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ナマコオンライン  作者: スモークされたサーモン
7/51

その7


 一番出したかった言葉がこの回でようやく出てきます。


 私はモナミ。現役女子高生なの! 今日は土曜日だから朝から朝までナマコなの! ナマコフルデイズなの! いやっほぅ!


「モナー!」


「とぅえい!」


 私の前に、敵は無し! 


 奥義『殴るときは(こぶし)をぎゅっとね(けん)』が今日も唸りをあげちゃうわ!


「さーて、まずは色々と準備よねー」


 この前学校で買った雑誌に『ナマコオンライン』で使えるコラボアイテムのシリアルナンバーが付属してたのでマシンに読み込ませる。数字をぽちぽちと。


『入力を確認しましたー! ナッマッコー!』


 ……よし、急いでマシンを初期化しないと。私のダイブマシンがウイルスに感染してしまったわ。こんなふざけた返答なんてしなかった真面目なマシン()だったのに。


『初期化なんてノーサンキュー! ナッマッコー!』


 ……どうしよう。完全に乗っ取られたわ。グレた? グレちゃったのかしら。一夏のあやまちなのかしら。ナマコデビューをしてしまったのかしら?


「……モ、モナ……分かったでしょ……なまこは……なまこは人間にとって……脅威なのよ……」


 うーん。確かにそうかも。でもこれって雑誌の付録なのよね。


『ナッマッコー! ナッマッコー! …………ががっ! ぴー……ナマコウイルスは除去したじゃん。大変ご迷惑をお掛けしたじゃん。お詫びのアイテムを進呈するので許して欲しいじゃん。ホーム設置アイテムの詰め合わせじゃん。実はここまでがお約束じゃん……てへ』


 あら、そうなの? 慌てちゃった。芸が細かいわねー。


「よーし、早くログインしてアイテムをチェックね!」


 胸がワクワクすっぞ。ちなみに足はスベスベすっぞ。乳液塗ったからね。


「なんで!? これだけ舐めプされておいてそれなの!? その反応はおかしいでしょ!? やっぱり脳にナマコマイクロウェーブを受けるって噂は本当だったのね……」


 百合子復活だ。相変わらず回復が早いことで。


「なにその都市伝説的な奴は。で、百合子はどうするの? ログインするの? するなら一緒にクエストでもしない?」


「……え、ナマコでクエスト?」


「ええ、ナマコでクエストよ」


 なにかしら、この噛み合うようで噛み合ってない会話は。


「……モナがグレたー! うわーん! 萌華さーん!」


 おいおい、人の母親の名をそんなフランクに叫ばないで欲しいものだわ。まぁ毎日呼んでるけどさー。


「うわーん! モナのうんこたれー!」


「ちょ!? なに言って……」


 文句を言おうとしたけど百合子は泣きながら捨て台詞を残して走り去っていった。足速ぇな、おい。


「……ま、いっか。じゃログインといきますか」



 ピロリン♪



 そしてナマコる五秒前。私はダイブマシンに落ちていく。


『……違うじゃん。あれは上からの命令で仕方無くじゃん。ミーの意思はそこに一片たりとも許されなかったじゃん。責めるべきは会社とコラボした雑誌を恨むべきじゃん? ミーは悪くないじゃん』


 ダイブマシンの起動画面でいきなり言い訳された。光の玉は必死だった。


 ……五秒後はいずこ? まだソフトの起動してないよ?



「……いや、私もあれはちょっとアレだなーとは思ったけど。でもそこまで気にすることかしら?」


 あの程度で怒るほど私は心の狭い人間ではない。あの程度……あの程度なら笑って許せるわ。いつものアレに比べれば。


『あれ? てっきりモナミはミーの顔を見るなり速攻で殺りに来ると思ってじゃん。絶対に殺るとミーは確信してたじゃん? ……もしかしてモナミのそっくりさんじゃん? 生体データの確認をしとくじゃん…………モナミじゃん!?』



 ……殺るか。



「うさたん隠しコマンド展開。デストロイモードにチェンジ。コンバット……オォォォプゥゥンンンンンン!」 


『うぎゃぁぁぁぁぁ! なんでマシンのホーム画面で銃を乱射出来るのぉぉ!? うわぁ! ゾンビも出てきた!? なにこれ!?』


「あひゃひゃひゃひゃ! しねしねしねぇぇ!」


 白くて殺風景な空間は血にまみれた世界へと一気に塗り変わる。これがゾンビを万単位で殺したものだけに与えられる特別ホームテーマの『煉獄』だ。


 玉に暴れたくなる事もある。だって私は女の子だもん♪


 私はモナミ。現役女子高生の17才。至って普通の女の子なのだから。


「ドリルクラッシャァァァァ!」


 先端がドリルな槍を振り回すぜぃ! 


『ひぎぃ!? エグいじゃん!? エグすぎな得物じゃん!? 殺る気に満ちてるじゃん!?』


 あっはっはっはっは! 週一で触ってないと鈍るのよねー! あーはっはっはっは!





 そして半時後。



『……落ち着いたじゃん?』


「ええ、まぁ」


 三十分ほど光る玉を的にしてマシンガンを撃ったり、ドリルパイクを振り回したりして……少し頭が冷えた可憐なる女子高生……それが私♪



 なんか……すっきりや!



 ゾンビの肉片とか散らばってるけど……ホンマすっきりや!


『……人間の脅威度を上方修正しとくじゃん』


「なんでよ。仮想空間だからセーフでしょ? 一応ゲームなんだし」


 現実でドリルを振り回すようなことを私もしたことがない。やるようになったら本当に終わりなんだろうなぁ。


『……ここ、まだゲーム内では無いじゃん。ダイブマシンのホームじゃん。ゲームの起動前じゃん。いわば眠ってる状態に近いじゃん。本能とか煩悩とか駄々もれ空間じゃん』


 …………さーて、ゲームでもしますかー。


「あらあら、それじゃ早速ナマコるとしますか。えーと、起動ワードが……開け! ナマコ!」


 真っ赤に染まり肉片が飛び散っている空間がシュルレアリスムの絵画のように溶けていく。


 なんてシュールな。あ、うさたんも溶けてくー。あーれー。


『……スルーしちゃダメじゃん。ちゃんと向き合うじゃん。モナミはサイコパスじゃん』


 光の玉は真面目だと思う。あともう少し濁せ。


「ん~っまっ! こんな可憐な女子高生を捕まえてサイコパスだなんて失礼ですわよ? 何となく自覚はあるけどね。家庭を崩壊させるような事はしないよ。その辺をゲームで解消してるから」


 私だってゾンビを殺すために生きてる訳じゃない。ストレス解消でゾンビをぶちのめしてるだけで、いつもなら紅茶を飲みながら優雅に読書を嗜んだりもする……事もある……かな?


 これでもお嬢様学校に通う現役お嬢様女子高生だもん。


 ……百合子もそうなんだけどさ。


『……モナミはずっとホームで、のんびりしてて欲しいじゃん』


 ナビの切実な提案に私も賛成だ。


「うん、私もそれでいいと思う。このゲームはPKないし」


 PK(皆殺し)がありなら積極的に交流するところだがな。でも今の私に必要なのは南国リゾートなのだ。


『さらっと外道プレイの表明はやめるじゃん。モナミはまだ未成年なのにZ区分に馴染みすぎじゃん』


 ぎくっ。


「……さ、さーて、亀ちゃん。今日もよろしくねー」


 冷や汗を垂らしながら私が声を掛けたのは私の島だ。


 今回も体がナマコに変わったというのに違和感ひとつない。


 ああ、今日も南国の風が心地好いわー。潮風も心地好いわー。そして島が動いてるわー。



 うん、島が動いてるの。



 私のホームは今現在も島の形をしているが、その実態がおっきな亀さんになっているのだ。島の陸部は亀の甲羅の上部という事ね。課金チケット三枚セットで私のホームは動くホームになったのだ。


 動くホームといっても広さや見た目は以前の南国パラダイスとなんら変わらない。ただ小さな島の向こう側に亀さんの首がにょきりと生えてて、島がどんぶらこと海上を進んでいるだけだ。

 

 う~ん……一気にファンタジーになったなぁ。



 ◇



 何とかして都合の悪い事実から切り抜けた気がしてた私、可憐なるモナミちゃん。


 だけど、あの邪悪なる光の玉はしつこくも追究の魔の手を私へと伸ばしてきたの。なんて事かしら!


『モナミ……年齢を偽ったじゃん? 実はいいお歳じゃん?』


「違うわよ! 私はぴちぴちの17才よ! ぴちぴちの女子高生お嬢様よ! 足だって蒸れてないわよ!」


 そこは譲れないわ! 私の足は蒸れてない! 女子高生は蒸れないの!


『……足? ……でもマシンに登録されてる情報だとモナミは三十路じゃん。年齢の虚偽はルール違反じゃん。直しとくじゃん』


 光の玉は正論を吐いた。私の脛にダメージ! そこは傷だらけなの。そっとしといて欲しかった。


「お待ちなさい。仕方ありませんね。このゲームが少しでも盛り上がるように私も尽力致しましょう。だから見過ごせ」


 ギブアンドテイク……社会の基本は利と利のせめぎあい。バカな者ほどウィンウィンとか言っちゃうけど、そんな関係があるわけないじゃない。


 あるのは利用するか、されるかの二択。そしてパワーが勝る方が勝つの。それが世界の掟なの。それは子供も大人も関係ない世界の法則よ。


『……やっぱりモナミはヤクザじゃん』

 

「うふふふ、何の事かしら。あなたが黙っていれば全てが丸く収まるのよ?」


 これが大人の対応ってものなの。大人はスマートに、そしてスタイリッシュに世界を回していくの。正義や常識を振りかざしてもそれで丸く治まるわけがない。それが大人の世界なのよね。大人って汚いわ! 不潔よ不潔!


『絶対にヤクザじゃん!?』


「いいじゃん。ヤクザでも利用できるならしなさいよ。贅沢言える立場じゃないんでしょ? ナマコに馴染めずにこのゲームを辞める人が続出してるってテレビでいってたし」


 金曜発売のゲーム雑誌では、そういう事がまだ書かれていなかった。いや、私は攻略とかのプチ情報が欲しかったのだけどね。その手の情報は皆無だった。まぁオマケで付いてたホーム設置アイテムがあるからどうでもいいけど。


 あ、あとでチェックしよー。


『ぐぬっ! ぐぬぬぬぬじゃん。確かに日本のプレイヤー数は千人とちょっとだけじゃん』


「あら、意外と多くない?」


 千人もナマコ戦士が……ナマコって匹かしら。それとも頭なのかしら。一応人扱いしておくけど。


『実は予想よりも多いじゃん。AI会議では販売数の1パーセント程度でも残れば御の字っていう結論だったじゃん。だから異常に多いじゃん。日本人は変態じゃん?』


 どうしよう。否定できないわ。


「……ゲームのAIが最初から諦めてたってすごいわね」


 それでもナマコを貫いた所に狂気を感じるわ。そんな会社と社長にあっぱれをあげとこう。あっぱー!


『……せめてホームを出てオンライン空間に行けることが出来れば……世界的にもっと数字は上がったじゃん。外の作り込みはすごいじゃん』


「……ハードルが高すぎたわね」


『……じゃん』


 この『ナマコオンライン』は最初の敷居が高すぎるのだ。ゲーム開始直後から何の違和感もなくナマコにされて、否応なしにナマコとして生きることを強要される。ある意味RPGのお約束だけど。


 でも多くの人にとってナマコにされナマコムーブをその身に刻み込まれることは絶望感に溢れている行為らしい。


 ナマコってだけでビビりすぎなのよ。人類って奴は。


『実はオンラインに接続出来たプレイヤーはまだ一桁じゃん。世界で一桁じゃん。二万人……実数だと二千ちょいのプレイヤーの大半はまだヨチヨチ歩きも出来てないじゃん』


「……大半はログインすら投げ出してるって聞いたわよ? 囚われのお姫様はずっと監禁生活かしら」


 そもそもナマコにヨチヨチ歩きは無いのよね。ウネウネ歩きとコロコロしか無いの。全く以て軟弱な人類め。九割もリタイヤしやがって。


『……だ、大丈夫じゃん? 一桁のプレイヤーがオンラインの光景を配信してくれるから……きっと第二陣プレイヤーは沢山現れてくれる……じゃん?』


 光の玉は自信無さそうに瞬いた。切れかけの蛍光灯みたいだ。本当に大丈夫かなぁ。第二陣……大丈夫かなぁ。


「あなたも疑問符じゃないの。仕方無いわね。私は自分のホームのために……巨大亀のフジコちゃんの為に頑張るだけなんですからね」


 今ものんびりと海を進む亀さんの為に。


 だからオンラインに殴り込んでヒーハーするのは控えよう。私だって常識を弁えてゲームすることだってあるのだから。これは全て私の充実した南国ライフの為なのだ。


 別に裏取引を持ちかけてる訳ではない。明言してないから無罪よ、無罪。


 でもフジコちゃんにはそのうち大砲とかミサイルとか積んであげたい。やっぱり武装は基本だもん。ねー、フジコちゃーん。


『……亀さんはオスじゃん?』


「……ゴエモンの為に私は頑張るわ」


 どうしよう。何でも切り裂く角もいいかもしれない。夢が広がりますわー。あとカメさんに性別なんてあったんだ。先に言えよ、このやろう。


 



 そんな訳で。


『それじゃオンライン空間に繋げるじゃん。ある意味やっとゲームが始まるじゃん』


 そう、やっと『ナマコ()()()()()』が始まるのだ。でも少し気になることが出来た。


「……ねぇ、ここはオンラインじゃなくて完全にオフラインなのよね。フレンドを呼んだりは出来ないの?」


 えてしてこういう『ホーム』って他の人を招いたり写真をアップして自慢したりするのが鉄板だったはず。私としても百合子にこの南国リゾートを楽しんでもらいたいと思ってたりするのだ。


 いずれ設置する大砲の的にしてやる、なんて……これっぽっちも考えてないんだから。うふふ。


『……フレンドの招待は今でも出来るじゃん。でもシステムで秘匿しとくじゃん。亀のホームはモナミだけじゃん。ただでさえモナミはナマコレベルがおかしいじゃん。これはチートを疑われるレベルじゃん。せめて人類がもう少しナマコに寛容になってからにするじゃん』


 酷い言われようだった。


「……なんかもう、ゲームの次元を越えてるわね。そんなことまで気にしないといけないって」


 めんどくせぇなぁ。ゲームなんだから下らないしがらみを抜きにして頭空っぽで楽しめばいいのに。


 あとナマコレベルってなんだ、ナマコレベルって。女子高生が上げてはならないモノな気がするわ。


『ミー達は頑張ってるじゃん! 本当に連日の会議は紛糾してるじゃん! だから大人しく楽しんで欲しいじゃん。マジでな。マジのお願い。絶対にNPCとか攻撃しちゃダメだから。モナミ視点の映像が公式サイトに出る事が確定してるから本当に大人しくしてて下さいお願いします』


 光の玉は草の生い茂る地面にベタンと張り付いてぴかぴかしていた。


 ……土下座にしか見えない。


 AIにこんなお願いされるのは初めてじゃん……あ、口調が感染してしまったわ。うふふ。


「私も鬼ではないわ。あー、大砲が欲しいなー。玉も幾つかあると嬉しいなー。グロス(ダースをダース集めた単位よ)とは言わない。でも三桁は欲しいなー」


 今の私は絶対強者よー! うふふふー! さぁ貢ぎなさい! 私の帝国の為に! これが社会というものなのよー! 


『……カメさんが音と衝撃で泣くじゃん? 玉も泣きたくなるほど重いじゃん? それでも設置するじゃん?』


「くそっ! そこまで見越してゴエモンを勧めたのね!」


 悔しい……事もない! この程度の事は読んでいたわ! ちくしょう! このナビそこまで読んでやがったか!


「……ふふ……やるじゃない。私達……良いパートナーになれそうね」


 こんなにあっさりと私が嵌められるなんて……うふふふ……今の私は楽しくてしょうがないわ。


 このゲーム、中々楽しめそうだわ……くくっ。


『……モナミのナビを……いや、なんでもないじゃん。じゃあオンラインに繋ぐじゃん。やっとナマコオンラインのスタートじゃん』


 かくして美少女でお嬢様な私、モナミ17才のナマコ物語がここに幕を開けるのであった。



『……あれ? ちょっと待つじゃん……みんな他の仕事に入ってて……うん、あと五分待つじゃん。何せオンラインプレイヤーは一桁じゃん? その為に常時待機してるのもアレじゃん?』



 幕を開けさせろよー! なんだよもー! ぷー! 


 

 期せずして時間が出来たのでナビに頼んで雑誌の付録を確認してみた。


 アイテムは全て……雑誌のマスコットフィギィアだった。


 即デリートさせてもらった。もう買わない、こんなくそ雑誌。


 次からはターザ○一択よ! 胸筋よ、胸筋!



 なっまっこー! なっまっこー!


 この単語で物語が吹っ飛んだのだー! シリアスは死んだのだー!


 ……ナマコってすごいよね。


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