姫子ライフ
「うおおおお!!! そこだァ! 差せぇぇぇぇええ!」
ターフに歓声が巻き起こる。
それは快晴の日曜日。日差しが気持ちいい昼さがり。
私は、酒を片手に中山の競馬場にいた。
「おぉぉぉお!!! やったぞネェちゃん!」
私は今日会ったばかりのおっさんと喜びを分かち合っていた。
「いやあ勝った勝った〜! これで今月の借金も返せるぅ!」
大穴狙いで賭けた2万円が15万円になった。
働かずに15万手に入るのでけぇ……
夕方。私はボロアパートに帰ってきた。
いつ壊れてもおかしくない錆びた階段をあがると私の部屋の前でお母さんがそれはもうお怒りのご様子で腕を組みながら仁王立ちしていた。
私は親に借金している。
「あら、今日はあらかじめ来るって言っておいたはずよね? なのにどこをほっつき歩いていたのかしら? 夕方になれば帰ってくれると思った? 今日という今日はちゃんと、払ってもらうわよ」
ギロリ。目が光る。
私を見つけるなり、がみがみ言ってくるお母さん。
私はさっき競馬で勝ったお金を入れた茶封筒をカバンから取り出す。
お母さんはすぐに封筒をつかむ。それをみて、私は封筒をつかむ力をちょっぴり強くする。
「はやくその手を離しなさい」
微笑を浮かべるお母さん。ひっこわい。
「いやぁ離そうとしてるんですけどねぇ……なんか力んじゃって……ハッハー」
お母さんに会うまでは返す気あったんだけどなぁ。いざ目の前でお金が奪われるのは耐えられない! くそぉ! 金の悪魔め! 私の手と封筒をくっつけるな!
あぁでもこのお金があれば……パチンコに行ける! タバコも買える! ちょっと贅沢してワインも買える! ソシャゲに課金もできる!
渡したく……ない! 嫌だ! でも借金生活も嫌だぁ……!
「パチンコもタバコも借金を返してから自分のお金でやりなさい」
「なぜ心の中を読める!? まさかエスパーか!?」
驚いたせいで手の力が緩む。お母さんはその一瞬で封筒を手提げカバンに入れた。
「あっ……あぁ……私のお金が……」
「最近カスの考えることがなんとなくわかるようになってきたの」
「実の娘をカスって言っていいんか?!」
カスって言われた。親に。しかも母親に! ショック過ぎる……。
「20歳を過ぎてもまともに人としゃべらないニートで、親の金を使ってパチンコと競馬で借金作って。私があなたの借金を肩代わりして返済して、あなたのためにアパート借りてあげて、家賃もその他もろもろ払ってあげて、去年まで毎月ちゃんと仕送りまでしてあげていたのになぜか借金が増えている親不孝者の例えがカス以外出てこないのよ」
「わっ……あぁ……」
ぐうの音もでない。
泣いちゃった。自分の現状を肉親からこうも辛辣に言われるのは心が狂いそう。
今日は枕を濡らそう。あっ枕買ってないんだった☆
「あんたが街金から借りた総額666万を全額私が肩代わりしてあげたのわかってる? それを利子無し、催促有り、ある時払いで返済しろって言ってるたげありがたいと思いなさいよ?」
「すうぅぅぅぅぅぅ」
大きく息を吸い、空を仰ぐ。なぁ神よ。不平等ってやつじゃあないか。
20歳超えたって親のすねかじって生活してぇよ……1人でアパートに暮らすの寂しいよ。中学の時の同級生はもう結婚したり彼氏と同棲したりしててうらやましいよ。何も言わずに温かいご飯が出てくる実家に戻りたいよ。
どっかから税金のかからない1億円落ちてこないかな。
「私お母さんの作る美味しいご飯が食べたいなぁ……」
上目遣いでお願いする。親は子の上目遣いに弱い! はず。
「実家に戻ってくるなら今までの家賃と携帯代も全部請求するけど」
「わぁあい。じすいたのしいなあ!」
このアマ、情けがねえ!!!!!
私が涙目になっているとお母さんの表情がちょっと緩んだ。
「まあ最近はバイトも頑張ってるみたいだし、晩御飯を食べにくるくらいならいいわよ」
「お母さん大好き!!!!!」
私の手のひらはドリルのようにくるくるなのだ! ギュイイイイン!
ちなみにバイトは先週クビになった。(お母さんにも言ってない)
「毎日食べに行くね!」
「せめて月1にしなさい」
ぽむっと頭をやさしくチョップされた。
「じゃあまた来るわ。死ぬんじゃないわよ」
「ばいばいお母さん」
最後の言葉は心配されているのか遠まわしに借金ちゃんと返せよ☆ って言ってるのかわからなくて怖いな☆
部屋に入りズボンを脱ぎ捨て、茶の間でゴロゴロする。
部屋には酒の空き缶やカップ麺のゴミが散在している。
「はあ~、いつかは借金完済して自分のお金で広い家に住みたい……」
残り借金の額は633万円。22歳の時に1人暮らしを強制させられてから早3年……30万ちょいしか返済できてないの、普通にバグだろ。このままのぺ―スだと借金完済する頃にはおばあちゃんになっちゃってるよ! なんならお母さんが生きているかすら怪しい。
1人暮らしの部屋で、なにもやることもなく。虚無に襲われる。
寂しい。さびしい。淋しい。サビシイ。何もない。
今は金がないより孤独をどうにかしたい。酒買ってくるかあ!
今日はもう1杯飲んじゃうぞ! パック酒にしようかなぁ。でもビールも飲みてぇ……
よし、両方買いに行こう! ガッハハ!
あっでもズボン脱いじゃった……めんどくせえなあ。今日は酒やめとくかぁ?
そんなことを思っていると部屋の窓がガラガラ音を立てながら開いた。
「えっなに」
ガシッと窓枠をしっかりつかむ手が現れた。
私はパンイチの状態でよくわからないポーズをして身構える。
新手の借金取りか?! でも金利も闇金もお母さんが払ってくれてたはず!
じゃあ強盗か? こんな家にくるなんて見る目がねぇな!
あと思い浮かぶのは……大家! でも家賃だってお母さんが……。
「よっと。ふぅぅぅ」
なんか角みたいなのが頭から生えている女の子が窓から私の部屋に入ってきた。
髪の毛の色は綺麗な白色。今時のウィッグって地毛みたいに見えるんだ。などと関心を持ったりしたり。
というかハロウィンにしちゃあまだ早いだろ。てか玄関から入ってこいよ。
謎の少女と目が合った。おい、よく見ると可愛いじゃあないか。
「ふふん! 私の名前はコハク、悪魔よ! どんな望みだってなんでも1つ叶えてあげる。代償はたった1つ。あなたの一生を私にちょうだい」
丁寧に自己紹介をしてくれた。決め台詞かな?
「くそガキだぁ!」
「悪魔よ! 失礼ね、ちゃんと羽だって、角も生えてるんだから!」
「あー…………そういう感じの宗教勧誘的な? 入れば幸せになる〜的な? あーはいはい完全に間に合ってますね。お帰りください。あと、人ん家に土足で入るのやめてね」
私は女の子を玄関前に突き出した。ぽんっと。
なんだったんだ今の?
まあいいかと、私は茶の間に戻る。
「この部屋汚いわねえ。ちゃんと掃除しなさいよ」
「んんん??????」
さっき外に出した少女が茶の間に平然といるが? なんなら突然文句言われたが?
私は脱ぎ捨てたズボンと自称悪魔をみて思いついた。
「あ―えっとコハクちゃんだっけ? 悪魔なんだよね? 年齢は?」
「300歳」
よし。自称成人済み。
「なんでも叶えてくれるんだよね?」
「そうだけど」
よし!
「じゃあ。お酒、買ってきて」
私は500円玉を自称悪魔に渡す。
「……え? そんくらい自分で買いに行きなさいよ」
「おい話が違うぞくそガキ」
「だから悪魔だって言ってるでしょ! 大体望みを叶えたらあなたの一生をもらうの、つまりあなたを殺すって言ってるのよ? それを酒買ってこいなんてしょぼい望みに使うのは馬鹿すぎるでしょ! もっとないの?」
おい、こいつ初対面で私のことを馬鹿呼ばわりしたぞ。やっぱりくそガキだあ!
あと酒買ってこいはしょぼくねぇ!!!
「じゃあ税金のかからない1億円ちょうだい」
「は? 働け」
ぱっつーん。切れちまったよ。堪忍袋の前髪が。
この自称悪魔、くそうぜぇぇぇぇえ。
ああいえばこう言うタイプのくそガキ!
「てか、本当に悪魔なのかよ」
「疑い深いわね……この羽だって体内に収納できるからみてなさい」
うわぁ……なんか……見てはいけない物を見てしまった気がする。
どんな風かはご想像におまかせするとして。
「きも……」
思わず本音が漏れる。
「あ?」
ギロリ、悪魔の赤い瞳が獲物をとらえる。
「あっいえなんでもないですはい」
失言だった。
「私はあんたが『なぁ神よ。不平等ってやつじゃあないか』って願ってて少しこっけい……可哀想に思えたから来てあげたのよ」
わあ、頼んでもいないのに説明してくれてる。この子いいかも。でも滑稽って言いかけたの、ごまかせてないからな?
というかこいつ私の心の中の独り言知ってるのこわ。
「人の心読めるの?」
「この魔眼を使えば人の心をのぞき見れるのよ。でも魔力を必要とするから常時使えるわけじゃないんだけどね」
赤い瞳はどうやら魔眼らしい。
心読んだ上でおちょっくてやがるのかこいつ。
いい性格をしてやがる。
魔力とかしらんこと言われても分からん!
「へーそうか。よしわかった君を悪魔だと、ひとまず信じよう」
「それはどうも、さあちゃんと望みを考えなさい。なんでも1つ、叶えてあげる」
微笑を浮かべる悪魔。
うーん正直1億がダメならこの子に用がないんだよなぁ。
でも素直に帰れって言っても帰りそうにないもんな。さっきもいつのまにか茶の間にいたからなぁ……うーん。家でゴロゴロしたい。悪魔に願うことでもないな。うーん。
「仕事を探してきてって願いはダメ?」
「タウ〇ワークで調べなさいよ。あれ無料なんでしょ? しらないけど……」
わかっていたよ。どうせ却下されることなんて。
じゃあ他になにがあるって言うんだ。
一日中酒飲んで、競馬とパチンコやって。酒を飲んで。家に帰って寝る。それくらいしか願いがないし、これが願いに入るか疑問だけど。あっでも、家に帰ったら誰もいないのが寂しかったんだった。願いを叶えたら一生を奪われるのかぁ。だったら。
「私の残り一生、一緒に暮らしてほしい」
随分ぶっ飛んだことを言ったと思う。
「あんたそれ、随分ぶっ飛んだこと言ってる自覚ある?」
「正直これ以外の願いはない。すでに300年生きてるってことは悪魔は長寿なんでしょ? 私多分早死にす
るから長くても50年くらい一緒にいてくれるだけでいいから!」
すっごい嫌そうな顔してる。そもそもなんで突如来た悪魔の駄々で私が頭を悩ませてるんだよ。そこは私が悪魔の頭を悩ませるべきだろう。
悪魔がしかめっ面になって考えてるのおもろー。
ずっとみてられる。
「……わかった。一緒に暮らしてあげる」
「ありがとー!」
ふう、これでひとまずなんとかなった。かな?
「もう一度言っておくけど私の名前はコハクだから。呼ぶなら、名前で呼んで」
あれコハクちょっぴり顔赤くなってる。可愛い。
「おいデレ期早すぎだろ……私の名前は姫子。よろしくコハク。コハクぅ~一緒にお・風・呂入ろうね」
「それは絶対に嫌」
ゴミを見るような目で私を見ないで。ゴミになっちゃう。
こうして、なぜか悪魔との2人暮らしが始まるのであった。
一言”嘘”次回予告『姫子デット』
初めまして! ウミツキ カイです!
悪魔様にお願い! をお読みくださりありがとうございます!
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@Kai_Umituki