって即座に判別、駆逐することが出来る。

 だが、1番の問題は脳だった。人類の脳の容量は、約120年程が限界あり、いくら肉体の衰えを阻止したところで、脳が動かなくなれば、人間は死に至る。

 だがそれすらも、脳の衰えを顕著に自覚し始める60年周期で人間の脳みそを入れ替える。

 そのような危険な試みすらも、理論と高度なナノ技術によって、可能になる。

 そして脳におけるもう1つの問題。脳みそを代えてしまうと、人の記憶も消えてしまう。記憶を失うことはつまり、自我の死と同義。

 そのため人の記憶データを、都内中心部に位置するナノタワーの大容量データベースに保存する。そして人々はそのデータから、脳の記憶容量120年分のうち50%の記憶を選別することができる。

 その後、クローン技術で複製した新たな脳にその記憶を移す。これにより、自我の死は回避される。

 理論上はこれで、不老不死が実現するはずだった。

 だが、人類はいまだに、死を超越することができていない。

 古い脳の神経を頭から切り離す際、生命活動が停止しないように、N細胞が一時的に脳の代わりに信号を出す。記録データによると、体はその信号を受け取っているはずなのだが、何故かそのタイミングで生命活動が停止してしまうのだ。

 このようにして生命活動が停止すると、どれだけ技術者や医師が最新鋭の技術を駆使しても、蘇生することができなかった。

 そして不思議なことに、病気や事故などによる死亡も同様に、克服することができていなかった。

 N細胞は正常に機能していたにも関わらず、傷つき、衰弱した肉体は治らなかったという。

 そして、何故か死亡が確認された直後から、N細胞は本来の力を発揮し、遺体をみるみる回復させていった。

 事故現場や病院には、健康的で傷一つない、綺麗な遺体ばかりだったという。

 これだけの技術の進歩をもってしても、世界での死者数が変わることはなかった。

 その後それらの原因の解明もできず、不老不死の研究は、科学を超越した何かによって、足踏み状態となった。

 そして西暦2073年。諦めなかった研究者達は、様々な分野に手を伸ばした。時には藁をもつかむおもいで非現実的なオカルトな分野も科学的に解明しようと試みた。そして長年の研究と調査を積み重ね、ある事例にたどり着いた。

 8年前、とある家族が交通事故に遭った。3人家族で、両親は即死。当時12歳だった娘は昏睡状態に陥った。

 娘の名前は夏美・グレイ。アメリカ人であった亡き父譲りの堀の深い顔立ちに、透き通る様な青い目。その明るい金髪は、長い病院生活の影響でかなり伸びている。もし彼女が立ち上がることが出来たのなら、きっと今頃腰の辺りまで届くほどの長さになっているだろう。日本人である母親譲りの鋭い目つきに加え、細身で長い足が特徴的な普通の少女だ。

 彼女の美しい容姿から、この事故は世間で一躍有名となり、彼女の治療費を募金する者が後を絶たなかったという。

 悲劇的な事故によって両親を失った夏美のことを、誰もが忘れ去った頃。5年と言う長い時を経た2078年。

 彼女はついに、目を覚ました。

「お父さん……お母さん」

 両親が亡くなった事実と、5年の歳月が経った世界を目の前に、夏美は大きな傷を負った。

 一人ぼっちだった夏美の心の支えだったのは、隣の部屋に入院していた70代の老婆だった。老婆とは言っても、N細胞の不老効果のおかげで、見た目は20代にしか見えないのだが。

 夏美は老婆にとても懐いていた。老婆も夏美の寂しさを少しでも和らげるようにと、親のように夏美に接した。

 夏美の心の傷は徐々に言えていき、持ち前の明るさを取り戻していった。

 そんなある日、老婆の頭上を指さし、夏美は言った。

「……死神が、おばあさんを殺そうとしてる」

 突如発したその言葉に、医師や看護師達は困惑した。だがその直後、老婆の容態は突然悪化し、その後死亡した。

 その後も夏美は、病院内で次々に、死亡していく人達を当てていった。だが、死亡する人を当てた所で、彼らが生命活動を停止した原因が分からない医師達には、何もすることが出来なかった。

 3年後、そんな非科学的な報告を受けた研究者達は、藁にもすがる思いで、20歳となった夏美の元へと足を運んだのだった。

「いいですか? グレイさん。人類の中で、死神の存在を認知できるのは貴方だけ。世界中の量子物理学者達が作ったこの超弦銃弾を使い、貴方は死神を殺さなければなりません。これは人類の悲願です。貴方一人の勇敢な行動で、人類の不死の夢が達成されます」

 研究者のおばさんが、あたしに冷たくそう言った。おばさんの背後には、何人もの研究者達があたしを見守っている。

 バカみたい。研究者のくせに死神とか本気で信じて。8年前は、あれだけ科学が魔法を超越するとか、この世界から不思議が消え去る時代とか言っておいて。

 お父さんもお母さんも、大好きだった病院のおばあちゃんも助けられなかったくせに偉そうに。

 ちなみにおばさんと言っても、N細胞によって老化が止められているので、見た目の年齢はあたしとほぼ変わらない。

「言われなくても…………分かってるし」

 おばさんは、あたしの反抗的な態度に呆れたような顔をすると、

「この態度もしかたないですね。見た目は大人でも、精神はまだ子供ですし」

 と、あたしに聞こえないように小言を言った。

 聞こえてるけど。

 おばさんは、はーっと深いため息を付くと、6発の銃弾をあたしに渡した。見た目は何て事のない普通の銃弾に見えるけど、どうやら銃弾の中に超絶小っちゃいひも?みたいなのが入ってるらしくて、そのひもの特殊な振動が高次元にも影響がどうとかこうとか。

 あたしにはよく分んない。おばさんは、困惑しているあたしを置いてけぼりにして銃の話を続けた。

「この銃弾が死神に当たると、瞬時に銃弾内部にあるシステムが、死神のデータをナノタワーへと転送します。そのデータを我々が解析し、新たなデータをその銃弾に送ることで、その銃弾を進化させます。理論上では、死神を殺せる銃弾が完成するまでに、およそ3回程のデータ転送が必要になるでしょう。つまり……」

 4発目からじゃないと死神は殺せない。そして3発外した瞬間、あたしは死神を殺せなくなる。

 銃の訓練はしばらく受けてきたけど、そんな急にぶっつけ本番で3発も当てられる訳がない。それにこの人達は、死神に羽があることを知らない。只でさえ横に動く的に当てるのも難しいのに、飛び回る的なんてどうやって当てれば良いのやら。

「人類のために、頼りにしていますよ? グレイさん。相手は死神です。貴方が死んだら、もう死神を見ることが出来る人がいなくなってしまう。くれぐれもそれだけは避けるように」

 ……避けるようにって、自分がやらないからって本当簡単に言うよね。

「はー、はいはい」

 あたしなんかに人類の命運、勝手にかけられても正直困る。死神が見える人間があたしだけとか、そっちの事情は知らない。別に、あたしは死神と戦って死んだって良い。

 どうせ、あたしが死んで悲しむ人なんて、もう誰もいないし。

「それとグレイさん、まさかその格好で行くつもりじゃないですよね?」

 そう言うとおばさんは、あたしが履いている黒いヒールと、羽織っている白いロングカーディガンをジトッとした目で見つめた。

「その長い金髪だって、動くのに邪魔ではないですか?任務遂行のために切ってください。この任務が終われば、貴方は我々の補助で念願の大学生活を送ることが出来るんですよ?」

「別に良いじゃん、どうせヒールで怪我したってすぐにナノ細胞が修復してくれるし。髪の長さが違うからって、動きが鈍くなるわけじゃないっしょ」

 本当にこの人達は、自分たちのためなら人のデリカシーなんて何とも思わない。だから嫌い。

「……言っても無駄ですかね」

 おばさんは失望したように、もう一度深いため息を吐く。そして呆れたような顔で、あたしの右腕に付けた時計型ナノデバイスに、地図データを送ってきた。

「では、これから我々が示した目標地点へと向かってください」

 あたしはおばさん達の指示通り、目標とされる地点へと向かった。2000年代に建てられた高校で、この地区ではまあまあ有名な進学校らしい。

 この学校で50年間、たくさんの生徒が思い出深い青春を、たくさん送ってきたんだろう。

 いいなー。

「あーあ、あたしも事故に遭ってなきゃ、楽しい青春を送れてたんだろうなー」

 と、独り言を漏らしてみる。叶わない願いだって分ってるけど、本当だったらあたしだって、友達と授業サボって遊んだり、彼氏と授業を抜け出してデート行ったりとかしてみたかった。

 ……今の想像、結局あたし学校行ってなくね?

 おばさん達の情報によると、この高校で昨日火事が起こったらしい。N細胞は火事で一酸化炭素中毒になってもなんとかしてくれるらしいし、人に炎が燃え移っても、すぐにナノ細胞が修復してくれる。だから、死ぬことなんてあり得ないはずだった。

 でも、数人の犠牲者が出た。

 おばさん達は、死神が犠牲者の生徒を殺したのではないかと推測して、あたしをここに向かわせた訳だ。

 あたしより年下の高校生達が、昨日ここで死んだんだ。

「……炎に焼かれるとか、絶対痛いじゃん」

 きっと、怖かっただろうな……。

 いくらナノテクノロジーが発達しているとは言え、死が迫ってくる恐怖はあたしも知ってる。大切な人が死ぬ悲しみも。

 きっと、友達を亡くした生徒達は、深い悲しみを味わってるんだろう。

 そう思うと、死神に対する憎しみがフツフツと湧き上がってくる。

 事故があったあの日、あたしの前に現れた死神の姿を、今でもハッキリと覚えている。冬だというのに、緑色の夏用の制服を着た中学生くらいの少女。 

 ピンクのラインが入った清楚な黒髪を後ろで結んでいて、背中に背負ったリュックには、小さな羽のような装飾がついていた。  

 そして、怪しげな雰囲気を醸し出す、吸い込まれそうな程透き通ったあの赤い瞳。

 あの雪の日。あたし達家族が乗ってた車のタイヤがスリップし、トラックとぶつかりそうになった瞬間、その死神は現れた。

 あいつは車の中にいるお父さんとお母さんの胸に、リュックから取り出した巨大な鎌を突き刺して殺した。

 状況が飲み込めていない小さなあたしを置いて、あいつはリュックについた装飾の羽を巨大な翼に変化させ、雪の降る薄暗い空へと飛び立っていった。

 死神……お父さんとお母さん、病院のおばあちゃんの仇。

 学校の下駄箱の前にやってくると、あたしはお尻のポケットに入れたレトロな拳銃を取り出した。

 それにしても今時拳銃って、古い武器にも程があるでしょ。最近ではもっぱら、ナノマシンを使ったウイルス兵器が主流らしいのに。

「なつかしー、拳銃だー」

 可愛らしい少女の声が、突然あたしの背後から聞こえた。

 この気配、いる……すぐ後ろに死神が。

「こんな小さい武器で何人も人が死んでいったから、魂狩るの大変だったんだよね。正直昔は嫌いだったけど、今は思い出深いって感じ?」

 まだ、あたしが死神が見える人間だってバレてない。声が聞こえてないふりをしながら、自然体を装って拳銃に弾を込める。

「あ、弾込めるんだー。久しぶりに発砲するところが見れるのかなー。でもおかしいな、この国の法律では拳銃は持っちゃ駄目なんじゃなかったっけ? ま、今の時代にそんな法律あってないようなもんか。どうせ致命傷以外は治るし」

 死神がいる場所は右後ろ。ありがたいことに、こいつはあたしがこの銃を撃つことを望んでる。

 こいつがあたしの前に来るように少し下がってから、頭を打つ。

 辺りを見回すふりをしてゆっくりと後ずさると、死神の体はあたしの体を透けて通り抜けた。

 死神は突然迫ってきたあたしに驚いて、「ひゃっ」という声を上げた。可愛子ぶりやがって、ウザすぎ。

 死神の姿があたしの目の前に現れた瞬間、あたしの思考が一瞬止まった。

「……こいつ!!」

 あたしのお父さんとお母さんを殺した、あの死神だ。あの制服も、小さな羽のついた装飾のリュックも、あの赤い瞳も、何もかもが10年前と同じ。

「!!」

 手の震えが、止まらない。くそ、何ビビってんだよあたし!! 目の前にいる奴は、お父さんとお母さんの仇、絶対殺すんだ!!

 そのためにも、冷静になれ。的をよく観察しろ。

 目の前にいる標的に目を移すと、死神はあたしを見失っているようだった。

 今なら……。

 あたしは、キョロキョロしてる死神の頭を狙った。右手の震えを左手で押さえ、これまで蓄積されてきたあたしの恨みを全て込め、トリガーを引く。

 ドンという音と共に、銃弾が勢いよく拳銃から発射された。

「きゃっ!!」

 銃弾は音に驚いた死神をすり抜け、下駄箱の奥にある廊下の壁に小さな穴を開けた。流石に一発目では殺せなかったらしい。

 後2発、勝負はそっから……。

「うわー、びっくりしたー急にやめてよもー……」

 死神は不機嫌そうにあたしを睨んだ。 

 その後、不思議そうにあたしのおでこを見つめて呟く。

「あれ、この子……寿命が」

 どうやらまだ、あたしが狙ってることには気づいてないみたいだけど、多分次に撃ったらバレる。

 そうなったら、この後死神に弾を当てるのが難しくなる。

 ならせめて、バレてない今のうちに一発でも多く当てる!!

 あたしはすかさず銃のハンマーを引いて、さっきの銃声に驚いてその場から移動した死神のこめかみに、狙いを定める。

 2発目!!

 ドン!!

「いっつ……」

 あたしの弾道は死神のこめかみからずれ、頬の皮膚を少しえぐった。銃弾によって傷つけられた死神の頬からは、真っ赤な血。ではなく、不気味な真っ黒な血が流れ出ている。

 効果がある!!

「もう一発!!」

 あたしはすかさずもう一度ハンマーを引き、死神のこめかみに銃口を合わせようとした。

「へー、変な子だとは思ってたけど、私の事見えるんだ-」

 死神は一瞬で、あたしの前から姿を消した。だが、声はまだ聞こえる。

「まさか、私に効く拳銃を作るだなんて。とうとう人間の科学も、そんなところまで来ちゃったんだね」

 死神の声は、校舎の中から聞こえてくる。あたしはすかさず校舎に飛び込み、彼女の姿を探した。だけど、辺りを見回しても、死神の姿はない。

 だったら、向こうからこっちに来てもらえば良い話!!

「あんた、死神のくせに死ぬのが怖いわけ? マジでダサいわ」

 あからさまな煽りだったけど、死神はあたしの問いかけに答えてくれた。でも、その声はさっきの可愛らしい少女とは思えないほどに、怒りがこもっていた。

「は? 私達死神が、貴方たち人間のためにどれだけ力を尽くしてると思ってるの? いっつもどんな気持ちで、貴方たち人間の事を殺してるか、知りもしないくせに!!」

 声は階段の上から聞こえる。あたしはすかさず階段を駆け上りながら、死神の言葉に応える。

 あたしはここだと、死神に知らせるように。

「ふん、あんたらの気持ちなんか知りたくもない。あたしは忘れてない!!10年前にあたしから全て奪った……お父さんとお母さんの命を奪ったあんたを!!」

 階段を上った先に、あたしは死神の姿を捉えた。その整った憎らしい顔を、あたしがグチャグチャにしてやる!!

 あたしは、死神の赤い瞳に銃口を合わせ、引き金を引こうとしたそのとき。

 ドン!!

 あたしの体が何かに躓き、大きくバランスを崩した。そのせいで、弾を外してしまった。

「あ……」

 見ると、ヒールが階段に突っかかっていた。あたしはそのまま階段の下へと転げ落ちる。

「ぎゃあああ!!」

 階段から落ちた拍子に、あたしは左足を大きくすりむいてしまった。そのせいで、折角おしゃれの為に買ったレギンスがパーになってしまった。

 最悪。自分で勝手にこけて、勝手に自分で買ったレギンス駄目にするとか……めっちゃダサい。

 あたしは階段から落ちた原因である黒いヒールを、その場に脱ぎ捨てた。レギンスはパーになったけど、左足の傷はN細胞がすぐに治してくれる。

 ハズなのに。

「痛っ……」

 ……何で、あたしの足直んないの? 

 右手のナノ細胞管理デバイスには、異常なしと表示されている。間違いなくナノ細胞は機能してる。

 じゃあなんで!?

 あたしの心を見透かしたように、死神は答えた。

「死神が近くにいるとね、N細胞でも傷は治らないんだよ?」

 治らない? 何で? だって、理論上はそんなことありえないはず……いや、あたしは何度も見てきたはず、死神が、理論を超えて人を殺していた事を。

「そっか、なんか似てると思ってたけど、貴方、あの時の女の子だったんだ」

 階段の上から死神の声が聞こえる。あたしは怪我でろくに動かない上に、レギンスで滑る足にイラつきながら、急いで階段を上った。だけど、階段を登った先に死神の姿はない。

「大きくなったね」

 すると、すぐそばにある教室の扉の向こうからあの死神の声が聞こえた。


 あたしは、手汗で滑る拳銃を落とさないようにグッと握り締める。声の位置的に、死神の位置は教卓の前。

 あたしは当たりをつけた場所に、扉の向こうからバレないように銃口を合わせた。

 そして、次の瞬間に勢いよく扉を開け、教室の中へ入った。

「久しぶりだね、夏美ちゃん。私の名前はリエルって言うの」

 こいつ、なんであたしの名前を!?

 死神……リエルは出迎えるように、教卓の上にちょこんと座っていた。ニッコリと余裕な笑みを浮かべ、上目遣いであたしをあざとく見つめる。あたしはゆっくりと銃のハンマーを引き、銃口を頭に向けた。

「あんたの名前なんか聞いてない!! さっさと諦めて、大人しくあたしに殺されろ!!」

 脅しの言葉を叫んでも、リエルは一切動揺していなかった。この銃弾が、自分に傷を付ける事が出来ると分っているにも関わらず。

 リエルは一瞬、悲しい目であたしを見つめると、悠々と語り出した。

「……ねぇ夏美、この学校はね。貴方くらいの年の子達が、たくさんの思い出を作ってきた特別な場所なの」

 いきなり何を言い出すかと思えば、自分が殺した生徒達の事を語り出すなんて、こいつ一体何のつもり?

「そうだね、あんたに殺されたせいでその青春も、その子達は全部奪われた!!」

 あたしは銃のトリガーを引き、彼女の頭に銃弾を放つ。

「え……」

 突然、リエルはまたあたしの視界から姿を消した。

 でも、そんな簡単に遠くに逃げられるはずがない。きっと教卓の後ろにでも隠れているはず。

 あたしは教室内を注意深く見回しながら、リエルのいた教卓へと移動した。  

「貴方のお父さんとお母さんは、そんな輝かしい人生を貴方に歩んで欲しいと願っていた。貴方を守るために、最後に貴方の顔を見ることを諦めて。寿命が尽きる最後までずっと、ハンドルを握り続けていた」

 ……あんたが、あんたが。

「あんたが殺したくせに、知ったような口聞かないでよ!!」

 最初に弾を込めたとき、焦って3発しか入れなかった。バレない様に玉を込めなおさないと。

「ふふ、人間の夏美が、本当に死神の私を殺せると思ってるの?」

 リエルの声が突然、目の前から聞こえた。驚いて顔を上げると、あたしを相手にもしていないような余裕綽々の笑みで、あざとく両手で頬杖をついていた。

 だが、その赤い瞳から放たれるレーザーポイントは、あたしの瞳を一瞬たりとも逃しはしない。

 怖い……目の前にいるのは、あたしを殺すかもしれない存在。

 だけど、あたしはあの事故の時に死んだも同然。

 今ここにいるあたしは、8年前に事故にあって死んだ少女の未練のようなもの。

 あたしは、その未練を晴らすために、生きてる。

 そしてその未練を、お父さんとお母さんとの時間を奪われた、恨みを晴らすためにここにいる!!

「絶対殺してやる、あたしの命に代えてでも!!」

 リエルにバレない様、あたしは大きな声を出してリエルの注意をあたしに引きつけ、その隙に銃に弾を込めていく。音を立てないように、細心の注意を払って素早く丁寧に。

「命に代えてでも……あの時、折角見逃してあげたのに、何? そのザマは」

 あざとく、可愛らしかった死神の声が突如豹変した。背筋が凍るような声色と瞳。まるで、死そのものと相対しているような恐怖があたしを襲う。

 目の前にいるこの少女は、単なる的なんかじゃない。人間をこれまで何人も殺してきた、人類の敵。死神なんだと、戦ってはいけないと、本能が語りかけてくる。

 死神はその小さなリュックの中から、死神の背丈と同じ程の巨大な鎌を取り出すと、あたしの首筋にその刃押し当てる。

「ねぇ、夏美ちゃんはなんで、この世に死があると思う?」

「は……何でって、そんなの知るわけ!!」

 リエルはあたしの首筋に押し当てた刃を、ほんの少しだけ左にずらした。

「痛っ」

 首筋にかすかな痛み。そこから、血が一筋流れ出ていた。鎌に触れた感触はなかったのに、一体何で? そして、ナノ細胞は今できた傷を一切治してくれない。

「答えてよ、夏美ちゃん」

 この状況をどう打開すれば良い? こんな、常識が通じない奴を殺すには、どうすれば!!

 何か手はないかと辺りを見回すと、リエルはあたしのほっぺを掴んで、無理矢理自分の方に無き直させた。

 その鋭く赤い眼光の迫力は、あたしの戦意を一瞬でそぐには十分だった。

「分らないなら、私が教えてあげる。死っていうのはね、全ての物にあるの。物もそう、星にもそう、幸せにもそう、苦しみにもそう。そしてもちろん、生物にも必ず死がある。だからこそ、存在する間に精一杯輝こうとする。存在そのものが持つ、特別な輝き。その中でも、人間は大きな輝きを放つの。でも死が、終わりがなければ、その輝きは特別なものじゃ無くなってしまう。花火だって、一瞬だけ輝くから、特別で美しいの。だから私達は、人の輝きを守るために人を殺してる」

「何を……言って」

 そんなのあたしには関係ない、そんな話を聞きに来たんじゃない!!

「貴方のお父さんとお母さんは、寿命が尽きる最後まで、貴方を守ろうと輝いていた。貴方を生かそうとするその生き様は、とっても美しく輝いていた。だから私は、世界のルールを破ってまで、寿命だった貴方を見逃がしたの。きっと二人の分まで、必死に輝いてくれると思って」

 ……お父さんとお母さんが最後まで輝いてたことくらい、あたしが一番よく知ってる。本当に優しくて、暖かい両親だった。大好きだった。

 何で、それを奪ったあんたが、知ったように語るんだよ!!

「あんたなんかに、何が分か……」

 勢い余って喋ってしまったせいで首の位置がずれ、刃が少し深く首に入り込んだ。

「っぐ!!」

「貴方さっき、命に代えても殺すって言ったよね。折角両親が、必死に救った命なのに」

 死神が、あんたが勝手に見逃しただけ。どうせこんなことになるなら、あたしはお父さんとお母さんと一緒に死にたかった。

 起きた時には、世界はあたしを置いて5年も経ってて。そんな世界で一人で3年生きてきたけど、あたしはいまだに、この世界に馴染めていない。

 生きた心地がしない。そんな世界で生きていたって、意味はない。

「……殺すなら、さっさと殺せば良いじゃん」

 投げ捨てるようなあたしの台詞を聞いたリエルは、深いため息を吐いて言った。

「そう、言ってもわからないんだね……なら、少し強引に分かってもらうね」

 リエルはそう言うと、鎌であたしの首の大きな血管を切った。ここを切られたらまずいと、本能がそう言っている。

 信じられない量の血が、あたしの首元からドクドクと流れ出ていった。体がどんどんしびれていくと同時に、冷えていく。

 ああ、あたし終わりだ……本当に終わるんだ。

 次の瞬間、あたしの意識は途切れた。

 夢を見た。お父さんとお母さんが生きている夢。その世界では、あたしの望みが全部かなった。

 もちろん、あたしの夢の世界だから、死神なんていない。あたしは何年も、何十年も、お父さんとお母さんとずっと一緒だった。

 幸せだった。眠りから覚めず、この幸せが永遠に続いて欲しいと、心の底から願った。

 だけど夢は、なかなか終わらなかった。お父さんとお母さんと、夢の世界で暮らしてから何年たっただろう。

 きっと、三桁は過ごしたはずだ。でも、N細胞による不死のおかげで、あたし達は生き続けた。

 N細胞は、あたし達の体の老いすらもなくしてくれた。

 幸せだったあの頃の姿のまま、時が進んでいく。

 でも、あたしは退屈し始めた。何年、何十年、何百年。毎日同じ人に会う。もう、両親がどんな人なのかも知り尽くしてしまった。

 つまらない。そんな風に思っていたのは、あたしだけじゃなかった。

「そろそろこの家族にも飽きたから、別の家族を作ろうか」

 お父さんとお母さんが、口を揃えてそういった。

「ちょっと、二人とも何言ってんの? その年で新しい家族とか作れるわけないじゃん。お父さんとお母さんは、あたしの事大切じゃないの?」

 いくら飽たっていっても、何百年も一緒に過ごしてきたんだよ? ずっとこの家族で愛し合ってきた。それなのに、何であたしを捨てるの?お父さん、お母さん!!

「確かに昔の時代は、親が先に死ぬもんだったらしいから、後に残る子供を大切にしたらしい。でも、時代は不老不死だぞ? 歳なんて関係ないし、永遠に自分が生きられるなら、後に残る子供の事なんて考える必要ないだろ? 他人よりも自分。それが、この不老不死の時代を生きる人間の姿なんだからなぁ」

「……確かに、自分中心で生きた方が良いかも」

 口が勝手に、そう喋っていた。夢の中のあたしは、その現実をすんなり受け入れていた。胸の中にいる現実のあたしがいくら口を動かそうとしても、夢のあたしの、口は動かない。

「夏美もやっと分かったか。いつまでも俺たちに執着してないで、他に自分の人生に利用できる家族を探したらどうだ? ほら、お母さんなんて、もうとっくに荷物の準備済ませちゃってるぞ?」

 さっきまでそこにいたはずのお母さんは、あたし達に一言も残さず、その場から消えていた。

 そしてそんな光景に、何の違和感も覚えない夢の中のあたし。

「……それも、そうだね」

 夢の中のあたしが言った。

 それを必死に否定しようと、現実のあたしは胸の中で叫ぶ。

 違う!! あたしの家族はお父さんとお母さんだけ!!

「確かに、お父さんとお母さんにも飽きてきた所だったし。一緒に居てもつまんないし、あたしも、新しい家族探すわ」

 やめて!! もう喋らないで!! 折角掴んだ幸せな世界を、壊さないで!!

「お父さん、お母さん。最後に一つだけ聞かせて?」

「何だ?」

「あたしって、何のために生きてるの?」

 お父さんは困ったように笑いながら言った。

「さぁ、俺には関係のない事だからなぁ」

 ……

「……そっか、バイバイ。お父さん」

 家の玄関を開け、もうあたしには興味がなさそうに、一度もこちらを振り返らず去って行くお父さんが受け入れられず、あたしは心の中で叫んだ。

 この現実を、あたしの叫びでかき消すように。

 嫌だーーーーーーー!!!!!!!!!

 あたしが、夢の苦しみに耐えきれなくなった瞬間、その夢は唐突に終わった。

「はっ……」

 ……生きてる。

 何で、こんな夢を見てしまったんだろう。間違いなく、幸せな夢だったのに。間違いなく、あたしが望んでいた世界だったのに。

「……」

 どうしてこんなに、苦しいの? 折角、お父さんとお母さんに会えたのに。

 あたしの目からは、涙が溢れ続けた。悲しい、そんな感情では片付けられない程の苦しみ。

 残酷な現実を突きつけられたような。世界に失望したような。全ての果てに、虚無しかない、そんな世界で生きているのが、怖くなったような。

「お父さん、お母さん……あたし、怖い」

 無駄に広い真っ白な部屋の片隅にあるベッドの中で、あたしは体を丸めて、しばらくの間泣き続けた。

「何を悲しんでいるんですか? 夏美さん。貴方は素晴らしい功績を挙げたんですよ?」

 扉を開けて入ってきたのは、研究者のおばさんだった。おばさんは見たこともないようなにこやかな笑みを浮かべながら、あたしの所に駆け寄った。

「貴方が転送したデータのおかげで、我々は死神の存在を認知することが出来ました。現在世界中の死神を撲滅するため、世界中の科学者達がナノタワーに全てのデータを結集させ、死神を視認する事が出来る装置を大量生産しています。だから、そんなに泣くことはありません。夏美さんの任務は、死神を視認する装置を付けた戦闘のプロの皆さんに任せておけば良いのです」

 そんな、待ってよ。あたしはまだリエルを殺してない!! あいつを殺すまで、あたしはこの研究室での仕事を辞められない!!

「約束通り、夏美さんは我々研究機関の系列の大学に入学することが出来ます。本当にお疲れ様。これから世界は、貴方のおかげで変わります。永遠の幸せを手にできるんです。貴方も、これから一般人として、その永遠の幸せを享受してください」

「そんなの良い、あたしに銃を返して!! あたしは……あたしが、あいつを殺さなきゃ行けないの!!」

「そうですか……では、貴方は貴方で勝手にやってください。夏美さんのここでの役割は終わったので」

 そう言うとおばさんは、あたしの使ってた拳銃と死神を殺す弾丸を、雑に渡した。

「あ、くれぐれもその拳銃を外で出さないように……一応法律が残っているので、銃刀法違反で捕まりますから」

 その後あたしはあっという間に研究室を追い出された。その時のおばさんの顔は、ほんの少し寂しそうだった気がする。

 いや、あたしがそうあって欲しいと思っていただけかもしれない。何やかんやあのおばさんとは、あたしが目覚めたこの世界では一番長い付き合いだったから。

 研究室を追い出される前に、おばさんに聞いたよると、あたしは死神に殺されかけてから、2週間程寝たままだったらしい。ナノデバイスにも異常が見られず、体にも特に異変は無かった。

 だから、あたしが死神と戦っているときに、何故ナノ細胞が機能しなかったのかは、科学的に不明なまま。

 10年前の後遺症はほぼ治ってるから、病院に戻る必要も無い。

 晴れてあたしは、念願の自由を手に入れた。

 10年ぶりに、あたしはなつかしの我が家へと向かった。決して広くはない都内の一角にある小さな一戸建ての家。

 ほんの少しドキドキしながら、あたしは家のドアを開けた。

「ただいまー」

 10年前と、家具の配置とか雰囲気とかは、何も変わってない。でも、かなりホコリだらけだ。

「こんなんじゃ、あたし住めないじゃん」

 めんどくさいけど、掃除するしかないかー。体が大きくなったせいか、家が昔よりかなり小さく感じる。

 それが理由かは分らないけど、家の掃除は意外と早く終わった。こうして家中を掃除しながら回っていると、色んな物が見えてくる。

 お母さん、以外と片付け下手だったんだぁ。

 お父さん、こんな所にへそくりが……。

 二人とも、あたしに見られるのが恥ずかしいからって、二人で相合い傘してる写真をこんな所に隠して。

「……一緒に掃除できたら良かったのに」

 しばらく掃除をしていると、あたしが小学生の時に書いた文集が出てきた。ずいぶんとホコリ被っているけど、水洗いするわけにもいかない。

「うわ、最悪」

 仕方ないから、文集のホコリを手で払いまくった。

 軽く読んで捨てよう。そう思い、あたしは文集を読み始めた。

 (あたしの夢は、ファッションデザイナーになることです!!そしていつか、お母さんみたいに優しいお母さんになりたいです!!)

 たった二、三行の文章だったけど、あたしはこんな夢さえも忘れてしまっていた。この時のあたしと今のあたしって、何が違うんだろう。

「はは、優しいお母さんって。可愛いじゃん」

 等と独り言を言いながら読んでいると、下の方に親からのコメントが書いてある事に気づいた。

 あたしは、ほんのちょっぴり緊張しながら、その親からのコメントを読んだ。

 

 夏美のファッションデザイナーになるという夢が叶う日を、心の底から楽しみにしてるよ。ついでにお父さんのファッションもお願いします。夏美ならきっと、優しいお母さんになれます!!

 いつまでも、元気な夏美でいてください。お父さんとお母さんは、それだけで幸せです。

 でもお父さん、まだ夏美には結婚して欲しくないです。

お父さんより

 夏美の夢、全力で応援するね。こんなお母さんだけど、優しいお母さんだといってくれて本当に嬉しい!! これからも夏美は夏美らしく、色んな人の役に立って、目一杯輝いてくれれば、お父さんもお母さんも嬉しいです。夏美がお母さんになるまでは、一緒に夏美の夢を支えていけるよう、お父さんとお母さんは頑張るよ!!

お母さんより

 この、温かい気持ち。ずっと忘れていた。張り詰めた糸がふっとほどけたように、二人の言葉は、あたしの暗い気持ちを優しい光で照らしてくれた。

 こんなあたしなんかに、精一杯期待してくれてる両親が、まだいてくれたら。

 ……いてくれたら、二人は今のあたしをみて、どう思うんだろう。

 あたしは、あたし達一家の幸せを奪った死神を、殺したかった。

 でも、お父さんとお母さんは、あたしが元気なだけで幸せだって言ってる。

 もし、あたしが二人の立場で、大事な一人娘が命を投げ出してまで、自分たちの仇を取ろうとしてる光景を見たらどう思うだろう。

 そりゃ、自分達の事なんて忘れて、子供に幸せでいて欲しいって、思うよね。

 あたしが死ねば、二人は幸せじゃなくなるんだから。

 ……何で、気づかなかったんだろう。あたしが今、生きてる意味。

「ごめん、あたし……危うく二人から、幸せを奪うところだった」

 こんなにもあたしを、愛してくれていたのに……あたしはその愛を、自分で踏みにじろうとした。

 親への思いが溢れると、悲しい、寂しい、嬉しい、暖かい、優しい、愛しい、そんな感情と共に、涙が溢れた。

「お父さん、お母さん……ありがとう」

 たった一人、誰も居ない部屋で泣き続けた。もう戻らない過去からもらった暖かさを、少しでも心に留めておきたくて。

 でもきっとこの気持ちも、永遠に続けば、いずれ慣れて忘れてしまうんだろう。夢の中であたし達家族が、愛情を忘れていったみたいに。

「ようやく、自分が生きてる意味を理解したみたいだね」

 首筋に、知っている感覚がした。刃物に触れている感触はないのに、痛みだけを感じる。

 見ると、大きな鎌の刃があたしの首筋を捉えていた。間違いない、死神だ。それにこの声。

「……あんた、リエルって言ったっけ。今はあんたを殺す気はないから、その鎌おろして」

 リエルは何も言わず、鎌を下ろした。

「ねぇリエル、一つ聞いて良い? 何で、あんたはあたしの親に、そんなに肩入れするの?」

 リエルは少し黙ると、すると、あたしが手に持った涙でくしゃくしゃになった文集を見つめながら、話した。

「私達死神は、殺す人間の走馬灯を見ることが出来るの。だから私は、貴方のお父さんとお母さんの人生を全て知ってる。もちろん、貴方との思い出も……」

 走馬灯、確か死の間際に様々な記憶を見るとか言うやつだ。それが見られるって事は、この死神はあたし以上に、二人のことを知っているのかもしれない。

 二人が心の中で思っていたことも、あたしが知らない二人のことも。全部、この死神は知っている。

「私ね、昔は貴方と同じ人間だったの。でも、自ら命を絶った。そして目覚めたら、死神になってた」

 リエルが元は人間だった。じゃあ、死神ってもしかしてみんな……。

 人を殺すって、結構辛そうなのに。

「ねぇ、夏美。私達死神が、人間の科学を無視してまで人を殺す理由、分る?」

「……きっと皆、身勝手になっちゃうからだと思う。不老不死になれば、誰の助けも必要ない。只自分のために生きるだけになる」

 そう、夢の中のあたし達家族と、同じように。人との繋がりなんて必要なくなってしまう。

「愛情も、絆も、生き甲斐も、幸せも、全て人との繋がりで得られる、美しい形のないもの。全てを諦めた後に気づいた、私が心の底から欲しかったもの。この不老不死の時代で、死神は人間の人生を守る為に、人を殺す使命がある。そして私も、私が欲しかったものを、この世から消したくなかった……だから、いっぱい人を殺してきた。死神として」

 きっと、とても苦しかったんだろう。死神リエルという少女の瞳の奥には、とても温かい心があった。そんな優しい少女が、人を殺し続けなければいけない使命を背負い続けて……。

「皆の絆を、いっぱい引き裂いた。たくさん人を泣かせてきた。そんな日々を送ってたある日、現世に残してきた両親の事が気になって、私は昔住んでた家へ向かったの」

 リエルは、右手に持つ鎌ぐっと握りしめた。

「……パパは、私が死んだショックで酒に溺れて。ママはそんなパパに嫌気がさして離婚して……家には私とママにおいてかれた、パパたった一人」

 リエルの目からこぼれ落ちた涙を見て、この死神もきっと、あたしと同じように心を持っているんだと思った。悲しい時は泣いて、嬉しいときはきっと喜ぶ。そんな普通の少女を殺そうとしていたあたしは、死神と何も変わらないんじゃないか。

「あの日、夏美の両親の走馬灯を見た。貴方のことを心の底から愛し、最後まで娘を死なせまいと必死にあがいていた。私は、小さかった夏美を、昔の自分に重ねちゃったんだ。だから、掟を破って寿命だった夏美を見逃しちゃった……」

 じゃあ、本当だったら、あたしはあの日に……。

 今までは、あの日あたしだけ生き残ったことが嫌だった。ひとりぼっちになったことが嫌だった。

 でも、今は違う。生きていることが、お父さんとお母さんと、あたしの幸せを守ることだって気づけた。

 あたしも、背負わなくちゃいけない。お父さんとお母さんの死を。そして、あたしの人生を。

「リエル、ありがとう……あたしを見逃してくれて」

 あたしがそう言うと、リエルはとても安心したような笑顔で、あたしの方に振り向いた。

「えへへ、夏美を生かしといて良かった」

 こんな無邪気に笑ってる女の子を、あたし達人間は殺そうとした。リエルはあたし達のために、こんなに心を削ってくれているのに。

「きっと人間達は不老不死になれば、この幸せが永遠に続くと思ってる」

 そういえば、研究所のおばさんが言ってた。世界中の死神を撲滅するって。そうなれば、ナノテクノロジーで今度こそ人は不老不死になる。

 そうなれば、あたしの夢が現実に・・・・・・あたし、あんな世界では生きたくない。

 全てに無気力なあの世界じゃ、きっとあたしは輝けない!!

「あたし、やる」

 幸せな人生を、歩みたいから。

 ナノタワー。

 N細胞によるデータ管理や、脳入れ替えの際の記憶データ。それだけではなく、様々なナノテクノロジーに関するデータが、ここに集約されてる。

 あたしが通ってた研究室の不老不死や死神の研究データも、ナノタワーに全て保存されてる。

 きっとあたしが、リエルを撃った際に送ったデータもここに……。

 人類の叡智が詰まった塔が、あたしとリエルの前にそびえ立つ。

 ナノタワーに蓄積されているナノ細胞や死神のデータ。これらは全て、人類が生きながらえるための物。

 わざわざここからデータを盗んだり、破壊テロを行おうとする人間はいない。それは自殺も同然。いるとすれば、死神が死ぬことをよく思わない者。

 つまり、死神だ。だから、人間に対する警備が薄く、死神に対する警備が手厚くなる。

 死神が見える装置、大量生産を始めたばかりとは言え、ナノタワーの警備員全員に配るくらいの量はとっくに完成しているはず。

 きっと、あの特殊な銃弾もそう。

「お願いしまーす!!」

 あたしは研究室にいた頃のIDを使って、まんまとナノタワー内部に侵入した。見取り図によると、大容量データ保存システムとか言う奴が、このナノタワーの最上階にあるらしい。

 多分これを壊せば、死神のデータは全て消える。

 中央にあるエレベーターに乗って、約3分で最上階……か。

「ちょっと、君止まってもらえる?」

「え?」

 あたしに話しかけてきたのは、ダサいサングラスを付けたガタイの良いおじさんだった。

 何故だかあたしは、このおじさんに妙な違和感を感じた。まるで、あたしの事を見ていないような。

「何? あたし今急いでるから後にしてくんない?」

「……用があるのは、君じゃない」

 そう言うとおじさんは、スーツの右ポケットから取り出した拳銃を、リエルの頭に向けた。

 まさか、あのサングラス!!

「リエル!! よけて!!」

 ドン!!

「ぐあーっ」

「はぁ、はぁ」

「……夏美、」

 あたしが発砲した弾は、おじさんの手を拳銃ごと貫いていた。ものすごい量の血が流れ出ていて、それを見たおじさんは苦しそうにその場でもがいた。

 こんな大量の血を見たのは、お父さんとお母さんが死んだあの日以来……。

 そっかあたし、今とんでもない事をしようとしてるんだ。

 自覚した途端、一瞬で恐怖が体を支配する。

「夏美!! 行くよ!!」

「はっ!ごめん!!」

 何ボーッとしてんだ、しっかりしろあたし!! 

「エントランスに死神と、死神に味方する人間がいる!! 見つけ次第撃て!! 人間に撃っても構わん!! どうせナノ細胞が修復するんだからな!!」

 おじさんが手首に付けたナノデバイスから、ナノタワーにいる全ての警備員に連絡が行き渡った。

「ねぇリエル、これやばくない!?」

 あたし達があたふたしている間に、ナノタワーの警備員はあたし達を取り囲んだ。

「もう逃げ場はない!! おとなしく投降しろ!!」

 男の警備員達が怒鳴り声をあげ、銃を構えた。恐らく、死神にも有効なあの銃。

 N細胞が体を再生してくれるせいで、発砲に対する精神的壁が低くなってる。あたしみたいな20の女にも、きっと躊躇いなく撃ってくる。

「夏美、私が時間を稼ぐから、その隙にエレベーターに乗って」

 リエルはそう言うと、リュックに着いた羽の装飾を黒い翼に変えた。リエルのその変貌を見て、警備員達は一斉に発砲する。

「撃て!!」

 四方八方から鳴り響く銃声に驚き、あたしは思わず目をつぶった。こんなにたくさん同時に撃たれたら、流石にリエルでもよけられないんじゃないか。

 痛いのは嫌だ。

「何ビビってるの? 夏美」

 目を開けると、リエルとあたしの周りにはたくさんの銃弾が落ちていた。

「馬鹿な、何故銃弾が!!」

 その台詞を聞いたリエルは、小悪魔の様に可愛らしくクスクスと笑った。

「貴方たちの弾が私に当たるって事は、私もその弾に触れるって事でしょ? 私は飛んできた弾を、この鎌ではじいただけ」

「そんな事、出来るわけが」

「出来るよ、私は人間じゃない。貴方たちより高次元の存在、死神なんだから。元々の身体能力が全然違うの」

 え、なんかあいつ、カッコ良くない?

「何してんの夏美!! 早く行って!!」

「あ、うん、分った!!」

 今は余計なことは考えず、とにかくエレベーターに向かって走ろう。

「ここは通さん!!」

 あたし達を取り囲んでいた警備員達が、行く手を阻む。

「発砲しろ!!」

 何発もの銃弾が発射されたが、あたしの前に颯爽と現れたリエルが、それらを全て鎌でさばいた。

「ごめんなさーい!!」

 そして、ついでという感じで、目にもとまらぬ早さで警備員達の背後に回り、一人一人丁寧に、鎌で叩いて足の骨を折っていく。

「ぐおおおおっ」

 露骨に変な方向に曲がっている警備員達の足が結構グロいので、あたしはあまり見ないようにして、そのままエレベータへと駆け込んだ。

「リエル!! あたし先に行ってるから、すぐ追いついてよね!!」

「任せて!!」

 リエルはあたしにサムズアップをした。あたしもリエルにサムズアップを返すと、エレベーターの扉は閉まった。

「くそぉ、何故折れた足が治らない!!」

 警備員達の痛みの悲鳴に、リエルは可愛らしい笑みを浮かべて答える。

「えへへ、あたしが近くにいるとね、N細胞でも傷は修復できないの」

 警備員は悔しげにリエルを睨みつけて叫ぶ。

「誰か死神を止めろー!!」

 その様子を、ガラス張りのエレベーターの中から、あたしは見ていた。

「うわぁ、かっこつけてんなぁ-」

 徐々にエントランスの景色が下へと向かって行き、ついに見えなくなった。

 あたしも、あたしのやるべき事を頑張らなくちゃ。

 エレベーターはものすごいスピードで上に登っていき、あっという間に300階付近まで到達した。

 最上階は400階。後もう少し!!

 突然、ガシャン!! という音と共に、エレベーターが止まった。するとエレベーター内のスピーカーから、警備員の声が鳴り響いた。

「おとなしくそこでじっとしていろ!!」

 どうやら、エレベーターが止まったのは警備員の仕業らしい。

「ちっめんどくさい!!」

 あたしはエレベータの天井にある救出口から抜け出し、目の前にある301階のエレベーター出口の緊急開閉ボタンを押して、エレベーターから脱出した。

 あたしはなりふり構わず、すぐ横にあった階段を大急ぎで駆け上った。

 それにしても、今あたしがいるのは確か301階。最上階は確か……400階。

「あと99階も上んの!?」

 あたしは途方もない数字に、ついつい叫ばずにはいられなかった。

 死神を殺す為の訓練は受けてきたから、それなりに体は動く。それでも、99階という数字を思い出すだけで、いとも簡単にあたしの気力をへし折ってくる。

「あーもう! しんどすぎ!」

 あまりにもしんどい、何回しんどいと言っても言い切れないくらいに。足がガクガク震えて、息が上がって、汗がダラダラ出て……ない。

 全然疲れてない、むしろ絶好調。何なら既に12階分くらいは上ってしまっている。

「え? どうなってんの?」

 すると、ナノデバイスから音声が発せられた。

「運動モード。対象者の動きを補助します」

 すっかり忘れていた。N細胞は、不足エネルギーを細胞に送ることも出来る。つまり、N細胞が機能している限り、体力は無限!!

 これなら、99階上れるかもしれない!!

「見つけたぞ!!」

 階段の上から、サングラスを付けた数名の警備員が、あたしに銃を向けてきた。あたしの拳銃の弾丸は残り一発。

 でも、この一発はナノタワーの大容量データ保存システムを壊す為に残しておきたい。これはもう、正面突破するしかない!!

 体の負担が大きいけど、N細胞の運動能力向上信号の出力を最大まで上げよう。

 少し時間はかかるけど、後からその負担もN細胞が治してくれる。

「おらぁ!!」

 あたしの渾身のけりが、警備員の股間に炸裂した。

「ぐおっっっっっっっっっ」

「あ……ごめん」

 警備員は声にならない悲鳴を上げている。本当は腹を狙ったんだけど、まさかこんなことになるとは。

 すかさず他の警備員が、あたしの腕を掴んだ。

「痛い目に遭いたくなかったら、こんなこともう辞めろ!! これは君のために言ってるんだ!!」

「あたしも、あんたらの為にやってんの!!」

 あたしは警備員の顎に一発膝蹴りを入れ、一気に階段を駆け上がった。

「やむを得ん!! 撃て!!」

 ドン!!

 猛スピードで階段を駆け上がるあたしの左足を、一発の弾がかすめた。

「ぐあっ!」

 ほんの少し弾が足をかすめただけで、足から力が抜けていく。いくら時間が経っても、N細胞はこの傷を治してはくれなかった。

 リエルが近くにいるのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。腕についているナノデバイスは、脚部の以上を示している。

 もしかして、あの銃弾はN細胞が機能しない何らかの機能があるんじゃ……。

「本当、最悪」

 左足で上る度に激痛が走る。傷が治っていないから、足に力が入らない。

 でも、登んなきゃ。

 あたしは左足の激痛をかき消すように、叫びながら階段を上った。しばらく登っていると、とうとう階段の一番の上の階までやってきた。

「着いた!?」

 だが、表記には375階と書いてある。どうやらこの階段はここまでのようで、400階に行くには375階を横断した先にある反対側の階段を使わなければならないらしい。

 折角なら、このまま400階まで登らせてくれれば良かったのに。後25階分も痛みに耐えなきゃいけない。

 足を引きずりながら歩いていると、あたしの目に衝撃的な映像が映り込んだ。

「……何、これ」

 375階の通路はガラス張りになっており、374階の様子を見ることが出来るようになっていた。

 374階には、64人くらいの数の人…いや、遺体がベッドの上で横たわっていた。そして側には、脳みそが置いてあった。

 すると、近くにある機械が自動で動き出し、彼らの頭を切り始めた。

「!?」

 あたしはあまりの光景に目を背けたと同時に、ここが一体何をする場所なのかを悟った。

「ここ、脳を入れ替える手術をする場所だったんだ……でも、確か」

 脳を入れ替えても、死神がとっくに殺してしまっているから、彼らが生き返る事は無い。あの64人は、誰にも看取られることがないまま、こんな形で無残に死んで行く。

 ピーっという警報と共に、64人の死亡確認音声が鳴り響く。

「辞めて……もう辞めて」

 こんなの、絶対おかしいって。

 あたしは再び400階を目指し、歩き始めた。375階の反対側の階段まで、もう少しという所まで来た時、隣にあったエレベーターが開いた。

 そこから7人程の警備員の人達が出てきて、一斉にあたしに銃を向けた。

「もう、諦めなさい」

 7人の警備員の背後から、聞き慣れた声がした。その声の主は、7人の警備員の背後から姿を現す。

「……おばさん、何でここに!?」

 研究室にいた、不老不死の研究に携わるおばさんだった。おばさんはあたしを見て、またいつも通りのめんどうそうに顔をしかめた。

「夏美さん、貴方にはがっかりです。死神を殺せば、貴方のお父さんやお母さんが死んだときのようなことは、もう起こらないんですよ? 貴方だけじゃない、世界中の人々に永遠の幸せが訪れるんです。何故それが分らないんですか?」

 おばさんは大きくため息を付いた……あたしは、おばさんのそのため息を聞くのが、いつもすごく嫌だった。

 まるで、あたしを腫れ物のように。

 そんなおばさんが、不老不死で人が失う者に気づける訳がない。

「……不老不死ってさ、人間からたくさんの物を奪うんだよ」

 おばさんは、あたしの言葉に興味を示したように目を見開いた。初めて会ったあの日みたいに、興味深いサンプルが目の前に現れたときの顔。

「ほぉ、やはり死神が見える貴方には、我々の知らない何かが見えるんですね? 一体なんです?」

「えっへへ、おばさんなんかには、一生分んないよ」

「……そうですか、では警備員の皆さん、射撃しても構いません」

 おばさんが号令をかけたと同時に、背後からあたしを追ってきた警備員達が到着した。

「ちっ」

 ドン!!

 何発もの銃声が、前後から鳴り響いた。万事休すか。

「お待たせ……」

 と思われたが。間一髪の所でリエルが駆けつけ、あたしに撃たれた弾をさばいてくれた。だけど、リエルの腹部を一発の弾丸が貫いた。

「くっ」

「リエル!!」

 リエルのお腹からは、真っ黒な血がボトボトと垂れ落ちている。あたしはリエルに駆け寄ろうとした。

「早く行って!!」

 リエルの叫びに、あたしは動きの悪い左足を引きずって必死に走る。リエルはあたしの通る道を、お腹から出た黒い血を辺りにまき散らしながら、警備員をなぎ倒して切り開いてくれた。

 あたしが警備員を振り切ると、リエルはあたしの後ろにぴったりくっついて護衛をしてくれた。

「リエル、あたしあんたと違って、一発もろに撃たれたらすぐ死ぬ、マジで頼むからね!」

 リエルは冷や汗を垂らしながら、ニカリと笑った。

「夏美が死んじゃったら、いつかあたしも人間に殺されるんだもの。そっちこそへばらないでね!」

 何度も何度も追いかけてくる警備員達を、何度も何度も払いのけ、ようやくあたしは400階に到達した。

「着いた!!」

 400階には、中心部に巨大なUSBのような形をした装置が置いてあった。見取り図で見た写真と同じ、間違いない。大容量データ保存システムだ。

 あたしはそのシステムに照準を合わせ、トリガーを引いた。最後の一発である銃弾が、超弦拳銃から大きな爆発音と共に発射され、目の前にある巨大な装置を打ち抜いた。

「……やった」

 あたしとリエルが顔を見合わせた次の瞬間、その装置は巨大な爆発を起こし、あたしはその爆風によって、ナノタワーの外へと放り出された。

「……」

 上空1000mの高さから、勢いよくあたしの体は落下していく。とてつもないスピードで迫り来る地面と、あたしの落下に抵抗する風に当たりながら、理解した。

 あ、あたし死ぬんだ。

「・・・・・・」

 意識がどんどん薄れていく。

 目がぼやけていく中、リエルがあたしに向かって必死に手を伸ばして叫んでいる声が聞こえた。

「夏美!!」

 ああ、ごめん……リエル。

 次の瞬間、まるで体が潰れるような激痛が走った。それと同時に、何かに包まれたようなフワッとした感覚を感じた後、あたしは意識を失った。

 目が覚めると、あたしの体には傷一つ付いていなかった。てっきりタワーから落ちた衝撃で、体がぐちゃぐちゃになって死んでしまうんだと思っていたけど。

「嘘・・・・・・あたし、生きてる」

 タワーが破壊されたから、ナノデバイスは機能しないはずだ。

 でももしかしたら、タワーが破壊された直後の出来事だったから、ナノデバイスがタワーの爆破で使えなくなるまでの一瞬のラグの間に、体をナノデバイスがN細胞で体を治してくれたのか。

 自分で不老不死のシステムをぶち壊しておいて、最後に不老不死のシステムに命を救われる。

 やってることがめちゃくちゃだ。 

 ボーッとした視界の中辺りを見回す。様々な箇所に怪我を負った病人達が、ベッドの上で寝ている。どうやらここは病院らしく、ナノタワーの爆発で怪我をした人達が入院しているらしい。

 後から聞いた話だと、死者は奇跡的に誰もいなかったそうだ。

 ナノテクノロジーが使えない以上、病院は旧来の治療法をインターネットで探しながら行っているらしい。

「・・・・・・気まず」

 あたしのベッドの目の前に移っている大きめのテレビのスクリーンには、ナノタワーが破壊されている映像が映っている。

 どうやら世間的なテロリストによる犯行だということになっているらしい。

 あたしは完全に顔を見られたのに、一体どうして・・・・・・まさか、研究所のおばさんが。

 考えたところで、分かるはずもない。生きているのかどうかも分からないし。

「おはよ、何考え込んでるの?」

 声のする方を振り返ると、リエルは窓の外の光に照らされながら、あたしのベッドの側で頬杖をついていた。

「今更だけど・・・・・・あたしのした事って、本当に正しかったのかなって」

 辺りを見渡せば、困っている人ばかり。皆、あたしのせい。この病院で病気を治療していた人も、きっとあたしがタワーを破壊したせいで苦労させているはずだ・・・・・・・何なら、あたしのせいで死んだ人だっているかも知れない。

 ナノタワーを壊すって決意したとき、諸々覚悟の上でやってた。でも、いざ目の前で見せつけられるとやっぱり、その決意に自信が持てなくなってしまう。

「正しいに決まってるよ、ニュースで見たでしょ? ナノタワーが壊れた時に死者は出なかったって」

「あのさ、ナノタワーって世界中のナノテクノロジーを管理してんだよ?ナノタワー周辺に死者はいなかったかもしんないけどきっと、世界中でいろんな被害が出てる・・・・・・もしかしたら、死んだ人だって」

 口に出すと、ますます不安は増大していく。そんなあたしの心中を察したかのように、リエルはあたしの言葉を遮って言った。

「いないよ、死んだ人」

「・・・・・・え?」

「世界中のどこにも、ナノタワーの爆発の影響で死んだ人はいないよ。例えどれだけその影響で危険な状態になったとしてもね」

「何で、ナノテクノロジーで心臓の手術してた人とかいたら、絶対死んじゃうじゃん!」

 リエルは顔色一つ変えずに、落ち着いて話を続けた。

「人ってね、おでこに寿命が書いてあるの。そして、この寿命は絶対。ナノテクノロジーが機能していようが、寿命が来たら人は死神によって殺される。逆に、どれだけ生存が絶望的な状態でも、寿命が来ていなければ、その人は絶対に死なないの。これが世界の仕組み」

 世界の・・・・・・仕組み。

「じゃあ、あたしのお父さんとお母さんを殺したのも・・・・・・」

「そう、寿命が来てたから・・・・・・・本当はね、あの時夏美も寿命で死ぬはずだった。夏美が私の事を見えるのは、寿命が尽きてるのに生きてるイレギュラーな存在だからだと思う」

 ・・・・・・・じゃあ、本当だったらあたし、とっくの昔に。いや、何なら今だって。

「私ね、あの時本当は夏美も殺すつもりだった。でも、必死に貴方を生かそうとする夏美のお父さんとお母さんを見ていたら・・・・・・えへへ、とても殺せなかった」

 リエルは、照れくさそうに笑った。

「でも元はと言えば、あたしが生き残って死神を見えるようになったせいで、リエル達が危ない目にあったんじゃん」

「何言ってんの、人間はもう死神に傷を負わせるような銃まで作っちゃったんだよ? ナノテクノロジーで急速発展した人類の科学が、不老不死なのに死ぬっていう矛盾について研究して、死神の存在にたどり着くのなんて時間の問題だったんだよ」

 なら、気にしなくて良いか・・・・・・・なんて流石に思えない。きっとこれからも、あたしは悩むと思う。

 でも、リエルのおかげで、あたしのした事が少しだけ前向きに捉えられる気もする。

 リエルは窓の外を眺めると、落ち着いた声で話を続けた。


「ねぇ、夏美。あの時ルールを破った私は、本当なら世界から罰を受けて消えるハズだったの・・・・・・だけど、何故か生きてた。どうしてなのか、ずっと分からなかったけど、今やっと分かった気がする」

 リエルは、その優しく光る赤い瞳をあたしに向けて言った。

「ナノテクノロジーによって間違った方向に進むはずだった世界の仕組みを、夏美はあるべき姿に戻してくれた。夏美の存在はきっと、世界にとって正しかったんだよ」

 正しい・・・・・・あたしの、存在が。そっか、生きてて良いんだあたし。幸せになっても、良いんだ。

「その理論で行くなら、消えるハズだったあんただって、世界にとって正しい存在なんじゃない?」

 ちょっとした照れ隠しで言った台詞だった。なのに、振り向くとリエルは、その綺麗な赤い瞳から一粒の涙を流していた。

「そうなのかな、そうだと良いな」

 リエルは急いでこぼれた涙を拭き、ふっと笑って言った。その笑顔は、まるで未練が無くなった幽霊みたいに、屈託のない透き通った、儚い笑顔だった。

「・・・・・・あ、」

 すると突然、リエルはあたしの顔をじっくりと不思議そうに見つめだした。

「・・・・・・ちょっと、何?」

 リエルは、とても嬉しそうに笑って言った。

「内緒!!」

 その時、雲の隙間から姿を現した太陽の光が、窓からあたし達を照らし出した。

 側にある鏡に映っているあたしは、輝いていた。

「ねぇ、リエル・・・・・・・あたし、頑張るからさ」

 リエルは何も言わず、頷いた。

「見ててよ、あたしの生き様」

「うん、見てるよ・・・・・・最後まで」

 その言葉を聞いて安心したのか、あたしは気絶したように眠りについた。

訳あって再投稿です…

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