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ナタリアの新たな旅立ち(2)

フィリップの肩に手を掛け、馬に揺られながらナタリアは「これから」について考えた。

 ……とりあえず、アマータさんがどうしてあたしを殺そうとしたのか、それを明らかにしなければいけない。叔父さんも結局アマータさんがあたしを殺そうとした理由は知らなかった。ただ、あたしを殺せばロゼッティ家でそれ相応の地位を約束するという密約を交わしていたらしい。

 …くっだらない。…くだらないんだけど、人を突き動かす理由としては十分あり得る話だ。

 …だが、アマータさんがあたしを殺す理由が"それ"だとは思えない。アマータさんが本当に出世欲があるなら、ロゼッティ家のようなショボい地方貴族に嫁入りなんてしないはずだ。

 アマータさんは恋愛結婚という貴族では珍しい形でロゼッティ家の一員となった。…私を殺す理由は、ほぼ間違いなく"別"の理由だろう。

 あたし本人がそれを確かめることはできないが、フィリップを通じて彼女の本音を知ることができるかもしれない。

 …だが、その前に、あたしが死んだことにするのであれば…、…どうにかして、あたしの町の検問をかいくぐらなければならない。

 「…ねえ、どうやって検問をかいくぐろうか?町にさえ入れればいろんな抜け道を駆使してあたしの家に忍び込めるんだけどさ、…何かいい考えないかな?」

 「んー……、…でも正直俺にもいいアイデアないんだよな。あそこの検問は割とちゃんと仕事するからな、ズルして中に入るのは厳しいと思うぞ。…よかったら、町の外で待っておいてくれないか?俺がしっかりと調べ上げてくるからさ」

 「うん、まあ、いいけど……。…ま、どうせあたしがやってもうまくいかないだろうからさ、お願いするよ」

 「そんなことはねえだろうけど…、まあ、そういう権謀術数みたいなのは俺の方が得意だし、任せとけ」

 「ありがとう…」

 「おう。てか昨日のおっさん生かしておいて本当に良かったのか?いつ裏切るかわかったもんじゃないぜ、あいつ。それにあいつに渡したブレスレットって、お前のご母堂の形見だろ?そんなもん手放して大丈夫なのかよ?」

 「全っ然大丈夫じゃないよ。あれは片時も手放したことのない大切なものだからさ、右腕がスースーして落ち着かないよ。…でも、あたしが死んだってことを証明するには、それぐらいしないとダメだしね。…まあ、後から取り返せばいいからさ、フィリップはあんま心配しないで頂戴な」

 「…わかった。つーか、表向きはお前は悪魔に襲われて死亡、で、裏ではおっさんが殺したことにするって言ってたけどさ、死体を確認することなくアマータが『ナタリア・ロゼッティが死んだ』って納得するかね?」

 「うん、アマータさんは血見るの大嫌いだから、多分大丈夫だと思うけど…。…まあ、こればっかりはあたしにはどうしようもないからね。成功するのを祈るしかないさ」

 「確かにな。…おい、もうすぐトレノだぞ」

 ナタリアの生まれ故郷の小さな田舎町、トレノの教会が見えてきた。

 「あたしこの辺で降りさせてもらおうかな。とりあえずいつものツリーハウスに身を潜めようかと思うんだけど、どうだろう?」

 「あそこ行く気なのか…。大丈夫なのか、あそこ」

 「アマータさんはツリーハウスのこと知らないから大丈夫だと思うけどさ、…うっかり喋ったりしないでよ?」

 「俺を誰だと思ってんだ。拷問されたって口なぞ割るものか」

 「心強いね〜。じゃ、健闘を祈るよ、Arrivederci!」

 ナタリアは鞍の上に立ち上がり、豪快にジャンプしたかと思うと次の瞬間、森の茂みの中に姿を消した。

 ナタリアは、枝伝いに木から木へと縦横無尽にジャンプし、森の奥へと進んでいった。幼少期をこの森で過ごしたナタリアだからこそできる芸当だ。

 暫く森の中を進んだ後、ナタリアの眼前に一際目立つ大木が現れた。ナタリアはその大木の太い木の枝を一本ずつ踏み締めて丁寧に上へ上へと跳躍していった。二分ほどジャンプし続け、やがてナタリアの前に見慣れたツリーハウスが現れた。それはナタリアが遠征する際にたまに使用するもので、本当に限られた人間したこの場所の存在を知らない。おまけに精巧なカムフラージュがなされていて、初見では絶対にこの場所に家があるということに気づけない。

 ナタリアは建て付けの悪い固いドアを強引に開けて、埃まみれのベッドに横になった。

 …体を伸ばしながら、ナタリアは考えた。…恨まれる事をした覚えはなくはないが、だからといって命を狙われる謂れはない。ましてやそれが継母とはいえ家族であるアマータさんだなんて…。

 「そんなのってないじゃん…」

 その時、静かにナタリアの頬を水が伝った。

 「あれ…?」

 気がつくとボロボロととめどなくナタリアは涙を流していた。

 「…、ひどいよ…」

 ナタリアは嗚咽した。ベッドに顔を埋めて咽び泣いた。


 ナタリアは泣き疲れてベッドから顔を上げ、何気なく壁に目をやると、そこにはかつてフィリップが描いた猫の落書きがあった。


 …そうだ。あたしには何よりも大切な友人がいるんだ。友と笑い合う未来のために、あたしも何か動かなければ。

 …フィリップがしくじるなんて露ほども思わないけど、けど、それでもフィリップに任せっきりなのはダメだ。自分の眼で、真実を確かめなければ。

 …そのためにはやっぱり、町の中に侵入しなければいけないが、…正直あの町の検問はかなり真面目で隙がないし、賄賂も受け取らない。正面からあたしが入ろうとしたら、あたしが生きているということがすぐさま町中に知れ渡るだろう。

 とすれば、残りの手段は「ジャンプして町の外壁を越える」になるが、それをすると町の中に人がいた場合にバレてしまう。

 ……あまりこういう手段は使いたくないけども、やるしかないか。

 悪魔を連れてきて、守衛と戦わせて、町のみんながそれに気をひきつけられている隙に壁を越えて町に侵入する。

 …そのために、悪魔を、見つけてこなければ。

 ここいらの有害な悪魔は大体あたしが駆逐したから、…生き残っているとしたら、好戦的でない悪魔だ。

 …やっぱり気が引ける。人間に好戦的な者とそうでない者が存在するように、悪魔にも人間との対立をできるだけ避け、平和に暮らしたいと願う者は存在する。あたしはそんな悪魔とは基本的に戦わないし、戦いたくない。

 ……悪魔はその性質上、洞窟や山奥に潜んでいることが多い。この近くの東の洞窟はほとんど人の手が入っていない。悪魔が巣食っている可能性は十分にある。

 ナタリアはマントのフードを被って、東の洞窟へと向かった。

 普段であれば、絶対にナタリアはこのような蛮行に及ぶことはない。ナタリアは「人を守りたい」という確固たる意志の元、プライドを持って仕事をしている。

 これは、継母のアマータに対するナタリアなりの一種の"仕返し"だった。

 

 …あたしのこれからの行動で、確実に悪魔が一匹死ぬ。それは戦いを好まぬ、人間にとってはほとんど無害な悪魔かもしれない。あるいはそいつを町まで誘導すれば、怪我人が出るかもしれないし、最悪死人が出るかもしれない。

 でも、そんなの知らない。

 全部アマータさんと叔父さんのせいだ。

 ナタリアはそう思い込むことにした。


東の洞窟には15分ほどで辿り着いた。これから実行することについていざ考えを巡らせるとナタリアは若干憂鬱な気分になった。

 だが、やるしかない。何より、アマータにはあまり猶予が残されていない。

 意を決して、ナタリアは洞窟の中に足を踏み入れた。

 

 悪魔の姿は"石"や"岩"、"宝石"とよく酷似していて、浮遊していなければ基本的に他の岩石と見分けがつかない。そのため、退魔師は悪魔の在処を探知するために、悪魔に近づくと音が強くなる鈴を常に持ち歩いている。現在は、…耳を澄ませば聞こえる程度に鈴の音が響いている。

 …いる。この奥に、確実に。

 ナタリアは松明に火を灯し、洞窟の奥へと小走りで向かった。

 …敵までの距離は、およそ4スタディオン(1スタディオン=約192m)だろうか。

 カツカツと音を立て、ナタリアは洞窟の中を足早に進んでいく。外の世界が遠ざかり、松明の光が強くなる。

 …鈴の音が大きくなる。目標までの距離は、およそ2スタディオン。

 奥に進むにつれて、空気が薄くなっていくのをナタリアは実感した。こういった悪魔が棲む洞窟は、魔力を伴ったガスが地中から噴出している事があるため、呼吸が荒くなりがちだ。

 しかし、そういった環境をものともせず、ナタリアは堂々と洞窟の中を歩いていく。

 …鈴の音がますます強くなる。あと1スタディオンほどの距離に差し掛かった時、ナタリアは"それ"の存在を視認した。


 …いる。

 想像していたよりは少し大きい、牛の頭ほどの大きさの、黒々とした泥炭のような姿をした悪魔がそこにいた。

 周囲の岩壁とほぼ見分けがつかないが、一瞬ナタリアの動きに反応し、微かに振動したのをナタリアは見逃さなかった。

 ナタリアは悪魔から少しだけ離れた位置で立ち止まった。

 「……おい悪魔、喜べ。今からお前のお仲間のとこに連れていってやる。…バラバラに砕け散ったお前のお仲間が待つ場所にな」

 「…ノンギンユ、オメサガクニトケレテトセリ スアサリベモヌゲソチエラ」

 …悪魔語だ。

 ナタリアにとって困ったのは、悪魔から攻撃の意志が全く感じられなかったという事だ。おそらくは人語を解さない悪魔なのだろう。とはいえナタリアも悪魔語はわからない。

 …あれをやるしかないか。

 一瞬ナタリアは躊躇ったが、すぐに覚悟を決め、ポケットから「ある物」をナタリアの方に投げつけた。

 それは、いくつかの小さな"結晶"だった。

 それもそこいらで拾えるような代物ではない。悪魔が砕け散った際に生じた、所謂悪魔の"死骸"だ。


 「…クルソチエラ!!ウメイテトヘクヌトゾユアヂムタツムモノカオソヤゾカデ モネグルソデ!!!」


 悪魔が怒り狂っているのを確認し、ナタリアは一目散に洞窟の入り口へと逃げ出した。

 …後ろを一瞬振り返ると、案の定、浮遊した悪魔が血相を変えて追いかけてきていた。

 「『ラ・アゼルバ』!」

 …悪魔が魔法を詠唱すると同時に、ナタリアの進む先を石の槍が立ち塞がった。

 「…それで勝ったつもりかよ」

 ナタリアはベルトに括り付けたハンマーを取り出し強く握りしめた。

 

 「『解放』!」

 ナタリアのその一言がトリガーとなり、ナタリアの握っていたハンマーが"巨大化"した。

 「ふん!」

 ナタリアはハンマーを振り回し、悪魔が作り上げた岩のバリケードをいとも簡単に破壊した。

 「『収縮』」

 ナタリアはハンマーを元のサイズに戻し、バリケードの残骸を飛び越え、光差す洞窟の出口へと全力で駆け抜けた。


 「おりゃっっっっ!!!!」

 洞窟を抜けたナタリアは、勢いよくジャンプし手近な木の枝へと飛び乗った。思わず後ろを振り返る。

 悪魔までの距離は、およそ2パーチ(1パーチ=約5.02m)ほどだろうか。

 …ここからトレノの町までおよそ15分。ナタリアであれば悪魔に捕捉されることなく町まで辿り着くことができる。

 「…おいで」

 ナタリアは枝から枝へと飛び移り、悪魔を引きつけながらトレノを目指した。


――――――――――――――――――――――


 トレノの教会が見える位置へと、ナタリアは無事に悪魔を誘き寄せた。

 悪魔の方は…、動きがかなり緩慢になっているように見える。

 無理もない。悪魔は魔力に富む場所を好む。この森には大した魔力がない為、悪魔にとってこの鬼ごっこは文字通り命がけだ。

 だが、トレノに着くまでに悪魔が力尽きてしまうと、ナタリアにとっては困る。

 …ここいらでもう一度、活発になってもらうか。

 ナタリアは悪魔の「死骸」をポケットから取り出し、もう一度悪魔に向かって投げつけた。

 「…セズケソソノテオユアデネ ソニ!クルソチエラ!!」

 悪魔が怒りにまかせて熱光線を放ち、木々の枝葉に火が移った。

 …ここまで派手に暴れたら、町の人は無視できないだろう。ナタリアはフードをより深くギュッと被って、全力でトレノの門の方へとダッシュし、声色を変え叫んだ。


 「悪魔だ!悪魔が出たぞ!」

 

 その一言で十分だった。

 町の門番が明らかにどよめいているのが伝わってきた。…狙い通り。ナタリアは門から離れて壁沿いに走り抜け、やがて壁を蹴り上げて高くジャンプした。

 「…あぁっ!?グエッ!!」

 ナタリアは着地に失敗し派手に転んだ。だが、町の人々の視線は門の外に集中していて、何者かが壁を乗り越えたことなんて誰も気づかなかった。

 しめた。…けど痛え。

 ナタリアは腰に痛みを抱えながらも、歯を食いしばって自宅へと向かった。教会の前を横切り、中央広場を通り抜け、ナタリアは自宅であるロゼッティ伯邸の隠し通路へと駆け込んだ。

 ロゼッティ伯邸の近隣の茂みの中に、大きな岩石が置いてある。それを横にスライドさせると、深い竪穴が出現する。ナタリアは足場を一つ一つ踏みしめながら、静かに奥へと向かった。

 …疲れた。

 ナタリアはかなり体力がある方だが、それでも今日だけでかなり消耗した。

 …ここからは体力の温存も兼ねて、落ち着いて進んでいこう。

 ロゼッティ伯邸の地下通路に降り立ったナタリアは、火打ち石で松明に炎を宿し、意識を研ぎ澄ませながらアマータの部屋へと向かった。


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