【短編】夜間の煽り運転
毎日バスを運転していると、決まった乗客が乗ってくるのを自然に覚えるもんだ。
普段は朝の通勤や通学の時間帯にシフトが組まれていたんだが、最終時刻を担当していた運転手が辞職してしまった。
それで今月から自分が朝シフトから夜シフトに変更。
自分は家庭があり、子供もまだ幼い。
出来るだけ早く帰宅出来るようにと、朝にシフトを組んでもらっていたんだが……。
新人が入るか、転勤で誰かが入ってくれるまで我慢してくれ、という上からのお達しだった。
そんなわけで今日も自分は、一般路線バスの最終便を走らせている。
いつもはこんな時間帯に乗ってくる乗客なんて、普段タクシーを利用しないサラリーマンか、帰りが遅くなった大学生くらいなんだが……。
今夜は珍しく老若男女、様々な年齢層、性別の乗客が数人乗り合わせていた。
最終便にこれだけ盛況なのも珍しい。
親戚の集まりでもあったのか? と思うほどだ。
時間帯が遅いと誰もが疲れて無口になるものだが、社内は随分と和気あいあいてしていて賑やかだ。
騒いでるわけじゃないが、全員顔見知りなのかと思うほどだフレンドリーに会話している。
そしてそれは自分のことも例外ではないらしく、人の良さそうな老婆が「いつもご苦労さまですねぇ」とねぎらいの言葉をかけてくれた。
バスの運転手に話しかけてくることなんて、何かしらトラブルなどがない限りほぼ有り得ない。
ついつい営業スマイルではなく、普段の態度で返事をしてしまった。
途中途中のバス停で乗り込んで来たフレンドリーな乗客は、およそ10人ほど。
最終便でやはりこの人数は珍しい。
そろそろ次のバス停を通り過ぎたら終点だ。
どうやら全員、終点で降りるらしい。
今日は何事もなく、平穏無事に業務を終えられそうだな。
そう思った矢先だった。
後方から原付バイクのライトが見えたかと思ったら、どういうわけか猛スピードを上げてこのバスを追い越そうとしている。
危ないな、と思いつつ冷静に対処しようとする。
世間を賑わせている煽り運転、というやつだろうか。
ライトを点滅させ、私の乗る運転席のすぐ横まで走ってきて幅寄せしてくる。
いや、本当に危ないだろ!
事故ったらどうするつもりだ!
横目でチラリとバイクの運転手を見た。
乗っている人物は袈裟を着ている。
まさか、ヘルメットと暗さではっきりとはわからないが坊主なのか?
「おい! バスを止めなさい! おい!」
このご時世、煽り運転なんかしてもなんの得にもならないだろう!
坊主まで煽り運転とは、世も末だ。
「大丈夫ですかね、運転手さん?」
「なんだよ、あいつ。止まる必要はねぇよ、運転手さん!」
「お客様、落ち着いて。当バスは規定に従って安全運転を心がけております。どうか席に着いてください」
本当に今夜の乗客は礼儀正しい。
私のアナウンスに、誰一人として文句を言わず、私を擁護する言葉を言いつつ、ちゃんと着席してくれた。
安心させられたのは私の方だ。
まだ何やら騒がしくしている様子だが、私は少しスピードを上げた。
これでバイクに追い越され、前を走られたらそれこそ向こうの思う壺だ。
進路妨害されたら、もはやどうしようもない。
「おーい! おい、聞こえてないのか!? そこのバス! 止まれ! 頼むから!」
このバスにはドライブレコーダーがついてるんだ。
こっちは制限速度を超えて走ってるわけじゃない。
不利になるのはそっちだからな?
やがてバイクのライトが遥か後方にまで遠くなり、私は一安心する。
車内では拍手喝采が起きていた。
「皆さん、ありがとうございます。当バスは終点まで安全運転で参りますので、今しばらくお待ちください」
じゃあな、変な坊さん!
「待ってくれ! そのバスに生きてる人間は乗ってないんだ! 信じてくれ!」
軽めのホラーでした。
煽り運転してるつもりじゃなく、本気で注意を促しているだけなのに、煽り運転だと思われて走って行ってしまったらーー。
そんなIFから思いついたお話でした。