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美しい悪意  作者: 宮永文目
1 婉容慎美
3/8

美しい悪意(2)

「おにいさん、紐を取って……」


 私が声の方へ振り向くと、少女は後ろ姿で肩をはだけさせていた。

 たった今、起き抜けに軀を立てた彼女は、寝惚けた頭のまま、掠れた声で小さく私を呼んだのだった。ゆらゆらと危なっかしげに、此方へと顔を向ける。

 朝日に照らされた真白な素肌は、寝起き故かひどく滑らかだ。いつもは苹果のように真っ赤な頬をしているのに、このときだけは硝子で出来ていて、その透明感が美しい。


 彼女が紐を欲するときは、大抵はその長い髪を束ねる目的である。そして、彼女の髪を整えるのは、いつも私の役目なのだった。


 髪紐と一緒に、櫛を持って彼女に近付く。


 すると、えた汗の匂いと共に、シーツの上から陶器のような彼女の矮躯が、私に身を委ね乍ら寄り添ってくる。私をそのまま押し倒すように。その温かさが私にとっては辛いことなのだ。

 彼女はもう、幾日も軀を洗っていない。それなのに、私の胸にかかる熱い吐息は、つゆいささかも美しさを損なったりはしていない。

 彼女はいつになれば汚れるのだろうか。

 仮令たとえあの手が誰かを害しようとも、きっと少女は綺麗なままだ。


(──それを羨ましいとは思わない)


 彼女のそれを、私が糾弾するなどあり得ない。そうしなくとも、私は既に彼女の五衰を引き起こすことが出来るのだから。

 敢えてこのままを過ごす私自身が、ひどく罪深いものに思えてならない。


「おにいさん、髪をいて頂戴」


 彼女に云われるがまま、私はその揺らめく髪を丁寧に梳かす。

 カーテンの隙間から射す明かりが、しっとりとした髪を青く燃やす。風が吹けば、こんなにも棚引くほのおだ。きっと乙女のスピカよりも輝いている。


 上気した頬に、恍惚とした表情の彼女は、そのまま静かに瞼を閉ざす。そして歌うようにして云うのだ。


「おにいさん、おにいさん。髪を結うて……。

 わたし、おにいさんの手が好きよ。おにいさんだけに触らせてあげる。おにいさんの自由にしていいわ」


 甘えた声で、とろりと心を覆い尽くす。

 それがまるで不快ではなく、潤滑油のように可愛らしく滑らかに、私の耳を刺激する。

 汚らわしさは微塵もなく、寧ろ私がそれを求めて従っているのだから、この間私達は両想いであった筈なのだ。

お願いです、評価して下さい。_:(´ཀ`」 ∠):

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