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第六十一話 『獣戦士アンジェ』

予定より1話多くなりましたが、クオリオン編の導入回、森の町カント編終わりです。


 森の町カントを旅立ったエリアは街道の真ん中で、強い戦士と真剣勝負をしたいと望む獣戦士隊隊長アンジェリーナと対峙していた。


 「!?」


 アンジェリーナとの真剣勝負。万が一にも住人にアンジェの負ける所を見せない様にと手を抜いた自分にも非が有ると、にエリアも覚悟を決め、仕切り直しとなった瞬間、アンジェの使った戦法を模倣して目の前に4m程の土壁を作って視界を奪ったのだ。


 咄嗟に後ろに下がろうとして、踏み止まる。自分の攻撃の模倣、ならば全方位からの壁越しの攻撃が来る可能性が高い。ならばとアンジェは前方の壁を薙ぎ崩し脱出を図った。


 この薄い土壁なら破壊も突破も簡単だ。そう思い振るったパルチザンは土壁に食い込み直ぐに動かなくなった。


 ぐにゃりと重い感覚が腕を伝う。


 「なに!?」


 慌てて引き抜こうとしたが、今度はパルチザンの後ろ、石突が後ろの壁に当たって抜く事ができない。


 (しまっ・・・!?)


 アンジェが土壁の異変に気が付いた時には、もう遅かった。


 迫り来る壁がアンジェを包み込み、完全に埋もれてしまったのだ。窒息しない様に顔周りに隙間が有って、上を向くと外が見えたが、指一つ動かす事が出来ない。ならばと人型に変身して出来た隙間を使って脱出しようと変身した瞬間、土壁の空間が狭まって折角作った隙間は無くなり、また動けなくなった。


 土壁の束縛から逃れ様と踠くが完全に捕らえられ、身動きが出来ない状態では流石のカバ獣人とは言え脱出する事が出来なくなっていた。

 そして、これが普通の土で無い事が分かった。


 「これは・・・粘土?」


 普通の土じゃない。しかし、岩や鉄の様な硬い物でもない、重く、力を吸収してしまう1m以上の粘土の壁が隙間無くアンジェを包んでいたのだ。


 そんな踠くアンジェの顔の周りの壁が無くなり、光りが差したと思った瞬間首元に冷たい感触が伝わり、耳元でエリアの声が囁く。


 「これで、終わりで良いですよね?」


 体はビクともせず、後ろを振り向く事も出来ないアンジェはやっと観念した。


 「分かった、完敗だ」


 最終的には戦士らしく武器での打ち合いで勝敗を付けたかったらしいが、獣人相手にそれは勘弁して欲しいというのがエリアの本音だ。


 「で、そこの人達はどうするんですか?」


 ファムの後ろの木にジト目を向けると、ガサガサと音を立ててカントの獣戦士の面々が現れた。


 クィナ、ロクサーヌ、エルザ、そしてアガッタがあはは・・・と申し訳無さそうに笑いながら出てきた。


 「な、なんだ、お前ら全員で!?」


 「だって、隊長がエリア殿を襲おうとするから」


 「おそっ!?」


 反論しようとしたが、状況が状況で口篭ったアンジェは「ちょっと、本気で試合をしたかっただけです」と言って拗ねた。


 普段の凛々しい姿とは違う、一面に困ったり微笑んだり。


 「獣戦士の方々が戦うのが好きなのは理解しましたが、他の人達はそうとは限りません」


 「いや、分かってはいるのだ、分かっては。だがエリア殿は前の模擬戦で本気を出さなかっただろう?それが悔しくて、居ても立っても居られず・・・」  


 エリアは改めて理解した。みんなの前でアンジェに恥を掻かせない様にした事が、反って彼女の、いや獣戦士のプライドを傷付けたのだと。


 「申し訳ありませんでした。ただ、他国の者がもし万が一にも獣戦士の方々を傷付ける訳には行かないと思ったのです」 


 「・・・私も悪かった。だが今後獣戦士の誰かと手合わせする時は完膚なきまで叩きの目してやってくれ。負けたり傷付く事よりも手を抜かれる事を嫌うからな」


 「出来れば闘いたくないのですが・・・」


 (目的はあくまで諸国漫遊の旅なんだよ~)


 「良いか、私達はまだこの程度だが・・・」


 「この程度って!?」


 「男の獣戦士はもっと固執するからな」


 「固執って」


 うんざりとした顔で他の獣戦士の顔を見たら、全員が頷いていた。


 「もし、僅差で負けたなんて思わせたら、勝てるまで模擬戦をさせられるぞ」


 「えっ、マジですか!?」


 思わず、素が出てしまう。


 「本当です、なので容赦無く倒して下さい」


 「殺さなければ、問題ないからよ」


 アガッタとクィナがにこやかに怖い事を言う。


 「・・・・・・分かりました」


 アガッタの言い様にエリアも諦め納得した。獣人、特に獣戦士はそういうものだと。


 「出来るだけ、手合わせしない方向で行きますが、もし闘う事になったら全力を出します」


 「はい、私もそれが良いと思います!」


 エルザはエリアを元気に肯定し、ロクサーヌも頷いていた。


 「本当、男共はしつこいよね~」


 「だな、俺も嫌いじゃないがあれはな~」


 「だな」


 3人、其々が本当に嫌そうに頷き合う中、アガッタは黙っていた。


 「アガッタちゃんはそう云う事無かったの?」


 「はい、私は弱かったので」


 少し寂しそうに微笑んだその意味は分からないが、取り合えず頭を撫でた。


 「な、なんですか!?」


 顔を赤くして、取り乱すアガッタに全員の視線が集まった。


 「いや、何と無く?」


 「何と無くで頭を撫でないで下さい!」


 そう言い返すアガッタをエルザ達が取り囲んでニヤニヤと見ていた。


 「なんですか?」


 「いや、嫌がってる割には全然離れないのな?」


 凄く楽しそうに笑うエルザや口元を押さえて震えているロクサーヌを見て、アガッタは更に顔を赤くしてわなわなと震えて一歩下がった。


 アガッタをからかう3人、その光景に仲がいいな~、などと温かい目で見ていたら、横で悲しそうなか細い声が聞こえて来た。


 「あの~、そろそろ此処から出して貰えないだろうか?」


 涙目のアンジェが皆の視線を集める。


 「うう・・・」


 恥ずかしさで唸るアンジェにエリアがトドメを指した。


 「すみません、忘れてました」と。


 

 「酷い目に会った・・・」


 腕をぐるぐると回して、拘束から解き放たれた体を解す。


 「自業自得ですよ。だから止めたじゃないですか」


 「アガッタが冷たい」


 皆の笑い声の中、拗ねた顔をアガッタに向けるアンジェ。人型なのでエリアにも分かる可愛さが際立つ。


 これだけの美人が拗ねてると可愛い。


 「さて、これでもう行きますね」


 「待ってくれエリア殿」


 引き止めるアンジェに嫌そうに振り向く。


 「そう、嫌そうな顔をしないでくれ」


 後ろの4人がそれは無理だろう、首を振っている。


 「それで何ですか?」


 「これを」


 アンジェが差し出したのは小さな金属のレリーフだった。


 「これは?」


 「この国での通行手形の様な物だ、迷惑を掛けたお詫びに貰って欲しい」


 少し驚いた様に、渡されたレリーフを見る。


 盾の前に1本の剣、その両横に立ち上がった獅子と鷲が彫られていた。


 「獣戦士隊の紋章なのよ。それを見せれば何処の町でも入れるし、獣戦士や住民も色々と融通してくれるわ」


 「良いのですか?余所者の私がこんな・・・」


 アンジェはエリアの手を取り、口元を緩めた。


 「貴方は私に勝った人間よ。それに何より子供達を助けてくれた、この国の大事な恩人ですもの」  


 軟らかく穏やかな笑顔が、エリアを包む。


 「エリア殿、もし王都に行く事が有ったら此方を獣戦士か役所に渡して下さい」


 「手紙ですか」


 「はい、貴方の事を伝える物です。王都限定ですが、それを提出すれば無茶な模擬戦の申し出は無くなると思います」


 ぱっと明るくなって、嬉しい気持ちをアンジェに伝えた。

 

 「それでは、アンジェリーナ様。皆さんお世話になりました」


 「ああ、また近くに着たら必ず立ち寄ってくれ」


 「私も再会出来る事を楽しみにしてます」


 獣戦士達は人型に変身して、握手を交わすと、ザッと整列して敬礼をした。


 「「「御武運を!」」」


 エリアも真似して、敬礼をすると大きく手を振り、旅が再会されるのだった。




 「でも隊長、なんで本気出さなかったんです?」


 「ん~、エリア殿は多分模擬戦では本気は出してくれないでしょ。それに、勝てない事は分かっていたからね」


 その言葉に全員が驚いた。普段どんな戦いでも活路を見つけ諦めない隊長が勝てないと言い切ったからだ。


 「そんなことが!」


 普段クールで寡黙なクィナまで声を大きくした。


 「本当よ。エリア殿の戦いを3回見た訳だけどエリア殿はまだまだ本気を出していないわ。それに戦って悪い人では無い事が分かったからもう良いのよ」


 アンジェの言葉にクィナとロクサーヌは驚き、肌寒いものを感じたが、エルザとアガッタは違った。


 「エリア殿なら大丈夫ですよ」


 「はい、優しい方ですから」


 2人の顔を見て、たった2日で随分懐いたものだと微笑み、アンジェは再会を朝の蒼い空に願った。

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