愛すべき人々 ~恐怖の大阪寮~
某アパレルメーカーに入社して3年目を迎えた頃、
会社でマンションを借りて大阪寮(本社は福山)とし、希望者は入居する事になった。
なんといっても、寮費は月5,000円。
私は迷わず入居する事にした。
西中島南方に借りたマンションは2LDKで、先輩の馬さん、ナベさん、
後輩のシゲの4人でそこに住む事になった。
馬さんは個室、私とナベさんはリビング、シゲは台所が一応寝室。
交通の便は良く、周りに繁華街もあり、それなりに楽しく生活していたが、
やがてここにも悪夢はおとずれた。 (部屋割がすでに悪夢だが…。)
馬さんはよく彼女を引っ張り込む。
日曜日に出張から帰って鍵を開けようとすると、
『ガンッ!』
チェーンが掛かっている…。
私: 「開けてくれぇ~!」 (なんでチェーン掛かっとんねん…。)
しばらくすると、バスタオルを腰に巻いた馬さんが出てきて、チェーンの掛かったドア越しに、
馬さん: 「スマン、これでゲームセンターでも行って、時間つぶしてくれ。」
手渡されたのは500円玉1枚。 (…わしゃ小学生か?)
重たいトランクを引きずって喫茶店へ向かう。
出張の疲れがどっと出る。
それ以来、休日の昼間は帰るコールが習慣になった。
それからもう一つの地獄は、ただでさえ狭い所に、
福山の本社から出張に来る社員が、ホテル代わりに泊まりに来る事である。
一般社員はまだいい。 課長や部長まで泊まりに来るのである。
お偉いさんは視察と称して泊まりに来ては「栄養を付けさせてやる。」などと言って、
我々を夜中まで引っ張り廻す。
中でも、コンドー部長が来ると、それは明け方まで続く。
この人は、とても豪快で、やたら元気だ。
その日も私が5日間の出張から帰ったら、シゲが青ざめた顔で言った。
シゲ: 「…今日、…来ます…。」
私: 「…誰や?」
シゲ: 「コ…コンドー部長ッす…。」
私: 「いぃ!…まじかよ!」
私: 「…馬さんは?」
シゲ: 「…今日は出張ッす…。」
私: 「…ナベさんは?」
シゲ: 「…出張ッす…。」
私: 「…やられた…。」
私たちは覚悟を決めた。
ところが、12時をまわってもコンドー部長は現れない。
シゲ: 「…ひょっとして今日はホテルをとったんじゃないすかねぇ。」
私: 「…せやなぁ、そういう事にしょう!」
今日は来ないと勝手に決め込んだ私たちは、そろそろ寝ようという事になり、
疲れていた私は深い眠りについた。
隣の家: 『ガンガンガンガン!』
私達:「!!!!?」
シゲ: 「…うるさいなぁ。」
私: 「…なんやあれ?」
隣の家: 『ガンガンガンガン!』
私: 「…今、何時や?」
シゲ: 「…2時過ぎっす。」
私: 「シゲ、ちょっと見て来いやぁ。」
シゲ: 「ほんま、なんやろう…。」
シゲがドアを少しだけ開けて、覗いてみると、あの人の声が… 。
コンドー部長: 「おーい!開けんかぁ!わしじゃぁぁっ!」
『ガンガンガンガン!』
たまらずシゲが声をかける 。
シゲ: 「部長!こっちです!こっち!」
コンドー部長: 「おお!はよ出てくれぇよ。」
(隣のドアを叩くな!)
シゲ: 「部長!部長!2時過ぎですから…もうちょと静かに…。」
コンドー部長: 「おぉ!わしゃぁ酔うとるけぇのぉ!こまきゃぁ事を言うな!」
コンドー部長: 「みんな居るんきゃ?」
シゲ: 「馬さんとナベさんは出張で、ひ~にぃさんはもう寝てます。えらい疲れとるみたいですわ。」
(でかしたシゲ!)
私は狸寝入りを決め込んだ。
するとコンドー部長は、私の枕もとに仁王立ちになり、
この世の終わりか?と言うほどの大声で叫びはじめた。
コンドー部長: 「ひぃにぃぃぃっ!!ひぃにぃぃぃっ!!寝とるんきゃぁぁぁっ!」
これだけ大声で叫ばれて目の覚めない者はいないだろう… 。
しかたなく私は、目をこすりながら、
私: 「…部長…お疲れ様です。」 (疲れとんのは俺や…。)
コンドー部長: 「おぉ!ひ~にぃ。起こしたきゃ?」
私: 「…起きました…。」 (寝とれるかい!)
コンドー部長: 「へぇなぁ、おみゃぁら、はよぉ服ぅしかえんきゃ!」
シゲ&私: 「はぁ?」
コンドー部長: 「飲みにいくどぉ!!」
(あ…あかん…助けてくれぇ…。)
しかたがない…。
私とシゲは覚悟をきめて、部長を連れて近くの飲み屋へ…。
シゲ: 「先輩、ボトル入れときますか?」
私: 「おお!部長のおごりや!入れとけ入れとけ!」
コンドー部長のへたくそな”王将”では司会を務め、メロンの器でヘネシーを一気飲みし、
疲れた体にムチ打ってシゲと二人で盛り上げる。
閉店の5時が近づいた頃、さすがにコンドー部長も酔っ払ったらしく、ウトウトし始めた。
私: 「部長、そろそろ帰りますか?」
コンドー部長: 「おぉ、これではろうとけぇ!」
(いよっしゃ!)
おもむろに分厚い財布を放り出すと、シゲが受け取る。
私: 「シゲ!勘定や!!」
シゲ: 「うぃっす!!」
しばらくするとシゲがレジから戻って来た。
シゲ: 「先輩…。領収書ばっかりで現金2,000円しか入って無いんすけど…。」
私: 「にゃにをぉぉぉ!!!」
給料日の直後だったので、私とシゲはありったけの金を出し合ってなんとか払った。
部長の財布の2,000円には手を付けずに、一応領収書は貰っておいた。
翌日、私は代休を取って休んだが、昼頃大阪営業所に現れたコンドー部長はシゲをつかまえ、
財布を見ながらこう言ったらしい。
コンドー部長: 「おみゃぁら、昨日はえっと飲んだんじゃのうぉ…。」
シゲ: 「…いや…昨日はひ~にぃさんと私が出しました…。」
コンドー部長: 「ほうきゃぁ!そりゃぁすまなんだのぅや!」
シゲ: 「…領収書、落ちますかねぇ?」
コンドー部長: 「おぉ!落としたらぁ!」
コンドー部長: 「また、連れてっちゃるけぇのぅ。」
シゲ: 「………。」
悪意の無い悪魔、コンドー部長。 どうか、ホテルで泊まってください。