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第三十二話 『新しい紙』

 其々これまでと同様の手法で作られた物、灰汁で煮込んだ物、そしてその2種類に最後にプレスして圧を掛けた物をと12種類が完成し、並べられた。


 「こちらがアスラニスの幹から作った物です、1枚目がこれまでと同じ製法。2枚目がエリア殿が指定したやり方で作った物。3枚目が1枚目をプレスして圧力を掛けた物。4枚目が2枚目に圧力を掛けた物です」


 製紙工場の従業員の女性2人がテーブルに完成した紙を並べていく。


 既に数字が書かれた紙を見て、其処に集まった者達がそれらをまじまじと吟味する。


 「やっぱり、1枚目より2枚目の方が手触りが滑らかだね」


 紙を擦りながら比べるアフィ。


 「こちらが白香の木の幹と皮で作った物です」


 そして、最後にパトィルプと言う草で作った紙4枚が出て来た。


 「どれも1枚目より、2枚目の方がキメが細かいね、そして、その1、2枚目より3、4枚目の方が文字が書き易い」


 早速、試し書きをしてその感触を確かめるルル。


 「4枚目は言うまでも無く高級品と言って良い出来だな」


 製紙工場の工場長ドムントがその出来栄えに唸る。


 「色は白香の木が一番白くて綺麗ですねそして軟らかい。ただ残念な事にアスラニスの紙は意外と文字が滲むのが問題です。4枚目でも少し滲んでしまう」


 全ての紙に試し書きをしたモウラが感想を述べた。


 「パトィルプの紙は滲まないが、他の紙に比べると少し硬いな。4枚目などは顕著にその差が出てる。まぁ、それが悪いと言う話ではないが」


 ドムントは紙を少しづつ破って強度を確かめていた。


 「この3つの素材は大量に生産する事が出来ますか?」


 「生産ですか?」


 モウラが答えて首を捻る。


 「そうです。大量に流通させるなら何れ材料そのものを生産しなくてはいけなくなります」


 まだ理解出来ていない人達に質問の意図を説明した。


 「白香の木は1本の木から大量の紙を作る事が出来るが、それでもか?」


 ドムントが聞いてくる。


 「はい、でないと何れその木の生えてる場所は不毛の土地に成ります」


 「確かに白香の木は特別成長の早い木ではありませんしね」


 モウラも思い出す様に答えた。


 「その木を使うなら切った分植えて増やさないと。その木が伐採出来る大きさに成るまでにどれ程の時間が掛かるかは分らないけど・・・」


 「増やし易いのはパトィルプですね。水辺の草なので水が沢山要りますが、成長は早いです」


 ネリュートは2枚の手触りを確かめつつ答えた。


 「私としては、少し硬いのが気になりますけど・・・」


 モウラは書類として使う事を想定しつつ話してるようだ。


 「なら、今より薄く作ったら良い。そうすれば同じ量で沢山作る事が出来るし、薄い分軟らかくもなる」


 実際に作ってみないと分からないけどと、エリアが打開策を示して方向性が決まった。


 「では、パトィルプで薄い紙を作って、それで問題無ければそれに決定ですかね?」


 「他の紙も使えない訳じゃないですよ。特に白香の木の紙は上質紙として作っても良いかと。絵を描くにはこの白さは素晴らしい、ただ滲まない様にする工夫が必要かもですが・・・」


 白香の木で作った紙を右手に持った。


 「それにアスラニスの紙も字を書く以外の使い道ならいいかもしれないし」


 左手に持った紙をくしゃくしゃと丸める。


 「字を書く以外にですか?」


 「そう、例えば物を包んだり、もっと厚く作って箱を作ったり」


 エリアはその場で折って箱を作って見せた。


 「これ、面白いですね」


 喰い付いて来たのは、製紙工場で働くホビットの女性だった。


 「折り紙と言うんですよ。紙を折って色々な物を作る遊びです」


 良いながら鶴を折ってその女性に手渡す。

 

 「これは鳥ですか?」と興味津々だ。


 「ええ、鶴と言います。他にも紙には色々な使い道が有ります。例えば水に強く丈夫な紙で雨具を作るとかですね」


 「ただ、それもまた後の話で、今は安く大量に安定した質の紙の量産が出来る用にしないと」


 モウラがまだ紙を見比べながら、うんうんいっている。 


 「手間を価格に繁栄するなら、手間の少ない圧力を掛けない紙ですかね?」


 「パトィルプ製の紙を基本にして考えましょう。圧を掛けずに薄い紙が出来れば良いのですが」


 「分った、取り敢えずその方向で突き詰めよう。先ずはパトィルプで基本になる紙を作る」


 方向性が決まって製紙工場は慌しく、新しい紙の制作作業に入った。


 「ドムントさん少しよろしいでしょうか?」


 「何だい?エリア嬢ちゃん」


 作業場へ行こうとしたドムントを引き止めると、部屋の外に出て耳打ちをする。


 「白香の木を使って、出来るだけ軟らかく、尚且つ確りとした紙は作れないでしょうか?」


 「ん?そりゃやってみないと分らないが、そんな軟らかい紙何に使うんだい?」


 今まで破れない丈夫な紙を作る事に心血を注いできたが軟らかい紙が欲しいなんて言われた事が無い。


 「え、っとそれは今は言えませんが、もし可能なら少し作って貰えませんか?」


 「そりゃ、かまわねぇが・・・・」


 「では20㎝四方の紙を2枚重ねで2~3百枚お願いします」


 「3百だって!?しかも2枚重ねなら600枚か・・・」


 「無理でしょうか?」


 「まぁ、でかい方でやれば一気に12枚分くらいいけるから問題はねぇよ」


 呆れた様に頭を掻いてドムントは了解してくれた。


 「それじゃ!」


 「ああ任せとけ。嬢ちゃんの頼みじゃ断れねぇ300枚、作ってやる。が、問題はどの程度の質の物が必要なんだ?」  


 「うん女王様に献上するから出来るだけ良い物で」


 人差し指を立てて素晴らしい笑顔のエリア。


 対照的に女王様と聞いてたじろぐソムントの顔が引き攣る。 


 「女王様に献上って、マジか?」


 「ええ、まぁ」


 「まったく、さらっと言ってくれるぜ。分った最上級の物を作ってやる」 


 「あ、いや、普段気兼ねなく使えるくらいの品質で良い物を作って下さい。もし量産となった時に簡単に安く、大量に作る事になると思うので」


 「女王様に献上するのにそんなので良いのか?」


 「はい、日常的に頻繁に使う事になると思うので」


 「う~ん・・・」 


 疑念は有っただろうが、エリアのこれまでの功績で信用はされていた様だ。


 「分った、頑張ってみるよ」


 念を押したエリアは明後日、試作品を見せて貰う約束をして、工場を後にした。




 その4日後エリアはドムントと達製紙工場の面々と共に女王の前に居た。


 「女王様、こちらが新しく開発しました紙で御座います」


 恭しく紙を献上するエリアの後ろで、謁見の間に居る場違いを噛み締め緊張の余り心臓が止まりそうになっている工場の面々。ネリュートと総指揮を取ったモウラも居る。


 寸前までモウラが代表として献上すると思っていたエリアも突然の事で内心プチパニック状態である。


 「全てはエリアさんのアイデアなので当然です。女王様も其れを望んでますし」


 モウラの笑顔に少しの同情と悪戯っ子の様相が見える。


 (言い出したのは女王様本人だろうか・・・)


 エリアの心の内等気にせず女王はその紙に文字を書いたり、破ってみたりと色々試している。


 「今までの紙とはまるで別物ですね。素晴らしいです」


 「ありがとうございます。これも農相のモウラ様、素材の吟味に手を貸してくれたネリュート様、素材を採取してくれた騎士団と農林省の方々。そして、その素材を新たな紙を作り出した工場の方々の尽力の賜物です」  


 「ふむ、ならばその者達にも褒賞を与えねばなりませんね」


 「滅相も御座いません。私を含め騎士団、農林省の官職達もこの国の発展の為、エリア様に助力しただけであります」  


 モウラは頭を下げたまま答える。他の者も同じ思いの様だ。


 「モウラよ、私は功績を挙げた者を蔑ろにするつもりは無い」


 「はい」


 恐縮してそれ以上は何も言わない。


 「まぁ、多大な褒賞と云うわけではない。気兼ね無く受け取りなさい」


 「「はは!」」


 エリアの後ろに控える全員が更に頭を垂れ答えた。


 「さて、皆にはどの様な褒賞が相応か・・・」


 「恐れながら、一つお願いが有ります」


 「ふむ、」


 「この製紙工場を守って欲しいのです」


 「工場を・・・」


 「正確にはそれに関わる全てです。この紙はお金を生みますし、他にも理由は有りますが紙の製造法、素材の秘密の厳守、そして何より彼らの身柄の安全の確保をお願いしたいのです」


 これ等は製紙工場の職員やモウラ達と事前に話し合っていた。その重要性も。


 「そこまでなのか?」


 「そうですね、新しい紙の製造に関わる秘密を全てを国内外に明かしてしまえばその必要は有りません。しかし、もし彼らの此れまでの努力と技術と利権と平穏な生活を尊重していただけるのなら・・・」


 「平穏な生活か・・・」


 「技術を得る為に、彼等を拉致したり、聞き出す為に拷問したり、聞き出した技術を自分達だけの物にする為に工場の人達を皆殺しにしたりです」


 「随分と怖い事を言うのだな、エリア」


 「それだけの物を彼らは作り出しています」


 そう言ってエリアは有る紙の束を取り出し、こちらをどうぞ、と侍女に渡した。


 侍女から受け取ったその紙はとても柔らかく美しかった。


 「これは先程の物とは随分違うな?」


 「ティッシュという紙です」


 「これが紙・・・確かに凄い物の様だがこれでは文字を書く事も、絵を描く事も出来ないのではないか?」


 「はい、その通りです女王様。紙の利用価値はただ文字や絵を書くだけの物ではありません。その紙は全く別の用途に使う紙なのです」


 「違う用途とは?」


 そう問われたエリアは先程の侍女を呼ぶと、こそこそと耳打ちをした。すると侍女は顔を真っ赤にして抗議の目でエリアを見たが、抵抗虚しく女王の下に行き今言われた事を一字一句違える事無く女王に話した。


 ボフッという音がしそうなほど、慌て赤くなる女王はわなわなと震えながらエリアを見る。


 咳払いを一つしてどうにかこうにか落ち着きを取り戻すと姿勢を正して体裁を整えた。


 「分りました、製紙工場を国家事業として国で管轄しましょう。これ等の紙は国が一度買い上げ、信頼出来る商業ギルドに国から下ろす形で流通させましょう。そうすれば迂闊に手を出す物もいないでしょう」


 「ありがとうございます」


 こうして女王への謁見は終わり、エリアを残して他の者達は王城を後にした。



 「エリアちゃん!?エリアちゃん?」


 突然アフィの部屋に入って来た女王が目の前に居たエリアを捕まえ、激しく揺さぶる。


 「あんな場所で、あんな事を言うなんて、言うなんて~!」


 また顔を真っ赤にした女王様はアフィが止めるまでガクンガクンとエリアを揺さぶり続けた。


 「落ち着いた?」


 アフィが女王をエリアから引き剥がし、水を飲ませて漸く落ち着かせた。


 「で、なんて言ったのよ?」


 女王の様子にジト目でエリアを見るその視線が冷たい。


 「あ~・・・言わないとダメ?私自身話すのにはすっごい抵抗が有るんだけど」


 視線を逸らし頭を掻くエリアに、ルルがくっ付いて、「聞きたい!」と好奇の目を向けてきた。


 アフィも、何を言ったか聞かないと話が始まらないと、話を促した。


 エリアは女王を見たが、顔を覆ってそっぽを向いてしまう始末。大きな溜息を付いてエリアはティッシュの使い方を話した。


 話を聞いてアフィは慌て、ルルは顔を真っ赤にして照れてる。そして、顔を覆って横を向いていた女王は完全に後ろを向いてしまった。


 そして、話したエリアも真っ赤だった。何せ中身は男なのだ、男が女性にそんな話をするのは当然抵抗があるし恥ずかしい。


 「アフィには関係ないだろうけど、、その・・・結構大変なんだよ。質の悪い紙とかで拭くのは・・・さ」と、説明しているエリアの顔も真っ赤だ。


 そう、ティッシュと呼称しているがエリアはトイレットペーパーとして使う為に作ったのだ。まぁ、実際トイレットペーパーをティッシュの様に使ってる人も居るし、ドムントの作った紙は予想通り本来のティッシュに比べれば厚手で硬いので丁度良かった。


 顔を覆って身悶えしている女王と、もじもじしているルル。対照的に冷めた何とも言えない顔で、ああ、うんそうね。と納得してくれているアフィの視線が色んな意味で痛い。


 「兎に角、肌触りが良くて清潔なティッシュは他にも色々使えます!だから使用機会は多いので出来れば専用で工場を増やして大量生産して欲しいのです」と懇願するエリア。これにはルルも大賛成で大量生産を願った。


 「しかし、新しく工場を作ってまでとなると・・・」


 「他の紙は何年か経ったら、他の国や製紙工場に作り方を公開しても構いません!その分をティッシュ作る工場に回す手も有ります」


 「先行投資の分を回収するまでは、他の紙も国家事業として進めたいのだが」


 「ほぼ全ての国民が毎日使う物となります!薄利多売でも必ず儲けは出ます!!そして、必ずその製造法を盗もうとする者が現れます!!!」


 何時に無く積極的に話を進めるエリアに女王も圧倒される。


 「しかし・・・」


 「女王様も一度使って下さい!そうすれば必ずティッシュの良さが分りますから!」


 「ひ~ぃ」


 エリアの熱心な説得により、取り敢えず使って見る事にした女王は翌日、満面の笑みでエリアに工場3つの建築と原材料確保の為の山地を3つ用意して、植林をする事を約束してくれた。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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