02 社畜女、目覚める
こうして二人きりで一緒に仕事をすることは今は殆どなく、二人で仕事をしていると当時のことをちょっとだけ思い出してしまう自分が少し惨めになった。
彼は仕事の上でも出世し、綺麗な妻と、可愛い子供も出来、幸せな家庭を築いている。
それに比べて私はと言うと……。
「室長」と言っても出世とは言い難く、第一営業部内にある「企画室」部門の単なるリーダーみたいなもので、彼の奥様である私の元先輩が退社したから、たまたまキャリアが次に長かった私が任命されただけだ。なんとも冴えない状況である。
「流石、桃子だなぁ。やっぱり桃子にお願いして正解だったよ。俺一人だと明日までにとても間に合いそうになっかったよ。で、悪いんだが……」
そう言って彼は少し俯き加減で自分左腕の時計に目をやる。
あ、時計変えたんだ。って当たり前よね。もう10年も経ってるんだし、それに元カノとお揃いの時計なんて……。とっくにもう捨てちゃってるわね。
心の中でそう呟き、私は自分の左手首にある時計を、そっとジャケットの袖口を持ち、ブラウスを引っ張り隠した。
付き合いだして初めてのクリスマス、互いのボーナスで互いにプレゼントしたペアウォッチ。
思い出があるからずっと使ってたんじゃない。社会人になって初めてのボーナスで買った物(まぁ私のは彼が買ったことになるが)だし、当時の自分にはちょっと背伸びして買った憧れの時計だったからだ! 決して彼に未練があるからではない!
何故か自分に言い聞かせていた……。
「いいですよ。専務、お先に帰って頂いても。あとは印刷して製本するだけなんで、明日朝一番でお持ちしますから」
「本当か? 悪い! 本当に桃子が居てくれて助かった! 恩にきるよ! 実は、上の子の塾の迎えに行かないといけなくて……。下のチビがまだ小さいから彩奈も……本当すまん! ありがとう!」
そう言って、かつての私の憧れの人、あんなに大きく立派に見えていた、180センチ超の彼が今はこんなに小さく腰を丸めて、何度も私に頭を下げている。
「あ、今日のお礼に今度うちに遊びに来ないか? 彩奈も桃子に会いたがってたぞ?」
門限の時間までに家路に帰れることに安堵したのか? 爽やかな顔で彼はにっこり笑った。
なんで資料作りの手伝いの残業のお礼に、わざわざ元彼の幸せな家庭姿を見に行かないといけないのよ……。
あまりにも無邪気に笑うその姿に、もはや怒る気さえ沸かなかった。
──10年か……。
あんなに好きだったのにな……。
「先に帰って良い」と言った私の言葉であんなにも嬉しそうな顔をした彼の姿を見ても、もはや何の感情も沸かなかった。
深夜12時を過ぎたところで、私は会社を後にした。
「はぁ……疲れたな今日は。長い一日だった」
小動物の幸せそうな顔と、ふっくらしたお腹、久しぶりに見たクシャっと笑う彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。
気がついたら、枕を壁に向かって投げていた。
頬を冷たいものが伝う。
「何やってんだろ……私」
「はぁあ……もうこんな人生嫌だ! やり直したい!!」
「神様のバカ!!」
◇◇◇◇
「ふぁあぁ~。やっちゃった……。私あのまま寝てしまってたのね」
「いけない! 今何時? ヤバイ!!」
ベッドから立ち上がろうとした
が
「え?」
「は?」
「ない?」
「はあああああああ????」
私はもう一度自分の下をゆっくり見た。
──ない。
そうないのだ。あるはずのベッドも布団も。
そして、おかしいのはソレだけじゃない……気がする。
そう、何もない。
あるのは私が着ていたスーツだけだ。そして何故かバッグと靴だけがソコに綺麗に鎮座されてある。
そう、私は何故か草原の上に紺のパンツスーツを着たまま寝転がっていたのだ。
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