05 社畜女、拾われる(1)
──「おい! 女! 離せ!」
ハッ! しまった!
「ごめんなさい!! ごめんなさい。でもちょっと待って!」
私はひたすら謝った。彼の怪我も気になったことは事実だが、折角見つかった情報源に、このまま逃げられたら、また一からの振り出しに戻ってしまうと思い、藁にも縋る思いで、咄嗟に彼の足を掴んでいたのだった。怪我を負った人物に、いくら自分が困っている状況だからと言って、無理やり掴んだことに対して、身勝手な自分の行動を心から悔み、恥、心から謝罪した。
「わかったから、離せその手を………」
「あ、ごめんなさい……」
「こんな傷本当にたいしたことないから気にするな。そんなことより、こんなところで俺と一緒にいたら、お前に迷惑が掛かるかもしれん。残念だが、もしそうなった場合、今の俺の身体だと、お前を守ってやれるか正直わからんからなぁ。情けないが、すまない」
そう言って彼は、先程とは到底同じ人物とは思えないぐらい真逆の、柔らかく優しい、まるでそれは春の太陽のような温かい眼差しで私を見た。
「いえ、そうではないんです。いや、そうなんですけど……って私何言ってんだろ」
そんなたどたどしい私の言葉にも、真剣な眼差しで聞いてくれる彼の姿を見て、私は何故か涙が止めどなく溢れ出ていた。
「お、おい! どうした? いきなり! おい! 大丈夫だって、こんな傷、死んだりとかしないし! おい!」
そう必死で言いながら私の前に、自分の服をまた破って差し出してくれた。
「ううん、違うの。違うんです。私自分が分からないんです。だから、だから……やっと人に会えて……ウッッ、ウッ……グスン…」
「分かった、分かったから、とりあえず、座れ、そして落ち着け」
そう言って彼は私に一旦座るように促した。
「ちょっと待ってろ!」
そう言って彼は、近くにあった木製の皿のような物を手に取り、外に出て行ってしまった。
直ぐに戻って来た彼は、そこの小川で掬った水の入った皿を私に手渡し飲むように促した。
「やっぱり美味しい……」
少し落ち着いた私は、思わず言葉が出ていた。
「どうだ? 少しは落ち着いたか? 人間誰しも自分が分からなくなる時はあるもんだ。ましてやお前はまだ若い。そんなこともあるだろう。だから気にすることはない。俺だって、しょっちゅうそんな感じだぞ? ハッハッハッ」
そう言ってまたニタッとちょっと意地悪そうな感じで笑った。
「いや、そうじゃなくて……違うんです。私、何処から来たのか? ここが何処か? 分からないんです!」
「は?」
──暫くの沈黙が続いた。
鳩が豆鉄砲をくらった顔? と言うのは見たことはなかったが、実際はこういうのを言うんだろうか? 頭がおかしい子? と思われてないかしら? と、ちょっと心配になったが、私は恐る恐る続けた。
自分の今までの住んでいた環境、会社のこと、そして日本のこと。そして何故か気づいたら草原の上に寝ていたことも……。
その、摩訶不思議な話を彼は真剣な眼差しで、時折「うん、うん」と頷きながら聞いてくれた。
全てを話終えた時、彼が一言だけ言った。
「わかった。で、お前の名は何と申す?」
「姫野……姫野 桃子です」
何故か大嫌いだった名前を、今日会ったばかりの、素性もろくに分からない人に私は自然と名乗っていたのだった──
「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」
ここまでお読みになった時点でも構いませんので、広告下にある✩✩✩✩✩から作品へ評価を頂けると、執筆へのモチベーション維持に繋がります。また、次回が気になると少しでも思われたらブックマークも是非お願いします。