ナンパから少女を助けるためにとった親友の行動が意外だった
BL要素ありのコメディーです。
苦手な方は読むのをお控えください。
夕陽が地平線に隠れ始めた時間。
俺――桜田晴也は、スマホを突きながら校門の外でアイツを待っていた。風に吹かれて桜が舞う中、俺の横では部活終わりの生徒たちが、ぞろぞろと通り過ぎていく。この高校に入学してほぼ一年、もはや見慣れた光景だ。
そんな中。
「おう晴也、待たせたなっ!」
低くて渋い声がが背後から聞こえてきた。俺は声の主を確認すべく振り返る。そこにいたのは、身長が180センチほどのガタイのいい男だった。
「おう、お疲れー。ほんじゃ、帰りますか」
「おうよっ」
短く会話を終わらせ、俺たちは一緒に帰路を辿った。
隣で堂々と歩くコイツの名前は剛力武尊。俺が高校に入学してから出来た友達で、今は一番の親友だ。
彼は柔道部所属の屈強な男なのだが、これがまぁ強くて強くて。なんと、全国大会で優勝を勝ち取る強者なのだ。『名は体を表す』という言葉は、きっと武尊のためにあるのだろう。
そんな武尊だが、実は、他人から見ればかなり変わっているところがある。
武尊は突然立ち止まると、無邪気に俺の事を呼んだ。
「なぁ晴也!あそこのバス停に立っているスーツの若い男の人、めっちゃイケメンじゃない!?」
武尊はそう言って、ある男性を指差す。
そう、大の男好きなのだ。それもイケメンの若い男の。
彼曰く、「女性に興味は無え」らしい。もちろん、クールな女性やボーイッシュな女性であっても対象外であり、なんなら渋い系の男も同様らしい。とにかく、イケメンの若い男一筋なのだ。
だが、俺はそんな武尊を別に変だとは思わない。人にはそれぞれ好みがあり、それに口出しをするのは野暮だからだ。
それ故に俺は。
「あぁ、確かにイケメンだな。スタイルも良さげだしな」
と、武尊に共感した。
誤解しないでほしいが、あくまでも俺は女性が好きだからな?
「そうだろ? いやーマジでカッコいいなぁ。彼氏にしたいなぁ」
「それは無理だろうな」
「なんでそんな事言うんだ?」
「よく見てみろよ。あの人、結婚指輪してるだろ?」
俺は、左手でスマホを弄っている男性の方を指差す。その薬指には銀色に輝くリングが着けられているのだ。
武尊は眉間にシワを寄せて見つめた。
「すごいな、暗くなりかけてるのによく見えるよなぁ。……あぁ本当だ。こりゃ残念」
指輪の存在を確認するや否や、武尊は分かりやすく肩を落とした。割と本気だったらしい。
もしあの人が指輪をしていなかったら、今頃どうなっていたんだろうか……? いや、考えるのはよしておこう。
俺は暗いオーラを纏う武尊を慰めつつ、再び歩き始めた。
――★★★――
20分ほど歩くと、夕陽も地平線に沈んでしまい、辺りはすっかり暗くなっていた。
そんな中、僕たちの目の前にはY字路が現れる。ここには三角形の小さな公園があり、そこが僕たちの別れる目印になっているのだ。
「そんじゃ武尊、また明日な」
俺は別れの言葉を告げ、左の道に進もうとした。
だが、武尊から返ってきた言葉は、いつもの「おう、またな」ではなく、
「……なぁ晴也、あれ」
俺のことを呼び止める言葉だったのだ。振り返ると、そこには神妙そうな表情を浮かべる武尊がいた。
だが、その視線は俺ではなく別の方向に向けられており、俺も武尊の視線の先――公園に目を向けた。
そこには――。
「お嬢ちゃん可愛いね。良かったら、これから俺たちと一緒に遊ばねぇ?」
「僕たち、いい場所知ってるからさ。きっとキミも満足できると思うよ?」
「みんなで遊ぶと楽しいむぺよー」
ナンパ三人衆に絡まれる一人の少女がいた。少女は背中まで髪が伸びており、その身にはウチの学校の制服を纏っている。見た感じ学校帰りだったのだろう。
一方でナンパ野郎たちは、金髪でチャラい系男、黒髪で高身長爽やか系男、茶髪で背の小さい子犬系男の三人だ。ベクトルは違えど、三人とも顔立ちがいい。まぁ、約一名変な語尾のヤツはいるが。
すると、そんな三人に対して少女は、
「……お断りします。貴方たちに興味はないので」
と、毅然とした態度で跳ね除けた。
しかし、流石はナンパ野郎。すぐには諦めない精神をお持ちのようで。
「おぉ、お嬢ちゃん気が強いんだね。いいねぇ、そういう女の子、落とし甲斐があるんだよねぇ」
「ふふっ、照れ屋さんかな? 遠慮しなくてもいいんだよ?」
「むぺー。冷たくされると僕、泣いちゃうむぺよ?」
三人衆はしつこく少女に迫る。いやだからその語尾は何?
「私の話をきちんと聞いていたのですか? 嫌なものは嫌です。あまりしつこいと、警察呼びますよ?」
少女はやはり毅然と跳ね返す。だが、それでも三人衆は諦めない。これではまるで禅問答だ。
「……どうする、武尊?」
俺はひっそりと武尊に問いかける。
相手は恐らく俺たちより年上。しかも、こっちの方が人数不利だ。助けたいのは山々だが、その現実が俺の不安を掻き立てていた。
だが、そんな臆病な俺とは違って、武尊は漢だったようで、
「……任せろ。俺に考えがある」
と、武尊は腕まくりをした。
まさかとは思うが……いや、四の五の言っている余裕はない。あの少女を助けることが第一だ。
だから俺は、
「あぁ。頼んだ、武尊」
と、彼に託した。
武尊は一度大きく深呼吸をすると、両腕を曲げて両手を腰の横でグッと握りしめた。これは、武尊が試合前に気合いを入れる時のポーズだ。
覚悟を決めたらしい。彼はその足を一歩、また一歩と進め始めた。俺は、公園の外からその様子を見守ることにした――。
――★★★――
なかなか首を縦に振らねぇ女に、俺はだんだんと苛立ちを覚え始めていた。
最初こそは、どうにかしてこの女を落としてやろうと意気込んでいたが、今はもうどうでもいい。何がなんでもコイツを連れて、そして……。
俺は思わず笑みが溢れる。
「……気持ち悪い」
女は俺の顔を見て、そんな言葉を口にした。
その時、俺の中で何かがプツンと切れる音が聞こえた。
「……てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇよ!」
俺は思いっ切り右腕を振りかぶった――その瞬間だった。
「そこの方たち、ちょっといいか?」
どこからか低くて渋い声が聞こえてきた。
「んあぁ? 誰だよ」
と、俺は右手を下ろして、声のした方に視線を飛ばす。友人二人も同様に首を動かした。
するとそこには、屈強そうな男がこちらを見つめて立っていた。一瞬その体格に気圧されたが、よく見るとソイツは制服を身に纏っており、俺たちよりは年下であることがわかる。
「へへっ。兄ちゃん、正義の味方気取りなのはいいが、状況をよく理解してんのか?」
「状況?」
「あぁそうだ。お前は一人に対して俺たちは三人。どう考えても人数不利だぜ?」
「そうだよ。余計なお世話かもしれないけど、キミはもう少し周りを見れるようにした方がいいかも」
「むぺっ!」
俺は友人二人と共にソイツに近寄り、囲むように立ち塞がる。だがソイツは逃げ出そうとせず、その場に立ち尽くしていた。逃げもしないで大人しく囲われるとは、内心恐怖に支配されて、体が動かなかったのかもな。
だが、ソイツから出てきた言葉は意外なもので。
「三対一? ……むしろ好都合だ」
「あぁん? てめぇ、あんま舐めてると……」
その瞬間、ソイツはニヤリと口角を上げた。その表情に対して俺は体を構える。
そして、そのまま放たれた言葉は。
「イケメンの男三人に囲われるなんて……まるで夢みたいな事だからなぁ」
「は?」
「へ?」
「むぺ?」
「え?」
「えぇ!? ぁ、ゃっ……」
なんとも奇妙なものだった。なんだコイツ、頭がイカれてんのか? 気持ちわりぃ。
俺が警戒を強めると、ソイツはさらに気味の悪い行動をとり始めた。
「まずそこの背の小さいお方! なんともいい顔立ちをしていらっしゃる! イケメンだけど、どこか甘やかしたくなるその感じ……たまんねぇですわ!」
「むぺっ、むぺぺぺっ!?」
「ふふっ、一つ、味見をしてもいいでしょうか?」
ソイツは口からジュルリと音を立て、友人に一歩ずつ近づく。迫り来る恐怖に、友人は腰を抜かしてしまった。
「やっ、やめるむぺっ! 近づくなむぺっ!!」
「俺、もう我慢出来ないんです!」
「むっ、むぺえぇぇぇ!!」
友人は甲高い悲鳴を上げると、まるで蜘蛛のように逃げて行ってしまった。
俺の背筋にゾワっと悪寒が走る。連動して鳥肌も立ってきた。
さらに、ソイツは止まることを知らないのだろうか。
「あぁ残念。……それじゃあ」
と、ゆっくりともう一人の友人の方に振り向く。
だが、その友人の方は顔に微笑みを貼り付けたままであり、どこか余裕そうにも見えた。まさか、コイツを撃退する考えがあるのだろうか?
俺が期待していると、友人はフッと笑みを溢した。
間違いない、やっぱり何か策が……と思った瞬間だった。
「少年、キミにはこっちの方がお似合いだよ」
友人は俺の右肩をポンっと叩き、親指を上向きにしたかと思えば、そそくさと逃げてしまった。
「おいっ、てめぇ、裏切ったなっ!」
「あぁ残念、また逃げられたかぁ。一番好みだったのになぁ。……仕方ない、候補としては一番下だったけどこの人に」
「俺は妥協かよ!」
「あーでも、チャラいのも案外悪くないもんなぁ……ふふっ」
ソイツは気持ちの悪い笑みを浮かべて、俺の方を振り向く。その目は、まるで獲物に狙いを定めた肉食動物のようだった。
そして、ソイツは一歩、また一歩と俺に近づいて。
「……俺のものになってくれませんか?」
と、俺の耳元で囁いた。
――ヤバい。
本能がそうさせたのだろうか。気づけば俺は無我夢中で何度も地面を蹴っていた。
――★★★――
「マジかよ……」
気がつけば、武尊はたった一人でナンパ野郎たちを撃退していた。思っていた方法とは違うが、それでも武尊はやってのけたのだ。
「すごいな武尊!」
俺は柵の陰から飛び出して武尊に駆け寄る。
だが武尊は。
「せっかくの良いお方たちだったのになぁ」
と、肩を落としていた。あんなヤツらでも本気で気に入っていたらしい。恐ろしい男だよ、ホント。
「まぁそうガッカリするなよ。男なんてこの世にごまんといるんだからな」
「むぺぇ……」
「ははっ、なんか語尾移ってるぞ」
俺は武尊の肩を組んで慰めてやった。そんな時だった。
「あ、あの」
ナンパから解放された少女が話しかけてきたのだ。
「あぁはい、大丈夫でしたか?」
「……貴方に話し掛けたのではありません」
少女は俺のことを突っぱねる。
つ、冷たい。確かに俺は何もしてないけどさぁ……。
「そこの貴方ですよ。私をナンパから助けてくれた、体の大きな貴方です」
「うん、俺か?」
「えぇそうです。先程は助けていただき、ありがとうございました」
少女はスカートの両裾を持ち、左右に広げるようにしながら頭を下げた。身に纏っているのはただの制服であるにも関わらず、まるで何処かの国のお嬢様のような気品が溢れ出していた。
そんな上品な少女に武尊は。
「え?いや、俺は特に何もしてないんだがなぁ」
と、困惑している。
「あら、謙遜なさらなくても」
「いやいや、俺はあのお方たちに近づきたかったのであって、別に助けたつもりは」
「いいじゃないか別に。武尊にそういう意思が無かったにしても、結果的にこの子を助けた事に変わりはないんだから、感謝の気持ちくらい受け取ってあげな」
「……そうか、確かにそうだな。それなら、どういたしまして」
武尊は素直に頭を下げた。
「ふふっ、素敵な方ですね。あ、そうです。お名前を聞いても?」
「あぁいいぞ。俺は剛力武尊だ」
「あら、素敵なお名前ですね。私の名前は愛宕円香です。以後、お見知りおきを」
「おう」
なんだか俺だけ空気のようになっている気がするが……まぁ別にいいか。
俺が諦めたように納得していると、どこからか黒塗りのリムジンが公園の外にやって来て、一人の若い男が運転席の方から周って降りてきた。スーツ姿のその男は、スタイリッシュで、爽やかな雰囲気を醸し出している。
まさかとは思うが。
「あら執事」
「お嬢様、こちらでしたか。いやはや、お帰りが遅いので心配しておりましたよ」
「そう、それは申し訳なかったわ」
そのまさかだった。本当にお嬢様だったのかよ。
俺が呆気に取られていると、執事という男は再び口を開く。
「それにしても、今朝より随分と良い顔をなされていますね。もしかして、こちらの方たちのお陰ですか?」
「ふふっ、そうね。この方がしつこいナンパから助けてくれたお陰よ」
少女はご丁寧に「この方」と言い直して執事に伝える。泣くわ。
「左様ですか。そちらのお方、誠にありがとうございました。今回のお礼は、また後日差し上げます」
「え、あっはい」
執事さんが頭を下げると、武尊も慌てて頭を下げた。
その様子を見て、少女は微笑んでいる。
「ふふっ、本当に素敵な方ね。……それじゃあ執事、帰りましょうか」
「承知しました」
そう言って、二人は先程の黒いリムジンの方に近づき、乗り込む。
そして、後部座席の窓が開くと、
「またね」
と、少女は軽く手を振り、女神のような微笑みを見せた。少し距離があったので、はっきりとはしないが、その顔はわずかに赤みを帯びていた気がした。
その表情が俺に向けられたものではないにしろ、俺の心臓は思わずドキッと跳ねてしまう。
「……あぁ、またな」
武尊もまた、顔に赤み帯びていた。
「無事解決したみたいだし、俺たちも帰ろうか」
「……おう」
そうして俺たちもまた、この公園で別れて、それぞれ帰宅することにした。だが、別れ際の武尊はどこか名残惜しそうな表情をしていた。
あんな表情を直接向けられたのだ。もしかしたら武尊は、生まれて初めて女の子に恋をしたのかもしれないな。
断続的に続く電灯に照らされながら、俺は一人、そんな推測をするのだった。
だが、この時の俺はまだ知らなかったようだ。
この先、なんとも奇妙な三角関係を目の当たりにしていくという事を。
お読みいただきありがとうございました。
今回はいつものスタイルを変えて、余白を多めにしたり、場面や視点が変わる際に★を付けたりと、読みやすくしたつもりですが、いかがだったでしょうか?
以前までのスタイルと今回のスタイル、どちらが良かったですかね?
私自身も未だどちらが良いか悩み中ですので、「前までの方が良かった」とか、「今回の方が良い」といったご意見があれば、お気軽にコメントしてください。
というよりむしろ、皆さんの声が欲しいです……!何卒!
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)