第五十五話 『オドリック・カント』
獣王国クオリオンの森の中で誘拐された子供達を助けたエリアは、一緒に戦った獣戦士長アンジェに連れられ今、森の町カントを訪れ、町長オドリック・カントの家の応接室で、当の町長と会っていた。
お互い軽く挨拶を済ませ、本題に入る。
「さて、先ずは子供達を救ってくれた事、深く感謝致します。本当にありがとう」
「恐れ入ります。しかし、当然の事をしたまでですからどうぞお顔をお上げ下さい」
尋問の話も会って、アンジェには申し訳なく思って目が合わせ辛いので、伏し目勝ちになる。
「あの者達は雇われただけのならず者で、依頼者と繋がっていたのはあの膨れ上がった者だけだそうです」
あの臭く汚い液体塗れになった事を思い出したのか、アンジェとエルザの顔が曇っている。
「他に情報は無いのですか?」
「今回が初めてらしく、子供達の受け渡しもまだだったそうだよ」
オドリックは心底ホッとした表情で微笑んだ。
「そうですか、既に攫われた子供達が居なくて本当に良かった」
エリアもホッとして、膝の上のファムの頭を優しく撫でる。
「それなのですが・・・」
オドリックは今度は表情を曇らせ、口を紡いだ。
「どうやら他の場所でも、人攫いが増えている様なのです」
安堵に耽った心が、逆撫でされる。
「子供達を攫っている者が他にも居ると?」
他の場所でも人攫いが行なわれている。詰まり大規模にその様な蛮行が行なわれているという事を示唆しているのだ。
「幸い、獣戦士達や大人達のお蔭で助け出された者も居るのですが・・・」
そこで俯き言葉に詰まるオドリックと怒りと悔しさを滲ませるアンジェ達。
「嗅覚の鋭い者達を集めて必ず、見付け出します!」
オドリックにそう宣言するアンジェだったが、恐らく無理だろうとエリアは考えていた。そして、あの場で膨れて死んだ者の魂を捕まえて置けばと後悔する。
エリアが犯人の魂を吸収して残留思念を読めば、犯人に繋がる何かを知れたかも知れないのだ。
(しかし、寄りによってあの男だけだったとは・・・)
ただ彼女等にはエリアが知らない方法があるかも知れないと思い直した。そして、知らない事は聞くに限る。
「アンジェリーヌ様、あの匂いの中特定の匂いを嗅ぎ分けられる者が居るのですか?」
「うっ!?それは・・・」
「嗅覚に鋭い者があの匂いを嗅いだら・・・」
エリザは予想される光景に恐怖し、アンジェも顔を青くして黙り込んでしまった。
2人でもこうなのだ、もし嗅覚の鋭い者があの強烈な匂いを嗅いだらその場で卒倒するのは想像に難くない。
がっくりと肩を落として、無理だな・・・と落胆したアンジェが項垂れる。
その後も村長とアンジェに請われて色々考えたが、大したアイデアも出なく無くなった所でこの話はお開きとなった。
「さて、この話はここまでだな。お茶にしよう」
オドリックは話を収めて、茶と菓子を用意して休憩となった。
「ふ~」
4人がお茶を飲んで息を吐く。
「そう言えば、エリア殿はギルドの依頼で此方を訪れたとか?」
「はい。詳しくは話せませんが手紙を届ける途中なのです」
「へえ、それはどちらまで?」
「此処より、もっと森の奥です」
「森の奥というと、ナドラの村とかですか?それともドゥリント?」
「・・・」
好奇心に駆られたエルザがぐいぐい来るが、詳しく話す事は出来ない。
「失礼しました。気分を害したのなら誤ります」
エルザに代わってオドリックが謝罪する。
「いえ、町長の所為では」
「あの、私何か?」
自分の所為で村長が謝罪した事に、理由が分からないエルザが戸惑い焦る。
「依頼には守秘義務が有る物も有るのですよ」
オドリックはエルザを優しく諭す様に話す。エルザも頭を下げて謝ってくれたのでエリアも笑顔で返した。
単純な採取や討伐なら話しても良かったが、今回は依頼者が依頼者だ。
女王様に口止めされた訳ではないが、流石に女王と相手の名前は出せない。
「所で、エリア殿は今後の予定はどう考えてますか?」
「そうですね、今日はこの町を散策させて貰って、出発は明日の朝に使用と思ってます」
「そうですか、何も無い町ですがエルザを付けましょう。どうぞこき使ってやって下さい」
「有り難い申し出ですが・・・」
流石に5人しか居ない獣戦士を案内に付けて貰うのは気が引けるのだが、エルザ本人がやる気を出していた。
「任せて下さい!先程のお詫びに頑張って案内します!」
エリアの言葉を遮り、まるでお散歩前の子犬の様に顔を輝かせてる。
「あ・・・はい、よろしくお願いします」
結局眩しい程のエルザの期待の眼差しに抗えなかった。
ファムと2人で気軽に回ろうかと思ったのだが、色々質問も出来るのは有り難い。
「それでは、夕食時には私の家にお越し下さい。夕食を御一緒しましょう。その頃には今回の報奨金も用意出来ますので」
報奨金を渡すと言われると流石に断れない。旅費は幾ら有っても良いのだから。何せ女王様にお土産を期待されているのだ。他にもお土産を持って行きたい人達が居る・・・。
翌々考えると随分と大事にしたい知り合いが増えたものだと、まだ別れて数週間なのに懐かしく感じてしまい膝の上のファムの頭を撫でた。
話も終わり、応接室を出て町へ向かおうとしていたエリアをアンジェがおずおずと恥ずかしそうに話し掛けてきた。
頑丈なレンガ作りで覆われた獣戦士達の駐屯所。ここは彼らの家で有り、訓練所も兼ねた場所だ。
また、国民も訪れ自己の鍛錬を行なう場所でも有るのだ。今日も数十人の獣人が集まっていた。
「何時もこんなに居るのですか?」
「いえ、いつもは10人程度ですね。今日は特別に集めました」
アンジェは町長の家から、此処に来るまでに連絡して見込みのある住民をこれだけ集めたのだ。
あと、子供も数人居る。その中には人攫いから助け出したビノやロッテの姿も有った。
なぜ、こんな事になったかというとアンジェに模擬戦を頼まれたからだ。
「あんな恥ずかしそうに話掛けてくるから何かと思えば・・・」
瞬装で防具を装備して、具合を確かめる。
「すみません!すみません!隊長はエリア様が強いと知ってから戦いたくて仕方無かったんです」
アンジェの部下の梟獣人、アガッタがエリアの横で深々と頭を下げて謝っている。
訓練所の周りは30人以上集まった獣人達に取り囲まれ、反対側には訓練用の木剣を持ったアンジェが今か今かと待ち構えていた。
「分かりました」
正直、こんな事より町を見たかったエリアだったが、自分の力が獣戦士に殿程度通用するか知っておくのは意味があるだろうと諦めて付き合う事にした。そしてさっさと終らせて町に繰り出すのだと。
「武器はここに有る物を自由に使って下さい」
木製のラックに様々な武器が掛けられている。その中から中型の剣を1本手にとって見た。
思ったより重く、頑丈そうだが何時もの双剣に比べるまでも無く軽い。
もっと重い素材の物が無いか聞いたが、やはり無いとの事だったので仕方なくエリアはもっとも重そうな大剣を2本選んだ。
「エリア殿、その様な重たい剣を2本も持って大丈夫なのですか?」
アンジェは人間のしかも女性のエリアが余りにも似つかわしくない武器を選んだので、思わず心配になった様だ。もしかしたらふざけているのではないか?本気で戦わないのではないかと。
獣戦士の多くは戦いを神聖化している所がある。ましてや訓練は正面から堂々と全力でぶつかるのものという訓示が有る程だ。
アンジェは本気のエリアと戦いたいのだ。
「重さが違うから、ちゃんと使えるか少し不安だけど大丈夫」
「そうですか・・・」
アンジェは少しだけ、怒りが沸き上がる。攻撃力が高いからと無理をして重い武器を使う等素人の考えだ。アンジェはエリアが双剣を持っているのを知っている。なら大剣より軽い普通の双剣を使えば良いのに。と、盛大に勘違いしている。
これは訓練なのだから、攻撃力より慣れた武器で当てる事を優先すれば勝ちになるのだからと。
「では、清々堂々、手加減無しで行きます!」
「受けて立ちます」
ガーーーン!
開始の銅鑼が鳴り、2人の模擬戦が始まった。
手加減しないとは言ったが様子見はする。エリアは真っ直ぐ突進してくるアンジェを華麗に躱し、突き出した剣を叩き落そうとして逃げられた。
「はっ!」
アンジェの連撃を躱すエリア。そして、また武器を持つ右腕を狙ったが、また躱された。
バックステップで距離を取り、エリアを睨む。
エリアが本気で戦わないのが気に入らないのだろう。
「武器狙いなのはわざとですか?」
「ええ、でも上手く行きませんでした」
「体を狙われるより躱し易いですから」
「そうですね」
有る意味見詰め合う2人、アンジェの頬を冷や汗伝う。
と、2人同時に動いた。
先程よりも速い突きの連撃を軽いステップと体捌きで躱し、不意に薙ぎ払われた剣も左手の大剣で受け止めたエリアは一歩踏み込んで斬り付けた剣を素早く躱された。
「流石、アンジェリーナ様」
「・・・」
刹那の攻防、エリアは涼しい顔をしているが、アンジェは額に汗が浮かんでいた。
連撃は掠りもしない、攻撃を躱すのはぎりぎり、突きから無理に返して当てた剣は軽く防がれた。そして、本気を出して貰えない事に対しての苛立ちも有る。
「スピードでは敵いませんね。本気を出されないのも頷けます」
「それはお互い様ですよね」
にこやかに微笑むエリアに空寒い物を感じる。そう言えばあの洞窟でも凄まじい圧力を感じたではないか。そしてあの言葉、アンジェは息を整え、獣人化した。
人間とかばを掛け合わせた様な姿の鎧を着た戦士。何故、着ている服や鎧が体に合わせて変化するのか、質量保存の法則は何処に行ったのかと考えてしまうが、今は放置する。
かばの獣人であるアンジェリーナは当然この姿の方が本来の力を出し切れる。エリアは最初からこれを待っていたのだ。アンジェの言う手加減無しの状態を。
で無ければ王国獣戦士に推薦される程の実力も、自分の力量も測れない。
アンジェはぐっと気を引き締め、顔の横に剣を構える。
(この姿だと、スピードで確実に負けてしまう。敏捷さでも、まさか其れを狙って獣人化させた・・・なんて事は有り得ませんね)
心の中で少し溜息。
「失礼しました。ですがこの姿だと余り加減が出来ませんよ」
アンジェの決心が少し下がっていた耳がピッと立たせた。
「いえ、私もアンジェリーナ様の、獣戦士の本気を見てみたかったので」
そう言いつつもやはりエリアは構えず、自然体のままだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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