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第六十三話『歴史の縮図』

 それは、見ただけで分かる呪いだった。ただこれまで見たどんな靄よりも色濃く澱み、大きかった。これ程の呪いが何故こんな所にと目を凝らせば一本の杭が突き刺さっていた。


 「嘗て此処には小さな村が有ったが、その村を呪った人間によって不浄の地となって今に至るのだ」


 周りを見回すが、此処に村が有ったという痕跡が分からない。恐らく随分と昔の話なのだろう。それも100年では到底足りない程の。


 「涼、そなたの力でこの呪いを食べて見せてくれ」


 コクリと頷き、虚の近付くと呪いの強さに気分が悪くなる。


 呪いを掛けたのは人間と云う事だったが、その禍々しさに、魂が逆撫でされ悪寒が止まらない。


 この呪いに人の残滓は有るが、魂は既に此処には無い様だ。


 エリアは虚の前で一時躊躇ったが煙を掻き分ける様に中に入ると、半分朽ちている杭に恐る恐る手を伸ばした。そして、エリアは気が付いた。杭だと思っていたそれは変色した骨である事に。


 少し力を崩れそうなその骨にそっと触れて、黒い靄を引き剥がす。


 そして、その靄を持ったままアルティキュアスの元まで戻って来た。


 「取り合えず持って来ました」


 「う、うむ・・・」


 少し身を引きながらエリアの手の中を見る。然しもの表情が少し強張っている様に見る。


 「では、いきますね」


 エリアはそう言いながらも少し躊躇って、その呪いを食べた。


 手の平の靄がエリアの手の平に吸収される様に小さくなり、最後には消えてしまった。


 その途端呪いに込められた感情が浮かび上がる。


 その最大の効果はこの場所の人への不幸。そしてこの呪いを掛けた人間の思い。それは奴隷として虐げられ、悲惨な最期を遂げた人間達の思いだった。


 その悲し過ぎる思いが一体何年この場所を呪い続けたのか。


 村を襲われ、無理やり連れて来られ、奴隷となり殺された者達の無念。その無念を糧に作られた呪いが今消える。


 「大丈夫か?」


 「はい・・・」


 一筋の涙が、頬を伝う。これは呪いに込められた術者の思いが流れ込んだ為に、揺さ振られた感情の結果だ。


 呪いとはなんて厄介なのだろうか・・・。


 「この呪いの術者の感情が強かっただけですから」


 エリアの呪い喰い、カースイーターは食べた呪いに込められた感情や思念を読み取ってしまう。その感情が強ければ強いほど鮮明に。

 ただ、この記憶は直ぐに記録、知識に変わるので、今までは此処まで心を蝕む事は無いのだが、今回は呪いを掛けた術者の多さと余りにも強い恨みの感情がエリアの心を揺さ振ったのだ。


 「辛い思いをさせてしまったな。だが呪い喰いは見せて貰った。次ぎは魂喰いだが大丈夫か?」


 エリアの背に手を置いて、覗き込むアルティキュアス。さらりと流れ落ちる黒髪までが美しい。


 その美しさにズルイ!と思いながらも、暖かい手に少し気持ちが楽になった気がした。


 「はい、大丈夫です」


 「そうか、でも無理はしないように。次はあれだからね」


 アルティキュアスの指す方向には、先程まで杭の打たれていた場所から大きな靄が溢れ出し始めてた。


 「おオ汚おを悪ォぉぉオォぉォ汚ぉぉォ・・・・・・」


 言葉にならない雄叫びとも嘆きとも聞こえる声が響き渡り木霊する。


 「あれは!?」


 「あの場所に縛り付けられた怨念だ」


 「怨念・・・」


 余りにも古く、もう形も定かでない黒い影の集合体だ。  


 「あれは先程の呪いより古い、獣人達の怨霊なのだよ」


 「獣人の怨霊!?」


 人間の呪いより古い獣人の怨念。更に悍ましい物の気配が暗く覆い被る。


 「ああ。あの呪いはこの怨霊も利用し、掛けられたものなのだよ」


 「そんな!?」


 神獣であるアルティキュアスがこれまで獣人の怨霊に何もしなかったのかと、睨みそうになったがその顔に何も言えなくなった。


 「私の力では消す事は出来ても浄化は出来ない。そなたの力で本来行きべき場所へ送ってやってくれまいか」


 アルティキュアスは頭を下げる。神獣という神に近い存在の彼が、自分の無力に怒りに唇を噛み、見た目ただの小娘に対して頭を下げたのだ。


 「分かりました」


 エリアは覚悟を決めると、アルティキュアスの口元の血を拭ってやる。


 そして、再び虚に向かいこの場所に囚われている黒い影を掴み剥がしていった。 


 バリバリ、バリバリとこびリつく影を剥がし取り、片っ端から吸収していく。


 吸収する度に怨念の感情が雪崩れ込み、エリアを蝕んだ。


 怨嗟、恐怖、痛み、怒り、悲しみ、苦しみ、そして絶望。


 「感情を受け止める必要は無い。ただ浄化する事だけ考えなさい」


 言い聞かせる様に囁くアルティキュアスの声。エリアはその声に心を落ち着かせ意識を集中させる。


 流れ込む記憶を遮断して、ただ吸収する。


 1つ、2つと魂を吸収するが、多少マシになったが上手く行かずどうしても獣人達の記憶が流れ込んでくる。


 3つ目を失敗した時、ふら付いて片膝を付いた。


 「難しい様だね。エリアもうやめよう」


 「いや、まだいけます」


 「にゃ~・・・」


 ファムも心配そうだが、ずっと気になっていた懸念が払拭出来る機会を逃したくない。


 とは言えこのままでは、エリアの葛城涼の精神が持たない。何か吸収しやすくする方法は無い物かと考えた。


 魂を食べたお蔭で、何か満たされた感覚になる筈なのに、嫌な気分が強過ぎて全く満ち足りない。それどころか酷い胃もたれや胸焼けを起こしてるみたいだ。


 「まるで嫌いな物を食べてるみたいだ・・・」


 (食べる!?)


 不意に出た自分の言葉に、ハッとする。


 食べ物。今の自分に取って魂が食べ物の様な物ならば!


 エリアは手にした魂を掴むと、意識を集中する。


 嫌いな物を小さく刻んで好きな物に混ぜる。いや、流石に魂を刻むのは問題が有りそうな気がする。ならばオブラート!


 混ぜるのではなくオブラートやゼリーで包み込んで味を分からなくする為、その魂の周りに膜を作る様にイメージした。


 この膜に記憶を遮断する効果もイメージする。強く、強く・・・。


 その過程で小さく握り込んだ。


 エリアの手の中で豆粒の様に圧縮した魂をみて、一瞬躊躇したが口に入れた。


 スッと喉を通り、胸まで落ちる魂がふわりと解ける様に体に広がった。


 これまで同様吸収した感覚はあるが、記憶と感情の侵入は感じられない。


 違和感は無いか考え、体を動かしてみる。


 そして、もう1つ魂を吸収してみたが先程と同様異変は感じられなかった。


 「アルティキュアス様」


 「私の考えてた物とは違う様ですが、上手く行った様ですね」


 上手く行った事を喜んでいたが、アルティキュアスの思惑とは違ったらしいが今はこのまま、その内慣れるだろうとの事だった。


 慣れる為、何より此処に囚われた人の魂を開放する為、カオスイーターを使いまくる。


 約30人分の魂を吸収、昇華させてエリアはへたり込んだ。


 そんなエリアを気遣い、ファムが抱き付き、アルティキュアスが肩に手を置いた。


 「あれを見て下さい」


 アルティキュアスが見た方向を見ると、其処にはぼんやりと獣人の家族が見えた。他にも多くの獣人達が目に涙を浮かべ、微笑み、エリアに頭を下げて天へと昇って行ったのだった。


 「彼らは現世での呪縛から開放され、天に帰りました。あの安らぎに満ちた顔がその証拠です」  


 「良かった・・・」


 「貴方はソウルイーターで食べた魂を案じていたのでしょうが、大丈夫。ちゃんと魂の輪廻に帰って行きます」


 「その言葉を聞いて安心しました。ありがとう御座います・・・」


 安堵して、微笑んだエリアはそのまま気を失い、眠りに付いたのだ。


 

 どれくらい時間が経っただろうか?エリアはベッドの上にで目を覚ました。


 「知らない天井だ」


 何処かで聞いた様なセリフが出た所で、意識がはっきりしてくる。


 「ここは・・・?」 


 体を起こして、周りを見るとファムが枕元で一緒に寝ていた。


 その何気ない平穏に笑みが零れる。


 そっとベッドから出て、寝巻きを着ている事に驚いた。


 周りに人が居ない事を確認して、瞬装で普段着に着替えてもう一度室内を確認した。


 「やはり、知らない部屋だ」


 エリアは寝巻きをベッドの上に綺麗に畳んで置くと、部屋を出た。


 そこは木造の家の2階でLの字型の廊下の角に階段が有り、吹き抜けの1階へと続いていた。


 階段を下りて、エントランスから中央奥の大きな扉を開いた。


 そこはホールになっていて、その奥のガラス扉の向こうに人影が見えた。


 キィ・・・。


 小さな音を立てて扉が開き、人の来訪を告げる。


 「もう起きて大丈夫かい?」 


 椅子に座って、本を読んでいたアルティキュアスは手にしていた本を閉じて立ち上がり、エリアを庭へと招いた。

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