影武者か殿下か
マツバは思わず吹き出しかけて、口もとを軽く抑えた
そしてしばらく、くくく…と笑ったあとに、また妃たちを見やった
「失礼。ただ私は、誰が殿下か分からないなら、今だけは殿下のフリを楽しもうかと思っているだけだよ」
マツバがそう答えると、月子以外の妃たちが互いに顔を見合わせた
その顔には、正気か? と書いてあるようだった
「不敬を承知で言うと、ここは3番目の御子がおわす宮で狙われるのも3番目。他の御子たちがいくつかは知らないが、少なくとも一番目の殿下は皇太子になられている」
つまりはこの宮には何も起こらないから、好きにやらせてもらうということだろうかと月子は思った
それから彼らを軽く眺めると、みな素知らぬ顔で前を見ている
月子は、目立てばそれだけ身の危険がありそうなものだと思い、影武者としては優秀なのかもしれないとも思った
「でも…誰が殿下か分からなければ、私たちもどう護っていいか、どう接すればいいのかも困りますわ」
真ん中に座っている千姫が、おずおずとゆっくりと発言した
マツバはそれに対して、全てに気を配ればいいと言った
「今、目の前にいる人の口にするもの、着るもの、触れるもの。自分の物や使用人の物、全てに気を配ればいい。それから、姫はただ姫らしくあればいい」
千姫が重ねて、それは全員の総意かと尋ねると、彼らはみな、ゆっくりと頷いた
「承知いたしました」
その返答に、千姫はうやうやしく頭を下げる
「ぼ…僕たちが、いざとなれば殿下も…お妃も…ま…護るから、大丈夫」
そんな千姫に、ゲンがどもりながらも言葉をかける
「ありがとうございます」
千姫は頭を下げたまま応じた