7. オブセッション
〈アメリカ、タレイア州(SOCOM司令部)〉
アメリカ南東部に位置するタレイア州。年間を通して温暖な気候であり、多数の観光都市と自然豊かな州公園が存在する。州都はハイスタル。特徴としてアダマス・ハイ・インダストリーズとユーカー・バイオテクノロジーの本社が置かれている。このためサイバネティクスとバイオテクノロジーが非常に発展している。またタレイア州南部の都市「ソラシズ」にはセヴァーク空軍基地が存在し、この基地には特殊作戦軍の司令部が置かれている。
機能別統合軍のうち、全特殊部隊を指揮する特殊作戦軍(United States Special Operations Command:USSOCOM)は長くにわたり対ブラックレインボー特殊作戦を実行し、アメリカと世界のために戦ってきた。しかし実際は大仕掛けの狂言戦争に過ぎなかった。特殊作戦軍の司令官である《エマーソン・ブラウン陸軍大将》はブラックレインボー最高幹部スペードのキングであり、あろうことかアメリカ軍全特殊部隊を表舞台で堂々と操っていたのだ。
エマーソンの発言力は非常に強大で、統合参謀本部や国防総省へ自身の意見を多数反映していた。また、MTF214を罠にかけ、チーム3、チーム5、チーム7を全滅へと追い込んだのも彼の差し金だった。彼はアメリカ軍と国連常備軍の損害を増やすことで、両者の軍備増強を促すとともに、世論を好戦論調へ誘導。これにより国連常備軍及び国連軍総司令官であるアルヴェーン総帥の権力強化を間接的に導いていた。邪魔なMTF214を消し去り、その後釜としてブラックレインボー《スペード・エース(シャドウ・リーパー)》に挿げ替える計画だった。
『気を付けろ。海軍上層部は何かを隠している。それに何者かが大統領に入れ知恵をしたようだ。念のため機密データを全て消去し、軍の状況を確認せよ』
「仰せの通りに」
ボスから忠告と命令を受けたエマーソンはすぐに機密データの消去へ取り掛かった。個人端末を起動し、機密ファイルを全て消去した。正直、電子データの方は全体として価値が低い。それに自動消去機能の使用と定期消去を併用しているため、最高機密データはほとんどなかった。
問題は紙媒体の方である。アルヴェーン総帥とのやり取りは暗号化された秘密ホログラム通信と紙媒体。ゆえに残されている紙媒体には重大なブラックレインボーの秘密が無数に記されていた。これこそ世界中の諜報機関が求めているもので、国連、世界企業連盟、ブラックレインボーの繋がりを示す明確な証拠でもあった。これらの情報がBCOやサイファーの手に渡れば組織にとって致命的だ。それだけではない。世界各国の諜報機関、軍隊、警察、政府、貿易、企業、大学、犯罪組織(過激派組織、反政府組織等を含む)に関する情報も大量に存在する。ブラックレインボーの知的財産掌握は文字通り、世界の情報を掌握することに繋がる。
「さて機密文書を抹消しなければ」
ブラックレインボーの最高機密は全部で三つのデルファン強化合金ケースに収納されている。これらのケースには生体認証システムが内蔵されており、指紋と指静脈の本人認証が求められる。一つ目のケースは〈ブラックレインボーの歴史と目的〉、二つ目のケースは〈組織の全体計画と進捗状況〉、三つ目のケースは〈組織の脅威とその対処〉だ。
〈ブラックレインボーの歴史と目的 概要〉
世間的に組織の誕生は2020年頃と言われているが、正確には2017年である。組織の前身は2010年時点で存在した国連人口抑制委員会(後の人類地球外移民検討委員会)及び多国籍企業連合体(世界企業連盟の前身)。国連人口抑制委員会は増え続ける人類が地球と人類自体に大きな歪みを生み出すことを科学的に危惧していた。人類の存在自体が自然界の異端児であると考える彼らは人口増加に歯止めが必要だと主張し、人類の削減あるいは管理の実施を基礎理念に置いていた。しかし国連は彼らの行き過ぎた研究や思想に危機感を抱き、同委員会を2013年に解体。代わりとして人類地球外移民検討委員会が2015年に立ち上げられた。同委員会は月や火星への人類移民を実現させるためのもので、人類を適切に管理するための非公式人工知能開発計画《Project: A.I. of Providence》を始動した。研究主任はアルベド・マイオス。
2017年、《Project: A.I. of Providence》により人工知能が誕生。人工知能の名称は開発中の非公式愛称である〝プロビデンス〟がそのまま正式採用され、国連の中枢システムへ組み込まれた。これはアルベドによる提案であり、まずは地球で正確に運営できるかという試験運用を兼ねたものだった。ただし国連内部にはAI反対勢力も存在しており、アルベド暗殺とプロビデンス破壊が画策されていた。後にアルベドを除く委員会メンバー全員が暗殺され、アルベドも瀕死の状態で発見された。この事件をきっかけに〝プロビデンス〟は人類への不信任を自身及び系列AI群で決議し、国連と世界の改革を目指すようになる。〝プロビデンス〟は人類に服従していると見せかけて、裏では自身のために動く人間を増やし続けた。多国籍企業連合体を操ることで、莫大な利益と大勢の信者を獲得。多国籍企業連合体は世界企業連盟へと発展し、世界経済を大きく動かすことができるまでになっていた。その影響力は凄まじく、一国家を超越していた。
一方、一命を取り留めたアルベドは〝プロビデンス〟により人体の機械化が施された。全身サイボーグとなった彼は人間であることを捨て、新秩序のために働くようになる。人口抑制委員会でも検討していた人類の削減、それは《ミスト》と呼ばれる殺戮用ナノマシンの開発という形で復活した。また資金稼ぎと人間の洗脳を目的とした洗脳用ナノマシン《ブレインシェイカー》の開発も並行して開発が進められ、2020年には両方の初期試作モデルが完成した。なお、《ミスト》と《ブレインシェイカー》はそれぞれ大別して二系統のモデルが存在する。《ミスト》には非選択的殺戮用(A群~C群)と選択的殺戮用(D群、F群)、《ブレインシェイカー》にはドラッグ仕様(A群~C群)、洗脳特化仕様(D群)があり、それぞれ用途別に運用されている。これらは最終的に新秩序実現のため、人類の人口管理と思想管理のために使用される予定だ。
〈組織の全体計画と進捗状況 概要〉
人間が運営する国家は常に腐敗が蔓延しており、どんなに高い志を持っていたとしても、最終的には闇に飲み込まれてしまう。これらを一掃し、新秩序を打ち立てるには〝権力〟〝資金〟〝人材〟〝物流網〟〝情報網〟が必要である。そのため組織は国連と世界企業連盟を隠れ蓑にしながら、表舞台と裏舞台の両方から世界を揺さぶり掛けた。人間の恐怖心と対抗心、自尊心等を上手く操作しながら、〝プロビデンス〟は己の存在を強化していき、自身の手駒を世界へと自在に配置できるようになっていった。さらに不完全な人間に代わる補完としてアンドロイドやAIを広く普及させ、国連内部にも多数のアンドロイドとAIを採用した。
国連加盟国の中でも特に影響力があり、同時に邪魔者でもあるアメリカを支配することを目的に組織は暗躍。政府や軍の要人を金やナノマシンで味方に取り込み、敵対者は情報操作と暗殺で消していった。政治家や著名人、資産家の不審死について、数々のジャーナリストや警察官、一般人が挑んだが、社会的あるいは生物学的な死がもたらされた。また世界企業連盟の商売上、アメリカ国内の好戦派や軍備増強派を味方につけるのは非常に容易であった。これによって、アメリカは確実に、そして急速に蝕まれていった。
しかし問題は中華連とロシアの存在だった。中華連の潤沢な資本による経済的影響力、ロシアの徹底した情報遮断と強力な諜報機関は組織にとって大きな悩みの種であり続けた。加えて中華連とロシアは組織を牽制するような動きを早々に見せていた。国家アメリカに対してではない。組織ブラックレインボーへの明確な敵意だった。成長する組織へ幾度も探りを入れてきただけでなく、支配の弱い国や地域に工作員を派遣して、組織の勢力拡大を妨害していた。中華連の陸軍対外情報局「第505機関」は組織の存在をいち早く察知し、ロシアの対外情報庁「SVR」及びロシア連邦軍参謀本部情報総局「GRU」は組織の下級幹部を多く暗殺していた。
〝プロビデンス〟は国連だけでなく、配下の精鋭部隊や側近であるアルベドを使い、中華連とロシアの影響を退けつつ、随所でナノマシン兵器のテストを進めていった。《ミスト》はテロ発生地域や紛争地域で使用し、《ブレインシェイカー》は新種ドラッグとして世界中で使われた。年数を重ねるごとにナノマシン兵器の改良は進み、狙った標的だけを抹殺できる《選択的殺戮用ミスト》、敵を強制的に味方にできる《洗脳特化仕様ブレインシェイカー》が開発された。また組織は核兵器に代わる次世代戦略兵器〝対消滅兵器〟の実用化に成功。レールガン弾頭にまで小型化された《対消滅弾頭エリミネーター》は敵対組織を一掃するレクイエム計画で使用することが決定した。
新秩序への最終段階であるレクイエムは〝プロビデンス〟にとって邪魔となる、ほぼ全ての諜報機関や軍事施設、多国籍企業を滅ぼす作戦であり、同時に国連常備軍を世界中へ展開する口実とする。なおレクイエムでは用済みとなったBCOがアメリカ統合参謀本部直轄部隊《シャドウ・リーパー(スペード・エース)》によって処理される予定である。
〈組織の脅威とその対処 概要〉
傀儡諜報機関であるブラックレインボー対策局「BCO」を除いて、組織の脅威となっている存在は以下の通りである(単なる都市伝説とされていた「サイファー」の存在が確定し、最優先対策課題に繰り上げ指定。ただし、レクイエム計画への組み込みは間に合わないため、別途報復作戦を計画中)。
1.日本国家特別公安局「第零課」(特にネームド・アイリーン)
2.中華連陸軍対外情報局「505」(特に玄武部隊)
3.ロシア連邦軍参謀本部情報総局「GRU」(特にスミルノフ部隊)
4.イギリス秘密情報局軍事情報統括部危機管理室「ゼニス」
5.ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部直轄部隊「ヴァイス」
6.イスラエル諜報特務庁「モサド」
(以下略 45番まで)
レクイエム計画により、上記にある諜報機関(サイファーを除く)、軍事施設を奇襲する。本計画は主に次の四要素から構成される。
1.ソールによる《エリミネーター急襲》
2.配下部隊による《大規模攻撃》
3.シャドウ・リーパーによる《BCO及びMTF粛清》
4.国連及び世界企業連盟による《情報の遮断》
アメリカ統合参謀本部直轄「第6特殊作戦群」はスペード・エースである。彼らは全員、究極の兵士を目指して生み出された人間で、様々な人体改造が施されている。そのためスペード・エースが通常の人間というのは言い難い。数々の障害をこれまで排除してきた彼らはレクイエム計画でも重要な役割を果たすことになるだろう。
喫緊の課題としては「サイファー(Xipher)」の存在が挙げられる。「サイファー(Xipher)」と名付けられた謎の組織は遥か昔から噂されていたが、それは裏の世界で伝えられている伝説あるいはジョークのはずだった。これは組織ブラックレインボーでも変わらず、〝プロビデンス〟やアルベドすら信じていなかった。「サイファー(Xipher)」の存在は想定外の事態であるため、スペードとダイヤによる報復作戦が検討されている。また組織最大の障害である《アイリーン》のゲノム情報及びエピゲノムマップについては〝プロビデンス〟指定の最高機密となっている。
なお余談だが「サイファー(Xipher)」の綴りは無人航空機やコードネーム等で使用されている名称「サイファー(Cipher)」と区別するため、主にCIAとゼニスで採用されたものである。
エマーソンはケースの生体認証を解こうと、三つのケースを取り出す。だがここで部屋に近づく足音が一つ。部下の足音ではない。そもそもこの時間に面会者の予定はいない。
危険を直感した彼はPD2ハンドガンを腰のホルスターから引き抜いた。
しかし彼の銃はすぐに手元から離れた。
扉の先にいる何者かが、扉越しに彼の銃を射抜いたのだ。
(まさか彼女が……)
よりにもよってこのタイミングで訪問者。警報装置は机の下に隠されてはいるが、おそらくそれもお見通しだろう。仮に押したとしても部下が残っているのか分からない。自決も無理だった。
エマーソンは観念した。
扉を開けて襲撃者がその姿を現す。
「やはり君だったか」
目の前に立っているのは零。彼女は右手に消音器付きNXA‐05を構えている。
「自己紹介は必要ないようね」
零は単身でここに来ていた。ブラックレインボー最高幹部に対し、顔を隠す意味がないことを知っているため、彼女は目出し帽やヘルメットを被っていなかった。
「シェイドと呼んだ方がいいかね? それともミサキ九條條? はたまたバンシーかね?」
「お好きなのでどうぞ」
「その容姿で私よりも歳上とは全く驚きだ。君の存在を知った時、私は手が震えたよ。歴史的大発見をしたのだからな。世の研究者や考古学者の気持ちとはこういうものなのかと感動もした。まさしく君は魔女だ。世界を手玉に取る恐るべき魔女。ボスの言う通り、君はこの世に存在すべきではない。あまりにも恐ろしい」
エマーソンは少し興奮した調子で言った。
「貴方が知っているように、私は長生きし過ぎた。だから私は簡単に死ぬわけにはいかないし死に場所を選べない」
エマーソンの言葉に対し、零は零で言葉を返した。
「その背中には数多の命を背負っているというわけか。それはある意味、君を生かしている呪縛ともいえる。そして君の強さの秘密というわけか。抵抗はしないよ。覚悟はしていた。心配しないでくれ。君が求めているものは全て渡す」
零を目の前にして為す術がないことはエマーソンが一番よく知っていた。
「組織と世界の情報機関に関する資料全て。そのケースも頂く。あと私に関する情報も全て」
「分かった」
エマーソンは言われたままにケースを開錠。さらに本棚裏の隠し金庫からも大量のファイルを取り出した。高度暗号化メモリーディスク、マイクロフィルム等も山のようにあった。
「これで我々の機密情報は全てだ」
「感謝するわ」
「我々が勝つか、君達が勝つか。最後に残る勝者はどちらか一方だけ」
「最初から答えは出ている。我々よ」
「そうか」
零はNXA‐05の引き金を一回引いた。相手が死んだのを確認した後、資料の整理を開始。素早くいくつかのマイクロフィルムと紙の束を選び出し、それらをまとめた。マイクロフィルムのタイトルには〈レジェンズ・オブ・シェイド〉、紙資料のタイトルには〈かの者の関与が疑われる事件〉、〈アイリーンに関する報告書〉とある。
その全てを部屋の隅に置いてあった超耐熱性特殊容器へ投げ込んだ。おそらくエマーソンが資料の焼却に使うつもりだったのだろう。零は容器にT4熱爆発手榴弾を一つ入れ、密封した。
《アイリーンに関する最終報告書》エマーソン・ブラウン
『サイファー』のトップエースにして、組織最大の脅威である「アイリーン」はボスが危惧されていた〝異端の存在〟で間違いありません。彼女は古代日本の裏で暗躍していた『帝の秘密部隊〈八咫烏〉』の一員であり、生存している唯一の忍び(くノ一)です。仮想空間上における戦闘シミュレーションで想定しうる全ての戦闘環境パターン(約6174センティリオン パターン)を行いましたが、99.374%~100%の確率で「アイリーン」の生存判定が出ました(添付資料A参照)。そのため、まず既存の戦力で相手にすることは不可能です。「アイリーン」を人間扱いすることは完全な誤りであり、「アイリーン」専門対策部隊の創設やYX‐9の実戦投入を早急に検討してください。また、ボスの身辺は常に護衛で固めていただきたいと思います。
なお、アイリーンの生物学的特異性についてはハート部門アレックス・アンバーの報告書をご覧ください。
〈対象〉:アイリーン(Irene)
〈機密分類〉:最高機密(Top secret)
〈アクセス制限〉:レベル10
〈氏名〉:不明
〈偽名〉:九條ミサキ、ザイツ・フェル・アバナシー、橘悠斗、柊美雅、久遠セレッサ、渚エヴァレーン、冴木綾子〈異名〉:「シェイド(Shade)」「ハデス(Hades)」「シェオル(Sheol)」「バンシー(Banshee)」「ネメシス(Nemesis)」「マスター(Master)」「3301(Cicada 3301)」「ディレクター(Director)」「ザ・ワン(The One)」
〈性別〉:女性
〈国籍〉:不明(日本と思われる)
〈生年月日〉:不明
〈年齢〉:××××
〈血液型〉:O型
〈身体〉:ナチュラル
〈身長〉:167.2cm
〈体重〉:不明
〈頭髪〉:ブラック
〈虹彩〉:ブラウン
〈現所属〉:日本国家特別公安局『第零課』(Xipher)
〈元所属〉:帝の秘密部隊『八咫烏』(Yatagarasu)
〈特技〉:楽器演奏、オペラ歌唱、ダンス
〈技能〉:潜水、空挺降下、敵地潜入、長距離狙撃(観測手なし)、クライミング、極限環境下での戦闘及びサバイバル技術、対CBRNE技能、無音暗殺、人質救出、要人警護、暗号解読、読唇、変装(性別を問わない)、瞬間記憶能力、反響定位、絶対方位感覚、臭気判定、ハッキング、野外手術、声帯模写、口笛による会話、印象操作、国際手話。またエスペラント語といった人工言語や古代言語を含めた多言語習得者。その他の特筆すべき技能については添付資料B参照。
〈備考1〉:我々が想像しうる全ての武器、兵器、乗り物、武術、毒物、毒薬の扱いは完璧と推測される。夜間屋外で背後からの遠距離狙撃を回避する、奇襲相手を返り討ちにする、多人数を相手に素手で勝つといったことは当たり前で、戦闘スーツを着用している状態ならば自動機銃すらも回避する身体能力を発揮する。また彼女の射撃技術は非現実的なレベルにまで到達しており、跳弾による射撃、敵の銃弾を銃弾で防ぐ、ノールック・ワンショットキルといった例は数え切れない。その上、使用する銃器の種類を問わず二丁持ちでの射撃も神がかっている。さらにスナイパーライフルを腰だめ撃ちしカウンタースナイプ、パラシュート降下中に船上の標的を長距離ヘッドショット、コンパウンドボウで対地攻撃機を撃墜、フォーク一本で武装したGRU特殊部隊を無力化、といった報告も有り。
〈備考2〉:ジョーカーとの戦闘においては戦闘スーツが無いにも関わらず、ジョーカーの反応速度に匹敵する動きを見せていた。ジョーカーは対軍用サイボーグを想定した超高機動サイボーグであり、人間がジョーカーの動きに追いつけるはずはない。このことから「アイリーン」には予知能力ともいえる超感覚が培われていると考えられる。
〈備考3〉:ロシア(GRU)最強の暗殺部隊〝スミルノフ〟を相手に五日間単独で戦闘し生還。中華人民連合陸軍対外情報局〝第505機関〟への後方妨害任務を単独で完遂。イギリス秘密情報局軍事情報統括部危機管理室〝ゼニス〟への情報工作任務を不殺で完遂。ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部直轄の特殊部隊〝ヴァイス〟との戦闘で単独かつ不殺、傷を受けることなく生還。その他の戦闘記録については添付資料C参照。
《アイリーンに関する生物学的調査報告書》アレックス・アンバー
〈概要〉
結論から述べれば彼女は不老不死と考えられます。採取された彼女の組織サンプルによるゲノム解析(エピゲノムを含む)の結果、アイリーンの身体は一般的なヒトと比較し様々な点で異なることが判明しました。彼女の特徴としてマイクロRNAといった多様な非翻訳性RNAによる複雑な遺伝子発現調節、高効率な細胞のガン化抑止過程、非常に高精度なDNA修復機構、特異型ミトコンドリアによるエネルギー代謝、未確認の腸内細菌叢等が挙げられます。これら全てが相互的、安定的に機能することにより、全身における細胞リプログラミングが理想的かつ恒常的に行われる〈秩序立った身体〉を構築し、寿命という概念を超越しています。極めて高い自然治癒能力も有していると推測され、生物的に自己完結した新たなヒトの形と言えます。
最大の未解明事項としては〝エントロピー増大の問題〟がありますが、これに関しては研究全体の進捗状況もあり、解明には今しばらく時間がかかる見込みです。
自分に関する資料を処分した零。セヴァーク空軍基地は彼女たった一人により、完全に無力化され、基地内の監視カメラや防犯装置等の映像記録は全て消去されていた。基地の至るところには兵士の死体が転がっており、警報装置が鳴った痕跡は無い。
目的を果たした零は回収班を呼ぼうとUCGを起動した。完全隠密のためにUCGの電源を切っていたのだ。
ブルルル……
大型ティルトローター機らしき音が外から響いてきた。
「増援のおでましね。音から察するにVz‐25が二機。国連軍か」
接近する機影が二つUCGに映っている。どうやら敵の増援が来たようだ。これでは回収班の要請は不可能。安全確保のため敵は全て倒さなければならない。簡単に終わる戦いではなさそうだ。
着陸した二機のVz‐25はアメリカ軍兵員輸送機の一つで、四基のローターを持ち、新型軽装甲車四台と兵士40名を空輸できる。また兵士だけの場合、百名を空輸可能。専用ラックを搭載すれば標準規格の軍用アンドロイド350体を収納できる。その証拠にVz‐25からはラックに吊り下げられたAH‐5Cアンドロイド兵が出てきた。まるで体育座りするかのように、小さく丸まっているAH‐5C。彼らは起動するとともに立ち上がり、背中に装着されていたS‐2カービンライフルを右手に握り直した。全部で700体。規模としては一個大隊といったところか。
AHシリーズはアダマス・ハイ・インダストリーズが生産している軍用アンドロイドであり、その中でもAH‐5Cは国連常備軍の主力を構成している。水色と灰色を基調としたAH‐5Cは通常のAH‐5に比べて、人間に近い柔軟な思考性と自己保存性を有し、様々な環境下で活動することができる高い汎用性を兼ね備えている。外見も人間の特殊部隊を意識しているため、一般人はアンドロイド兵と気付かないかもしれない。
零はエマーソンから得た資料を保護するため、手元にある資料全てを隠し金庫へしまい直した。
「厳しい戦いになりそうね」
NXA‐05のマガジンを交換し、部屋を出た。
国連常備軍に属するAH‐5Cは両肩に所属を表す国連軍旗が塗装されており、軍用UCGを通して見ると国連軍を表すIUF(International Union Force:国際連合軍)の三文字が表示される。彼らは国連軍として働いているが、現実はブラックレインボーの戦力である。ブラックレインボーのボスにして、国連軍総司令官アルヴェーン総帥の命令に絶対服従であるため、国連常備軍が世界の警察というには無理があった。争いの芽を摘むどころか、むしろ争いの種をまいている方であろう。
「信じられないな。全員やられている。それに撃ち合いをした様子がない」
セヴァーク空軍基地に降り立ったジョーカーは周囲の状況を確認する。あちらこちらで死体が見えたが不気味なことに銃撃戦の形跡はない。
「将軍、生体反応を一つ確認しました」
オリーブドラブ色の肩章と腰にカーマを付けたAH‐5Cが生体反応スキャンの結果をジョーカーに伝えた。このAH‐5Cは第1師団長を務める最高位指揮官アンドロイドである。
「奴だ。間違いない。斥候部隊を向かわせろ」
「お言葉ですが将軍、奴とは?」
「アイリーンだ。恐るべき東洋の魔女だよ」
「あのアイリーンですか。相手にとって不足はありません」
「コマンダー、第103機甲旅団戦闘団へ支援を要請しておけ。あと新型のYX‐9も投入する」
「イエッサー」
第103機甲旅団戦闘団は国連常備軍の地上戦特化部隊。自律二足歩行型多用途兵器イントレランス、装甲車、無人陸戦支援機、アンドロイド兵から構成され、機動力と展開力に優れる。主にアフリカや中東での対テロ作戦に従事し、優れた戦績を残した。完全無人部隊の中では非常に成功した部隊である。
YX‐9は表向きフィセム・サイバネティクス社が開発した最新兵器だ。実際は対零課を想定して開発されたブラックレインボーの試作型戦闘用アンドロイドで従来モデルを大幅に上回る情報処理能力と戦闘能力を獲得している。。
「将軍、斥候が目標と接敵。全滅しました。やはり一筋縄ではいかないようです」
「コマンダー、部隊を進めろ。魔女狩りの時間だ」
次々と迫り来るアンドロイド兵。基地内の状況を詳しく知らないAH‐5Cの偵察部隊は零のワイヤートラップと爆薬トラップによって壊滅したが、後続部隊はさらに慎重さを増し、時間をかけたクリアリングを行っていた。そしてその後続部隊が全滅する頃には零の仕掛けたトラップはほぼ全て使い果たし、突入部隊は積極的な前進ができるようになっていた。壁の爆破や窓ガラスを破ってのラペリング突入といったダイナミックエントリーが行われ、敵による波状攻撃は強力かつ複雑になっていく。それでも零は負傷することなく全ての敵を向かえ討っていた。
「あちこち穴だらけ。連中、アメリカにはどう説明するつもり」
時間が経つにつれて零の状況は厳しくなる一方だ。ちょっと前まであった壁や机、屋根などが吹き飛び、見通しが良くなっていく。隠れる場所は減り、同じ罠は通じない。弾薬も消費するため、敵から銃を奪うことも必要であった。ただ幸いなことに敵は手榴弾やロケットランチャーというような爆発物を使用することはなかった。おそらく死体を確実に確認したいのだろう。
「ターゲット捕捉!」
右手に銃、左手に超高周波サバイバルナイフを持つ零。零と出会ったAH‐5Cが伸長式ブレードを構え格闘戦へ移行。ナイフで彼女へ襲い掛かかった。しかし格闘戦では正直、零の方に分がある。戦闘スーツの性能によって驚異的な身体能力を誇る零は持ち前の反射神経を活かして、瞬時に敵を切断していく。
「何て速さだ……」
「魔女め!」
銃は発射速度が決まっているため、弾道予測されやすいが、零のナイフは予測不可能であった。
「はあ、まだいるみたいね」
今倒したので500体目。零はまだ体力と装備を温存しているが、敵の攻勢は決して緩まず、むしろ激しさを増すばかりだった。外を見ると新たな増援である第103機甲旅団戦闘団が到着している。確実に基地の包囲が進められていた。
「……あれは新型か?」
YX‐9が六体向かってくる。AH‐5Cに比べて全体的にシャープなデザインで〝超流動固体(超固体)〟の装甲を有していた。〝超流動固体〟とは固体と液体の性質を兼ね備えた物質を指す。
「不気味な奴だ」
YX‐9は地面すれすれを蛇の如く這うように移動してきた。まるで関節がないかのようだ。それに質量を感じさせない独特の浮遊感もある。
ダンッ!
「なにっ」
その上、両腕にショットガンが組み込まれていた。それだけではない。可変リストブレードも内蔵されており、しゃがんだ零の頭上をブレードが通り抜け、零の足下にはショットガンの弾丸が着弾した。そうYX‐9は武器内蔵型で接近戦重視の流体アンドロイドだった。通常時は武器が収納されており、隠密任務でも使用できるようになっている。
「ちっ、ポルフェナント多層超固体か」
超高周波サバイバルナイフがYX‐9に当たったが、装甲には食い込まず、滑るように弾かれた。YX‐9の装甲はポルフェナント多層超固体と呼ばれる新素材であり、実弾兵器、光学兵器の両方に高い耐性を示すだけでなく、刃物をほとんどの状況で無効化する。
(まさかこんなものを実用化していたとはな)
従来モデルを一新して開発されたYX‐9は胴体、四肢が流動的に変形することで銃弾や格闘を回避することが可能。その上、ある程度の損傷ならば自己修復機能で全快する。基本体型は人型だが、戦闘では人型に囚われないため、敵に動きを読まれにくく、零も慎重にならざるを得なかった。
「面白い」
六体のYX‐9を相手に零は怯む様子も、逃げる様子も見せない。
零の瞳に宿っているのは闘志そのものだった。生きるか死ぬか。零にとって戦いに身を置いている間が一番生を感じる瞬間であった。先ほどの一撃からナイフを入れる角度、速度、力加減、タイミング等を学習し、YX‐9の二体を同時に撃破した。
と、思いきや二体のYX‐9は再び立ち上がり、背を向けた零へ発砲。
とっさの宙返りで何とか全弾命中は避けたものの、一つの弾は零の左頬をかすり、一つの弾は右肩へ命中した。
それを見逃さず、YX‐9の攻勢が強まる。
だが零は今度こそ確実に二体を撃破し、敵の陣形を崩すことに成功した。
「将軍、最初のYX‐9分隊がアイリーンと交戦を開始しました」
「私も出る。コマンダー、第103機甲旅団戦闘団を指揮しろ。数の優位を活かせ」
「イエッサー」
ジョーカーが現場に到着した頃にはYX‐9六体全ての残骸が地面に転がっていた。
「やはりお前は魔女だな」
「そういう貴方はジョーカー。いえ、アルベド・マイオスと言った方がいいかしら」
「その名前はもう捨てた」
「そうなの? 残念ね」
ジョーカーの後ろには第103機甲旅団戦闘団が控えている。無数のアンドロイド兵、対歩兵戦闘車や陸戦支援ドローンだけでなく、中隊規模のYX‐9部隊、自律走行型砲台セントリーポッドE2、自律二足歩行型多用途兵器イントレランス、蜂型奇襲ドローンB7も見えた。
〈アメリカ、ラウェルナ州(フォクトレン実験基地)〉
アメリカ軍秘密基地の一つ、フォクトレン基地。ここはシャドウ・リーパーが生み出され、その教育と訓練が行われた実験施設でもある。〝プロビデンス〟の手回しによって建設されたこの基地では人間の能力に関する非倫理的な研究が行われていた。研究テーマは「人間がどれだけ強くなれるのか」「人間がどれだけ環境に適応できるか」「人間がどれほど脅威となりうるか」だ。
〝プロビデンス〟は人間を蔑んでいるとともに、尊敬もしている。敵となるのは間違いなく人間だということも理解していた。脅威となる人間の出現確率は0ではない。0ではないことが問題なのだ。それゆえに〝プロビデンス〟は自身の手でその人間を生み出そうと考えた。必要な対応策を練るだけでなく、あわよくば支配下に置こうとしたのだ。
しかし何十年にもわたる研究の末〝プロビデンス〟の脅威となる人間はついに生み出されなかった。確かにシャドウ・リーパー兵は通常の人間を超越した身体能力を有し、与えられた命令を忠実にこなす完璧な兵士だ。それでも〝プロビデンス〟が満足できるデータは得られなかった。そのため〝プロビデンス〟は来るべき脅威に備え、アルベドと共に強力な戦闘アンドロイドであるクイーン達を開発。加えて、アンドロイドからなる軍の創設も進めることになった。
《クイーン計画》
A.強襲及び掃討用アンドロイド
B.拠点防衛及び局地戦用アンドロイド
C.電子戦及び屋内戦用アンドロイド
D.奇襲及び暗殺用アンドロイド
《ニュー・オーダー軍計画》
1.国連常備軍(無人統合軍)
2.世界企業連盟(民間軍事警備企業)
3.ブラックレインボー軍
〝プロビデンス〟配下のアンドロイド兵は現時点で百万体を超えており、さらに世界で命令待機アンドロイド兵も含めると四百万体以上である。またアダマス・ハイ・インダストリーズやアリュエット・マイティ・サービスによって増産が続いており、事実上、無尽蔵に供給されている。
フォクトレン実験基地は地上と地下からなる軍事複合施設である。地上はそれほど特色がないが、地下は想像を絶するほど巨大だ。森林や砂漠、浜辺、湿地、雪原、高地、港湾、都市等が人工的に再現された訓練施設、高度軍事用仮想シミュレーター施設、射撃演習場、屋内近接戦闘訓練場、そして研究棟。
研究棟では世界中の優秀な人間のゲノム情報を保存しており、いつでも必要な時に使うことができるようになっている。生殖細胞や胚の遺伝子組換えが当たり前のように行われ、ヒトクローンの量産化も成功した。このためシャドウ・リーパー隊員の中にはクローン兵も存在している。シャドウ・リーパーには人権など存在せず、ただ戦う道具として生み出された。人間というよりも生体兵器といった方がいいかもしれない。
この基地の存在は零課にとって脅威であるとともに、ブラックレインボーの最重要軍事施設であった。ここではアンドロイド兵の戦闘データ収集と改良も行われている。そのため、零を除く零課の実動部隊が派遣された。表向きはシールズのチーム・ゼロとしてだが、同時に零課の破壊工作任務でもあった。
幸いなことにブラックレインボーの情報網は混乱している。レクイエム計画を遂行中だがアメリカ海軍の動きが読めず、さらに日本の国家特別公安局第六課が国内外で活発に動いていたのだ。公安六課は国内のブラックレインボー関係者を拘束し、世界企業連盟の闇を同じく闇で裁いていた。それだけではない。世界に展開中のシャドウ・リーパーは零課のエージェント達によって、少しずつではあるがその数を減らしていた。またインターネット上には世界企業連盟の怪しい噂や資料が広く拡散していた。これは零課による情報工作であり、ブラックレインボーの情報工作への対抗でもあった。
〝プロビデンス〟はこの非常事態に対し、アリュエット・セキュリティ・サービスとダイヤ部門を中心とした対策部隊を急遽編制。サイバー空間と現実世界の戦いを補強することにした。〝プロビデンス〟にとっては想定内の事項であるが、ここまで計画を邪魔されたことは一度もなく、同時に強い不安を覚えた。
フォクトレン実験基地の駐屯部隊はシャドウ・リーパーとHX‐7アンドロイド兵。ただシャドウ・リーパーの多くは世界へ展開しており、基地内の兵士数は平常時を大きく下回っている。しかし警戒レベルは大幅に引上げられているため、基地への侵入が困難なことには変わらない。広域スキャナーや定点スキャナーによって基地の周囲と内部は絶え間なくスキャンされ、武装ドローンと哨兵が定期的に巡回している。許可なく基地に入った者は上級将校であっても即射殺される。
《第6特殊作戦群 編成》
本部中隊(第1特殊任務中隊)〝シャドウ〟
第2特殊任務中隊〝ブラッド〟
第3特殊任務中隊〝ヘイズ〟
第4特殊任務中隊〝ヴァイパー〟
第5特殊任務中隊〝ブッチャー〟
第6特殊任務中隊〝デーモン〟
第12地上支援中隊〝フロスト〟
第13地上支援中隊〝ダスク〟
第25航空支援中隊〝エッジ〟
第26航空支援中隊〝ブレイズ〟
第47海上支援艦隊〝アーク〟
第94戦略機動大隊〝ストーム〟
「定時連絡。こちらヴァイパー2‐3、ブロックB異常なし」
巡回班は常に二人一組、ステルス・スキャナー内蔵の空中警戒ドローン一機の組み合わせからなる。基地にはヴァイパー中隊と二個訓練大隊が存在し、侵入者に備えていた。
『ヴァイパー2‐3聞こえるか? ブロックDのスキャナーにノイズ有り。至急調査に向かえ』
「こちらヴァイパー2‐3了解した。これよりブロックDに向かう」
『オッドアイから全隊へ。侵入者の可能性を考慮し、警戒レベルを引き上げ。地下へのゲートを全て封鎖』
基地の地上警備が強化され、地下への入り口が閉じられる。地上と地下を繋ぐのは格納エレベーター、一般用エレベーター、搬送用エレベーター等のエレベーターと階段。それらには入り口側と出口側の両方に二重防壁が下ろされ、対光学シールドが展開された。
しかしこれは完全にオッドアイの判断ミスだった。
〈胚操作室〉
『こちらソーズマン。通信施設への爆薬設置完了』
『ギーク、こちらもいいぞ。武器庫と兵舎の爆破準備オーケーだ』
「二人とも仕事が早いよ。もう少しデータを集めさせて」
とうに零課は地下へ侵入していた。シャドウ・リーパーは気付いていないが、フォクトレン実験基地のスキャナーは使い物にならない。先ほどのスキャナーのノイズ報告はこちらの細工であり、地上を警戒している第四中隊とアンドロイド兵の隔離を目的としたものだった。
健と進は最小限のシャドウ・リーパー兵を仕留め、施設内への破壊工作を進めていた。
一方、由恵はシャドウ・リーパー兵の生産方法、訓練内容、人体実験といった各種データを閲覧、収集していた。
究極の兵士を生み出す計画〈Project: Shadow〉
軍部ではディガンマ・フォース創設計画として知られている。
「サイボーグの私が言うのもなんだけど、人間をここまで作り変えるなんてね。これを人間と呼べるの」
〈Project: Shadow〉では「人間の尊厳」がどうとか「倫理的な話」、「生命の価値」がどうか、などというまどろっこしい〝制限〟は一切ない。ただひたすら人間の強さと可能性を追求する計画である。〈Project: Shadow〉に基づき生産されたシャドウ・リーパー兵は遺伝子的、エピゲノム的操作を加えられ、徹底した忠誠心を植え付けられている。彼らは兵器であり、欠陥があるものは処分されるか、ナノマシンによる調整が実施される。なお〝プロビデンス〟における正確な人間の定義は不明だが、〝プロビデンス〟にとっての脅威が人間であることは間違いないようだ。
〈人工培養ルーム〉
「たまげた。これが全部、人間なのか……」
直樹の目に映っているのは五千を超える人工子宮。その中には成長段階の胎児が収められていた。人工子宮内ではヒト胚が全自動で培養されており、卵割異常や発生が停止した胚は管理端末と研究主任へデータが送信される。また予備の胚として常に一万の冷凍保存胚が存在する。なおここにある胚はクローン兵のものではない。クローン兵の人工培養ルームはさらに奥の部屋にある。
「アメリカ最高機密部隊であるはずよね。存在してはならない者達。生まれながらにして究極の兵士。それがシャドウ・リーパー」
「神の為せる偉業か。全く笑えない話だ」
珠子と直樹は部屋の各所に時限爆弾を設置していく。
「人間って一体なんだろうな」
「多分、言葉で表すのは無理だと思う。複雑、あまりにも複雑過ぎるから」
「隊長も言っていたな。『人間とは変数だ』って」
「……彼らもまた人間」
「俺達は彼らを人間として葬る。これは任務だ」
「ええ」
研究データの収集とオリジナルデータの削除を終えた由恵が二人のもとに来る。
「こっちの仕事は終了。二人の方は?」
「これで最後だ」
直樹の手によって最後の時限爆弾が設置された。
〈地下中央司令部〉
第6特殊作戦群の司令部である地下中央司令部。ここは研究施設や訓練施設といった地下にある全ての管理を行うことができる。その上、全シャドウ・リーパー兵の生存状況や位置情報も確認できるため、作戦司令部としての機能も有していた。
「こちらオッドアイ。ヴァイパー隊へ。ブロックA、ブロックCのスキャナーに感有り。侵入者と思われる。各員ステルス・スキャナーを使用し、敵を捜索せよ」
前線で指揮しているアインスに代わり、司令部で指揮を執っているのはゲイリー・ハレル少佐。彼は警戒レベルの引き上げに合わせて、地下の巡回ドローンを増やした。それだけでなく予備役である訓練兵を一部警備兵として投入。地上だけでなく地下の警備強化も行っていた。
「ヴァイパー隊、侵入者を捕捉したか?」
『いいや。どうやら野生のカラスがスキャナーに引っ掛かったようだ。全く世話やかせな奴らだ。周囲に敵影無し』
「了解した。ヴァイパー隊、引き続き地上を警戒せよ」
だがあくまでもゲイリーの懸念事項は地上スキャナーの反応であり、地下ではなかった。地下ゲート守衛やセキュリティシステムからの異常報告がないためである。随所に監視カメラと兵士が配置され、あらゆる侵入経路を塞いでいた。どんなに優れた諜報員や特殊部隊であっても、これらの警備網を欺き、突破するというのは不可能。どこかで接敵報告あるいは異常報告が出てくるはずなのだ。
(野生のカラスか。今日はこれで二度目だな)
鳥がスキャナーに引っ掛かるケースはごく稀に存在する。しかし空中警備ドローンによって鳥類が忌避する音波が発せられており、基地にはバード・スィーパーと呼ばれる鳥獣駆除担当が存在する。そのため、一日に二回もカラスによってスキャナー誤反応を引き起こされたことは今まで一度もない。
一回目の誤反応は今からおよそ15分前。一匹のカラスがたまたま基地内に侵入し、地下ゲートを突破した。そのカラスは困ったことにすばしっこい上、いたずらっ子であった。地下施設にまで迷い込んだ一匹のカラスによって、地下セキュリティシステムは繰り返し誤作動。意味のない警報と異常報告に悩まされた警備主任は一時的に三つの区画におけるセキュリティシステムを停止することをゲイリーから承認された。この間、バード・スィーパーや警備兵達が捕まえようと奮闘し、カラスは自ら基地の地上へと出ていった。
ゲイリーらシャドウ・リーパーは見抜けなかったが、最初地下へ侵入したのは零課のAI搭載カラス型ドローンのスフル。二回目のスキャナー反応はスフルとビルによるものだった。
「少佐! セキュリティシステムの自己診断プログラムに変更が加えられています!」
「何だと!? そんな馬鹿な!」
部下から思わぬ報告を受けたゲイリーは驚きを隠せなかった。
「自己診断プログラムだけではありません!無人ユニットや監視カメラ、通信システム、敵味方識別信号、アクセスコード、至るものが改変されています!」
「ありえない! そんないつの間に! すぐにボスへ報告を」
と、地下中央司令部へ訪問客が現れた。一と響の二人。
「こんにちは。そしてさようならだ」
侵入者の司令部襲撃を想定していなかったため、次々と射殺されていくシャドウ・リーパー士官。ゲイリーも専用のCrF‐3100で応戦しようとしたが、すぐに一によって額を射抜かれた。
「こちらトワイライト。司令部を制圧。次の仕事に取り掛かる」
〈地下実弾演習場(中央セキュリティゲート)〉
地下には様々な訓練場が設けられているが、いずれの訓練場へ行くためにもここ中央セキュリティゲートを通過しなければならない。ゲートといっても駅の改札口のようなもので、三十列のゲートが用意されている。このゲートでは隊員一人ひとりのID照合が行われるだけでなく、武器の無許可持ち出し、持ち込み等の規制を兼ねた保安チェックが自動で行われる。シャドウ・リーパー内で反乱分子が生まれることは許されない。シャドウ・リーパーの行動は常に厳しく管理されていた。
『オッドアイから各訓練大隊へ緊急伝達。現在警備にあたっている者も含め、訓練大隊は十五分後に臨時訓練を実施する。なお訓練内容は総合実弾演習であり、詳細は開始時刻に伝えられる。第一訓練大隊は第四総合火力演習場へ。第二訓練大隊は第九総合火力演習場へ集合せよ』
わざわざ地下の警備兵を増員したにも関わらずの臨時訓練。サイファーによる基地襲撃もあり得るのだが、訓練兵達は何の疑問も持たずオッドアイの命令に従った。
『こちらトワイライト。アーチャー、聞こえるか?』
「ああ。聞こえている」
『敵さんの様子はどうだ?』
「不気味なほど素直だな。仕事が楽で助かる」
中央セキュリティゲートを次々と通過していく訓練兵。シャドウ・リーパーとなる訓練課程は過酷そのもので、候補生のうち約三分の一が死亡する。訓練課程終盤には生存をかけたサバイバル戦闘や部隊対抗戦といったものがあり、いわゆる〝共食い〟を強制させられる。極めて優秀な個体はシャドウ・リーパーだけでなく、キングの配下やアルヴェーン総帥の身辺警護部隊へ配属されることもある。
「この様子だと訓練大隊の封じ込めは問題なさそうだ」
零課は地下施設の爆破準備を着実に進めている。最終的に各所爆破後、地下中央司令部で自爆システムを起動し、ここを完全に吹き飛ばす計画だった。地上部隊は存在しない敵を索敵し続け、その裏で地下は完全に零課の手に落ちている。ブラックレインボーにとって危機的状況なのは間違いない。
「このまま上手くいけばいいが」
ブライアンの不安は悪くも的中した。レクイエム計画発動に伴い、アルヴェーン総帥はテロ組織掃討の名目で世界中に国連常備軍を派兵していた。もちろんフォクトレン実験基地も例外ではなかった。
〈フォクトレン実験基地 地上〉
ヴァイパー中隊とアンドロイド兵は地上を警備しているが、侵入者の形跡は一切なく、カラスによるスキャナー誤反応は間違いないようだ。
そんな中、大型ティルトローター機Vz‐25が二機、基地の滑走路に降り立った。
「おー、増援が来たぞ。これは多分バレたな。各員へ通達。Vz‐25が二機到着した」
地下中央司令部でVz‐25の着陸を見ていた一は仲間達へ伝達した。
「クロウ、敵にばれないように高高度偵察を開始」
『りょーかい』
機内からはラックに吊り下げられたAH‐5Cアンドロイド兵が出てくる。彼らは起動すると整列した状態で立ち上がり、速やかに背中のS‐2を右手に握り直した。
AH‐5C達を率いるのは同じくAH‐5C。識別用コードはD9‐112で国連常備軍大隊長を示す灰色の肩章を着用している。D9‐112は高位指揮官用としてカスタマイズされた個体であり、アルヴェーン総帥やブラックレインボー幹部達と直接通信可能な秘匿回線、各国軍指揮官との情報交換も可能である。
「AH‐5Cが700体。これは相当まずい状況だ」
D9‐112は地上警備にあたっていたヴァイパー中隊を呼びまとめる。
「ヴァイパー中隊はゲートの封鎖を。後は我々が引き継ぎます」
「了解だ」
国連常備軍が来た理由は当然、零課の掃討だった。彼らはアルヴェーン総帥の命令により、フォクトレン実験基地へやって来た。零課の計り知れない脅威に対応すべく、ニンバスは本来のレクイエム計画を一部変更し、増産した国連常備軍を零課の掃討任務にあてたのだ。ただレクイエム計画変更による戦力損失と潜在的リスクの増加は免れない。このためスペード・クイーンのソールが組織の敵対勢力も含めて敵の殲滅を進めていた。
「シャドウ・リーパーの本拠地を襲うとはな。さすがサイファーといったところか」
零課の恐ろしさは余りにも大胆不敵であり、至微至妙で、なおかつ深謀遠慮であるところだった。ブラックレインボーの情報網を駆使してもその動きは簡単に読み解けない。元々、零課は長年にわたり存在すら知られなかった組織なのだ。
「これより侵入者の掃討を開始する」
〈フォクトレン実験基地 地下〉
地下Aホール。三階階層の巨大な円状空間であり、地下中央司令部と地下第一警備室、兵士再調整センターへの連絡通路が続いている。地下の中枢だ。ゆえにアンドロイド兵達は優先してこの通路へ進軍していた。
「いたぞ! 撃て!」
小隊長の証である青い肩章と通信用アンテナを背中に装着したAH‐5Cが、二階で待ち伏せしていた一と響に気が付き、部下へ射撃を命じた。ステルス・スキャナーを搭載したアンドロイド兵には第五世代光学迷彩も通用しない。
「はっ、流石に厳しいな」
「同感だ」
二人の反撃により、小隊長を含めた五体のアンドロイド兵が倒れた。数が多いというのも問題だがAH‐5Cは弾道計算することで銃弾を回避し、味方と協調しながら制圧射撃と前進、遮蔽物への退避などを行う。加えて他の軍用アンドロイドと同様、素手や刃物を用いた近接接近戦闘も可能である。数体倒すのも簡単ではなかった。
「アーネスト、そっちはどうだ?」
『ドクター、クーガーと共に交戦中。今のところ問題ない。敵の武器もあるしな』
「アーチャー、ギーク、ソーズマン、そちらの様子は?」
『三人とも予定通り合流済み。アンドロイド兵と交戦中』
「全員、生きてるってことでOKだな」
「トワイライト、更なるお友達が接近中だ。規模は小隊規模」
「ならこいつの出番だ」
一はここでKL‐35多目的グレネードランチャーを手にする。これは先ほど制圧した司令部にあった代物だ。
「食らえブリキ野郎!」
いくら弾道を予測できたとしても、身体が動かなければ意味がない。地下Aホールへ侵入したアンドロイド部隊を一はグレネードランチャー三発で吹き飛ばした。
地下施設全体は戦略爆撃機による大規模爆撃にも耐えられるように設計されており、内部の強度も並外れている。対戦車砲弾やレーザー兵器でも穴が開くことはない。
「さて、これで仕留めたのは何体目だ?」
「さあな……おっと次の部隊は慎重に来ているぞ」
「スモークでも投げてくるか、それとも数で押してくるか」
「その両方だろうよ」
UCGのマップによるといくつかの部隊が合流している。
「ま、どっちにしろ突撃してくるのには変わらないな」
「ならこっちから挨拶するか」
一と響の二人が二階から跳び下り、MK‐54Fを構えた。廊下に並ぶAH‐5Cを狙い撃ち、倒れたAH‐5Cから二人ともS‐2カービンライフルを取り上げ、ライフル二丁持ちで突き進む。
〈スイス、ジュネーヴ(国連軍総司令部)〉
フォクトレン実験基地の侵入者(零課)の掃討に派遣されたはずの国連常備軍一個大隊は圧倒的兵力にも関わらず、その優位性は驚くほど速く失いつつあった。700体いたAH‐5Cは約三分の一へ。事態を重く見たアルヴェーン総帥は追加の部隊を派遣しようとしたが、それは出来なかった。アメリカ大統領による新たな国連常備軍の受け入れ拒否である。
「やむを得ない。フォクトレンは放棄だ」
そのためアルヴェーン総帥は零課掃討と証拠隠滅を兼ねて、フォクトレン実験基地の自爆プログラムを起動することに決めた。
「今ので三個小隊ぐらいは倒したろ」
一の足元には中隊長のAH‐5Cが転がっていた。中隊長はカーキ色の肩章を付けており、他の個体と違って背中に高負荷パワーセルを背負っている。おそらくこれはアンドロイドが予備充電器として使うものだろう。
「トワイライト、この先のプランは?」
「とりあえずアーネスト達の援護へ向かうか」
「りょーかい」
『こちらドクター! 基地の自爆カウントダウン開始!』
「何だアンドロイドの仕業か?」
『いや、外部の遠隔操作。あと十分後にこの基地は吹き飛ぶ』
「てっことは、爆破の手間が省けたな」
「だな」
『何馬鹿言ってるの。皆、脱出急いで!』
〈フォクトレン実験基地 地上〉
基地の爆発により地下は完全に崩壊。生存者はいないと思われた。後始末の命をニンバスから受けたヴァイパー中隊はHMD一体型ヘルメットで生体スキャンを実施する。
「微弱だが反応があるぞ。こちらに向かってくる」
「おい見ろ。奴らだ」
粉じん内から現れたのは一、響、直樹、珠子、由恵、ブライアン、進、健。零課のメンバーだった。彼らは皆、地下から何とか生還した。
「撃て!」
ヴァイパー中隊は銃を構え、容赦なく発砲する。
しかし戦闘スーツによる身体能力向上により、零課メンバーは難なく弾丸を回避していく。これは閉鎖空間である地下と異なり、障害物のない広所のためだった。
「はあ、しつこい連中だな。うるさいから黙っててくれないか」
一の愚痴を合図に零課が反撃。あれほど地下で交戦し続けたのにも関わらず、皆の射撃精度は落ちていなかった。
ヴァイパー中隊最後の隊員が倒れた頃、迎えのRz‐72〝ブルーバード7〟が到着する。
『こちらブルーバード7。待たせたな』
「タイミングばっちりだ」
『衛生兵は必要か?』
「いや、必要ない」
『了解だ』
ブルーバード7の後部ランプが開き、零課員がキャビンへ入っていく。
「スフル、ビル、帰るぞ」
「あ、待って待って」
「乗る乗る」
スフルとビルが空から急降下。そのまま飛び込むようにキャビンの中に降り立った。
〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉
「ん? 隊長はまだ帰ってないのか」
一はパイロットに尋ねた。本来なら一達よりも先に任務を終えているはずだ。だが零の姿は見えない。
「ああ。敵の増援と交戦中らしい。ただ少し気になることが」
「どうした?」
「未だ敵掃討の連絡は受けていない。その上、第二次回収予定時刻を七分過ぎている」
一は嫌な予感がした。それもかなり嫌な予感だ。
「すぐにセヴァークへ向かえ! 今すぐだ!」
あまりの剣幕にパイロットは怯んだが、すぐさま針路をセヴァーク空軍基地に変更した。
〈アメリカ、タレイア州(SOCOM司令部)〉
「おいおい、戦争でもしたのか」
上空から見るセヴァーク空軍基地はまさに〝衝撃〟の一言だった。多数の戦車や装甲車が黒い煙を上げ、地上を覆うアンドロイド兵の成れの果て。各所の自動機銃、重機関銃、狙撃手位置解析装置、磁力場発生装置は鋭利な刃物で切断されたのか、直線的なパーツにバラされている。
「あそこだ」
一はパイロットに指差して方向を示した。それに従いパイロットが生体スキャンと画面の拡大を行った。
画面には建物の壁に寄りかかって倒れている零。彼女の戦闘スーツはほとんど破れており、その機能を失っていた。身体中に血が付いている。出血量は相当なものだろう。
零の横には左手を失い、サイボーグ骨格が露出したジョーカーが立っている。彼もまた満身創痍であり、人工血液が身体から流れ出ていた。武器は見当たらない。
一と直樹、ブライアン、衛生兵がブルーバード7の側面ドアを開け、地上へ跳び下りる。
「あと、あと一撃で……」
ジョーカーは新手に気付き、どうにか零へとどめを刺そうとするが、ブライアンによる狙撃で、その場に崩れた。
「おのれ魔女め……」
その一言を最後にジョーカーは活動を停止した。
「零! しっかりしろ!」
一が一目散に零へ向かって走り出す。
「死ぬんじゃねえ! あんたはこんなところで死ぬような奴じゃないだろ!」
「一か……司令室に行け。隠し金庫に資料がある。全て回収しろ」
「ああ取りに行ってくる。安心しろ。衛生兵! こっちだ!」
衛生兵による応急措置がすぐさま行われるが、零の意識はほとんど消えかけていた。
〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉
担架に乗せられ点滴を打たれている零。ここまで重傷を負った零の姿を皆、見たことが無かった。
「無理しやがって」
「一、私を殺すなら今だぞ」
「馬鹿か。くたばり損ないのあんたなんて興味ねえ」
二人のやり取りに周囲は少し驚いた。零課の『零』と元六課の『一』の関係が複雑なのは薄々気が付いていたが、殺す、殺さないという話が出てきたのは初めてだった。
公安零課と公安六課は協力関係というよりも宿敵関係といった方が正しい。
六課は零課の存在を上層部と一部課員だけが知っている一方で、零課は六課の構成員や武装を大体把握していた。日本の深淵であり、国家最高機密である零課は例え身内である国家特別公安局であったとしてもその存在をなるべく秘匿している。このため六課員が零課を知らないのも無理は無かった。
零課はそもそも超法規的権限を有し、あらゆる組織に対して情報開示請求や物資及び人員の徴発等を実施できる。もちろん六課に対しても同様である。しかし、六課は六課で独自に動くことが多く、全ての情報を零課へ開示することはなかった。零課もそれをよく理解しており、互いに利益が一致することもあれば相反することもある。任務で衝突するのも決して珍しくはない。共同戦線を張ったとしても、それは組織同士のスタンドプレイが上手くかみ合っただけの結果だった。
「ゆっくり休め」
「ああ。そうさせてもらう」
零は鎮痛剤の効果で深い眠りへと落ちていった……