第五十六話 『模擬戦』
かばの獣人アンジェリーナとの模擬戦です。
戦闘シーンは難しいです。
かば獣人の姿に変わった獣戦士長アンジェとの模擬戦が続く。
（さて、どうしたものか。今の私では到底エリア殿には追い付かないだろうし・・・）
そんな思案を巡らせていたアンジェの目の前にエリアが迫った。
「なっ！？」
一瞬で距離を詰めたその速度を生かした攻撃をどうにか受け止め、アンジェは目の前のエリアに集中した。
不意を突かれた攻撃を受け止め、次の攻撃を警戒したが以外にもエリアは其のまま力を込めて押し込んできた。そして、驚いた事に獣人の姿のアンジェが力で押されている。
慌てて剣先を下げる事でその打ち下ろしを往なす。が、次は左側からの一撃が襲い掛かった。これをまた剣で受け止めたが、片手での攻撃なのに重く押し切られそうになる。
エリアの攻撃の勢いを利用して、飛び退き距離を取って剣を正眼に構える。
アンジェに向かって今度はゆっくり歩いて距離を詰めて来る。
「はっ！」
今度はアンジェが飛び掛り上段からの打ち下ろしに対してエリアは１歩進んで距離を詰めて来た。振り下ろした剣は左手の大剣で鍔に近い所を振り払われたが、右手の大剣での攻撃を斬り返して弾き、防いだ時には左手の大剣が脇を狙って襲い掛かる。
アンジェはエリアの双剣の攻撃を辛うじて弾き躱していた。
ガンガンガンガン！
お互い足を止め、打ち合う。アンジェはエリアの双剣の連撃をどうにか防いでいた。だが、ただそれだけだった。
重く大きい大剣を両手に持ち、其れを自在に操り攻撃してくる。このままではジリ貧で押し切られてしまうとアンジェはエリアの剣を相手に跳ね返す様に弾いてエリアを跳ね除け仕切り直しを計った。
大剣だからって、押し切られそうになるなんて。そう心の中で呟いてアンジェはある事に気が付いて驚愕した。
大剣とは言っても所詮は木剣、鉄製の大剣程の重量は無い。あの攻撃の重さはエリア自身の力の成せる業だ。しかもあのスピードで振り回している。それも双剣の間合いでだ。
最初の攻撃もそうだ、あの大剣を２本持った状態であの素早い動き。其れをかば獣人の自分より力が劣る筈の人間の少女がやってのけている。
一旦離れ様と大きく後ろに飛び退いたが、エリアは同じ様にアンジェに飛び込み、２本の大剣を揃えて振り上げ、其のままアンジェに叩き付けた。
２本の大剣に寄る攻撃を受け止めるアンジェは切り結んだまま押し切ろうとするがエリアは一歩も引かなかった。
「私達かば獣人は獣人の中でも力が強い方なんですよ。その私と力比べをしようと言うのですか？」
速さでは敵わない事はあの洞窟迄の道程で痛感している、敏捷性も高いだろう。だが単純な力比べならと更に力を入れるアンジェだが逆にエリアに押し戻されてしまった。
「そんなばかな！？」
効き足を引き、体勢を整えて踏ん張るアンジェ。どうにかエリアを押し留めているがそれだけだ。
「エリア殿、その細腕の何処にこの様な力が有るのですか！？」
「さぁ、何処なのでしょう？」
更に力を込めてアンジェを押し切ろうとする。
「ただ、こういった力比べは初めてなので何処まで出来るか試したいとは思ってました」
少しづつ力を増していくエリアに押されそうになるのを必死に堪えるアンジェの顔が歪む。
「だから、アンジェも本気を出して下さい」
「く・・・し、仕方無いですねっ！」
全身に力を込めるとアンジェの体が一回り大きくなってエリアの力を抑えきり、今度は逆にエリアがゆっくりと押し戻されていく。
お互いに歯を食いしばり本気の押し比べ。
暫くこの状況が続くかと思われたが、不意にエリアが後ろに身を翻し力比べはアンジェに軍配が上がった。
「やっと本気を出してくれたのですか？」
「いいえ、本気はこれからです。エルザ！私の武器を！」
は、はい！と返事をしたエルザは練習用の大きな槍を投げて寄越した。
「申し訳ないエリア殿、私は何処かで貴方を非力な人間の女性と侮っていたのかもしれません」
練習用の木製だが大きな刃を持った形の槍、『パルチザン』をヒュンヒュンと回して馴染ませる。そして、切っ先を正面下段に構えた。
「此処からは真に真剣勝負と行きましょう」
微塵の迷いも無く睨みつけてくるアンジェ、その真剣さに嬉しくなって笑みが零れる。
「有難う御座います」
その言葉が合図になった。
ガンガンガンガン！
大した重さも無い木剣が鉄の様に重く、そして、大剣と思えない速さで繰り出される連撃をアンジェは全て防いでいた。
お互いに弾き、逸らし、防ぎ、押し返す。その隙間に攻撃も繰り出していた。
その攻防を目に、周りから驚きと感嘆の声が零れる。
（ですが、このままでは埒が開きませんね）
お互い足を止めた攻撃と防御の応酬。互いに一歩も引かない攻防は決め手を見付ける事が出来ず、このまま続くかと思われたがアンジェが動いた。
有る意味リズミカルに繰り出されていたエリアの攻撃の僅かな隙を付いてタイミングをずらし、今まで以上に強く大きく左手の大剣を弾き上げた。
ガインッ！
僅かな抵抗の後、大剣がその手を離れ上体が仰け反り体勢が崩れた。
自ら作り出した千載一遇のチャンスにアンジェは、手応えと勝利を確信した。
（今！）
「パワースラッシュ！」
ガキッン！
アンジェの薙ぎ払い攻撃が左脇腹を捕らえ、仰け反って踏ん張れないエリアをそのまま力任せに払い飛ばした！
吹き飛び地面を転げるエリア。
ハァ、ハァ、ハァ・・・。
倒れたままのエリアを見て、どうにか勝てたと気を緩めたアンジェにエルザが「隊長、上！」と叫んだ。
その声に重い足を鞭打って咄嗟に後ろに下がったアンジェの目の前に大剣が落ちてきて地面に跳ねた。
疲れと驚きでついお尻を突いてしまったアンジェは言葉も出ない。
もし、あのままあの場所に立ち尽くしていたら・・・、アンジェはまだ倒れているエリアを見て寒い物を感じるのだった。
周りの皆が勝ったアンジェに賞賛の言葉を浴びせる中、黒猫が１匹飛び出した。
未だ倒れたままのエリアに駆け寄り、その顔をぺちぺちと叩きながら、みゃ～みゃ～と呼びかける。そんなファムを見て、アンジェの中に焦りが出てきた。
アンジェの最後の攻撃は防がれていたのだ。エリアは右手の大剣で左脇腹を庇ったのだが、アンジェが力任せに吹き飛ばした。だから攻撃自体は大したダメージになっていない筈なのに、未だにエリアが立ち上がる様子がない。
「エリア殿！？」
アンジェとエルザがエリアの元に駆け寄り声を掛けるが、返事は無い。
「そんな、私の攻撃は防がれ・・・！？」
アンジェが真相を話そうとすると、皆に見え難い方の目を開けてウインクして、口元に人差し指を立てた。
小声で其のまま私を運んで下さいと頼んだが、アンジェが納得しないのでエリアは今気が付いた振りをして起き上がる。
そして、観衆の前で敗北を宣言してアンジェの強さを称えたのだった。
訓練所から控え室に戻ったエリアはアンジェに詰め寄られていた。
ドン！
「あれはどういう事ですか！？」
衝撃でパラパラと天井から埃が舞い落ちる。
（人生初めての壁ドンがまさかされる側とは・・・）
エリアは困ったと愛想笑いをしたら睨まれてしまった。
「エリア殿、隊長は全力で闘いたかったんですよ」
エリアの状態を診て治癒魔法を掛けてくれた、アガッタがアンジェの意思を代弁してくれる。
「獣戦士にとって戦いは神聖なものなのです。だから手加減等以ての外なのです」
「しかし・・・」
「しかしも案山子も無い！エリア殿はまだまだ実力を隠していましたよね？」
「いえ、アレが素の実力ですよ。私の剣は我流なので、あんなものです」
リリに基礎は教えて貰ったがそれは体の動かし方で有って、剣術とかでは無かった。体が動かせる様になったらその後は基本実戦形式で、型や技は教えて貰えなかったのだ。だからエリアの剣技は決して高い物ではなかった。そう剣技は。
それにアンジェリーナ様が勝った方が皆も喜びますし、とは口が裂けても言える雰囲気では無いので、これで納得して欲しいと願っていた。
此方の考えを見透かそうと見詰めるアンジェだったが、大きく溜息を吐いた。
「分かりました、ただこの国の戦士は戦いで手を抜かれる事をとても嫌います。なので今後手合わせをする時は全力で戦ってやって下さい。面倒な事に成り兼ねないので」
「面倒ってそんな・・・」
「現に私は今、本気でエリア殿と戦うにはどうしたら良いか、後ろから真剣で斬り掛かってやろうかとか、道中で襲ってやろうかとか、考えてますよ」
闇落ちしたのかと疑いたくなる迫力でアンジェに迫られ、エリアは身を捩って後ずさりながら頷いた。
「兎に角、今は体を御休め下さい。私はその間皆の訓練を見て来ますので」
部屋を出て行くアンジェを手を振って送り出し、エリアは控え室のソファに倒れ込んだ。
「は～、今後無闇に手合わせはしない様にしよう」
「本気で戦って、勝って言う事を聞いて貰えば良いのですよ」
エリアの為に残ったアガッタが言うには手合わせで勝てば、少しぐらいの我侭を言っても受け入れられるらしいのだ。
「獣王国は実力主義で、強い者が正しいって風潮がまだ残ってますので」だそうだ。
最近そうでもないのは、隣国のファニールと同盟を結んでかららしい。
その後は、エリアを心配して様子見に来たビノとロッテも加わりアガッタと４人色々と話をしてこの国の事や、森、獣人の話をして寛いだあと、訓練場に戻った。
結局この日は町を散策出来なかったので、予定をもう１日延ばして明日町を周る事となり、その時にはアガッタが案内してくれる事になった。
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