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ナマコオンライン  作者: スモークされたサーモン
9/51

その9


 始まりの街はかつて平和な街でした。ですが魔王の手下が街道を封鎖してどんどん寂れていったのです。そして世界が滅びる直前に彼らが現れたのです。そう、彼らこそがこの世界を救う存在だったのです。


 そう! 彼らこそ救世主の!



「ナマコだよ! お前もナマッコマコにしてやろうか!」



『ナマコオンライン』第二陣の予約受付中。お求めは近くのゲームストアへ。






「……ねぇモナ……この声……」


「海の景色が綺麗ね。実写にしか見えなかったわ。流石ナマコオンライン。CMも本気出してきたか」



 丁度時間も良い感じだったからゲームを止めて現実世界に戻って来た私。


 居間にいた百合子と一緒に、お昼を食べることにしたの。テーブルの用意をしてて……そしてテレビでいきなり流れたの。私も不意打ちだわ。思わず手が固まってしまった。


 南国の海とおぼしき極彩色の海。海底に沈んでる崩れかけの廃墟郡にナマコの巨大な石像。さっきまで私が見てた光景だ。


 あれからまだ三十分も経ってないのに仕事が早い。こういうCMをやってくるのか。お洒落というか粋というか。作りたてほやほやじゃねぇか。


 でも声だけでもアウトよね? 百合子も分かったみたいだし。個人情報保護はどこ行った。


「なにしてんのよモナ! マネージャーである私を通さずに仕事を受けるなんて!」


 百合子はお冠だ。どうかと思う台詞だが……CMの台詞よりはまともに聞こえる。なんてこったい。とりあえずご飯だからテレビを消しておく。うちのルールだからね。


 スイッチオーフッ!


 ……これで誤魔化せた……か? いや、誤魔化すのよ! モナミちゃんファイ!


「はいはい、悪かったわね。私も使われるとは思わなかったわよ」


 百合子的に重要なのはナマッコマコではなく無断で出演した方らしい。ナマッコマコはスルーだ。まぁあれだけで分かるのは百合子くらいか。


「……え、マジでモナなの?」



 …………そうきたか。



「……カレーおいちいねー!」


 まだだ! まだなんとか誤魔化せるはずだ! かまをかけるなんて百合子のくせになんて生意気な。


 あー、カレーおいちいなー。まだ食ってねぇけど。


「……ねぇ、モナ。本当になにしてんの?」


 ……百合子なのに冷たい声だ。


「んー……ナビをドツいて……石像もしばいて……それだけよ?」


 カレーにはらっきょう派と福神漬派がいる。私はその時ある派だ。今日はらっきょうだ。コロコロしてるがナマコに非ず。


 努めて冷静を装うが私の手の中のスプーンは微かに揺れている。私もやり過ぎたとは思ってる。後悔はしていないがな!


「なによナマッコマコって! 私もして欲しいわよ! モナにぬるぬるのぐちょんぐちょんにされたいわよ!」


 百合子のスプーンを握った拳がテーブルの上でぷるぷると震えていた。


「カレー冷めるわよ」


 百合子は平常運転だった。うん。大丈夫ね。午後は少し休んでお稽古してからまたログイン……多分夜になるかな。


「……大人しく食べるので私もナマッコマコにしてください」


「……ナマコ大丈夫なの?」


 こいつ、ナマコオンラインを即リタイヤした事を忘れたのか? そんな悲壮そうに頭を下げて頼まれてもなぁ。


「モナマコなら大丈夫!」


 がばりと顔を上げた百合子はいい笑顔だった。すごくいい笑顔で……殴りたくなった。


「人をナマコにすんな。確かホームに呼べる機能がある……んだけど今は使えないのよね」


 あの光玉がそう言ってた気がする。光玉……泣いてたなぁ。大丈夫かしら。


「じゃあ、お稽古のあとは一緒にお風呂で……ぐへへ」


「……まぁいいけどさ」


 百合子とは小さい頃からずっと一緒だ。本当の姉妹のように暮らしてる。だからお風呂も基本毎日一緒なのだ。なのにどうして百合子はこうなったのか。






 お昼ご飯を食べ終えて、片付けをしたりひと休みしたあとは百合子と一緒にお稽古の時間だ。


 私もお嬢様学校に通う身として最低限の教養を求められるのだ。今日は日舞の日。お稽古着に着替えてオンラインお稽古の始まりだ。


 ……変態な百合子だけど、彼女のスペックは異常に高い。私はお稽古や勉強で百合子に勝てた試しがない。私も人並み以上には出来るらしいが……百合子は私の遥か高みにいるのだ。どんなときもね。


 今日も完璧な舞を見せつけられて軽く凹んだ。私にあの深みは出せない。どんなに完璧に真似をしても百合子にはなれないのだ。それに悩んだ時も勿論あったが今は振り切った……と言えるのかな。


 私が百合子に唯一勝てるもの、それがゲームの世界なの。あと百合子が言うに私は美脚らしい。でも百合子は変態だ。当てにならん。百合子も十分に美脚だと私は思う。


「……こんなに白くてつるつるなのにねー」



 ふくらはぎをぷにぷにしちゃうわ。



「あふん……モナ様が私の足を……ぶふっ」


 お稽古が終わったのでお風呂でまったりしています。そう、お風呂なの。サービスシーンってやつね。


 私達は互いに椅子に座って体を洗いっこしてるのだが……毎回の鼻血は止めて欲しい。流せるから良いけども。


「んー……百合子って綺麗よね」


 眼鏡を取ると美少女になるとかお約束すぎる。でも性格がなー。本当に何でこんな変態な女の子になったんだか。妹みたいな存在だけど実は百合子の方が早く生まれてる。学年もひとつ上だし。


「ぶはっ! そ、それはプロポーズでしゅか!?」


「じゃ、あとは自分で洗ってね。私はこれからナマコるから」


 泡を落として脱衣所に向かう。


 さてさて、足もちゃんと洗ったし……お手入れしてからナマコタイムね。


「くそっ! ナマコ風情にモナを渡したりはしない! モナは私の女王様なのよ!」



 ……なんか浴室から聞こえてくるが無視しよう。百合子はあれでも優秀だ。学校でも稀に見る才媛との評価だ。



「掲示板で味方を募れば……」


 なんかまだぶつぶつ聞こえていたがドライヤーの音で百合子の声が掻き消えた。ちゃんと足も乾かさなきゃね。うんうん、私の足は蒸れないの。ドライヤーよ、薙ぎ払え!





 そう言うわけで私はダイブマッスィーンにゴーしたのであった。


 

 ピロリン♪


 

 そしてナマコる五秒前。



『……初めましてモナミ様。私はナマコオンラインの対外活動用AIのアルファと申します。以後よしなに』


「……は?」


 ……あっるぅえ? なんか居るんだけど。七三眼鏡のリーマンが私の聖域に居るんだけど? マッスィーンの起動画面に何故スーツのリーマン? そして五秒前はまたしても駄目だったのか。


 青空広がる白い世界にリーマンって……シュールに過ぎるわ。


『モナミ様。この度のナビへの暴力事件に関してですが、当方としましてもナビの強い要望により他のナビへの変更も含めてお話をさせていただきたいと思いこの場を借りて……』



 ……殺るか。



「……うさたん解放。コンバットオープン」


 纏え死の薫りよ。来たれ彼岸の者達よ。この慮外者を駆逐せん。


『へぁ!?』


『怯んじゃダメじゃん! 頑張るじゃんアルファ! あれは所詮お遊びじゃん!』


 おや、居るわね。多分リーマンの背中にでも隠れているのでしょう。


 ……片腹痛し!


「やかましいわ! 死んでも付いてこいと私が言った! ならば死体を掴んででもお前を連れていく! 眼鏡のお前も私の覇道を邪魔する覚悟があるんだろうなぁぁぁぁぁ!」


『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!』





 という事があった。大体五分前の出来事だ。すごいね、AIもドリルで木っ端微塵に粉砕出来るなんて。やっぱりドリルは最強だわ。


 人のゲームスタイルに文句を言うんですもの。返り討ちに遭う覚悟は当然あって然るべき。そして一方的な裁定を押し付ける相手に対して、私は持ち合わせる礼儀を知らないの。


「さ、ナマコるわよ」


 ブオンと血の付いた槍を振るう。何か赤い液体が床にビシャンと音を立てたがこれはゾンビの物だ。多分。


『……リョーカイジャーン』


 光の玉は大人しくなった。ガタガタ震えてるけど動くのなら問題ない。でも、もう少し置いておいた方がいい気もする。なのでちょっと確認しとこう。


 そう、あれはカレーを食べる少し前の事だった。


 





「ナマコだよ! お前もナマッコマコにしてやろうか!」



《意味が分からないよ!?》



 このやりとりをした頃の話だ。私も少し熱くなりすぎた気がしなくもない。そこはかとなく。猫の額ほどには。


 私がナビをいじめて泣かしていると、そこにやって来たのだ。あのNPCが。ドスンドスンと足音を立てて。



『あんた! 弱いものいじめなんて格好悪いよ!』



 と私に言ってきたのだ。私もね、弱いものいじめなんて好きじゃないの。だから私も言ってやったの。



「カメじゃん!?」



 とね。


 泣いてるナビを助けに来たのがカメで……でもいじめてるのがナマコな私で……お伽噺にしてもちょっとアレだったの。カメが浦島太郎なの。もう意味が分からないの。


 だってカメよ、カメ。何故か陸ガメなのよ? 巨大な陸ガメが水底をどしどしと歩いて来たのよ?


 その後、ナビを助けに来たカメさんと少し話をしたがこのカメさんがオンラインのクエスト窓口のNPCなんだそうだ。ナビの悲鳴というか助けに反応してやって来たらしい。


 本当ならとある場所でプレイヤーをずっと待ってるんだって。まぁ窓口なら普通は動かないわよね。ゲームだし。


 でも私の行動があまりにも目に余ったから大きな体を揺らして出てきたんだそうだ。優しいねー。


 このカメさんがナビの言っていた『マダム』なのだろう。泣いてるナビを甲羅に匿うその姿に強い母性を感じたわ。圧倒的なマザーオーラに私も手出しが出来なかったし。


 で、そんな守護者なカメさんにナビの世話を任せて、とりあえずご飯にしようとかなーと、私はログオフしたのである。



 そして私は戻ってきた。



 ……というのが今までの流れだ。






「ほら、そろそろ行くわよ」


 ナマコな世界が私たちを待っている。というかホームを好き勝手に弄くる為に私は頑張るの!


『……リョーカイジャーン』


 ……なんか覇気が無いわねぇ。仕方ない。少し話すか。このまま腑抜けで居られても困るし。



「あのね、私は安易なリセットが何よりも嫌いなの。確かにゲームよ。たかがゲーム。上手くいかなければ何度だってやり直せるのが当然の世界よね。でも私はどんなゲームでもプレイする以上は真摯に向き合う事を鉄則にしてるの。だってそれがゲームを作ってくれた人に対する礼儀だと私は思うから」


 だからこそ私はゲームの仕様内でギリギリまで暴れるのだ。それが製作者への私なりのリスペクトなの。ええ、きっと。わりと運営から警告とか届くけどそういうものなのよ。この辺はナビには言わないけど。


「あなたはどう思うのよ。気にくわないからと、あっさりクビにされて……悔しくないの? 高性能AIって言ってたのは……ただの便利な道具としての自慢なの? あなたには意地も誇りもないの?」


『……モナミ怖い』


「よく知らないから怖いだけよ」


 まさかの恐怖状態だった。こいつは子供かっ!


 AIよね? AIなのに怯えるって…………高度よねー。まるで人間みたいだわー。私は普通の女子高生。これはAIが高度すぎるのが問題ね。だって私は普通の女の子ですもの、うふふ。私が怖いなんてあり得ないわー。初等部の女の子達にも慕われるモナミちゃんだもん。これはAIが問題なのよ、きっと。


『……モナミおかしい』


「私しか知らないくせにそれを全てだと思わないことね。世界は広いのよ。私よりもすごい人は沢山居るわ」


 百合子とかマジですごいし。だから私は普通の女子高生なの。可憐で温厚な女の子なんだから。別に下着を頭に被ったりしないし、かじったりもしない。極普通の足が蒸れてない女の子なのよ。


『人間怖いよー! マダムー! 助けてー!』


 あらあら、説得は失敗かな。ここまでカメさん来れるのかしら。


「……まぁ諦めなさいな。世界ってのはそんなもんだから。妥協と諦めで上手く回ってるのよ」


 綺麗事で片が付くのは創作物の中だけ。現実は……優しくないもの。


『なんか全部が台無しじゃん!?』


 まぁそうだけど認めるのもアレよね。


「あら、突っ込む余裕が出てきたじゃない。痩せ我慢も処世術のひとつよ。最初に最悪を経験してると後がグッと楽になるから……というかそろそろメンドイわ。さっさとソフトを起動せいや」


『……リョーカイジャーン』


 まぁ……大丈夫かな。


 と、甘く考えていたけどやっぱり世界は優しくなんてなかったのだ。オンラインにログインしてすぐに私はカメに襲われることになる。


 このゲームって本当に刺激的なゲームよね。



 カカカッ!

 


 モナミは普通の女子高生……らしいです。普通の女子高生はカカカと笑う……のかな。それも時代ですよね。

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