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美しい悪意  作者: 宮永文目
2 感傷決裂
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美しい悪意(4)

 私は知らなかった。云い訳にしかならぬことだと分かってはいても、その時ばかりは本当に失念していた。

 私は心の何処かで、彼女を偶像に仕立て上げていたのだ。彼女の少女性にのみ焦点を合わせて、そうする前に、彼女が一人の人間であることに気付けなかった。

 しかし彼女は偶像ではない。増してや誰かにとって都合の良い存在でもない。無情にも私の思いを裏切るように、彼女は成長を続けていく。

 ……少女は大人になっていく。


         ※


 その決裂は、意外に早く訪れた。

 いや、寧ろよく此処まで持たせたものだ。無限の少女性などと云う空概に浸り、精神を押し殺していた愚かな時間は。

 音が聞こえたとするならば、私の脳髄からは、はち切れんばかりの性愛が悲鳴を上げていただろう。


(可愛いことだ。恐ろしいことだ。だが、それで良い。彼女に劣情なぞ抱いてはならぬ。そのようなもので穢すくらいなら、私は喉を掻き切って、死んでしまう方がましだ。

 濡れた瞳で見詰めてきても、耽美な言葉を囁かれても……。それらは全て、無自覚な悪意なのだから)


 唇に触れようとした彼女を、私は手荒に押し除けた。僅かな抵抗も感じられず、そのままの勢いで、彼女は蹌踉よろめき乍ら尻餅をついた。

 私は怯えていたのだ。互いに抱き締め合うくらいなら未だ良いのだが、唇を重ねるともなれば、私の中でそれは愛撫に他ならない。

 唇をして、心と心を震わせしむる愛情の表現を──私はその一線を越えることが出来なかった。

 彼女は私の様子に驚いたように見えた。そうして目を見開いた後、静かに啜り泣く仕草で、私の目前に伏したのだ。


 その動作は最早完全に、大人のそれだった。


 この前までの、危なっかしい大泣きではない。今の彼女は庇護欲を誘うように、私へとしなだれかかって来たのだ。

(……ここが分水嶺だ)

 私は持てる限りの勇気を振り絞り、彼女の方を見ないようにした。どんなに切なく胸を揺さぶられようと、絶対と決めて振り向かずに居た。

 すると私の優しさを期待していた彼女は、それまでとは打って変わり、大暴れを始めた。手当たり次第、物に当たり散らして、涙どころか、鼻水やよだれすら垂れ流し乍ら、叫び、私にしがみ付いた。


「おにいさん、おにいさんッ……ごめんなさい。妾が悪い子でした……お願い、こっちを見てッ………」


 汗ばんだシャツを引きちぎろうとするかのように、彼女は泣いて懇願する。顔は火照っていて妙に熱い。くしゃくしゃに濡れた顔は、見紛みまがうことなく愛おしい少女の顔だ。


 これが午睡に見る夢であったなら、私は彼女に優しく出来ていただろうか。あんなに婀娜あだやかに愛を求めて、詰め寄ってくる赤児のような心持ちの彼女を、静かに抱き留めることが出来ただろうか。


 何もしてやれない自分が悔しくて、恨めしくて……私の噛み締めた唇からは、血が垂れていた。

 私ははたから見れば、凄まじい形相をしていたと思う。血眼になって息も絶え絶えに苦しんでいた。

 握り拳からは、既に爪が肉を食い破っており、もうこの地獄の責め苦から、早く解放されたい一心だった。


 いっそのこと、彼女だけを愛すれば良かったのだ。何もかもの体裁を捨てて、ただ一緒になると誓ってさえいれば、私はこんなに苦しまずに済んだ筈だ。

 そう思ってしまうのは、私の弱さか──後悔なのか。

 それとも、何の事はない、ただの情欲に過ぎないのだろうか。

後生ですから、ポイント下さい……。

え、登録してない? それなら仕方がない。

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