第五十四話 『深い森の町、カント』
「エリア殿、先にシャワーを使わせてくれて感謝する」
ほかほかに温まった所為か上気させた頬を赤らめ、もじもじとシャツの裾を下に引っ張っている2人がリビングに戻って来た。
思ったより時間が掛かったのは念入りに汚れを落としたのだろう、あの匂いが残っていたら女性には耐えられないだろうし、エリア自身も待っている間、なかなかの苦痛だったので2人が脱衣所に出て来るまでエリアの体から抜け出していたくらいだ。
ところでだ、流石に尻尾穴の無い下着を貸すのはどうかと思ったのと、服が乾くまでだからと大き目のシャツしか出さなかったのだが、エルザはエリアより身長が高い事もあって少し危ない事になっている。更にアンジェは身長もだが、胸の所為でシャツが上に引っ張られるのに抵抗していて、恥ずかしさと戸惑いで顔を紅くしてるのが可愛いのだが、目のやり場に大いに困る。
(困るから、尻尾は上げないで!)
エリアも同じ様な服を着ているのに・・・。
「いえ、それでは私もシャワーに行ってきますね。あ、紅茶淹れたので、暖かい内にどうぞ」
エリアは平静を装うとしたが、ついつい早口になってしまって、更に恥ずかしくなったので早々にリビングを離れ、浴室に向かった。
「そうだ、洗濯した服を乾かさないと」
既に止まっている洗濯層から服を取り出し、水気を絞ると物干しロープに掛けて行く。一つ一つピシッと伸ばして洗濯ばさみで止めていくのだが、洗濯層の中から取り出した小さい布を広げて驚いた。
「これって・・・」
2人の下着だ。
流石にこれを干すのは気が引けるのだが、下着だけ濡れたままという訳には行かないし、意識していると思われるのも面倒だ。
・・・大丈夫!今は俺も女の子、女の子、女の子・・・。
結局目を瞑って手探りで、全ての衣服を干し終えると、火と風の属性を使って温風を繰り出して、服を乾燥させつつエリアはお風呂に入った。
本当はシャワーだけのつもりだったが、気疲れをほぐしたいと思ったのだ。
今度脱水機能を付け様と構造を考えながら体と髪を洗って湯船に浸かる。
「ふ~・・・」
思わず緩んだ顔になり、安堵の声が漏れる。
この間も温風の魔法は発動したままなので、十数分もしたら乾燥するだろう。服が乾いたら直ぐに人攫い共を馬車に詰め込んで町に行かなければならないのだが。
(そうだ、護送は2人に任せてここでゆっくりしたら良いんじゃ)
そうと決まればリビングに戻って、護送を2人に任せようとしたら確りと断られた。
「エリア殿には御礼がしたいので、あと色々聞きたい事が有ります」
ずいっ!と体を乗り出し迫られて、是非にとお願いされ仕方なく町に同行する事を同意した。
決して前かがみのシャツから色々見えそうで目のやり場に困ったので了承したのではない。
無事、みんなの荷物や人攫い達が盗んだと思われる品々を回収、何故か馬車の檻の中で震えていた人攫い達と洞窟に戻る道中で無力化した2人も拾ってカントの町へとエリア達は向かっていた。
街道に出た頃には随分と日も高くなり、明るい日差しの中を進む馬車。
「ところでエリア殿は何故こちらに?」
カバの獣戦士長アンジェリーナは馬を合わせて横に並ぶとエリアに世間話を持ちかけた。
まぁ、軽い尋問なのかもしれないと思って逡巡する。
「ギルドの依頼を受けてまして、その依頼の途中なのですよ」
王女様からの直接の依頼を喋るのは流石に謀れるので、内容は濁す。と言うか依頼内容に守秘義務が有るのは普通の事だ。
「なるほど、だからこの様な辺鄙な所に来られたのですね」
自分のいる場所を辺鄙とは、と思ったエリアだったが、この辺りは本当に辺鄙な場所なのだろう。
クオリオン王国。獣王国クオリオンとも呼ばれる獣人やライカンスロープ等が多く住む国だが主要都市は開けた場所に多く、この様な森の奥に有る町は、幾つかの例外を除けば地方の機関都市として開拓されたにも関わらず、人口は少なく、また役人も少ない。
獣王国は貴族社会では無いので町は町長や族長が治めていて、その族長や町長が集まり選任された代表が地方代表となって、領主の様な事をしている。
当然騎士階級も無く、町を守るのは国から任命された王国戦士の役目なのだが、獣王国の民の大人達の多くは戦士でもあり自衛が基本な為、小さな町や驚異の少ない町は国から派遣され駐屯している専門の戦士は少ない。
辺鄙と称されたカントの町も同様で、アンジェリーナが来るまでは出向して来た王国戦士は3人だったが、今回はアンジャリーナを慕って付いて来た戦士が居て5人となっている。
「詰まりこの辺は本当は王国戦士が5人も駐屯する様な大きな町ではないのです」
隣で手綱を握るトムソンガゼルの獣戦士エルザが解説してくれた。
「アンジェリーナ様は慕われているのですね」
「いや、そんなことは・・・」
照れて、頭を掻くがハッとなった。
「エリア殿!?アンジェと呼んでくれるのではなかったのか?」
「あれは、戦闘中だけの話です。栄誉有る獣戦士長を何時までも呼び捨てには出来ませんよ」
「む~~~」
むくれるアンジェに笑いながら、街道を進むのだった。
生い茂る木々の間から木漏れ日が降り注ぐ街道を進む馬車の上、今朝までの緊張が嘘の様なまどろみの中に居たエリアの頬をぷにぷにと、ファムが可愛い前足で叩いた。
「ん!?」
眠い目を擦りながら周囲に意識を飛ばすが、異変は無い。どうしたのだろうと?と思ったら隣のエルザに声を掛けられて前を見た。
「エリア殿、あれがカントの町です」
太く大きな幹に横に広がった枝振り、まるで昔見たCMに出てきた草原の巨木の様だ。
「おお~~~、ここが森の町カント!」
まるで某、有名アニメ映画に出てきそうな森と調和した町が目の前に現れ、感動が沸き上がる。
大木と大木の間に張り巡らされた城壁に囲まれた森の町、カント。その中央には巨大な木が鎮座し、その周辺には開拓された畑が広がっていた。
巨大は木の根元には町長の家と行政を執り行う役場が併設されており、その周りに住宅や店が並んでる。
水は巨木が吸い上げる水を少し分けて貰っているのと湧き水で賄われ、完璧な地産地消が行なわれてる。
千人にも満たない町だが、活気に溢れている美しい町だった。
木製だが、厚みも高さもある立派な門を潜り、其のまま真っ直ぐ中央の役場に向かう。
戻って来たアンジェに気が付くと、町民が集まって口々に賞賛と感謝の言葉を投げかけられ、皆に信頼されているのが分かる。
「人気者ですね」
そんな何気ない言葉に、エルザは恐縮した。
「エリア殿の功績なので申し訳なく、後で誤解は解いておきますので」
「いえ、構いませんよ」
別にそんな功績は要らないからと、お断りしたのだがそれをアンジェが許さなかった。
「後でと言わず、今、ここで誤解を解けばいいのよ!」
其処からは大変だった。いや、本当に大変だった。
集まった町民に囲まれ、お礼の品と賞賛の嵐。子供達にも質問攻めで結局役場に着くまでに1時間も掛かってしまった。
「すまない、エリア殿」
謝りつつお茶を出してくれるエルザさんに、手だけで答えて項垂れた体を起こしてお茶を頂いた。
は~、美味しい。
「このお茶美味しいですね、疲れた体と心がほぐれます」
「ありがとう御座います。ホウブ地方の茶葉を使ってるんです」
ホウブ地方は確かクオリオンの北の方の町だった筈。お茶が有名なら和菓子の様なお菓子も有るかもしれないなと、思いを馳せていた。
エリアは役場に着いたと思ったらそのまま町長の家に招かれ、遅めの朝食を頂いて客間に通された。
ファムはベッドで寝息を立て、エリアもお腹も満たされ落ち着いたそんな時に猛烈に恥ずかしくなり後悔した。大湿原、いや大失言だ。
尋問云々の話。
(大した知識も無いのにあんな事を偉そうに、偉そうに~)
拷問に寄る自白の強要は今でもダメだと思っている。しかしここは魔法の有る異世界。
本当の事を喋らせる、もしくは嘘を見抜く魔法が有るのかもしれない。
もしかしたらそう云う能力を持った種族や人が居るのかもしれない。そう言う考えに思い付いた時に心底恥ずかしくなった葛城涼はエリアの体から抜け出し、一人床の上をゴロゴロと転がり身悶えていたのだ。
(いやアンジェは拷問するって言ってたし、少なくとも彼女らにそんな手段は無い筈だ)
上を向いて、大丈夫と自分に言い聞かせる。
(でも、この町にそんな人が居ないだけで知識として知っているのかも?)
今度は下を向いて、口元に手を持っていって考え込んだ。
(んんん~~~)
まぁ、魂状態だと手は出ても、口は無いんだけど。
一人百面相をしていたら、結構時間が経っていて昼食の準備が出来たからとエルザが呼びに来たので、慌ててエリアの体に戻り昼食を頂いて、今は待つ様に言われた応接室でまったりしていたのだ。
皿に乗った見た事の無い果物を1つ摘む。こちらもなかなかの甘さで、食感は梨に近く瑞々しくて美味しい。
「美味しいですね、これは何と言う果物ですか?」
ファムに小さく切り分けた果物を食べさせつつ、エルザに訊ねた。普通に売っている物なら後で買って置きたいし、良いお土産にもなるだろう。
「ナシュックです。カントで栽培している根菜なんですよ」
「根菜!?野菜なんですか!」
「はい、初めて食べる方は皆果物と勘違いしますが、カントで栽培している野菜なんです」
エルザの満足そうな笑顔に感嘆で答えた。
程なくして、応接間の扉がノックされ、アンジェと年老いた大きな角を持った獣人が現れた。
落ち着いた紺のローブに左目に金縁のモノクルを着けた落ち着きと趣のある男性、アンジェの態度から町の重鎮なのだろう。
「お待たせして、申し訳ないね」
エリアは立ち上がり、礼を取ってお辞儀をした。
「いえ」
「どうぞ、気楽になさって下さい」
椅子に座る様に勧め、自身も向かいの椅子に座るその獣人は、鹿の様な立派な角を持っていた。
サンバーと言う鹿の仲間だが、エリアには知る由もない珍しい動物の獣人だった。
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