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第二十三話 『王女』

 ダリウスは自分の置かれている状況が理解出来ず、ポカンとしていた。


 それはエリアこと、葛城涼も同じだった。ただエリアの方が幾分意識がはっきりしている分だけマシかもしれない。


 何せエリアはそれ所では無かったからだ。謁見の間に入る前から、と言うか件の村を出てから前にも増してファムがくっ付いているからだ。


 それはこの国の女王を前にしても変わらず、今も背中にベッタリである。



 ファニール王国、王都リィンバイン。その王宮、白亜の城『リィンバイン城』の謁見の間。そこに女王と脇に3人の大臣が並び、更に10人を超える近衛兵が立ち並んでいた。その近衛兵達の顔は困惑と不審、と、興趣が微かに見受けられる。 


 「皆様、お顔をお上げ下さい」


 意外にも玉座に座る女王が優しく語りかける。


 恭しく、ありがとうございますと言ってアフィ達が顔を上げた。


 正面の中央に鎮座するのがこの国、ファニール王国女王、ミリアス・グリーム・フォル・リンドバインその人である。


 女王は人の姿では20代前半の若く、とても美しい姿の女性だった。金色の長い髪と瞳を持つ、優雅で、清楚。そしてなんとも言えない存在感と迫力も有った。


 その横に小さな椅子が有るが、今其処には誰も居ない。


 女王には愛娘が居ると、聞いていたのでそのお姫様の椅子なのだろう。とても経産婦には見えないが、その真の姿は真龍という事なので常識の範疇外なのだろう。


 「この度の働き、見事でした。この国の女王として深く感謝します」


 頭を下げるミリアス女王。


 慣れているのだろうか「ありがとうございます」とアフィが代表して答える。ミリアス女王の姿に見惚れていたエリアも慌てて頭を下げた。


 その後、横に居た大臣が褒賞の目録を読み上げ、その目録は侍女によりアフィに渡された。


 女王自らの褒賞の授与と御言葉を承り、恙無く謁見が終った。


 これでこの状況から開放されると思った。特にダリウスはそう願っただろう。


 だが退出は許されなかった。女王が手を翳し、アフィ一行と大臣を残して他の者が退室した事を確認してからミリアス女王が玉座を降りて来たのだ。


 エリアは正直何が起こっているのか全く分らない。そもそも女王様に謁見する礼儀や作法、常識など持っていないのだ。


 そして、ダリウスに至っては体が小刻みに震え、冷や汗を掻き、口からは魂が抜けそうである。


 つかつかとアフィ達の方に歩み寄る女王様、エリア達の目の前まで来て無言で皆を見下ろす。


 間近で盗み見るその姿は正に天の御使いか女神の様だ。さらさらと流れる髪もシルクの様で美しい。


 (そう言えば、ファムの髪も負けない位綺麗だったな・・・)等と思いながらも、エリアは女王様がファムの態度に怒っているのではと気が気でなかったが、エリアはまだましでダリウスはもう魂が抜けそうになっている。



 何も言わず目の前で見詰めてくる女王。暫く続いた沈黙がエリアの緊張を募らせる。

 

 そして、1つ溜息を吐いて女王が話し始めた。


 「で、貴方は其処で何をしているのですかファム?」


 呆れたという顔をしている。


 「私もアフィ様御一行の一員ですし」


 ファムは女王様を前に呆気羅漢と答えた。


 「貴方は・・・ごめんねアフィ、迷惑掛けたみたいで」


 「良いのよ別に。ただエリアにここまで懐いたのは予想外だけど」


 女王の言葉も待たず立ち上がり、呆れた顔でエリアを見た。


 (いや、俺の所為じゃないから!?って、女王様がアフィって?)


 2人の遣り取りにポカンとするエリアとダリウス。


 その2人の様子に笑い声が零れる。


 リリやルルの他、3人の大臣まで笑ってる。 


 リリとルルも立ち上がり、女王と4人エリアとダリウスを見下ろした。


 「2人共、もう楽にして良いわよ」


 アフィが「ふふん」と楽しそうに言って、リリとルルがエリアとダリウスに立つ様にと腕を引っ張った。


 「え、いや、これは?」


 ダリウスがもう一杯一杯で頭から湯気が出そうである。


 エリアも背中から離れ、腕にしがみ付くファムと一緒に立ち上がった。


 「アフィ、これは一体どういう?」


 アフィは、ん?と言う顔をして女王と顔を見合わせた。


 そして、お互いがお互いを指して「「こちら私の親友」」「ミリィ」「アフィ」「「よ」」と言った。


 「そして、貴方にくっ着いてるのがミリィの愛娘、ファムこと、この国の王女『フィーリア・ミリウム・ファム・リンドバイン』ね」と教えられた。


 リリは笑を堪えきれずに表情筋が振るえ、ルルも大笑いしている。


 (2人共知っていたのか!)


 と完全に状況に置いてけぼりのエリアとダリウスの所に3人の大臣が近付いてきた。


 内務大臣、ヴァリウ・アウラル。梟魔人と呼ばれる梟の頭と翼を持つ魔族だ。


 「アフィ殿、今回は随分と振り回されましたな」と楽しそうに笑ってる。


 「まったく、エリアが来てからというもの、退屈しないわよ」


 「ふむ、アフィ様がその様な顔をするとは、長生きはするものですな」


 手の掛かる姉を見る様な目をしているのが外務大臣、ブランバイス・シュターゼン。齢68才の人間である。


 「それ、どういう意味よ・・・」と、アフィは不貞腐れている。


 「はっはっはっ!アフィ殿も楽しそうで何より!所でエリア殿、ワシと1本模擬戦をやらんかの?」


 こちらも楽しそうなこの豪快な男は軍部大臣、ダイン・ケンタウリ。ケンタウロス族族長でも有り現役の武人である。


 エリアはダリウスの申し出を丁寧にお断りした。この場を取り繕う困った様な笑顔にリリとルルが笑ってる。


 「しかし、ファム嬢ちゃん、もといフィーリア姫をこんなに簡単に手懐けるとは、やりおるの~」と肩をバンバン叩いてくる。


 「ダインは姫を孫の様に可愛がっておったからの、獲られて寂しいんじゃろ」


 「最近孫娘が冒険者になって寂しいそうじゃからの」


 ヴァリウはにやにやと、ブランバイスもフフフ・・・と意味合いの違う笑みを浮かべている。


 「だまれ!孫もそろそろ独り立ちの時期じゃから仕方無いじゃろ!」


 ダインは腕組して面白く無さそうにそっぽを向いて蹄を鳴らした。


 国の重鎮達にしては随分砕けた感じだなと呆気に取られていたエリアにルルが耳打ちをしてきた。


 (ご主人達は昔、『龍帝』ってパーティを組んでたんだよ)


 この国の3大臣はまるで友達の様だが、それもその筈。アフィ、ミリィ、ヴァリウ、ブランバイス、ダインの5人は今となっては伝説の冒険者パーティ『龍帝』のメンバーだったのだ。

 

 『龍帝』は、この国がまだ不安定だった頃、各地で争い事や事件を解決しまくった冒険者だ。その活動期間は短かったがその功績は数知れず。だが何故かメンバーの詳しい情報はどんな書籍や文献にも残ってなかった。


 エリアも冒険者仲間から幾度と無く聞かされた。まさかアフィがそのメンバーとは。


 国のトップがメンバーなら身分を隠してただろうし、隠蔽も難しくなかったんだろう。依頼者からも碌に情報が漏れなかったのは人徳の成せる業だったのかもしれない。


 3大臣が女王と一緒になって、気さくに笑い合う。この国の良さが集約された様な光景だとエリアは思った。


 「で、姫よ。その者の何処が気に入ったんじゃ?」


 「最初は目でした。始めて有ったのは1月以上前・・・」


 「え!?一ヶ月以上前?」 


 一ヶ月以上前ならこの世界に来て間もない頃だが、その頃に王都に来た事は無いし訓練漬けの日々でこんな可愛い女の子と出合った記憶は無い。


 「はい、お母様に隠れて城を抜け出し、丁度アフィ小母様の家の上を飛んでいた時・・・」


 (空?)


 「城を抜け出したですって!」


 あ!?しまった!と舌を出してエリアの後ろに隠れるファム。


 エリアは背中に隠れるファムに1月以上前って?と聞き返した。エリアの記憶では、ファムと始めて合ったのはこの間の王都の公園なのだ。 

 

 「はい、姿を隠して飛んでいた私と目が合ったではないですか」と、恥ずかしそうに頬に手を当てた。


 「空って・・・あ!?」


 エリアも思い出した。始めてこの世界に来た時、霊体で空に上がった時何か巨大な気配を感じたあの時の目、あれがファムだったのだ。


 「それについ先日、角を触られましたし」


 更に頬を赤くし、もじもじするファムだが、周りの大人達からは笑顔が消え、凍り付いた様にピタリと動きが止まった。


 「ファム?今、なんて・・・」


 「はい、だからエリア様に角を触られました」


 凄く嬉しそうに言うファムと、えええーーー!?と驚愕している周りの大人達。


 これには余りの場違い感に自ら空気になっていた、置いてけぼりのダリウスも同じ様に驚いた。


 「エリア様、それは本当ですか?」


 周りの状況も忘れて詰め寄るダリウス。


 「え?いや、覚えが無いんだけど」


 さっきまで死に体だったダリウスの勢いに大いに戸惑う。


 「姫の角を触って置いて、覚えが無いじゃとーーー!」


 エリアの肩を掴んでガクガクと揺らす梟。


 「いえ、その、本当に・・・」


 「酷いですエリア様御一緒にお風呂まで入ったのに」と、ファムは顔を覆ってしまった。


 「角を触って直ぐに風呂じゃと!?」


 残りの大臣も掴みかかって3人に揺さぶられる。もう揉みくちゃだ。


 そしてファムが止めを刺す。


 「エリア様のベッドはとても気持ち良かったです」と。


 3大臣の揺さぶりがピタリと止まる。


 やっと止まったとホッとしたが、3人の後ろにより巨大な影を感じた。


 ゆらりとエリアに近付くミリアス・グリーム・フォル・リンドバイン。その背中に悪魔の様な巨大なオーラを感じる。


 (あ、終った・・・)


 「あなた!角を触っただけでなく、お風呂に・・・しかも一緒に寝たですって・・・」


 わなわなと震えるミリィ。


 (あ、これは終ったな・・・)


 エリアの血の気が引いていく。


 「私だって最近子離れしようと我慢してるのに~!」


 へ?と呆気に取られたエリアは今度はミリィに肩を掴まれブンブンと揺さぶられた。


 「寝てません、ベッドを貸しただけです!って子離れ?我慢?」


 もうなにがなんだか分らないエリアは成すがままだ。


 「そもそも、ファムちゃん・・・じゃなくて姫様は角なんて有ったのですか?」


 そう訊ねると今度は拗ねた様に私だってもう大人です、角だって生えてます!とファムは頬を膨らませた。


 (え、何?ドラゴンにとって、角って第一次成長見たいな物なの?)


 「エリア様!本当なら一大事ですよ。この国の一大事です!」


 ダリウスの取り乱し様も凄い。まるでこの世の終わりの様な顔をしている。


 リリを見ればしゃがみ込んで口元を押さえてるが、大爆笑だ!体がブルブル震えてる。


 ルルはもう隠す事無く涙を流し、御腹を抱えて笑ってる。


 そして、アフィに居たっては、何か懐かしそうに元パーティメンバーを見て微笑んでいた。

 

 いや、表情見えないんだけど。


 そして涼は(もう、どうにでもしてくれ!)と心の中で叫んだ。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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