第三十三話 『帰郷』
通常の紙の品質向上と上質紙の生産、そしてティッシュの生産工場の建設を取り付け、その間に頼んでいた活版印刷の道具も揃い、アフィのイラストの版画も完成した。
そして、女王が紙の生産速度の向上のアイデアを求めて来たので、おぼろげな記憶を頼りに作って貰ったローラーで生産スピードを上げる事ができたが、輪転式印刷機を作る事は出来なかったので、印刷は結局人海戦術を取るしかなかった。それでもこの世界では画期的な技術であるし、輪転式印刷機もアイデアは出しているので技術者が頑張ってくれるだろう。
所詮、普通の20代サラリーマンにそんな専門知識がある分けがないのだ。
エリアの書いたお話も修正に修正を重ね。遂に印刷と製本が行なわれ、100冊の絵本が完成したのだった。
そして、エリアの考えた話とは別に、シンデレラの絵本も作った。これは、ファムが王子様やお姫様の出てくるお話が良いというリクエストに答えたものだ。
勿論イラストはアフィなので、アフィには死に物狂いで頑張って貰った。まぁ、もう死んでるけど。
「合計で200冊か・・・本当に捌けるんだろうか?」
これまでの本に比べれば、安く値段設定をしているがそれでも銀貨1枚、日本円なら1万円だ。
「まぁ、あくまでも新技術の練習台とお披露目だし無料でも良いんだけど」
そう言ったらモウラに怒られた。掛かった費用の事もだが技術的価値や市場の混乱を防ぐ為とからしい。
投資額の事に付いては何も言えないし、価値だ市場だのはエリアには分らない事なので仕方が無い。エリアは断りを入れてから本の束から1冊づつ抜き出した。
ファムやアフィ達には既に頂いてる、この2冊は協力してくれたキラファ達の教会へ持って行く分だ。勿論モウラの許可は取ってある。
「あ!?エリアお姉ちゃんだ!」
教会に着くと犬獣人の少女エイナが目敏くエリアを見つけて駆け寄ってくる。ピンと立った耳と元気良く振っている尻尾が可愛い。まるで豆柴の子犬だ。
「体はもう大丈夫?」
「うん!もう大丈夫!」
見てて、とその場で宙返りをして見せた。
運動能力の高い事に驚きつつも、元気になった事が嬉しい。
「良かった。ところでシスターは居るかな?」
「うん、今日は居るよ。ほら!」
エイナの指差した先に声を聞き付けて出て来たキラファの姿が見える。
「こんにちは、キラファ」
「いらっしゃい、エリアお姉ちゃん」
2人は軽く挨拶をして微笑み合う。
エリアはお土産の絵本を、皆に読んであげてとエイナに渡すと、大喜びでお礼を言って他の子の所へと走って行った。
「ありがとうね、お姉ちゃん」
淹れたてのお茶を出しつつお礼を言うキラファ。
「なにが?」
カップに手を付けるエリアに「あの絵本、高い物なんでしょ?」と申し訳無さそうな顔をした。
「気にしないで、ここの皆に読んで貰って感想を聞きたいだけだから。絵本はそのお礼よ」
エリアはお茶を啜って、一息吐くと湯飲みを置いて本題に入った。
「来て、キラファ」
エリアが膝をポンポンと叩くと、ピシッと背中に緊張が走った。そして、キラファは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「やっぱり、するの?」
憂いの目でエリアを見るキラファに、勿論と不敵な笑みで答える。
「うう・・・」と声を漏らしながらキラファはエリアの前まで来ると、失礼しますと言ってエリアの肩に手を掛け膝の上に跨った。
2人の重みで、ギシリとソファが鳴る。
「恥ずかしい・・・」
小さな声で抵抗するキラファだが、エリアはやめるつもりは無い。
「約束でしょ?」
少し強引にキラファの細い腰を引き寄せた。
キラファの顔がエリアに迫る。潤んだ8つの目にエリアが映り込む。
頬を赤く染めるキラファ。エリアも少し上気させている。
不意にエリアが、うっと声を漏らす。
「大丈夫?」
不安気な顔でエリアの高揚した頬に手を添えるキラファ。
「うん・・・大丈夫」
言葉とは裏腹に少し眉を寄せる。汗ばむ手と額、軽く呻き声を上げて何かに耐えるエリアをキラファは優しく抱きしめた。
恐る恐るエリアの手がキラファの足とお尻に伸びる。
「ふぁっ!?」
声上げたがそのまま、エリアの成すがまま身を強張らせた。
お互い言葉を交わす事も無く、暫くの間そのままの体勢でいた2人だったが、ビクッ!?と身震いをすると一気に息を吐いてエリアは背もたれに倒れ込んでしまった。
ぷしゅ~、と言う擬音が聞こえそうなくらいだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
心配するキラファに「大丈夫~」と返して、エリアは力無く手を振った。
エリアの上から降りたキラファが新しく入れたお茶を飲んで一息吐く2人。後ろに回って優しく背中を擦るキラファに大きな溜息を吐いて「ゴメンね~」と謝った。
「良いの。約束だし、エリアお姉ちゃんだし」
笑うキラファの頬はまだ赤い。
「しかし、随分慣れたよね。これならもう直ぐ特訓も終わりだね」
今日で6回目。エリアはキラファに手伝って貰ってアラクネと云う種族に慣れる特訓をしていた。
この世界にはアラクネという種族が居る。種類は様々だが上半身が女性、下半身が蜘蛛と云う特徴は共通している。
そして、エリアこと葛城涼は蜘蛛が苦手だった。このままではこの世界で生きて行くには不味いと思ったエリアはキラファに特訓に付き合って貰っているのだ。
普通に相手を見て会話をしたりするのは平気になってきたが、触るのはなかなか大変で4回目でやっと蜘蛛の部分に触れる事が出来て、今回が6回目であったのだが・・・。
「この間触れたばかりなんだから仕方ないよ」
「うん、でもごめんね」
「気にしないで、お姉ちゃん」
と、この特訓のお蔭も有って2人の中は急速に仲良くなって行ったのだが、その親密ぶりに我慢出来ない人物が1人。
「キラファばっかりずるい・・・えい!」
エリアのお腹へとダイブしてきたのはルルだ。
実は最初からエリアの後ろに居て、2人の特訓?を黙って見ていたのだが2人の仲良しっぷりに嫉妬して遂に我慢の限界が来た。
この所、エリアが1人で教会に行ってる事を知ったルルが着いて行くと言い出したのが4回目の頃。エリアは特訓を見られるのが恥ずかしくて、のらりくらりと躱していたが、今日、遂に強行手段(背中に張り付く)に出られて、邪魔しない事を条件にしぶしぶ連れて来たのだ。
何故しぶしぶかと言うと、蜘蛛が苦手と云う所を見られたくなかったからなのだが。
ルルの2つの感触に絶えながら「はしたない」と引き剥がそうとするがルルの抵抗は強く結局気が済むまで抱きつかせる事にした。
「ごめんね」と言うとキラファは困った様な笑顔を返した。
「そう言えば、結局エイナちゃんに掛かった呪いはこの教会の地下にある倉庫の荷物をエイナちゃんが触った所為で掛かったもので、誰かに掛けられた物じゃないみたい」
キラファは回復したエイナから、呪いに掛かった経緯を聞いてその原因を突き止めたのだ。
安堵の色を見せて、そう、それは良かったと微笑んだエリアだったが、大体の事は呪いを食べた時に知っていた。自分のコレクションに呪いを掛けた魔術師の事も。
「で、その倉庫にはまだ呪いの品が有るの?」
膝にもたれかかるルルの頭を撫でながら、エリアが訊ねる。
「それが、司祭様に聞いた話ではここの倉庫の荷物は、かなり古くから安置されていて良く分らないそうなの」と頬に手を当てて困り顔。
「司祭様もガラクタばかりだと思っていたと驚いてたわ」
思い出した様にくすりと笑う。
「エイナちゃんの触ったのは、水晶と短刀、それに杖らしいの、途中で他の子に呼ばれたから他には触って無いって」
「そう、じゃあその倉庫を見せて貰っても良いかな?」
「司祭様に聞いたら好きにしなさいと言われてるから別に良いけど、どうするの?」
呪いの品が有るのは分かっていたが、教会の物という事で勝手に手を出す事を躊躇い、前司祭様の許可を貰う迄待っていたのだ。その知らせが先日やっと届いたのだ。
「折角ルルちゃんも居るし、他に呪いのアイテムが無いか調べておこうと思ってね」
エリアは膝の上のルルを起こして立ち上がった。
「ルルちゃん、よろしくね」
頭を撫でると、仕方無いな~と伸びをしてる。
「膝も軽くなったし、行きましょうか」
エリアが悪戯っぽく言うと、2人から「酷~い」と抗議の声が上がった。
3人で地下倉庫を探索したが、結局呪いのアイテムは水晶だけだった。
「さて、じゃぁこの水晶に掛けられた呪いを解きますか」
手を差し伸べ、水晶に触れた瞬間それは現れた。
水晶から勢い良く噴出す黒い煙。その煙は倉庫内に充満するかと思われたが、一箇所に集まると徐々に人の姿と形を変えるのだった。
「なに?」
突然の事に動揺するキラファ。エイナから聞いた話では、こんな変な事は起こっていないのだ。
「これ、呪いの効果じゃないよ!」
ルルは杖を取り出しその煙を見据え、エリアは2人を庇う様に前に出る。
「水晶に掛けられた呪いだけじゃ無かったんだね。これ本人だよ」
エリアは護身用のナイフをそっと抜いて背中に居るキラファに少し危ないからと部屋の外に出る様に促す。
「全く・・・」
煙の中から声が響く。
「私の水晶に触らない様にと、呪いを掛けたのに騒がしいのう・・・」
黒い煙が完全に人型になって現れたのは、魔法使い風のローブを着た幽霊だった。
「今度は、アラクネに人間の少女が2人か・・・忌々しい」
男の幽霊はすっと指を指し、このまま消してやろうと呟くと詠唱も無しに放つ黒い光りの弾が3人を襲う。
「キラファ!?」
エリアは手の平に張った魔法障壁で跳ね返し、ルルもまた魔法の障壁を自身の前に張って防いだ。
「私は・・・」
キラファは何かを言おうとして、悔しそうに口を瞑り、2人共気を付けてね。と言って部屋の外、入り口に身を隠した。
「我が攻撃を防いだか、本当に忌々しい」
人の形をしていた煙は今となっては完全に人の姿になっていた。ローブを着た鷲鼻の痩せた老人。正に魔法使いと行った風体だ。
その魔法使いの口元が歪む。
「私が苦労して手に入れた指輪『異界の宝物殿』を奪っただけでは飽き足らず『遠見の水晶』まで・・・私の秘宝は渡さん!この偉大な魔法使いにして死霊使い、ヤデルテ・ボーダンの秘宝は私だけの物だー!」
咆える魔法使いヤデルテ。その怒りに満ちた双眸が2人を睨み付ける。
「ルルちゃん、アイツってそんなに有名な魔法使いなの?」
「知らないよ、御主人からも聞いた覚えも無いし、もぐりなんじゃないかな?」
ルルは頭の後ろで腕を組んで、挑発的にヤデルテを見る。
「ふ~ん、じゃあアフィの知り合いとかじゃないんだね」
「うん!」
2人の暢気な会話がヤデルテの怒りを増長させる。
「何をごちゃごちゃと!」
ヤデルテは全ての指先に圧縮した魔力を作って放つ。
魔力を火や水に変質させて使う他の魔法に比べて、素早い攻撃が出来る魔力弾を連発するがルルはまた魔法障壁を作って護り、エリアは全ての攻撃を躱した。
「この!?」
防ぐ事をせず、全ての魔力弾を躱すエリアにムキになったヤデルテはルルへの攻撃を止めてエリアに集中砲火を向けた。
エリアはその攻撃を素早い動きと両手に張った魔法障壁で捌きヤデルテに突っ込み、あっと言う間に距離を詰める。
「なんだと!?」
自分の攻撃を物ともしないエリアに驚くヤデルテの顔を鷲掴みにする。
「バ、バカな!?霊体の私を捕らえるだと?」
物理的な攻撃は受けないと思い込んでいたヤデルテに驕りが有ったのは事実だ。本来天敵で有る筈のシスターは逃げた、残った2人は最も有効な筈のターンアンデットを使わない、この時点でヤデルテは自分の優位を確信して疑わなかったのだ。
だが現実は違った。
この状況に困惑するヤデルテは必死に暴れてエリアの手から逃れ様とするが、全く離れる事が出来ない。
「離せ!離せ!」
暴れるが霊体の体ではエリアに攻撃を当てる事が出来ない。
苦し紛れに放つ魔法はルルの掛けた魔法障壁で防がれる。
「きっ、貴様は一体っ!?」
「ただの冒険者だよ」
エリアに吸い込まれていくヤデルテは最後まで暴れていたが抵抗虚しく消え去ってしまった。
「死んでまで物に固執して呪いをばら撒くなんてしなければ・・・まぁ、成仏してよ」
哀れみとほんの少しの羨望・・・。
「終ったね!」
ルルに微笑んで、パン!と2人はハイタッチをした。
そんな光景を、ポカ~ンと見ていたキラファ。余りにも常識はずれな光景に空いた口が閉まらない。
「キラファ?」
エリアに声を掛けられて、我に帰ったキラファは「今の何?何をしたの?」と詰め寄った。
キラファの勢いに押されながらもエリアは「除霊だよ除霊」と説明して納得して貰った。
早々に瑣末事が終ったので残った時間で、子供達に絵本を読み聞かせたり、鬼ごっこをしたりして遊んだ2人。
そして、帰り際キラファや子供達に見送られ、教会を後にしそうになってエリアは一つ、大事な用事を思い出した。
「ごめんキラファ、大事な事を言い忘れてたわ」
寂しそうに俯くとエリアは後1回しかここに来れない事を小声で告げた。
「え!?あと一回って・・・」
突然の話に驚くキラファ。
「私がベルタの街出身なのは前に話したよね?こっちでの仕事も終ったし、今度ベルタで有る祭りの準備と手伝いも有るし、そろそろ帰らないといけないの」
「そう、なんだ・・・」
落ち込んだキラファを抱きしめて、蜘蛛のお尻の部分を撫でる。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴を上げてエリアを見たキラファは、自分を真っ直ぐ見詰めるエリアの表情に黙ってしまう。
「別に二度と会えない訳じゃないよ。またこっちにも遊びに来るから」
「うん・・・」
キラファの頭を優しく撫でて、離れるエリア。
「後、これ」
1枚の紙片を取り出してキラファに渡した。
「これは?」
紙片を見てキラファが驚く。
その紙片、エリアが作ったカードなのだが其処には王家の紋とキラファの名前、そして、司祭代理の文字が書かれていた。
「これって!?」
「うん、新しい司祭様が見付かるまでキラファが代理だっていう証明書。それで城にも入れるから無くさないでね」
「私が代理?お城って?」と、わたわたと驚くキラファに「女王様が『何か有ったら遠慮無く内務省の受付に来てね?』だって」と、悪戯っぽく微笑んで、驚きで固まっているキラファを余所に教会を後にした。
そして、翌日。各所に挨拶をした後、教会へと行ったエリアは最後の訓練も終えて子供達へのお土産を残し、またね!とベルタに帰っていったのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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