第九話 『カース・イーター』
「う、うう・・・」
エリアに投げ飛ばされたディレンが意識を取り戻し、アリアスが心配そうに抱き起こし背中を擦っている。
「わ、私は一体・・・」
邪気が抜け、気配が落ち着いたディレンを見て皆が驚いた。
「本当に呪いだったのか?」と、子爵が言った時、ディレンはハッとなって立ち上がり頭を下げた。
「す、すまなかった!自分でも何が何だか・・・ただなぜか人間以外への憎悪が膨れ上がって、消えなくて・・・」
自分でも理解出来ない何かが起こっていたのだろう。何が何だか分らないといった表情で狼狽している。
「呪いか・・・」
アフィの言葉に多分ねと答えて、手の中の靄を見つめ両手で潰す様に食べた。エリアの中に居る涼は霊体みたいな物なので別に口からでなくても吸収する(食べる)事が出来る。そして吸収した物から情報を得る事が出来る事が分っている。ザルザザの時も取り付いた霊の情報が吸収され、涼はこの世界の言葉を覚えるという苦労を軽減出来た。
呪いを吸収している時「え!?」と驚いた。
エリアはディレンを気遣う兄弟達を見た後ロウレン子爵の側へと近付いた。
「お嬢さん、何かな?」
エリアは恭しく頭を下げると「子爵、足を見せて貰ってもよろしいでしょうか?」と、話しかけた。
「私の足をかね?」
突然の申し出に困惑の表情をする。
「はい、特に怪我等をした訳でも無く足が動かなくなったのはここ最近なのでは?」
そう尋ねると子爵の表情は驚きに変わった。
「何故、それを?」
「やはり・・・」
「失礼しますね」
断りを入れて布団を捲ると子爵の足に纏わりつく黒い靄が見えた。勿論エリアだけにである。
「やはり、右足の方が酷いのでは?」
そう尋ねると、更に驚いた。
「確かにその通りだが何故・・・まさか?」
子爵も気が付いた様だが、まだ半信半疑といった顔でエリアの顔を見た。
「はい、呪いですね」
再び失礼しますと言って子爵の右足に手を伸ばした。
エリアの手は子爵の足に触れる手前で何かを鷲掴みする様に動き、その何かを引き剥がす様に引っ張った。
ズルズルと引っ張り出される靄、絡まった蔦を剥がす様なイメージだ。
「取れました」
エリアの手でうねうねと動く靄を両手で挟み潰す様に吸収する。
「子爵様・・・」
エリアは他の者に聞こえない様にロウレン子爵と言葉を交わすとアフィ達の所に戻って来た。
「何か分ったの?」
不安げなリリにエリアは真犯人が分ったよ。と難しい顔をした。
「アフィ、そっちの話は終ったの?」
「終ったも何も・・・」
アフィがちょいちょいと指差した先には頭を下げたままのディレンが居た。
さっき迄とはまるで別人ねと、呆れてる。
「でしょうね」と言って、もう一度子爵の方を見る。頷く事で子爵は答え、エリアも頷き返した。
「エリア・・・」
「ん、では終らせますかね」
エリアはディレンに近付き「ディレン君、気分はどう?おかしな所は無い?」と、顔を覗き込んだ。
硬く目を瞑り下げていた頭を上げて、はい!大丈夫ですと言ったディレンの動きがピタリと止まった。直ぐ目の前に有るエリアの顔を見て自身の顔が赤くなる。そんなディレンに熱でも出ましたか?と自分の額とディレンの額に交互に手を当て体温を比べるエリアから逃げる様に離れ、大丈夫ですからと、また下を向いて黙ってしまった。
「怖がらせましたかね?」
苦笑いのエリア。
「そんな事は有りません!」
強く否定したディレンにさっきまでの尖った感じは完全に無くなっている。そんなディレンの変貌振りとやり取りを兄妹達はポカンとして見ていた。
「さて、どうですか?さっきまでの自分の行動を覚えてますか?」
「はい・・・何故か分りませんが自分でもどうしようもなく気分が苛立ってしまって、理由も無いのにリリさんに敵意を向けてしまいました。そんなつもりは無かったのですが人間以外の物が憎く感じて・・・自分でも良く分らないんです」
わなわなと自分の行為に怯え、ディレンは頭を抱えてしまった。
そんなディレンを見詰める一同。
「所で子爵様、足の具合はどうですか?」
ロウレン氏はさっきまでが嘘の様に軽く自由に動く足を見て、驚きながら大丈夫そうだと答えた。
「これは一体・・・」
ダリウスは目を丸くしている。
「ディレン君にも子爵様にも呪いの様な物が掛かってましたが、もう取り除いたので大丈夫だと思います」
エリアは微笑んでディレンの不安を取り除く様、微笑んだ。
「エリアこれって?」
「うん、2人共強力な呪術を掛けられてたみたいだね」と、リリの頭を撫でる。
「呪術!?呪い・・・ですか?」
呪いという言葉に動揺が隠せない。
「ええ、君に掛けられてたのはかなり強力な物じゃないかな?その辺は良く分らないけど、呪いを掛けた相手は分りますよ」
その言葉に動揺した者が1人。アフィとリリ、そして離れた所から見ていたロウレン氏はそれを見逃さなかった。
4人の視線が1人に集中する。その視線を追って残りの者もその首謀者を確認した。
「な、なにを見ている・・・」
全員からの視線にガリィが動揺する。
「え!?」
そんな中、ただただ驚くディレン。
「兄さん、嘘ですよね?」
その問いかけに当たり前だろうとガリィは微笑み、答えた。
残りの兄妹も同様でガリィの無実を信じてる。
それでも疑惑の目を向けるエリアに「私がその呪いを掛けた犯人という証拠が有るのかね?」と、詰め寄った。
「ミランダ・ベリベット。貴方が呪術を依頼した女性ですね」
「なっ!?」
エリアが、ここに居る誰もが知る筈も無い名前を口にした瞬間、心臓を鷲掴みされた様な動揺が走る。絶対に出る筈の無い名前に体を震わせ後ずさった。
そんなガリィを見て、兄弟達も信じられないと動揺を隠せない。
そんな中1人エリアとガリィの間に割って入って「これは何かの間違いです!兄さんが私や父にそんな事をする筈が有りません!」と庇ったのは被害者のディレンその人だった。
「ディレン・・・お前・・・」
そんな自分より小さな弟の背中を見てガリィは力無く項垂れた。
「何故だ?何故・・・」
「相手が悪かったわね」
エリアは呪いを解いた時に誰の呪いか分るのよ
ふぅ、と息を吐くと振り返った。
「御当主、我々はこれで失礼します」
「いや、しかし・・・」
まだお詫びの為に用意した、食事や迷惑料も払ってないのだがと一旦は止めたが「家族でのお話が先でしょう」とロウレン子爵の申し出をアフィは辞退した。
「ミランダ・ベリベットはデリフォス法国のハレイで少し名の通った呪術師です。ハレイに行けば簡単に会えると思いますよ。では、今日はこれで失礼します」
恭しく頭を下げてアフィ達3人は困惑する子爵家の人々を残して屋敷を後にした。
☆
後日、アフィの家に来たロウレン子爵とディレン、そして首謀者だったガリィ本人の口から真実を知る事になった。
実はディレンは人間の後妻の子で、同じ人間のディレンを溺愛していたロウレン氏が家督を弟に譲るのではないかと不安になり疑心暗鬼になったガリィが呪いでディレンに不祥事を起こさせ、その間に既に老齢で呪いに因り病に伏せさせたロウレン氏に家督を譲る様に話を持ちかけるつもりだったらしい。
何故、あんなにも不安になったのか分らないがガリィは猛省して、今では以前よりも実直に働き実績と経験を積んでいるそうだ。身内の不祥事という事も有って結局この事件は不問となった。
アフィは最初ロウレン氏が持参したお金は受け取らないと言っていたが、話を聞いて見舞いの品共々受け取っていた。
アフィ曰く、口止め料の意味合いも有るだろうから受け取る事にしたらしいが、ロウレン氏が全て話したのはこの為だったのかも知れないと後から悔しがっていた。
「結局とんだとばっちりだったって訳ね」
面白く無さそうに窓の外を見るアフィ。
「運が良かったのか、悪かったのか~」
ララは困り顔で溜息。
「良かったのよ。リリだったからこうして大事に至らず無事解決出来た訳だし」
「でもリリには良い迷惑だったよね」と、ルルが抱き付き、むふふ~と頬擦りしてる。
「そんな事無い・・・2人が護ってくれたから」
アフィとエリアを見たリリは照れて下を向いてしまった。
☆
ロウレン氏が訪れた夜の事、「涼、これはあなたの分のお金よ。自分で管理しなさい」
アフィは麻袋を突き出した。どうやら直ぐに等分に分配したらしい。
因みに、今はエリアの体を出て人魂モードである。
「え!?でも俺は、居候だしそのお金は生活費の足しにしてよ」
涼は受け取りを拒否したが、涼のお蔭で解決した様な物だし、しっかり受け取りなさいと渡された。
「じゃあ、明日買うつもりだった装備に使わせて貰うよ」
そう言ってエリアの体に憑依する。
「初期投資は出してあげるって言ってるのに・・・」
「お金が有るのなら自分のお金で揃えるよ。もし足りなかったらお願いするから」
「そんな気無いくせに・・・。分ったわ、でも自分の命を護る物だからケチらない様に」と、念を押された。
中身の金額を確認するエリアが、直ぐに気が付いた「ねぇ、これ多くない?」と。
「そんな事無いわよ。ララと二人でちゃんと半分づつにしたんだから」
人差し指を立てるアフィ。
「3等分じゃないの?」
「迷惑を被ったリリと事件を解決したあなたの分よ」
そう言って自分の部屋に戻るアフィにエリアは、ありがとうと素直に感謝するとアフィは照れ隠しで「ふん」と小さく言って扉を閉めるのだった。
アフィを見送ったエリアの袖を誰かが引っ張った。見ればリリが上目遣いでエリアを見上げてる。
「どうしたのリリちゃん?」
「私が、案内する」
どうやらエリアの買い物を手伝ってくれるらしい。
「リリちゃんが?、それは助かるけど良いの?」
「その・・・この間のお礼」
ほんのり頬を赤くして目を反らしてる。
「そっか、じゃあお願いしようかな」
可愛いな~とほっこりしながら頭を撫でるエリアに「ん!」と応え、エリアに見えない方の手でリリは小さくガッツポーズをしたのだった。
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