第六十話 『獣戦士の矜持』
この10話目で森の町カント編は終わるつもりでしたが、もう少し掛かります。
「ずびばぜんでじだ~」
鼻水を垂らし、涙目で頭を何度も下げるエルザと獣戦士の面々。そして町長オドリックまでもがエリアに旅立ちを見送りに正門まで来てくれた。
「ほんどうわ、わだじがまじを案内ずるはずだっだのに・・・」
泣きじゃくるエルザを宥めてるアガッタがエリアと目が合うと、お互い困った様に微笑んだ。
「何時までも泣いてるんじゃねえよ」
「そうですよ」
同じ様に泣くエルザをハイエナ獣人のロクサーヌ、黒豹の獣人クイナが宥める。そんな2人にも挨拶したが隊長のアンジェの姿がない。
「あの、アンジェリーナ様は?」
獣戦士全員が視線を逸らし、どうしても外せない用事が有って手が離せないとの事、らしい。
「そうですか・・・」
呆れた様な複雑な表情で肩を落とす。
そんな仕草にエルザ達3人が疑問符を頭に浮かべているが、何かに気が付いたアガッタは申し訳無さそうに顔を俯けた。
「大変お世話になりました」
「いえ、此方こそ子供達を救って頂いて本当にありがとうございました」
「ファムちゃんもまたね」
アガッタはファムの頭を撫で、エリアとオドリックはお互いに頭を下げ、握手を交わすと手を振ってエリアは森の町カントを後にした。
重厚な木の門を抜け、街道を一旦西へと歩く。
オドリックから貰った地図を頼りに、目指すは幻の池『ユリニウス』だ。
そんな先の展望を考えつつ、カントが見えなくなった所で、エリアを付けていた人物が動いた。
街道の脇の草陰から飛び出した影は木を蹴って上からエリアに襲い掛かる。
だが、さっきまでエリアの居た場所には猫が一匹此方を見上げているだけだった。
「!?」
何処に!?エリアの行方を捜そうと視線を動かす前にその影は吹き飛ばされ地面を転がった。
「ぐっ!?」
地面に片手と膝を着いて、体勢を立て直し、顔を上げる前に右腕を後ろに捻り上げられ拘束された。
力で外そうにも力の入れ難い様方向に締め上げられびくともせず、肘が悲鳴を上げる。
痛みで力む体を無理やり脱力させ敢えて力を抜いた、その瞬間緩んだエリアの拘束を振り払う。
「アンジェリーナ様」
ビシ!とパルチザンを構え対峙するエリアを真っ直ぐ見据え呼吸を整える。
「エリア殿、真剣勝負といきましょう」
エリアはチラリと茂みの奥に視線を送ると溜息を吐いた。
「理由は?」
そう聞きつつ、荷物を街道の脇に置き、その上にファムを座らせる。
「お互いの今後の為に」
「お互いの為ですか・・・良く分かりませんが、私は回復は不得手ですよ」
今度はアンジェがエリアの荷物の所まで行って、小瓶を2つ置いて戻ってくる。
「高級回復薬です、切り落とされた四肢ぐらいなら治せます」
そこまで!?エリアはこれまで普通の回復薬を使った事が無い。それは今まで怪我をしなかった訳ではなく、アフィが作って持たせてくれてたからだ。
その回復薬は皮一枚繋がった状態の腕に使った時、その腕が綺麗に繋がったのだ。
斬られて直ぐに使ったから繋がったのだと言っていたし、簡単に作れると言っていたので、回復薬は凄いな~くらいに思っていたのだが。
(まさか高級回復薬並みだったとは・・・こっちはもう少し高性能って言ってたヤツは一体・・・)
次元倉庫の中に有る大量のアフィ特製回復薬や高性能回復薬を思い出して、考えるのを止めた。
(もし怪我をしたら、アフィの回復薬をぶっ掛けよう)
「では、行きますよ」
道の真ん中で再び構えて、対峙する。
エリアは溜息を吐いて、どう対処しようか考えつつ覚悟を決めた。
「瞬装」
その言葉と共に、鎧と双剣が装備される。
腕をクロスさせ、スラリと抜かれ姿を見せた異様な双剣。形状の問題で逆に持てないので峰打ちが出来ないので其のまま使うしかない。
「見ての通り、峰打ちは出来ませんよ」
「それは私も同じだ」
アンジェも人に近い姿から半獣の姿に戻り、パルチザンを握り直す。
「勝敗はどの様に?」
「どちらかが戦闘不能になるか、私が負けを認めるまで、勿論睡眠や麻痺等の魔法は無しで」
真剣勝負を願うアンジェはどうすれば納得してくれるのか。出来れば穏便に済ませたいと考えるエリアの前に4m程の土の壁がそそり立った。
その壁の左側、壁を貫いてアンジェのパルチザンが襲い掛かる。
エリアは双剣の腹で受け止め其のまま後ろに下がると今度はその後ろに土の壁が作られた。
筒状の土壁に視界を完全に塞がれたエリアは嫌な予感に突き動かされ、咄嗟に上へと飛び上がり壁の縁に掴まった。
その瞬間、土壁を貫いて周囲から何度も突きが繰り出された。その攻撃にアンジェの本気度を痛感して、冷や汗が出る。
突きでボロボロになった壁が崩れ落ち、その中で呆れた様に立ち尽くすエリアを見て、今度はアンジェが寒い物を感じた。
「初見殺しの技だったのですが、まさか無傷とは・・・」
「流石にアレだけの数の攻撃を受けたら死んでしまいますから」
「1撃当たれば止めるつもりでしたよ。ただ全く手応えが無いので焦ってやり過ぎたかも知れませんが」
話しながらも、何処か楽しそうに隙を伺うアンジェの本気度はやはり怖いと痛感してエリアも覚悟を決めた。
「なるほど」
その呟きに合わせて飛び掛るアンジェのパルチザンを下に躱して左手の剣でその切っ先を弾き上げる。
アンジェはパルチザンを回転させ、石突でエリアを打とうとしたが、素早く懐に入られ体当たりされて後ろに下がった。
お腹に入った衝撃に耐えながらも視線を外さないアンジェの目の前にエリアが迫る。
(速い!)
上段から体の捻りと速度の乗った打ち下ろしを辛うじて柄で防いだ。
(そして、重い!?)
速度は元よりその攻撃の重さに、驚くも跳ね除け伸びきった腕、そのアンジェのパルチザンを今度は下から弾き上げた。
その衝撃に左手が離れ、そして出来た無防備な左の脇腹に強烈な蹴りを入れた。
だが、その蹴りはアンジェの気合と共に弾かれてしまう。
(やはり、強い!)
今度は弾かれ体勢を崩したエリアに、アンジェの攻撃が迫る。
先程までの攻防でスイッチが入ったアンジェの攻撃は鋭く、隙がなくなった。
アンジェの攻撃を防いではいるが、懐に入られる事を警戒しているアンジェに牽制され上手く捌かれている為、攻撃に転じる事が出来ない。
槍の間合いでの攻防は流石に辛い。どうすればと考え様としたした時、アンジェが動いた。
「ダブルスピア!」
これまでとは違う、同時攻撃に見える程の二段突き。だが、双剣のエリアは其れを捌く。
「グランドクラッシュ!」
パルチザンの穂先に魔力を集め、力一杯叩き下ろす。
その攻撃自体は躱したが、その攻撃は1m程地面を抉り、その破片をまるで弾丸の様に弾き飛ばした。
「くっ!?」
エリアは双剣でバイタルポイントはガードしたが、モウラから貰った御守りのお蔭で全て弾き返されていた。
「ファムちゃん!?」
咄嗟にファムの方を見ると、自身で障壁を張っていてホッとする。それに、良く見たらファムの貼った障壁の前にも1枚障壁が張られていて、飛び散る石や土を弾いていた。
「集え水霊、渦巻け潮流、その衝撃持ちて我が敵を飲み込め、大海の衝撃・・・」
安堵して、慌ててアンジェに意識を向ける。其処には穂先に魔力を集め、詠唱を完成させたアンジェが居た。
「ウォーター・トルネード!」
水系中位魔法『ウォータート・ルネード』
パルチザンの穂先から放たれる、逆巻く激流がエリアに襲い掛かる!
咄嗟に魔法の障壁を張るが軽いエリアは後ろに吹き飛ばされた。
ダメージは無い、ただ水の勢いで力押しされただけだ。だが、エリアは自身の体の軽さを身に染みる。
そこにアンジェの追撃が有ったがこれを捌いて、大きく後ろに跳んで距離を取り、仕切り直しを目論んだ。
追撃は無かったが、アンジェはまだまだやる気だ。
そんなアンジェを見てエリアは困っていた。非力で軽い自身の攻撃もまた軽い。自力ではアンジェには敵わない。そして、普通に戦えばリーチの長い槍の方が双剣より有利なのは火を見るよりも明らかだ。
実際、警戒されると近付くのは難しい。
エリアの強みと言えば速さだ。人化した姿ではなく半獣状態のアンジェには尚更負けていない。そして、魔力。
アンジェの本気がどれ程か分からないが、今の所アンジェは水と土の魔法しか使ってない。そして得意なのは水属性の魔法の様だ。
決め付けは出来ないが、他は使えないのかもしれない。そして身体強化魔法も使ってない。
使えないのか、使わないのか・・・。
「使われたら、勝てないかな?」
出来れば普通の旅人として穏便に、慎ましく旅をしたかったという思いが瓦解しそうで天の仰いだ。
「アンジェリーナ様、まだな満足して貰えませんか?」
「本気を出していない相手に満足出来るとでも?」
獣人は強さが全てという時代が長かった、今ではそういった風潮も随分和らいだが、戦士なら別なのだろう。
100年足らずの時間では根底にある価値観が変わるにはまだまだ足りないのだ。
何より手合わせをしている時の獣人達の楽しそうな顔が其れを物語ってる。
「全力か・・・」
グッと双剣を握り、覚悟を決める。
身体強化魔法は使わない。だが・・・。
「行きますよ」
そう言った瞬間、アンジェの視界は土の壁に塞がれたのだった。
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