第五十三話 『人攫いとアンジェとお風呂』
洞窟まで走り寄り、眠ったままの2人の見張りを子供達に使われていた手枷で動きを奪った。
「ファムちゃんは離れた場所で隠れていてね」
「にゃ!」
小声で返事をするとさっさと岩陰に隠れるファムを見て、アンジェは驚いていたが、直ぐに気を取り直して洞窟の中に注意を向けた。
中を覗き込むと、奥の方で子供達に逃げられ激昂している男を周りが宥めている。
「では、手筈通りに行きます」
エリアはキラファのスキルを模倣した魔法「スパイダーネット」で入り口に罠を張った。
そして、アンジェに集めて貰っていた草木に火を着けた。
もくもくと立ち上がる煙をエリアの風魔法で洞窟の奥へと送り込みつつ、洞窟の入り口の両側に其々身を隠して待つ。
(洞窟攻略はこれが基本だよね)
程なくして、洞窟の奥から涙と鼻水にまみれた男達が逃げ出してきて、次々と蜘蛛の網に絡め止められていく。
スパイダーネットはまだ練習中の魔法で、糸の強度と粘着度が安定しなかったが今回は十分な効果が出ている様だ。
だが、4人目が捕らえられた時、遂に蜘蛛の巣が壊されてしまった。
「どけーーー!」
後ろから来た大男が絡め取られた仲間諸共蜘蛛の巣を斬り、吹き飛ばしたのだ。
2人が即死し、他の2人も身動きが取れないまま絶命した。
そんな元仲間を足蹴にして、男達が洞窟から雪崩出る。
「仲間になんて事を!」
犯罪者とはいえ仲間を躊躇無く斬り殺した男に、アンジェは出て来た男達に斬りか掛かるとそのまま、1人、2人と倒した。
そして、蜘蛛の巣共仲間を切った大男と対峙するアンジェ。
「殺してはダメです!情報を聞き出す為にも捕らえて下さい」
これはアンジェに言う事を聞かせる為のただの言い訳に過ぎない。
世の中には殺す事でしか解決出来ない事がある事は理解しているし、実際に手を掛けもした。だが、殺さなくても良い命は殺したくないというエリアの優しさだけとは違う、目の前で人が死ぬという事への嫌悪が有った。
あの村での出来事は到底許せるものではない。
今、思い出しただけでも怒りと悲しみに心が蝕まれる思いだ。自分の手で首謀者を殺した事も後悔はしていない、していないのだが初めて人の命を奪った事は普通の現代人だった葛城涼の心に棘となって刺さっていた。
そして、獣人だけを狙った誘拐事件はあの事件を思い出させる。
「疑い様の無い悪党は斬る!それだけだ」
その、考えは分かる。戦場で甘さは死に直結する。
アンジェはその見事な剣技で大男もあっさりと斬り伏せた。
「さて、次に備えましょう」
そう振り返るアンジェの肩を掴んだ。
「・・・アンジェ様」
「なんだ?」
「もう、そこでジッとしていて下さい」
「何を馬鹿な事を、私は獣王国クオリオンの戦士だぞ、戦いを人任せにするなんて・・・」
アンジェは其処までしか言葉を紡げなかった。背後からの、エリアの怒気に気圧され動けなくなったのだ。まだ目も合わせていないのに冷や汗が噴出し、皮膚を伝わる感覚すら身を斬る様に感じてしまう。
「そこで大人しくしていて下さいとお願いしてます」
体の芯から震えが起こる。殺気ではない、だが有無を言わさぬ圧が体を、いや魂を抑え付けていた。
「わ・・・分かった・・・」
エリアはアンジェの肩を掴むと後ろに下がらせ、一人洞窟の中へと入っていった。
(あれは一体・・・仮にも私はカントの戦士長なのだぞ。それも王都の戦士団団長に 獣王戦士隊に誘われた程度の実力が有る筈だ。その私がこんな・・・)
程なくしてエリアは7人の男達を拘束して、帰って来た。
「アンジェ様・・・」
「は、はい、何でしょうか?」
冷や汗もそのままに、最大限の勇気を振り絞ってアンジェは恐る恐る顔を上げエリアに向き直った。
「先程は失礼しましたっ!」
ばっと頭を下げ謝るエリアに思わず身構える。
「いや・・・良いんだ。情報を得る事も大事だからな・・・私の方こそすまない」
エリアは煙を出し続けていた焚き火を消した後、風魔法で洞窟内の煙を吹き飛ばすと「行って来ます」と言って中に入っていった。
エリアは洞窟に入ってから、猛省した。それはもう、自己嫌悪になるくらい。
(他国の戦士長のそれも女性になんて事を・・・)
アンジェからは見えない場所で両手で顔を多い、屈み込んでしまう。
忘れて良い事件ではないが、思った以上に心に突き刺さってる事を再認識してしまったのだ。
(結構、この世界に慣れたつもりだったのにまだまだなんだな~)
現代人だった事を痛感しながら、洞窟の奥で煙に耐え脱出の機会を伺っていた4人を拘束した。
「この者達を町まで連行して尋問して下さい」
「じ、尋問ですか?」
「そうです。理攻めで裏を取って、彼等の後ろに居る人物を、更にその後ろと辿る為、どんな些細な情報でも良いので吐かせるのです。でないとまた別の者が同じ事を繰り返すだけです」
「そうか、なら町で拷問して・・・」
「拷問はダメですよ」
特に怒気も覇気も篭っていないのにビクリと体を強張らせる。
「何故ですか、拷問すればそれだけ早く」
エリアはアンジェに頬を寄せると小声で囁いた。が、耳が頭の上だったのでアンジェに屈んで貰う。
「嘘の証言に振り回されるぐらいなら、丁寧に尋問して下さい」
「しかし!?」
「個別に尋問して、他の人は助かりたいが為に本当の事を話したと言えば喋る人も出てきますよ」
「んな!?」
くすぐったかった耳を押さえて、顔を紅くしたアンジェは驚きのあまり、言葉を失ってしまった。
獣王国では程度は兎も角、未だ犯罪者には拷問を行なう事が多く、相手の証言の矛盾を突き、根気良く裏を取って証拠を並べ尋問すると云うやり方はここ最近行なわれつつある方法で、辺境の戦士には考えもしなかったからだ。
「取り敢えず、この人達を馬車に乗せて連行しましょう」
「・・・分かった」
力無く答え、顔を上げた時それは目に映った。
エリアが洞窟の奥から連れ出した人攫いの内の1人が体をガクガクと震わせ、お腹の辺りが蠢く様に波打ち大きく膨れ上がっていくのを。
そのまま男は風船の様に丸く膨れ上がり、その大きさは3mにも達そうとしていた。
「これは!?」
「くっ、アナライズ!」
アナライズの魔法でも情報は得られない。ただ異常な魔力の暴走は感じられるエリアはただ事ではない事だけしか分からなかった。
どうすれば助けられるか悩んでいるその時、後ろから怒涛の如く何かが走り込んできた。
「アンジェリーナ様~~~!」
後ろの茂みから飛び出した1頭のトムソンガゼルがそのまま突進して、エリア達の前で膨れ上がった人間風船に体当たりをしたのだ。
ドプゥン!
「「あ!?」」
その尖った2本の角が男の腹を引き裂き、破裂。中から飛び出した腐った内蔵とも、スライム状の何かとも言える内容物を3人は盛大に浴びてしまった。
「きゃーーーーーー!」
「ぎゃーーーーーー!」
「きゅう~~~」
膨れ上がった男は息絶え、内容物塗れになった2人と1頭。
「くっさ!?」
思わず素が出てしまう。
「なんなんですのこれ!?」
鼻を押さえプチパニックになるアンジェ。
そして、トムソンガゼルは其のままでは鼻が押さえられないので、慌てて人型に変身して鼻を抑えた。
「ウォーター!」
水を頭からぶっ掛けるが、汚れは取りきれず臭いもそのままだ。
もろに液体を被ったガゼルの獣人エルザは地面を転がって悶えている。
エリアは悩んだ末にマジックテントを出した。
「良い、これは内緒にしてね。他言無用。例え相手が上司や国王でもよ」
そう言って、エリアは躊躇する2人の返事も待たずテントの中に引っ張り込んだ。
外見は普通の小さなテントの筈だったのに、広々としたリビングに驚く2人を脱衣所に連れて行くと「服を脱いで」と真剣な顔をした。
「「え!?」」
顔を赤くして身構える2人を無視して服を脱ぐと(流石に下着は脱がなかった)洗濯用の魔道具(簡単な洗濯機)に放り込んで、風呂のお湯を張りながら、シャワーの使い方を教えて脱衣所を出て行った。
2人が浴室に入ったのを確認してから脱衣所に入って、下着と汚い液体をふき取ったタオルを洗濯機に放り込んで動かしてから簡単な部屋着を着てから、2人のタオルと着替えを用意してからリビングで一息吐いた。
そんなエリア達を余所に、外では人攫い達が動き出そうとしていた。
「アニキ、今がチャンスなんじゃ?」
「ああ。おい!そこの寝てる奴らを起こせ、ずらかるぞ!」
後ろ手に拘束されてるが、足は動くのだ。早く此処から逃げ出して部下が持っている予備の鍵で腕輪を外せば。と思っていた男の前に1匹の真っ黒な猫が何処からとも無く現れた。
猫は洞窟の中の馬車を指して、「にゃあ、にゃ、にゃあ、にゃ、にゃ~!」と鳴いている。
「なんだこの猫?」
「猫なんてどうでも良い、さっさと行くぞ!」
森に逃げようとする男達、その前に再び立ちはだかる猫。この奇妙な状況に早く逃げ出して、手枷を外したい男の苛立ちが高まる。
「にゃあ、にゃ、にゃ、にゃ~」
ふつふつと沸き上がる苛立ちと怒りがこめかみの血管を浮き上がらせる。
「この邪魔な猫が!」
猫を蹴り飛ばそうと振り切った蹴りを躱され、後ろ手に縛られている所為でクルクルと間抜けにも回らされた事に、更に怒りが増す男が振り向き、もう一度猫を攻撃しようとして動きが止まった。いや、勝手に体が止まったのだ。
背中側に感じるとてつもない大きさの存在感と威圧感。
畏怖の感情が溢れ出し濁流となって、心を押し潰す。
歯の根が合わず、膝から崩れ落ち、冷や汗が体中を舐め、朝を迎えたばかりの世界がまるで暗闇の様に感じ取られた。
指一本、視線1つ動かしただけでも踏み潰される、自分が抗う事の出来ない巨大存在の前に立たされた小さな忌み虫の様に感じた。
(あ・・・)
何なんだ?と疑問を心の中で説いただけでも、消滅させられてしまう。そんな巨大な存在感を後ろに居るあの小さな猫から感じられた。
他の男達も同様で、泡を吹いて倒れたり、失禁して震え、逃げ様にも体が強張り動けないでいた。
そんな猫が、にゃ!とまた馬車を指差し、そしてプレッシャーが和らいだ。
男達は未だ止まらない恐怖と震えの中、檻の中の方がマシだと他の仲間を叩き起こし、覚束ない足取りで馬車の荷台の檻に入ると震えながら顔を伏せ、身を丸め、絶望が通り過ぎるのを初めて神に祈ったたのだった。
まぁ、その猫がエリアの飼い猫だと知って更に絶望するのだが。
~・~・~・~・~
「エリア殿、先にシャワーを使わせてくれて感謝する」
そう良いながら、恥ずかしそうにシャツの裾を下に引っ張っている2人。
2人共エリアより身長が高い所為で少し危ない事になっている。更にアンジェは胸の所為でシャツが上に引っ張られるのに抵抗していて、恥ずかしさと戸惑いで顔を紅くしてるのが可愛いのだが、目のやり場に大いに困る。
流石に下着を貸すのはどうかと思ったのと、服が乾くまでだからと大き目のシャツしか出さなかったのだが・・・。
「いえ、それでは私もシャワーに行ってきますね。あ、紅茶良かったらどうぞ」
エリアは平静を装うとしたが、ついつい早口になってしまって、更に恥ずかしくなったので早々にリビングを離れ、浴室に向かった。
「そうだ、洗濯した服を乾かさないと」
既に止まっている洗濯層から服を取り出し、水気を絞ると物干しロープに掛けて行く。一つ一つピシッと伸ばして洗濯ばさみで止めていくのだが、洗濯層の中から取り出した小さい布を広げて驚いた。
「これって・・・」
2人の下着だ。
流石にこれを干すのは気が引けるのだが、下着だけ濡れたままという訳には行かないし、意識していると思われるのも面倒だ。
・・・大丈夫!今は俺も女の子、女の子、女の子・・・。
結局目を瞑って手探りで、全ての衣服を干し終えると、火と風の属性を使って温風を繰り出して、服を乾燥させつつエリアはお風呂に入った。
本当はシャワーだけのつもりだったが、気疲れをほぐしたいと思ったのだ。
今度脱水機能を付け様と構造を考えながら体と髪を洗って湯船に浸かる。
「ふ~・・・」
思わず緩んだ顔になり、安堵の声が漏れる。
この間も温風の魔法は発動したままなので、十数分もしたら乾燥するだろう。服が乾いたら直ぐに人攫い共を馬車に詰め込んで町に行かなければならないのだが。
(いや、護送は2人に任せてここでゆっくりしたら良いんじゃ)
そうと決まればリビングに戻って、護送を2人に任せようとしたら確りと断られた。
「貴方には御礼がしたいので、あと色々聞きたい事が有ります」
ずいっ!と体を乗り出し迫られて、是非にとお願いされ仕方なく町に同行する事を同意した。
決して前かがみのシャツから色々見えそうで目のやり場に困ったので了承したのではない。
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