第四十一話 『晩餐会?』
ロローノ侯爵家行なわれている食事会は、想定していた以上の参加者の多さとその顔触れに大いに戸惑ったが、エリア達の分はまた作れば良いので、その分を当てて更に1皿1皿の量を少し減らしてどうにか参加者分のカレーを用意して無事会食は始まった。
カレーは概ね好評でエリアもほっと胸を撫で下ろす。
カレーが食べられなかったと嘆いたララ達だったが、今は領主様の用意した豪華な食事に舌鼓を打っている。
「リリ!この肉美味しいよ!」
「この鳥肉も良い」
「2人共、野菜も食べないとダメですよ~」
アフィは領主となにやら話をしていて、あれはあれで楽しそうにしている。
エリアも何か飲み物を探していると緊張で小さくなっているキラファ達を見つけた。
「キラファ?」
「ひゃい!?」
小さくなった背に声を掛けただけで飛び上がるほど驚く彼女に、エリアは目を丸くしていた。
「皆、大丈夫?」
「あ、うん大丈夫だよエリアお姉ちゃん・・・」
そう答えたエイナもなんだか緊張のあまり元気が無い。
「その、こんなに偉い人ばっかりの中に私達が居る事が場違いで、何か粗相をしたらと思うと・・・」
キラファは胸の前で手を組んで、神に祈った後8つの目を潤ませて何かを懇願する様にエリアを見た。
確かにこれだけの重鎮、要人の中に居たら気負いするのも当たり前。まだファニール王国の者だけなら女王の一声でどうとも成るかもしれないが、ここには近隣諸国の使者も居るのだ。最悪国際問題になるかもと思うとエリアも身震いをした。
「こんな所で縮こまってどうしました?」
エリアの後ろから声を掛けたのは女王その人だった。その横にはファムも居る。
「いえ、その偉い人達ばっかりでみんな萎縮してしまって・・・」
エリアがキラファに代わり説明すると、女王は少し考えてくるりと振り返った。
「皆様聞いて頂きたい!」
大きく、良く通る声。更には威厳まで漂っている。そんな女王の言葉に何事かと皆が注目する。
「今回のこの宴は私の友人エリア殿がこの子共達を持て成す為に用意した場なのです」
「ちょっ!?女王様!」
「我々はその場に我侭を言って参加させて貰っているのです」
「えっ?えっ??」
キラファは余りの展開に完全にパニックに成り掛かっている。どうにか押し留まっているのは子供達が居るからだ。
「それもこれも、私がこのエリア殿の作る料理が食べたかったが為!」
「あの~女王様?」
「そこで、ここは一つお互いの身分は忘れて無礼講にしようと思うのですが、どうでしょうか?」
何かとんでもない話に、エリアや他の領主も驚いている。
「この場の主役である子供達が何か粗相をしても、笑って許して欲しいのです」
フッと優しく、まるで我が子を見る様な眼差しで子供達に微笑む。
パチパチと拍手が沸き起こり、喝采で会場が包まれた。
この国の女王がそこまで言うと、流石に反対する者は無く皆快く了承してくれた。
率先して、動いてくれたロローノ侯爵やグロイド子爵のお蔭もある。
女性陣や歳の近い子供達はキラファ達を気遣い進んで声を掛けて場を和ませてくれた。男性陣は少し距離を開けてその光景を見ている。
やがて緊張が解けた子供同士、遊び始めたがキラファはまだおろおろしていたのでエリアが頭を撫でて、多分大丈夫と宥めた。
正直、エリア自身も確信は無かったのだが、あの女王様の言葉だし、アフィも居るし多分大丈夫なのだろうと考えるのをやめたと云うのが正しい。
まぁ、キラファはまだその境地に立てる訳も無いのだが。
「エリア様も来て下さい!」
「エリア様、こっちです!」
子供達と遊ぶモウラとファムに呼ばれたエリアは意を決してキラファを引っ張って子供達に混じって遊び始めた。
一頻り遊んだエリアが使者や領主と話していた女王に呼ばれたのは、日が陰り会場の周りに篝火が灯され始めた頃だった。
「あの、女王様・・・」
エリアが女王に近寄って膝を付こうとしたが、がっしり肩を掴まれ使者や領主の前に押し出された。
「この者がエリア、彼のアフィ・アルパイア・アーハート家の者で、今回のカレーの開発者です」
感嘆と賛辞、謝罪と労い等の言葉を投げかけられ萎縮するエリアの腕にしがみ付いたファムが大丈夫と微笑む。
「この様に娘も懐いていて、嬉しいやら、寂しいやらで・・・」
笑いが起こり、場が和む。
「ただ、残念な事にこのエリアは何れ旅に出るそうです」
困った物ですと頬に手を付いて首を振ると、また笑いが起こった。
「ほう、なら我らが地下迷宮王国グウェラルに来た時には我等が国王にもこのカレーを振舞って欲しいのう」
ドゥワス大公はジョッキを片手にばんばんとエリアの肩を叩いた。
こう言っては失礼だが大公とは思えない、実にドワーフらしい陽気な性格のドゥワス大公は、かつて赤髭のドゥワスと言う名の通った元冒険者でドワーフらしい口髭と顎髭を蓄えた男性だ。顎髭を途中で結っているのはドワーフの正装なのだろうかまるでネクタイの様に見える。
御付の神官戦士は大公より若いらしいが、髭のお蔭でよく分らない。
そんな大公と、ジョッキを打ち鳴らしてエールを呷る。
そこに「ならなら!」と、今度はエルフの女性がエリアの手を取った。
エリアの、葛城涼のエルフのイメージはスレンダーで背が高いというものだったが、背の高さはエリアより少し低い妙に肉付きの良い・・・スタイルの良い女性にドキッとする。
クルクルと表情の変わるアクアマリンの瞳とブロンドの美しい髪にエルフ特有の少し長い耳が高いテンションに合わせてぴこぴこ動いてる。
「エルフの森はグウェラル王国と接しているので、その時はエルフの森にも寄って欲しいです!」
スタイル抜群なのに小動物感の有るエルフは羨望の眼差しでエリアの腕を掴まえたまま、ブンブンと上下に振ってくる。
その勢いの余り、振り回されるエリアと目の前で揺れる双丘。
「あの・・・ちょっと・・・」
元気な余りエリアを振り回している彼女を落ち着いた声が窘める。
「これナナ」
ナナと呼ばれたエルフの女性は慌ててエリアの手を離すと、何度も頭を下げて謝った。そして、入れ替わりにエルフの森の使者エメロエがエリアの前に歩を進めた。
「始めまして、私はエメロエと申します。この娘はナナ。この通りまだまだ若輩者故ご容赦を」
右手を胸にお辞儀をする、エメロエ。シャンパンゴールドの長く美しい髪とブルーサファイアの瞳が美しい男性だ。見た目は人間で言えば30そこそこといった感じだがエルフの寿命は長い。若輩者と言われてた彼女も見た目通りの年齢ではないだろう。
「エリア・アーハートと申します、エメロエ様」
エリアもコーツィの姿勢で挨拶をした。
「女王様も言った通り、この場は無礼講です。そうでなくても私は気にしてませんので」
エメロエの横で小さくなっていたナナの顔がパッと明るくなって、感謝の言葉を繰り返している。
「この者も言った通り、もし近くに来た時はエルフの森にもお越し下さい」
「ありがとうございます。是非寄らせて貰います」
2人握手を交わすと、エメロエは席を外した。「またね!」とウインクをしてナナも後を追うと入れ替わる様に、今度はクオリオン王国のバズラー大使やって来た。
「あの髭達磨とエルフの挨拶は終った様ですね」
髭達磨とはドゥワス大公の事だ。だが、一国の大公を達磨呼ばわりとは思っていたらドゥワス大公が「誰が達磨だ頭の固いサイの小僧が!」とジョッキ片手に憤慨している。
2人の言葉に嫌な感じが無い所を見ると、旧知の仲なのだろう。
「私はクオリオン王国のバズラー・ブロイス、あの達磨とは40年来の仲でね」
喚いているドゥワス大公を余所に、優しく目を細めて握手を求めてきた。その手は普通に5本指の人の様な形をしていたがドゥワス大公が言った通り、顔には立派な角が生えてるサイの獣人だ。
「エリア・アーハートと申します、バズラー大使様」
と、握手を離した手で慌ててスカートの裾を摘み、コーツィの形を作る。こういった作法も最近慣れてしまった。
「あのカレーという食べ物は実に良かった。是非陛下にも食べて頂きたいのでクオリオン王国に来た時は私の所を訪ねて欲しい」
恭しく頭を下げるバズラー大使の後に人影が近付く。
「ほう、バズラー大使様でもカレーの再現は難しいのですか?」
そう、横から声を掛けてきたのはデリフォス法国のヒュージ司祭だ。齢67の杖を突いた白髪の御老人である。種族の坩堝で有るこの場で数少ない人間だ。
年輪の様に刻まれた皺とその白髪が醸し出す貫禄と、司祭らしい優しさの備わった御仁ある。
「ヒュージ司祭様」
「バズラー大使は食通でクオリオンでも有名な料理研究家でもあるのですよ」
恐縮です。とバズラー大使は場を空ける様に横に一歩退いて頭を下げた。
「似た物は作れるでしょうが、私ではあの複雑な香りと味は出ません」
無礼講なのだから構いませんと手を翳して気遣っている。
「なるほど、バズラー様でダメなら私の所の給仕にも作るのは無理でしょうな。実に残念です」
本当に残念そうに、気落ちした表情を見せたヒュージ司祭は、エリアに向き直るとまじまじとその顔を見た。
「えっと、あの・・・」
エリアが戸惑っていると、司祭はふぉふぉふぉと笑い出した。
「これは失礼しましたな。余りにも可愛らしかったので、年甲斐も無く見惚れてしまいました」
頭を下げる司祭に、恐縮するエリア。
エリアの姿は確かに可愛いが、その中身の葛城涼(男)としては何か複雑な感じである。
「私はデリフォス法国でラーサ教の司祭を勤めていますヒュージ・ラタトスと申します」
「エリア・アーハートと申します。司祭様」
と、顔上げたエリアはまた見詰められてどぎまぎする。
「御嬢さんは随分と変わった雰囲気がしますな」
ドキリとする。本体が幽霊の様な涼は司祭にとって滅する対象なのではと。
「ふ、雰囲気ですか?」
「体から出る魂を現すオーラがとても神々しいというか、神聖なものを感じるのです」
そっちかーーー!それは、私が生者じゃないからでしょうか?と、心の中で叫びつつ平静を装って「それは、私が聖属性魔法の資質があるからかも知れませんね」と、笑顔で誤魔化した。
「エリア殿は聖魔法が得意なのですか?」
「いえ、それが素質は有るらしいのですが全然上手く行かなくて、良く分らないのです」
「ふむ、確かに素質が有っても魔法そのものが使えない者も稀に居ますからな。少しよろしいかな?」
司祭は了承を得て、エリアの手を取り目を瞑った。
「これは・・・」
アフィが2人の遣り取りを盗み見る。
「確かに、何か神聖な力を感じますな。雄大で大らかな・・・言う成れば眠っている様な、安らかな力を感じます」
「眠る様な安らかな力・・・」
「左様。上手く使えないのは正に力が眠っているからかもしれませんな」
「何時か、ちゃんと使える様になるのでしょうか?」
困った様な笑顔で聞くエリアに司祭は「貴方の信じる神を良く理解し、祈りと感謝を絶やさなければ」と、自愛の篭った絵顔を返した。
「ラーサ神を信仰のなされてるのなら私の受け持つ教会で修行でもどうですかな?」
この世界は多くの神様が信仰されている事を知っていたエリアは首を振ると、丁重に断った。
「私は神様自体は信じていますが、神様達に詳しくは無いので、先ずは神様達の事を良く知ってから考えたいと思います」
「そうですか。もしラーサ教に興味を持たれましたら何時でもお声掛けして下さい。エリア殿なら何時でも大歓迎です」
教会に御越しの時は、私共の給仕達にもカレーの作り方をご教示下されば幸いです、と言ってヒュージ司祭は女王の元に戻って行った。
「あの御方も困った者だ・・・」
司祭と入れ替わりに近付いて来たのは両手にグラスを持った、海洋都市国家エルトリアのデネバイトス外交官だった。
(カレー1つ作っただけでこの扱いとは・・・カレー凄いな!)
等と少しずれた感想を持ちつつ、もうぐったりのエリアだった。
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