第三十六話 『ロローノ侯爵家』
2日前、朝から地獄の訓練を無事終えたエリアはアフィの家に増築して作ったお風呂で汗を流していた。
「ふ~、今日もリリちゃん、ルルちゃんは容赦が無い~」
怪我は回復魔法で直したが、体の疲労はそのままで筋肉の疲れを確りと揉んで取らないといけないのだが、この世界にお風呂は一般的ではなく、アフィの家にも無かった為エリアがわざわざ作ったのだ。
湯船は5人が一緒にゆったり入れる程広く、それに合わせて洗い場も広く作ってある。作ったのはドワーフの木工職人デイド。水周りを作ってくれた鍛冶屋のカエンの弟さんだ。
檜の様な木で作ったお風呂にアフィに頼んで教えて貰った、付与魔術により自動で汲み上げてる地下水を熱の付与魔術でお湯に変えている。因みに壁に埋め込んだ石版により温度調節も簡単に出来る優れ物だ。
湯船から上がって、体を洗っていると後ろの扉が開きルルが入って来た。
「エ~リアっ!」
突然背中に張り付いて、エリアを抱きしめるが石鹸で滑ってそのままズルズルと下がって行ってしまう。
(この娘は、全く)
二つの軟らかい物が背中をなぞって行く。
(本当にこの娘は全く!)
背中の感触に、耐えながら顔を赤くするエリア。すると更に後ろから気配がした。
「ルル?」
ドスの聞いたリリの声。
「はいっ!」
エリアの背中から離れ、何故か敬礼をしている。
「全く・・・」
溜息混じりに言うと、今度はリリが背中に張り付いてきた。
プニ。
「あの、リリちゃん?」
「お相子」と言って、離れるとルルを連れて湯船に向かって行った。
そんな2人を振り返って見て、視線を戻した。
リリはちゃんとタオルで隠していたが、ルルはと言うと何も巻かずにリリに引っ張られていたのだ。
2人が湯船に入り、溢れるお湯の音を聞きながらエリアは顔を更に赤くしていた。
二人が出て行く事を期待してゆっくり体を洗っていたが、そんな事には当然成らず諦めてエリアも少し離れて湯船に入った。
「ふ~・・・」
先程より熱い湯に声が出る。
設定温度を見れば、2度上げられている。これはリリの仕業でルルは既に茹でダコ状態だ。
「もう、無理~」
ルルはよろよろと湯船を出ると水を被って気持ち良さそうだが身震いしている。そして、そのまま体を洗い始めた。
リリはと云うと黙ってエリアの隣までやってきた。
「リリちゃん達は今日はどうするの?」
「特に無い」
会話終了!
「エリアの手伝いか修行だね~」
ルルが体を洗いながら、答えてくれた。
エリアはこの後、街に行って出店の設営を手伝って、その後はバザーで材料の買い足しだ。昨日のカエンの話では今頃出店も完成している筈なので買出しがメインなのだが。
明日は全ての準備を終わらせて、明後日の祭り本番に備えたい。
カレーは前日に作って、持込。店で作るのはご飯だけなので作業代とかは無く、飯炊きとカレーを温める釜の他は盛り付け用のテーブルとテント、お客様用のテーブルと椅子だけなのだ。
それらのセッティングも今日中に終る。竈はカエンに頼んで作って貰ってるし、テーブルや椅子はホウさんの所に明日借りに行く、米もホウさんの所に預かって貰ってて、祭り当日に引き取る予定だ。
「あと2日か・・・キラファ達ちゃんと間に合うかな?」
エリアはキラファと孤児院の子供達を祭りに誘ったのだ、旅の旅費を同封してあるので金銭的に無理という事は無い筈だが、通信機器の無いこの世界が始めてもどかしいと感じていた。
そして、買出しの序に宿泊予定の教会に顔を出いたが、まだ着いていないとシスターに教えられて不安を残したままこの日を終えたのだった。
祭り前日の朝、エリアは日課の訓練をこなしていた。
ルルに魔法を習い、リリに剣術を習う。実戦形式の特訓は当然命懸けだ。そして、いつもならララとの座学なのだが今日はアフィが代わりに教えてくれる事になった。
「今日も、何時も通りだけど準備は大丈夫なの?」
「うん、今晩ララさんと一緒にカレーを作ったら準備完了かな。ただキラファ達がまだ着いていないのが気になってるんだけどね」
エリアは手を組んで、その上に顎を乗せた。
「王都の教会の子達ね」
「もう、祭りは明日だし、今日中には着いて無いとね・・・」
キラファ達を思い窓の外を見る。
「そう・・・、ねぇエリア」
「何?」
「この後、お昼を食べたら私と街に行きましょう」
アフィが街にお誘いとは珍しい。
「それは良いけど、アフィ何か買い物?」
「私も祭りの準備よ」と、2人は座学に戻った。
午後、エリアの操る馬車でやって来たのは大きな屋敷が立ち並ぶ北側のエリアだった。そこは貴族や豪商の家が並ぶ場所で、中でも最も大きな屋敷にエリアは連れて来られていた。
「えっと、アフィさんここは?」
その大きな屋敷の門の前で、手綱を持ったまま圧倒されているエリア。大きさなら王城には当然及ばないのだが、屋敷でここまで大きい家に来た事は無かった。
「ん!?この街の領主、ベルゼルス・ロローノ侯爵の屋敷よ」
「領主・・・侯爵!?」
つまりこの地方で1番の権力者だ。そんな権力者にほいほいと会えるのか?と思っているといつの間にか門の向こう側に、初老の男性が立っていた。
扉を開き、出てきた男は恭しく頭を下げると穏やかな笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ、アフィ様、エリア様」
「手筈は?」
「整っております」
馬車を牽いて、先導する初老の男性に着いて行くエリア。
屋敷の前、正面の扉の前には男女2人づつ、4人が待っていて、アフィ達が扉の前に立つと2人の到着を知らせつつ、扉が開かれる。
「領主様はまた使用人を減らしたのね」
「はい、現在は10名でお世話させて貰ってます」
「この屋敷をたった10人で?」
驚くエリアはもう一度屋敷を見上げた。
「左様で御座います。10人で滞り無く御仕えさせて貰ってます」
10人で問題が無いとは使用人も優秀なのだろう。
「ここの領主は倹約家なのよ」
「倹約家って言っても・・・」
限度があるだろうと、驚きを超えて呆れた。
「御当主をはじめ、この家の方々は例え御一人になっても生きていける様にと御自分の事は御自分でなされるので私共の仕事もエリア様が思ってるより少ないのですよ」
少し寂しそうに、しかし楽しそうに語る執事。
「私は貴族や領主と云う立場の人の事は良く知りませんが、そう言うのって珍しいのでは?」
「はい、しかも皆様それぞれの得意分野では私共も敵わない程です」
「それは凄いですね」
エリアは素直に驚いた。
「ここの領主は優れた庭師で農業家なの、奥様は料理家、御子息も将来優秀な錬金術師よ」
「錬金術師って・・・」と、聞き返したエリアの言葉を「先生!」と、呼ぶ声が遮った。
「御待ちしておりました、アーハート先生」
廊下の先の部屋の扉が開くと少年の様にはつらつとした青年が駆け寄って来る。
「先生って!?」
アフィの顔を見ると少し照れている。
「先生は辞めなさいて言ってるのに・・・。彼はゼリオス・ロローノ。この家の御子息よ」
そう説明された青年が、目の前までやって来た。歳は18くらいだろうか?黒髪に黒い瞳の青年にエリアは懐かしさを感じた。
「始めまして、エリア様ですね。ゼリオス・ロローノと申します」
「始めましてゼリオス様。エリア・アーハートと申します」
コーツィの形を取る。
「そう畏まらないで下さい、エリア様」
(エリア様!?)屈託の無い笑顔を投げかけられ戸惑う。
(アフィ、その、随分砕けた方ね)
「この子もだけど、この家の者はみんなこうよ」
小声で耳打ちしたのに、そんな気遣いは無用とばかり普通に答えられた。
「マルク、ここからはボクが案内するよ」
マルクと呼ばれた初老の執事は礼をして去った。そして、ゼリオスは楽しそうにエリア達を奥の部屋へと案内するのだった。
コンコン!
「アーハート先生とエリア様をお連れしました」
扉の奥から返事が有ると、自ら扉を開け、アフィ達を部屋の中へ入る様にと誘った。
「おお!アーハート先生、お久しぶりです」
椅子から立ち上がり豪快な声で奥からやって来た男性は、両手を広げてアフィ達を歓迎してくれた。
身の丈が2mは有る大男。この男が領主、ベルゼルス・ロローノ侯爵その人である。生命力に溢れてはいるがとても優しい瞳が印象的な人物だ。体格も格別に良く、筋肉隆々で逆三角形のその姿はまるで格闘家の様だ。黒い瞳はゼリオスと同じだが、銀交じりの黒髪が異なっていた。
そんな男がアフィを捕まえると、まるで子供をあやす様に持ち上げ抱きしめた。
「相変わらずですね、ベルゼルス侯爵様」
何時ものアフィなら直ぐに下ろす様に喚きそうなものだが成すがままだ。
それもその筈。これまで何度言っても聞いてくれず、とっくに諦めているのだ。ただ今日はエリアが居るので恥ずかしいらしく戸惑っている。
「そんな呼び方はやめて下さい。貴方は私達の命の恩人で有り、この街の恩人でも有るのですから」
「恩人って?」
隣のゼリオスに小声で訊ねたのだが、成すがままのアフィが答えた。
「昔の話よ、大した事はしてないわ」
「何を仰る!当時を知る者で貴方に感謝していない者はおりませんぞ!」
「昔ですか?」
アフィはいつもの様に話さないだろうと、今度は領主に聞いてみた。
「ああ失礼、あなたがエリア殿ですね。私はベルゼルス・ロローノ、このベルタの街で領主をしています」
アフィを持ち上げたまま挨拶された。
「は、始めまして。エリア・アーハートと申します。何も告げられずに来た為、この様な格好で失礼します」
まさか領主に会うとは思っても見なかったので、エリアは何時もの普段着なのだ。コーツィの姿勢を取るが、摘むスカートの裾も無い有様だ。
「ふむ、御丁寧な挨拶恐縮いたします」
エリアの領主のイメージと違い、声は大きいが随分と丁寧な対応に戸惑っているとゼリオスがやってきて、父は気に入った方にはいつもこうなのでお気になさらず。と微笑んだ。
「アーハート先生はこの街の大恩人なのです」
「もう、その話はいいでしょう?それより、あの子達は?」
「おお、失礼しました。では行きましょうか、エリア殿」
抱き上げたアフィを優しく下ろすと、侯爵はエリアに手を指し伸ばし更に奥の部屋へと案内してくれた。
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