第10話 It's too sweet to drink
ルール:
・「恋人同士の二人が初めてキスをする瞬間まで」の物語
・500~2000文字以内
・必須ワード「魔法」
付き合っちゃいけない3Bオトコ。あたしの彼氏はまさしくそれだ。
リュージさんはめちゃくちゃかっこいい。目はすうっと切れ長で、通った鼻筋に、薄い唇。顔が小さくて、姿勢のいいすらっとした身体には、バーテンダーの制服が良く似合う。
でも意外と、手は大きくてごつごつしている。その指先が、メジャーを挟んだり、シェイカーに添えられたり、マドラーを持ち上げたりするたびに、あたしはドキドキしてしまう。
鮮やかな手さばきをうっとりと見つめていたら、そのきれいな目がちらっとこちらを向いた。
きゃー、みなさん、聞いてください、私、この人のカノジョなんですよー!
心の中で身もだえしているうちに、きれいな顔が、どんどんこちらに近づいてきた。
「美織。大丈夫か? 眠いだろ。やっぱり帰れば、タクシー呼ぶから……」
ことん、と私の前に氷水のグラスを置きながら、小さな声でこんなことを言う。声も、かっこいい。
「おい……」
「大丈夫。今日は、閉店までいていいって、約束でしょ」
「……無理するなよ。それから、俺の出したもの以外は、絶対飲むな」
「分かってるって」
すぐに名前を呼ばれて、リュージさんはさっと振り向くと行ってしまった。後姿もかっこいい。
今日は決戦だ。
**
むっっちゃ見られてる。
やりにくいことこの上ない。
うわ、マルガリータですか。シェイカーカクテルな上にスノースタイルかよ。マジでトチりそうだわ。
うーわ、なんかスマホ取り出してるんですけど。頼むから、俺を撮るとかだけはやめてくれよ……。あ、流石に自意識過剰だったか。恥っず。
美織はパステルカラーのワンピース姿で、カウンターの一番奥に座っている。比較的客の年齢層が高いこの店では、明らかに浮いている。
彼女は俺の親友の妹だった。初めて会ったのは、彼女が高3の時だ。親友が、自分の結納式の後で、開店準備中のこの店にやって来た時、兄についてきたこの子は入り口の外で、制服姿でぽつんと立っていた。
「私と、付き合ってください」
だから、それから2年経って、制服から地味なワンピースに服装の変わった彼女が、突然目の前に現れたとき、俺はただポカンとした。
「私、今日、20歳の誕生日なんです。お酒、飲めます」
「ええ……」
彼女の顔は真っ赤で、手なんかちょっと震えていた。裁きを待つようにぎゅうっとつぶられたまぶたには、微かに涙がにじんでいた。
あんまり一生懸命で、かわいそうで、俺は彼女を店に入れた。捨て猫を一時保護するような、感覚だった。
親友の妹に手を出すつもりはないし、すぐ飽きられるだろ、と、その時は簡単に考えていた。年も離れてるし。
でも気がつくと、店に通い詰めてくる美織の無防備さが見ていられず、俺は部屋の合鍵を渡していた。美織が朝に来て俺の家で朝飯を食い、出勤していくなんて習慣ができて、2年近くになる。
我ながらヘタレだが、完全に機を逃した。美織の子供っぽい仕草を見るにつけ、未だに手が出せない。
もちろん合鍵を渡してから、他の女とも寝ていない。やり方、忘れてるかも。
*
「ほら」
「ん……」
カウンターに突っ伏して眠っていた美織の前に、氷水のグラスを置く。とろんとした瞳に、舌打ちしたくなる。誕生日だから希望を聞いてほしい、と押し切られたが、本音では店には来させたくない。
「お酒、つくって。調べたの。魔法のカクテル」
「ええ……」
目をこすりながら、美織はスマホを取り出す。
「うんと、まず、ぺるの、60ml」
「ペルノ? ――お前、飲めんのか?」
「ホワイト・キュラソー、3ダッシュ」
このレシピ。嫌な感じだ。
「アンゴスチュラビター、3ダッシュ。シェーク、コリンズグラス、ソーダ、フル、ビルド」
「お前が言うと、何かの呪文みたいだな」
ゆっくりとシェイカーを振る。目をカッと見開いてこっちを見るのを、やめて欲しい。
「ほら」
カランとマドラーでひと混ぜして、目の前にグラスを滑らせてやる。
「できあがり。――『キス・ミー・クイック』」
**
ひとくち、飲んでみた。薬くさい。
「うわ、まっず」
「おまえなあ……」
べーと舌を出したあたしを見て、リュージさんはため息をつく。
それから、さっとグラスを取り上げると、ごくごく、とすごい勢いで飲み干した。
あたしが教わった、してはいけないお酒の飲み方に、あっけにとられる。
「ああくそ」
リュージさんは舌打ちして、ぐしゃっと前髪に手を入れる。それから、ふいにそのきれいな顔が近づいてきて、唇になにか冷たいものが触れた。
すぐ離れたそれは、かすかに甘くて薬臭い味がした。
「わふ」
あたしは離れかかった頭をむんずとつかまえると、もう一回、唇をぶちゅっとくっつける。
しばらくそうして離れたら、リュージさんは突っ伏して、ゴン、とカウンターに額をぶっつけた。
「かなわねえわ、おまえには」
えへへ。
あたしは、目の前のリュージさんの後頭部をなでる。髪の毛、サラサラだ。
あたしの彼氏は、世界一かっこよくてかわいい。




