第五十七話 『ゲルダ農園』
翌日、アンジェはエリアと自身の戦いを見て興奮した住民達との手合わせでヘトヘトとなり、エリアとの町巡りのパートナーは予定していたエルザではなく梟の獣人アガッタとなった。
アガッタはモウラと見た目が良く似た梟の獣人で、その魔法と飛行能力、そして何よりもその知識が買われて獣戦士に任命された為、地上での戦闘能力は他の獣戦士に劣るが、アガッタの戦いの真骨頂は空中戦で、空中からの魔法や投擲武器での攻撃は他の戦士を圧倒する程なのだ。
また、カントの獣戦士の中では一番の常識人でもあり、誰でも臆する事無く仲良くなれるエルザを除けば打って付けの人材として村の案内をする事になった。
コンコン。
「獣戦士隊のアガッタです、エリア殿起きられてますか?」
「はい起きてますよ、中に入って待ってて下さい」
エリアはアガッタを部屋に招き、自身は着替えと荷物を纏め上げ、既にファムのブラッシングも終り準備万端だ。
「エリア殿、お早う御座います」
「お早う御座います。アガッタさん今日はよろしくお願いします」
ファムを肩に乗せ、部屋を出る。朝食も済ませ、買い物リストもチェック済みだ。
「本当はエルザさんが案内役でしたのに、本当にすみません」
「い、いえ・・・」
本当に申し訳ないと頭を下げるアガッタに、大丈夫ですからと顔を上げてもらった。
そして、2人昨日の事を思い出して、お互い顔を赤くして黙ってしまった。
昨日はアンジェとエリアの戦いを見て興奮したギャラリーが我も我もと訓練を始め、訓練場に戻って来たアンジェに模擬戦を申し込んだのだ。
誰も彼もと相手にしていたら大変なので、どうしようかと思ったらエルザが妙案を呈した。
「ではでは、今から模擬戦大会を実施します!優勝者にはアンジェリーナ様と模擬戦を行なって貰えまっす!」
元気に勝手にそう宣言したエルザはサクサクと進行を始め、参加者を4つのグループに分けてバトルロイヤルをやらせ、勝者4名でトーナメントを始めたのだった。
病み上がりと云う事になっていたエリアはその間、子供達に自分でも知っている基本中の基本と注意事項を教えて面倒を見ていた。
「向こうは盛り上がってるね」
「エリアお姉ちゃん、私も出たい!」
「俺も俺も!」
バトルロイヤルに参加したがる子供達を宥め賺し、素振りの練習をさせていたが飽きられてしまって、注力散漫になってきたので、仕方なくエリアが相手をする事で我慢してもらった。
10人程居た子供達を3つのグループに分け、まとめて相手をしたりした。
程なく、大人達のトーナメントも終了。模擬戦もアンジェの圧勝に終わり、今日の訓練はお開きとなった。
「ふぅ、やっと開放された~」
事の発端であるエルザが楽しそうにそんな事を言う。
「あんたの所為でしょうが」
ぽかりと頭を叩いて、まったくとアンジェが微笑んだ。
「さて、汗でベトベトでしょ?お風呂に行くわよ」
鎧を脱いだアンジェの服は赤く染まっていて驚いた。
「ああ、これね。これは血じゃなくて汗なのよ」
笑って汗で張り付いたシャツを摘んで引っ張って見せる。
「この赤い汗は皮膚病や乾燥を防いだりしてくれるのよ」
汗の説明をしながらも準備をしていたアンジェはガッシリとエリアの腕を取って、お風呂に向かったのだ。
獣戦士の訓練場のお風呂場は実に大きい。体格の大きな獣人が10人は利用出来る様になっている。
だから、大丈夫と抵抗するエリアを引っ張ってきた。
脱衣所に入ると「女同士なんだから気にしな~い!」とエルザは見事な脱ぎっぷりで裸になり、アンジェも早く脱げとエリアを急かして、全裸になった。
(頼むから恥じらいを持って欲しい。せめてタオルを巻いてくれ)
目のやり場に困って目を反らすとアガッタと目が合った。
ちゃんとタオルを巻いて隠しているアガッタと何かが通じ合いお互い小さな涙を浮かべ頷き合うのだった。
せめて獣人の姿なら、と思ったが獣人の姿だと洗い難いと云う事も有って、人型で風呂に入るのが常識らしいのだ。
そして、先に浴室に入ってたエルザがやらかした。浮かれて軽く飛び跳ねてたエルザが足を滑らせ盛大に転んだのだ、足を全開で・・・。
そんなエルザの醜態を思い出して気まずくなった2人だったが、アガッタが行きましょうか、と声を掛けて町へ向かう事となった。
「どちらか行きたい場所は有りますか?」
「そうね・・・」
特に特産とか、名物を知らないのでアガッタに任せ様としたが、1つ思い出した物が有った。
「そうだ!あの根菜、ナシュック。あれが買いたいです」
「ナシュックですか、でしたら其処から案内しますね」
アガッタの説明を受けつつ2人と1匹がカントの町を行く。その途中途中で声を掛けられたり、お土産を貰ったりとおもてなしを受けた。
子供達を救った冒険者。アンジェと対等に戦った人間の少女という噂が既に広まっていたのだ。そんな町人と挨拶を交わしつつ村外れ迄やって来た。
「ここです」
アガッタに連れられてやって来たのはナシュックの買える商店ではなく、1軒の農家だった。
「ここって・・・」
「ナシュックも栽培している農家です」
(ですよね~)
アガッタの案内で畑の方に行くと、其処には2人の獣人が畑の世話をしていた。
「おじさん!」
「おう、アガッタじゃないか」
アガッタは2人と親しく挨拶を交わすとエリアを紹介してくれた。
「此方は今噂になっているエリア殿です」
噂になってる等と言われて恐縮しているエリアを見て、クスクスと笑うアガッタ。
「始めまして、冒険者のエリアです」
「ほう、貴方が。ワシはコルゼダ。こっちが妻のゲルダです」
「ゲルタです。子供達を救ってくれてありがとうね」
エリアは、いえ当然の事ですからと帰して2人と握手を交わした。
「それで、何しに来たんだい?」
「エリアさんがナシュックを買いたいと仰るので連れて来たんですよ」
「そうか、なら畑に案内しよう」
2人に案内された畑には小さな白い花が満開となっていた。
「かわいい花ですね」
「これがナシュックの花です。この花が枯れたら収穫するのですが、エリア殿はナシュックを食べた事が有るのですか?」
「ええ、町長邸で。根菜だと聞いて驚きました」
「知らない人は果物と思いますからな」
コルゼダは畑からナシュックを1つ掘り出すと、土を払いエリアに見せた。その姿は一昨日みた物とは違い丸い実の周りに何本もの根が生えていたのだ。
「私が頂いた物とは見た目が違いますね」
「その通り、ナシュックの根は本来もっと太いのですがこの様に細くなったら食べ頃なのです」
これを、と言ってコルゼダは魔法を使って根に火を着けた。
炎が身を包むと一瞬で根が燃え尽き、エリアの見た丸い実となった。
「根が太い間はこうはなりません。詰まり火を着け、一瞬で根が燃え尽きるこのタイミングが食べ頃なのです」
「どうぞ、食べてみて下さい」
ゲルタが皮を剥いたナシュックを勧めてくれたので、頂くと昨日より更に甘く瑞々しい味が口の中に広がった。
「美味しい!一昨日の物より更に美味しいです」
「満足して頂けましたかな?」
「勿論です。出来ればナシュックを100個程買いたいのですが」
「100個ですか?」
驚いた表情のコルゼダがアガッタやゲルダと顔を見合わせる。
「100個が無理なら、売って頂けるだけで構いませんが」
「ああ、いえ、そうではないのです。用意は出来るのですがナシュックは長期保存に向かないので」
「そうなのですか?」
「先程、一昨日食べた物より美味しかったと言っていましたね。そのナシュックも朝採れた物の筈なのです」
「詰まり、ナシュックは味が落ちるのが速いと」
「はい。ナシュックは収穫した時から、徐々に味が落ちます。美味しいのは保って12時間なのです」
美味しく食べれるのが収穫してからたった12時間と聞いて驚いた。
「全部直ぐに食べないと美味しくないの、だからお土産には向かなくてね」
消費期限の短さに驚きはしたが、やはり全く問題ないなと結論付けた。
「問題無いので、売って頂けるだけ売って貰えますか」
「エリア殿!?」
アガッタが驚いて止め様としたが、其れをエリアは自信満々の表情で静止した。
「大丈夫、次元倉庫に入れておけば時間は止まったままですから、出来れば収穫したての根の付いたままのやつを売って下さい」
その言葉にアガッタ達3人は驚いた。
「エリア殿はそんな大きな次元倉庫を持っているのですか?」
「ええ、100個なら問題ないですよ」
何せエリアが使っている次元倉庫の容量は規格外で『無限倉庫』などと呼ばれた国宝級である。嘘か真かその容量はお城が入ると言われたのだ、ナシュック100個くらい微々たる物である。
100個のナシュックを売って貰える事になったがまだ収穫出来てないので、エリアは収穫を手伝う事にした。傷付けない様に実を掘り出し、土の付いたままの実を次々と次元倉庫に収納していく。
「行商人が持ってるのを見た事が有りますが、やはり次元倉庫は便利ですな」
「これを渡してくれた御仁はこれに沢山土産を入れて帰って来いと言ってくれたのですが、とても助かってます」
夫妻とエリア、アガッタも手伝ってナシュック掘りは順調に進んで行く。
畑仕事も楽しいです、と微笑むアガッタが可愛い。
そして、そろそろ100個目と言う時それは掘り出された。
「あなた、それ!?」
「おお、ゴールデンナシュックだ。エリア殿は運が良い」
コルゼダは他よりも黄色味の強いナシュックをエリアに渡してくれた。
「良いのですか?何か特別な物なのでは」
聞けばこのゴールデンナシュックは1000個以上収穫して1つくらいの確率で採れる貴重なナシュックで普通の物の10倍の値段で売れるらしい。
慌てて次元倉庫に入れて、丁度100個目を持って来たアガッタと共にコルゼダの家に戻った。
「どうぞ」
ゲルダの出したお茶を飲んで一息吐いてから価格交渉となったのだが、あの特別なナシュックの話となった。
「本当に、私が貰っても良いのでしょうか?」
コルゼダは子供達の恩人であるエリアにゴールデンナシュックを無料で進呈すると言って来たのだ。珍しく高いとはいえ、果物だからと。
「はい、次元倉庫が有るなら品質の低下も有りませんから、大事な方と一緒に食べて下さい」
大切な方か、とアフィや女王達を思いだす。
「有難う御座います。大切に頂きますね。ただ皆にとなると1つじゃ足りないので、また取れた時は適正価格で買い取らせて下さいね」
「その時は是非。ただなかなか採れませんから・・・」
「ゴールデンナシュック同士で交配して収穫率を上げないのですか?」
「はい、以前1000株ほどやってみたのですが、1つしか出来ず上手く行きませんでした」
1000株で1つなら偶然の可能性も高い。
「その1000分の1の種同士で交配はしたのですか?」
「はい、ですが1000株で2つしか採れなかったのですよ」
「それでも2個には増えたんですよね」
「まぁ、ですが偶然だと思います・・・」
コルゼダとゲルダが不安や疑惑の表情になる。
「では、更に1000分の2個の種で交配すれば3世代目には4つ取れるかもしれないですよね?」
「いえ、それが1つしか取れなかったのです」
「1つですか・・・おかしいですね?」
「おかしいですか?」
「その次ぎはどうでした?」
「いえ、そこで止めました」
コルゼダの試みは誤差の範囲なのだから当然の判断だろう。だがエリアは・・・葛城涼は違和感を感じていた。
専門知識の全く無い、素人考えだがそれでもおかしいと疑問が拭えない。
(異世界の植物だから、もしくはナシュックだからか・・・でも)
「ナシュックはどの様に育てるのですか?」
「どの様にと言われても、普通に種を巻いて水をやってるだけですが」
「年中栽培が可能なのですか?」
「ええ、ここでは年3回収穫出来ます」
「ここでは?ナシュックはカントが原産地では無いのですか?」
「はい、私共は森の外から移住して来ました。ナシュックは以前住んでいた草原の村モドグの特産です」
「こことは別の環境の野菜なんですか!?」
「ええ、でも此処の方が断然美味しく出来たので、この森が有っていたのかもしれません」
エリアは頭をフル回転させ、僅かな知識と記憶を総動員させた。そして浮かび上がる疑問を1つ1つ聞いていく。そこで自分の知識との違いを話していった。
質疑応答の中で分かったのは3つの事。先ずはコルゼダ達は畑を休ませていない事。年3回収穫出来るナシュックの畑はフル回転で休耕期が無い事と畑に肥料を混ぜて育てて無い事。そして人工授粉をして無い事だ。
ただ普通に育てるのなら構わないが、品種改良をするのなら他の株とは分けて人工授粉をしないとちゃんとした成果が出ない筈だと説明した。
「その様な事が必要なのですね」
「私は専門家ではないので、絶対では無いのですが。最初の頃より味が落ちてたりしませんか?」
「確かに、僅かだが味は落ちてきてます」
「多分土の中の栄養が減っている影響だと思います」
エリアは畑を3つに分けて、順番に休ませる事。その序に腐葉土や肥え等で畑を回復させるか飼料作物を育てて家畜を育てる事。そして人工授粉のやり方を説明して4~5世代は続ける様に薦めた。
コルゼダは羊皮紙にメモを取り、エリアに感謝を述べると沢山の御礼を用意したがエリアは其れを断った。うろ覚えの未熟な知識なのは自分が良く知っているので、その事を告げ実際に上手く行ったらその時に美味しいナシュックを売ってくれれば良いと、コルゼダと約束した。
「でも連絡はどうしましょう?」
「それなら、ファニール王国のベルタの側に住むアーハート家に連絡下さい。誰かが買い付けに来ると思うので」
「分かりました。ベルタのアーハー・・・ト・・・様?」
「もしかして、アフィ様のアーハート家ですか!?」
「え、ええって、何です?」
アガッタの反応に、アフィがこの国で何かやらかしたのかと心の中で身構える。
「いや、アーハート様といえばSランク冒険者で1000年を生きる死霊魔法使いだとか、ファニール建国の立役者の1人とか、元女性ながら若い女性を何人も侍らせているとか、その女性がみなアンデットと噂の・・・」
(1000年は生きてない!)
「そうかと思えば、街を厄災から守ったとか、巨大な魔物から国を守ったかと思えば墓を荒らしては若い女性の死体を掘り出して、アンデットのメイドにしているとか」
(メイドはホムンクルスのララさんだけだから!)
「いや、魔物の多く住む森を支配しているとか、国を天災から守ったとか、沢山の女性を各国に売っているとか、その女性がアンデットと噂の・・・」
(アンデットから離れないな~)
「な、なんですか?その滅茶苦茶な噂は・・・」
噂に常に付きまとう、アンデットの印象は本人がリッチだからだろうが、随分と歪んだ情報が流れている事にもやっとする。しかし、隣国まで名が通ってるのは流石だと感心もした。
「アフィは死霊術師と云うより錬金術師ですね。ホムンクルスの研究はしていますが、アンデットとは無関係ですよ。まぁ、国にも認められている要人で、今でもベルタを守っていますよ」
取り合えず、アフィの妙な誤解は出来るだけ解いて置きたい。少なくとも自分にとっては大事な友人で、恩人なのだとエリアは思う。しかし、隣国まで名前が通ってる事に初めてアフィの名の影響の大きさを痛感するのだった。
「アフィは見た目は兎も角、良い奴だし乙女ですよ」
「そうなのですか。と、言いますかエリア殿、アーハート家の方だったのですか?」
「あ、あ~・・・その事は内緒でお願いしますね」
分かりましたと夫妻は快く応じてくれて、アガッタも私の心の中に留めて置きますね、と快諾してくれた。
エリアは感謝と共に再会を約束して、畑を後にした。
素人のうろ覚え三圃式農業って実際上手く行くのでしょうか?
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